第11話『待ち人は突然やって来る』
◇
スズネ・イチノクラは、好き嫌いが少ない部類の人間だ。と言うより、余所事に関心が無いと言ったほうが近しい。一つの事にのめり込むと、途端に視野が狭くなる。隊を預かる人間としてはどうなのか、と自分でもよく判断に困る。
そんなスズネにだって、はっきりと嫌悪感を示すものはいくつかある。
一つ、女を武器にする人物。
一つ、蝙蝠の様にあちこちに味方する人物。
一つ、目的達成の為に、己の手を汚さずに済ませようとする人物。
目の前に捕えられている男は、そのうち二つに当てはまっている。
「帽子屋、貴方の目的は何なの?」
答えが聞けるとは思っていない。回答はテンプレートに決まっていた。
「目的も何も、我々の商売はそういうものですから」
スズネが撃ち抜いた脚には、応急処置とは言いにくいほど雑に包帯が巻かれていた。エライジャがやったものだ。彼女は煙草を燻らせ、遠巻きにこちらを眺めている。
過去にも情報屋を使った事はあるが、皆一様に同じ回答だった。だから、スズネは情報屋が好きになれない。
「――情報が得たいのであれば、それに見合う報酬をお願いしたいところです」
「報酬――? そう……、さっきくれてやった鉛玉じゃあ足らないっていうのね」
言って、スズネは拳銃を取り出す。今度は帽子屋の肩に銃口を押し当てる。
「出来れば、現金払いでお願いしたい所なのですが――」
最後まで口にはさせず、銃声が鳴り響いた。
一発、二発と両肩を穿つ。肩の後は腕だ。後遺症が残らぬ程度に、筋肉を狙い銃口を押し付け――。
「――スズネ、流石にやりすぎ」
エライジャの静止に、スズネは我に返った。
「――――そうね、ごめんなさい」
かろうじて呟いた声は、酷く掠れていた。
また、悪い癖が出た。
「情報屋に拷問は無駄。拷問で吐くような奴なら、こんな危ない橋は渡らないし、もしそんな奴が居たとしたら、三流も良いところ」
もっともらしいエライジャの意見に、頭に上がった血が下がっていくのがわかる。全くそのとおりだ。コレはただの憂さ晴らしに過ぎない。それどころか、自分はこの行為を楽しんでいた節さえある。
「いやはや、嗜虐趣味がおありでいらしたとは。PM社も面白い人材を雇っておいでで」
「会社は関係ない。そもそも今は休職中よ」
「おやおや、おかしいですね。私の得た情報に拠れば、既に貴方には新設部隊への辞令が出ているはず。既にここに迎えを寄越しているはずなのですが――」
答えに詰まり、スズネは奥歯を噛みしめる。
「耳を貸しちゃ駄目。口八丁で戦場を生き延びる奴らなのは、スズネもわかってるはず」
そうではなかった。
帽子屋の言うとおりなのだ。
辞令は確かに出ていた。だが、スズネはそれに従わずに独断で亡霊を追っていた。どうせ使いみちのなかった有給が溜まっていたのだ。なるほど有意義な使いみちだろうと、スズネは考えていたのだが。
「迎え――と言ったわね? 一体誰が――」
瞬間、ドアが開いて一組の男女が入って来た。
「うわ、こりゃヒデェな。なにコレ、隊長さんがやっちゃった訳? うわうわうわ、脚に肩に腕に致命傷を避けて、ってどんだけ器用なんだよ。つかさ、拷問は条約違反になっちまうよ? 会社にバレたら大事になっちまうって」
芝居がかった口調で男は喋り続ける。そして、そのまま帽子屋の拘束を解いた。
「貴方、何をやって――」
「その男は我々が雇った情報屋ですよ。
一緒に入ってきた女が言う。
帽子屋と軽口を叩き合っていた男も向き直って、言葉を続けた。
「おっとぉ、申し遅れました。この度、スズネ・イチノクラ隊長の新設部隊に異動を命じられました、ジン・ヘンドリックスでぇ~す」
「同じく、スミノ・ウオツカです。偶然にも、この船のオーナーを救出し、移送したところでした」
オーナー――ハーパーのことだ。どうやら、何かあったらしい。
「ハーパーは? 無事?」
早口でエライジャが問う。
「ええ、命に別状はないとドクタが。ただ、意識は混濁状態のようで、休養が必要だそうです」
「休養が必要なのはこっちの案山子野郎もなんだけど、な」
「ジン、いい加減に軽口を控えて」
肩をすくめるジンを一瞥して、スミノは続けた。
「それよりも隊長、早くこのコロニーを脱出しなければなりません」
「――どういうこと?」
どう説明すべきか迷うような素振りをした後、スミノは簡潔に述べた。
「このコロニーは、あと数十分で崩壊します」
――沈黙の後、宇宙港にアラートが鳴り響いた。
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