竜西九 について。

2-1

あれから三日。あれからとは、あの階段怪談から三日経ったと言うことである。悔しいかなこの時の話を持ち出す際に天來美心が名付けた"階段怪談"と言う馬鹿みたいに語呂の良い名称を使ってしまうのが何分舌触りは良いのに歯痒い。その天來美心、本人はと言えばここ三日の間姿を見ていない。何と二ヶ月にも及ぶストーキング行為にやっと終止符を打ったと言うのだろうか。それならこんなに晴れやかで踊り出したくなるようなお目出度い日は無いだろう。無い筈だ。灰汁の強い奴だとは思っていたけれどあっさりといなくなった。

僕はこの穏やかな三日目の朝を悠々自適に過ごしていた。今日も平和に教室へ入りいつもと変わらない足取りで誰に気負う事なく、その椅子へと腰を下ろした時。机の中に置かれていた一枚の封筒が目に入った。何だろう?え?まさか噂に聞く、都市伝説と類だと思っていたUMAよりも発見が不可能とされている恋文と言うやつではないのか!?


僕は高鳴る胸を抑えながらゆっくりと丁寧に机の中からその封筒を取り出す。まるで深海魚を水面上に持ち上げた時の様な不安定感だ。裏にも表にも差出人らしき名前は無い。しかし差出人の名前さえ書かれていないものの、表にはしっかりと"天井真様"と書道コンクールで賞を総ナメしそうな程美しい文字で僕の名前が書かれていた。美しい字はそれで人を表すと言うが。将又どんな見目麗しい身長170cm超えの長身美女からの恋文だろうか。

僕はわくわくしながらも丁重にその封筒の封を切った。中には一枚、白い便箋が入っていた。成程成程、所作には精通している常識ある長身女性の様だ。これはかなり期待が出来る。便箋を広げ早速、読み始める。


「拝啓。おだやかな小春日和が続いております。ご家族の皆様にはますますご清祥のことと…存じます………ふむ……ふむふむ………っ騙された!!」


僕はまだ誰も登校してきていない朝の静まり返った教室で叫んだ。手紙は千切れ、もう続きを読む事は出来ないが。それでも敢えて強って言うのなら続きはこうだ。


拝啓。おだやかな小春日和が続いております。ご家族の皆様にはますますご清祥のことと存じます。このたびは先日の階段の事件とも相成って、是非とも放課後屋上にて待つ!

天來美心


最後まで字が綺麗なのがまた殊更腹の立つ。いやもう何と無く分かっていたけれど。こんな僕に作法や躾の行届いた長身美女から恋文何て来るはずも無いのだ。溜息を吐くのも億劫な程、僕は意気消沈していた。まぁいい。放課後直々に直談判してやる。


そうして放課後までなんの邪魔も妨害も入らないまま、授業を滞り無く終えた僕は一人、屋上に来ていた。

天來はと言うと、屋上に張り巡らされた鉄製のフェンスにへばりつく様にして下を見ていた。其処にあるのは運動部が部活に励んでいるグラウンドだ。僕が来たことに少しも気付いていないのか、振り向く気配は微塵も無い。三日ぶりの天來美心。何の感傷も無いが、少しそのまま、天來美心を背後から見詰める。

地面に着きそうなほど長く青黒い髪は手入れが行き届いているのか、風に更々と揺れ、指通りが良さそうだ。細く透き通るように白い手足には似つかわしく無い階段怪談の時に魅せた見事な跳躍力があり、小柄な体格ながらもいつも屈託の無い笑顔を浮かべるその整った顔立ち。背後からなので勿論、顔は見えないが。

僕は天來を知るにはまだ日も浅く、天來を知り始めた今でさえその情報量は浅く薄っぺらい。格好や風貌以外で知っている事と言えば、英語の発音が妙に流暢で、字が卓越して綺麗で、何故か僕に付き纏い、僕の苦い過去の1つである"口裂け女"を知っている。それだけだ。あんな茶封筒一つで屋上までのこのこ来てしまった僕にはもう選択の余地は無いのかも知れないな。僕が背後で静かに思想している事に気付いたのか天來がばっと振り向き、小走りでこちらに向かって来た。あ、付け加えよう。天來美心は基本的に小走りだ。


「てんちゃん先輩!遅いよ!遅すぎるよ!バターになるかと思ったよ!」

「それなら明日の朝御飯に丁度いいな。」


僕は軽い挨拶もそのままに、憎まれ口を叩きながらぐいぐいと天來に引っ張られるまま、屋上に巡らされている鉄製のフェンス近くまで歩いた。


「美心、部員二号を見つけたんだよ!」

「部員二号?」


一号は誰なんだと皆まで言うまい。そうなると天來は零号?数に入るのか?取り敢えずそんな疑念を他所に、僕は二号二号とはしゃぎながら天來が指を指す方を見る。其処はグラウンドの右半分、陸上部が練習している場所だ。流石に屋上からアレが二号だと言われても人が多すぎて分からない。天來の指もまた、くるくると動いて追いづらい。なんで屋上なんだ。だけれどそう思った数秒後、何故天來が部活二号さんとやらを確認するのに屋上と言う場所を選んだのか痛感した。


「きゃーーーーー!!!」

竜西りょうさいせんぱーーーい!!!」

「こっち見てーーーー!」

「かっこいーーー!」


空気が割れんばかりの黄色い声。実際に鼓膜なんかは破れたんじゃないだろうかと思う。そんな甲高い声に気圧されながらも竜西先輩と言う名前に聞き覚えのあった僕はふぅむ、と考えていた。見れば天來美心はその小さな両手で両耳をしっかりと塞いでいた。竜西、竜西、竜西、りょうさい、りょう、さい、竜、西、西の、竜。あぁ。僕が僕の記憶の中にある竜西の名へと辿り着いた時、黄色い声援が一段落着いたのか、両耳から手を話した天來美心がその歓声に負けじと大声で彼女の名前を呼んだ。


竜西九りょうさいいちじくせんぱーーーーーい!!!」

「おいっ!」


僕はその大声に驚いて、天來の腕を引っ張りつつ屈んだ。その身体の何処からそんな大きな声が出るのが些か謎だ。声帯が潰れても可笑しくないくらいの声量だった。今度こそ大丈夫か僕の鼓膜!


「何やってるんだ天來っ!」


この距離で小声になる意味も無いのだけれどさっきの大声に比例して何故か小声で話す僕。屈んだままこそこそと話している姿はもうこのストーキング娘同様、ストーカーらしさが漂う。竜西九りょうさいいちじく。天來が叫ぶ前に、僕の頭の中でも資料が一致していた。何の資料かと言うと"赤頭赤尾学園在籍学生記録名簿"である。この在籍学生記録名簿には文字通りこの赤頭赤尾学園に通う全ての生徒の名前が記録されている。僕は全てを覚えている訳では無いし、そこまで天才的な記憶力は所有していないので、何人か、本当に何人かの、名前が気になった生徒だけを記憶していた。関わらないように、と。竜西九先輩もその中の一人だった。名前しか覚えていなかったので女生徒か男子生徒かまでは分からなかったが、ふむ。どうやら竜西九先輩は長身美人系女子生徒らしかった。

フェンスの下からこそこそ覗き見ながら僕はざっと身長は175cm位かと推測する。この距離では数センチの誤差は仕方無いとしても中々のスレンダー美人だ。ベリーショートが似合うその端整な顔立ちも手伝って、正しくパリジェンヌ、タカラジェンヌと言った外見。これで竜西と言う名で無ければ…どれ程良かっただろうか。いや竜西と言う名で無かったとしても、仮に田中と言う(全国の田中さんごめんなさい。)苗字だったとしても、僕など相手にもされないだろう。


「美心ね、竜西先輩ってドラゴンだと思うの!」


またも脈絡も無い、何の根拠も無いことを言い出した。いやはやここまで来ると天來美心、君の山勘も素晴らしい。もしかして天來って勘の鋭さでこの赤頭赤尾学園に入学出来たんじゃないだろうか。第六感。


「どうして?」


僕からして見れば今更知った事実では無いのだけれど、一様天來が気付いたのだ。説明をお願いするとしよう。


「どうして?って…だって!名前に竜が入ってるから!」

「やっぱり山勘かよ!」


馬鹿も休み休み言えとは、突っ込む側の労力を考えて作られた諺なんじゃないだろうか。そんなにひっきりなしに馬鹿を言われたのでは突っ込みが過労死してしまう。この場合、天來を少しでも見直した僕が馬鹿だったのだろうな。誰か僕に突っ込んでくれ。


「てんちゃん先輩!失礼しちゃうよ!美心はそれだけで竜西先輩をドラゴンだって言ってるんじゃ無いよう!」

「他にも証拠があると?」

「へへ、聞く?聞いちゃう?これ聞いちゃうとアレだなーてんちゃん先輩には美心の設立する部活動に入って貰わないといけなくなっちゃうなー?」


無駄に勿体振る天來美心だった。


「そもそも部活部活って二ヶ月前から言っているけれど、一体全体何部なんだ、それ。」

「え?秘密だよ。」

「僕は名前も目的も知らないまま部活動に参加させられるのか!?」


なんと言う横暴。暴君天來の到来。と言うかなぜ秘密なのかも分からない。部活名を伏せて勧誘するだなんてとんだ悪徳商法だ。蓋を開ければ壺は五十万!恐ろしい。


「メンバーが集まって、みんなで初めて集まった時に発表するの!あはは!楽しみでしょう!?」

「いやそれはもう部活動ではなく極道だ。何かどっかのお寺だと思ってうかうか入ってっちゃったら組の本拠地だった、みたいな気分。」


話が逸れた上に何の面白みもない突っ込みだった。もう僕の突っ込みMPは残っていないみたいだ。それで、その竜西先輩がドラゴン?だって確証は?僕はドラゴンと言う単語に舌がムズ痒くなりながら天來に聞き直す。


「まず第一に、足が速い。」


やはり聞き直した僕が馬鹿だった。

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