第2話 ぶっちぎりのやべえ奴

あれから数週間後、荒久須は風邪をひいていた。

どこで仕入れた民間療法なのか、イソジンに漬けた豚肉を額につけ、脇には養命酒を挟んで寝ていた。


ベッドの横には看病する荒久須の母、"かよ子"の姿があった。

かよ子は荒久須を過保護気味に溺愛していた。

荒久須は知らないが、かよ子は戦闘力が42万ほどある。


「…あら起きたの?」


荒久須は目を覚まして額の豚肉を剥がした。

肉には少し焼き目が付いていた。

そして脇に挟んでいた養命酒をさながらジョニー・デップのようにワイルドにラッパ飲みした。


「だいぶシュッキリしたよママン。」


彼はラジオ体操カードのことを思い出した。



「ら、ラジオたいしょう行けなかったな…。」



荒久須はラジオ体操に行けばあの子に会えるかもしれないという淡い期待を抱いていた。


かよ子はいつものように神棚に手を合わせ、十字架に向かい十字を切り、コーランが書かれてあるマニ車を回した。


「人類に平和があらん事を」


この家族はあらゆる宗教を信仰している。

どうやら"八百万の神"を独自解釈した結果のようだ。

そしてこの家の掟として刃物を持たない事を決まり事としている。かよ子が料理をする時は食材は基本的に手で引きちぎる。


もちろん肉も魚も手で引きちぎる


野菜は家庭菜園で大根、トマト、シメジ、落花生、トリュフなどを育てているが、トマト以外はうまく育ったためしがない。



かよ子は荒久須を溺愛するあまり、荒久須を異常なほど束縛していた。普段外出するにも、物を買うにもかよ子の許可が必要だ。




幼少期においてはその束縛は今以上に計り知れなかった。

爪も髪も切るのも、服を選ぶのも、友達を選ぶのもかよ子の管理下だった。

生まれたばかりの荒久須のへその緒をわざと長めに残し、ペットのリールのように荒久須を連れ回した。

"オイタ"をした時は地下の座敷牢に閉じ込め、格子にへその緒を巻きつけた。

座敷牢の中にはパソコンが置いてあるがネットを見るのもは1日1時間までと決まっていた。



便意を催した時は「糞尿を垂れ流してきましゅ」と許可をとらないといけないのだ。



もちろんアイドルのように恋愛も禁止であった。

荒久須の中学生時代、彼が初恋の相手に送るつもりだったラブレターを、かよ子がその初恋の相手の目の前で読み上げ、

「その汚いツラで二度と荒久須に近づくんじゃねぇ!ファッ〇ユー!」

と言い放った。相手はなんのことかわからずただ怯えていた。

そしてそのラブレターはその後ボトルに入れ、海に流した。




…そんな激しい束縛を受けていたが、荒久須が20歳の誕生日に"割礼の儀式"を終えてからはその束縛はだいぶ緩くなったという。


バイトを許可されたのも最近になってからだった。



そんなかよ子の献身的な看病のおかげか、45度あった熱も38度まで下がり荒久須の顔色は元に戻った。


朝食は玉ねぎとふきのとうと自然薯を三等分に切ったものとチューリップの球根、自宅の池で捕まえた鯉などを煮た"オーガニック魔女メシ"だった。


荒久須は朝食の最中もずっと岸田可憐のことを考えていた。

(あの子に会いたい…)

なんて考えていたら鯉の骨が心臓を突き刺していたのも気にならなかった。

むしろ(これが恋の痛みで胸が苦しくなる現象か)と勘違いした。

イマイチ元気が出なかった荒久須だったが、前にネットで得た知識で「精力剤を飲むと元気ビンビンになる」と聞いたことがあり、とても欲しくなった。


「ママン、コンビニ行きたいでしゅ!」


「いけません!コンビニには悪魔がいるのよ?」


「悪魔なんていないでしゅ。ちょっと凄十(すごじゅう)が飲みたいんでしゅ。」


「凄十なんて飲んでどうするつもり?

性に目覚めたの?」


「しぇい?」


「元気が出ないなら私が特製栄養ドリンク作ってあげるわ。」


これはまずい、前に飲まされた特製栄養ドリンクで意識を失った思い出が蘇った。


荒久須は慌てて近くに置いてあったアフリカ製のマングローブの置物を倒し道を塞ぎ、かよ子から逃げ出した。


しかし、この家はすべての窓には逃走防止のために木を打ち付けられている。

玄関にも内側から開けられないようにドアロックが仕掛けてある。


必死に逃げ惑う荒久須はクローゼットに隠れ、隙間から見えるかよ子をやり過ごしながら、クローゼットにかけてあっためちゃくちゃオシャレな服に着替えた。

隙を見て玄関に向かい走り出すがドアを突き破り執拗に追ってくるかよ子。


「荒久須ちゃん〜出ておいで〜。」


荒久須はお菓子箱に入ったこんぺいとうを巻きビシのようにぶちまけ、すり鉢に入れていたとろろをぶっかけた。かよ子がチクチクネバネバの山かけかよ子になっているその隙に玄関に走った。


しかし玄関には6桁のパスコード式のドアロックが仕掛けてある。

焦りつつ当てずっぽうに番号を入れるが、なかなか開かない。

かよ子はもう5メートル先まで近づいている。

そして4メートル…3メートル…2メートル…1メートルと距離を縮め、あと20センチというところでヤケクソになり浜省の生年月日を入れた瞬間、カチッと音を立ててロックが解除された。


荒久須はドアを開け外に飛び出した。



「自由だあああああああああ!」


と思わず走りながら叫んだ。



荒久須を取り逃がし、歌舞伎役者のように悔しげな表情で顔を歪ませたがかよ子だが、ふと冷静さを取り戻した。


「フフン、まぁいいわ…。あの子の尾てい骨にはGPSが仕込んであるもの…。」

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