余命50年の花嫁
駒弦
第1話 謎の女子レスラー現る!
この物語は0.5%ほど事実を元にしたフィクションである。
ロサンゼルスから約9000km離れた日本のとある都道府県での出来事。
ほじりたての鼻くそのような生暖かい風が吹く季節。街行く人々は皆陽気な太陽を浴び、セロトニンをブニュブニュと分泌させていた。
そう、今日は年に一度の祭り、"親知らず祭"の日である。
この祭りは抜歯した親知らずを民衆共がお互い投げつけ合う奇祭である。
街の中央広場。そこに着ぐるみを着た男がいた。
坂井 荒久須(アレックス)。このダサいキラキラネームの彼はガチャ歯で滑舌がよろしくなく、さ行が特に上手く言えない。
自分の名前すら「しゃかい あれっくしゅ」と言ってしまうほどだ。
その日は地方のキャンペーンイベントにゆるキャラの着ぐるみを着て出演するバイトをしていた。
荒久須は亀をモチーフにしたキャラの着ぐるみのを担当している。それも、顔丸出しである。
可愛くおどけているが、顔丸出しなので周りからは首にタオルを首に巻いた男がオーバーリアクションで動いてるようにしか見えないのだ。
周囲の出店から漂うイカ焼きの匂いと彼の汗の匂いが混じり合い、化学反応を起こし、その匂いは何故かGACKTも愛用する香水"エゴイスト プラチナム"の匂いに変わった。
花の蜜を嗅ぎつけた蝶のように、その甘い匂いに誘われ、女子供が荒久須の周りに群がり、そのついでに写真を撮る。
「みなしゃん握手はOKでしゅが写真はNGでしゅよ。」
そこに雑踏の中から一人、顔にタトゥーをいれた、みすぼらしい少年が目の前に現れた。手にはチョコバナナを持ち、荒久須の顔をジッと見つめ話しかけてきた。
「…お兄ちゃん、今日あんたに運命的な出来事が起こるよ。」
この少年には運勢を見る才能でもあるのだろうか。
訝しげな表情で少年を見つめていたら、よく見ると手に持っているチョコバナナのトッピングに混じって砂利がくっついていた。
…おそらく拾ってきたものだろうか。
「しょんな事言ってぇからかわないでくだしゃいよ!」
その瞬間、まるでカラスのようにまっ黒いカラスが空から舞い降り、肩に止まった。
同時に履いていたアディダスのスニーカーの靴紐が解け、着物を着ていた女性の鼻緒が切れ、晴天にもかかわらず雷が鳴った。
「ぬごっ!」
あまりの急な出来事に尻餅をつき、衝撃で尾てい骨が折れた。
それを見て少年は急に歌い出した。
「痛いの痛いの飛んでゆけ〜♪」
「遠い世界の果てへと〜♪ 知らないどこかの国へと〜♪」「どこかの誰かに〜なすりつけ〜♪」
…すると不思議と尾てい骨の痛みが消えた。
少年はニカッ!と歯茎を剥き出し微笑み、風と共に去った。
もしかすると今頃、遠いどこかの国の誰かの尾てい骨が折れたのかもしれない。
「なんだったんでしゅかね…。」
動揺した心を落ち着かせるためにフリスクを5粒頬張った。
「ふぅ…。」
と一息入れたその瞬間、何かの衝撃で荒久須の顔は1メートルほど吹っ飛ばされた。
「…おいお前大丈夫か!?」
と誰かが倒れた体を足でつついた。
起き上がるとそこにはバドガールのレオタードを着た女が立っていた。
「ワリィ、足が滑っちまってドロップキックがあらぬ方向にいっちまったみてえだ。」
どうやら横で行われていたプロレスの催し物に巻き込まれてしまったようだ。
───────
これが彼女との最初の出会いだった。
その女の名は岸田可憐(カレン)。
"グダグダプロレス"所属の女子レスラーである。グダグダプロレスとはハッキリとした勝敗を決めず、いつも泥試合で終わらす事をモットーに立ち上げられたプロレス団体である。
攻撃も膝カックンやしっぺ、猫パンチと子供騙しな技ばかりだ。
彼女はその超ゆとりな団体のやり方に常日頃から不満を抱いていた。
この日はそのフラストレーションが爆発し、禁じ手のドロップキックを放ってしまったというわけだ。
「ワリィな。でもお陰でおめえの不細工な顔がマシにになったんじゃねぇか。」
彼女は"可憐"という名前には似つかず口が悪かった。
「あ…あなたはもしや、う…運命のひとでしゅか?」
「何言ってんだおめえ。殴るぞ。」
そう言って彼女はその場を立ち去った。
その時、ヒラヒラと胸元からラジオ体操カードを落としていった。
荒久須はラジオ体操カードを拾い、そこに書いてある名前を小声で読み上げた。
「岸田…か、か…あわれ?」
まだ痛む頰をさすりながら、(罵倒されるのも意外と悪くないもんだな。)と思った。
「これが運命的なできごと…。」
そう呟き、サイフのカード入れに入れていたロト6のクジを捨て、代わりに岸田可憐のラジオ体操カードを大事そうにしまった。
そのロト6のクジはキャリーオーバー中で6億円の当選クジだったとはつゆ知らず…。
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