第10話『追憶は色を変える』

     *



『――――――――お前は、誰だ?』




 亡霊が問いかける。




『――――――――お前は、何者だ?』




 亡霊は尚も問いかける。




『――――――――お前は、どこから来たのだ?』




 何を言っている?




『――――――――お前は、どこへ向かおうとしている?』




 どういうことだ、質問の意味がわからない。




『――――――――お前は、いつからお前になったのだ?』




 水の中に響くような声は、絶えず問いかけてくる。


 お前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はお前は―――――――――。


 自我が揺らいでいる。眠りに落ちる感覚に似ているそれは、致命的が故に危ういものだ。

 巡りの悪い頭を振り絞り、何とか事故の再認を繰り返す。

 名前はフランク・ハーパー。

 運び屋『ターキーズ』のリーダー。

 火星出身で、元軍人の流れ者。脱走兵。

 今の名前も偽名で、本当の名前はmm@@0-9@;:p@[――――。


 おかしい。

 ただでさえノイズの酷い頭の中に一際大きなノイズが走ったような――――。


『――――再度問おう。お前は、何者だ?』


 ぎくり――、と。

 心臓を鷲掴みにされたようなその問いに俺は答えることもできないまま――。


(――パー……! ち……と……しっか……)


 頭の中のノイズが酷くなっていき――――。



     ※


「ハーパー! ちょっとしっかりしなさいっての!」


 ――――そして現実に引き戻された。


「――――――ッ!!」


 目を開けるやいなや、オンボロのラジエータのような浅い呼吸を繰り返し、呼吸が整ってきた時には全身は水を被ったかのごとく汗でぐっしょりだった。

 まるで自分の肉体・・・・・・・・ではないような・・・・・・・、他人事みたいな自己認識。ノイズだらけだった頭は嘘のようにスッキリしていて、冷え切っていた。

 身を起こせば、視界に入るのは破壊されたビル達の光景だ。


「俺は、撃墜おとされたのか」

「そうみたい。ハーパーが銀色の奴とやりあってる背中を一撃、ね」


 声の主に振り向くと、埃まみれで薄汚れた顔のノアーズが微笑んでいた。


「ホント、ビビらせないでよね。ハーパーは、リーダーなんだから、勝手に居なくなるなんて――」


 憎まれ口を叩く口調が涙ぐんでいることに気付いて、そっとノアーズを抱き寄せる。


「――すまない。ちょっと先走ってしまったみたいだな」


「ホントよ、アンタが居なくなっちゃったら、私――――」


 その続きを口に出そうとした所で、彼女の涙腺は決壊したようで、俺の胸で大きな声を上げて泣き出した。

 どれぐらいそうしていただろうか。

 少し離れた所で、見知らぬ二人がこちらの様子を窺っている事に気付く。


「ちょっとちょっとなにコレ、めっちゃ良い雰囲気出しちゃってるじゃあないの。ラブでコメっちゃってるじゃあないの。オジサンちょっとヤダよ、こんな甘ったるい空気に水を指すのはさぁ」

「私だってそんなお役目御免よ」

「いやいや、むしろこういうのは女性の方が入りやすい空気なんでないの?」

「はぁ? 何その独善的な印象操作は。そういう奴が居るから軍でも警察でも女性の立場ってのがいまいち向上していかないってのよ」

「あ、出たよ! 意識高い系女子出てきた! そういうとこが特に今の状況にピッタリのお役目だと思うんだよオジサンはね? そういう空気読めなさを持ってさ、この甘~い空気をバッサリと断ち切って欲しいんだよなぁ」

「あ、ん、た、ねぇえええええ――!」


 何やらヒートアップしてらっしゃるご様子ではあるが、泣きじゃくるノアーズを宥めて、二人に声をかけることにした。


「ちょっと、そこのお二人さん。悪いんだけどさ――」


 その瞬間だった。

 遠く響く重音が耳朶を震わせたかと思うと、激しい地響きが俺たちを襲った。


「なんだなんだぁ!?」

「ちょっとこれ、地震ってどういうこと?」


 言い合いをしていた二人も慌てて状況を把握する。

 数分の間地響きが続いたかと思えば、遠くで連続する爆発音が響いた。


「これは――戦闘の音じゃないな」


 男は何か思い当たったのだろうか。


「こいつはヤバイな。スミノ、脱出の準備だ」

「それはつまり、予想はビンゴだったってこと――?」

「当たりも当たり、三連単ってところ。おーい、そっちのお二人さんも、良いかな?」


 簡単な自己紹介を済ませると、深呼吸した後に男は続けた。


「俺達の予想が間違ってなけりゃ、このコロニー、しばらくしたらスペースデブリの仲間入りだぜ?」

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