第12話『再会はいつも遅すぎる』

     ◇


「それにしても、この状態で脂汗一つかかないってのは、凄いを通り越して不気味だよなぁ」


 手当をしながら、ジンは言う。スズネの指揮下に入ったところで、最初の命令が捕虜・・の手当だったからだ。

 帽子屋は、汗一つかいていないどころか、微笑すらたたえている。


「アンタ、サイボーグか何か?」


「仕事柄、痛めつけられるのは慣れてますので」


 痛めつけられる、というのがどの程度なのか、ジンには測りかねた。少なくとも、両手両足に風穴が空いた上で平然と喋る人間を、彼は今までの人生で見たことも聞いたこともなかったからだ。

 しかし、スズネも顔に似合わずよくやるものだ。

 まぁ、世の中子供に爆弾持たせてテロ行為、なんてのは数百年来の伝統だし、そういった心理的効果も見込めるからこそ、廃れない攻撃方法なのであろう。

 そんなことを考えていたら、いつもは口が回って止まらないジンの口数も、自ずと少なくなっていた。


「情報屋ってのは、難儀な商売だなぁ……」


 なんとか口を回そうとするものの、いつもの冴えはない。実のところ、いつも通りだった所で、周囲のジンに対する評価は冴えない奴、というのに変わりはないのだが。


「難儀でない仕事・・など、この世に存在しますか?」


「いや、全くおっしゃる通り」


 仕事・・とは、難儀なものだからこそ、それに見合う対価を得る事ができる。

 時間を明け渡し対価を得るだけなら、それは単なる作業に過ぎないのだ。


「先程の話に戻りますが……」


 帽子屋は微笑を崩さずに続けた。


「痛みには少々、耐性があるんですよ。まぁ——、不感症なもので」


 センスの無いジョークに、ジンの口数は更に減った。


「それよりも、ハーパーの機体は、どうしたのです?」


「どうもこうもねぇよ。運べるような機材もないし、そもそも瓦礫の下敷きだ。仕方がねぇからそのまま放置。デブリの発生が落ち着けば、回収出来ないこともないだろうが……」


「――――そうですか。と、なると、彼らの目的はやはりあの機体という事なのでしょうね」


「あん? どういうことだよ」


「いつもなら代金を頂く所ですが、今回はサービスです。あながち同業者・・・とも言えなくないでしょうし――――」


 帽子屋が呟くと、ジンの纏った空気が変わる。薄ら笑いは露と消え、張り詰めた弓の弦のようなジンの目は、揺らぐ事無く帽子屋を捉えていた。


「アンタ、どこまで知っている」


「無論、どこまでも」


「ウチのボスにやられた分じゃ、足りなかったと見える」


貴方のボス・・・・・、ではありませんがね。上長という意味では、そうなのかもしれませんが――――」


 瞬間、ジンの銃口は帽子屋の脇腹に接していた。


「穴の数が足らないようだな」


「このオンボロ船で引き金を引けば、貴方の本来の仕事がボスにバレてしまうのでは?」


「なぁに、こちとら工作のプロだ。んなこたぁ、アンタも重々承知だろう?」


「いやはや、参りましたね。これでは知っている事は何でも喋ってしまいそうだ」


 肩をすくめた帽子屋は、ジンに催促され、続きを話し始めた。


「亡霊の方々の狙いは、フォボスⅡではない・・・・ということですよ」


「だろうな。奴らにはどうやら兵力もある。今更、難民衛星如き狙った所で、得るものも少ない」


「ですが、得るものそのものが、その難民衛星にあったとしたら?」


 そこでようやく、ジンは拳銃を仕舞い、部屋の隅にある椅子に腰かけた。何か合点がいったように、剣呑な雰囲気を解く。


「火事場泥棒――――というには大胆過ぎる」


「囮というものは、大胆が過ぎるほど効果があるんですよ。困ったことにね」



     ◇


「どうだ、良い塩梅か」


 煙草の煙を燻らせながら、ウォルフは尋ねる。その相手は、無心でコンソールを只管叩いているエヴァだ。

 反応の無い相方に肩をすくめ、ウォルフはデスクの上のマッカランをボトルごと煽った。スモーキィな風味が鼻孔を抜け、腹の中に熱が灯る。

 ふと、デッキの奥の機体を眺める。フォボスⅡで回収した、黒い機体。ハーパーの乗っていた、『ワイルドカード』だ。

 懐かしい機体。

 忌々しい機体。

 ウォルフの胸に、様々な思いが去来する。

 かつて、友だった。

 そして、敵になった。

 戦争は終わった。

 では――――、今は?

 すっかり短くなった煙草を灰皿に押し付け、ボトルを再び煽ったところで、コンソールを叩く音が止まった。


「終わったのか?」


「ええ、今、ハッチが開くわ」


 空気の抜ける音とともに、ハッチが開く。中には、懐かしい顔が座っていた。男はゆっくりと立ち上がり、機体を降りた。


「よぉ、親友。ようやくお目覚めか?」


「ああ、なんだか、長い夢を見ていた気がするよ」


「夢……そうかもね。とにかく、おかえりなさい。マーク・・・


 幼馴染三人・・・・・は、再会を祝い、肩を抱き合った。

 かつて共に笑いあったあの丘とは、似ても似つかぬ場所で。

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