第9話『出会いは常に必然である』

     ◇


「スミノよぉ、俺らは何だってこんな辺鄙なコロニーに居るんだ?」


 ジン・ヘンドリックスは、溜め息をつきながら相棒(パートナー)であるスミノ・ウオツカに話しかけた。


「そりゃ、ウチらの新たなボスが休暇中のまま、行方を眩ましたから、でしょうね」


 遮蔽物の影から身を乗り出し、安全を確認しながらスミノは答えた。轟音や衝撃が収まってから間もないが、どうやら戦闘状況は終了したようだ。手にしたハンドガンをホルスターに収め、ゆっくりと立ち上がる。


「彼女、スズネ・イチノクラはこのコロニーに居るはずよ。彼女の端末のGPSがトチ狂ってやしない限り、ね」

「しかしなぁ、その端末は宇宙港の方へ向かってるぞ。結構なスピード、こりゃ車に乗ってるな。それも良い車だ。きっとオープンカーだね。2シーターの」


 ジンの軽口を受け流しつつ、スミノも応じる。


「それも――今の今まで戦闘状況にあったこの場から、ね」

「どっちを調べる? 目の前の戦場跡か、遠ざかるターゲットか」

「――当然、近場からよ。何か手がかりがあるかもしれない」

「手がかり? 交渉材料の間違いじゃないのか?」

「そうね、会社への報告も色々と考えなきゃならないだろうし」


 軽口を交えながら、二人は周辺の探索を始めた。


「それにしたって、こんなコロニーで機動装甲服(ドレス)を持ち出してドンパチってのは、随分穏やかじゃないよな」


 瓦礫を脚で避けながら、ジンは言う。


「しっかも何アレ。どうやったらあんな滅茶苦茶な戦闘機動(マニューヴァ)出来るんだよ意味わかんねぇ。映画やホログラフじゃねーんだぞ、戦争ってのは」


 確かにあの二体のドレスの動きは異常だった。既存のどのドレスを取ってみても、あのような戦い方は不可能に近い。よしんば、リミッターを振り切って限界機動まで持っていったとしても、あれでは中の人間が保たないだろう。


(もしかして、本当に亡霊の尻尾を掴んだ――?)


 浮足立つ思考を抑えるように、スミノは探索に没頭する。

 二人はPM社の作戦司令部から、休暇中のスズネ・イチノクラの動向を追うように命じられていた。その理由は、亡霊対策の為の新設部隊の隊長に、スズネを任命するから、とのことだった。すでに末端部分の人員配置は粗方完了していた。

 しかし、実際は連邦捜査局FBISとの極秘協力体制の基、下された作戦指令であった。

 スミノはその為に潜入捜査官として派遣されている。すでに一年半、PM社で傭兵として仕事をこなしていた。


(12家族暗殺事件と、亡霊との関連。そしてスズネはその現場に居た数少ない生き残り)


 あの事件での生き残りは、スズネと直属の部下である二人のみ。そしてその部下は重傷を負い、現在も意識不明のままだ。


(つまり、両者の繋がりを知っているのは当事者のスズネだけ――)


 知らず、瓦礫を漁る手に力が入る。それを抑えるように深呼吸した所で、相棒が声を上げた。


「怪我人だ――、瓦礫の下敷きになってる!」」


 スミノと年齢は同じぐらいだろうか。若い女だった。


「おいアンタ、大丈夫か! しっかりしろ、何が合った?」


 助け起こされる身体をよく見れば、露出の多い服装のあちこちに傷があった。どれも深くはないが、生身で戦場に居たにしては少し、軽すぎる傷だ。


「う――、アタシ、どうなって――」


 意識を取り戻した女はゆっくりと身体を起こすと、スミノ達の顔を見て、押し黙る。


「貴女、大丈夫? 一体この戦闘は何があったの?」


 何かを考える素振りをして、女は答えた。


「アタシ達もあまり判ってはいないんだけどね。亡霊共が、少しちょっかいをかけてきた――ってな感じ」


 自分の唾を飲み込む音が分かるほどだった。焦りとは違う冷や汗が、スミノの背中を伝う。


(来た――――!!)


 冷静を装う為に腕を組み、女に続きを促す。


「ちょっと前に知り合ったばかりの奴がさ、仲間の親戚と関わりがあって、その因縁ってやつ」

「なに、要はオタクら巻き添え喰ってるワケなの? そりゃ災難だ」

「ま、そういう訳とも少し違うんだけど――」


 女が何かを思いついたように、人差し指をピンと立てて言った。


「丁度良かった、その仲間のうちの一人を探してるとこなんだ。アンタら、手伝ってくれない?」

「人探し? 俺らもその最中なんだよなぁ――」

「ジン、余計な事は言わなくていいの!」

「余計な事たぁなによ、俺だってねぇ、好きでお前とこんな辺鄙な所にはるばるやってきたワケじゃないの。仕事なの。お仕事なの。おわかり?」

「だあああ、もう、しつっこいわね――」


 煩い相棒を宥めすかしつつ、女の顔をしっかりと見据える。


「私はスミノ・ウオツカ。こっちはジン・ベイカーズ。良いわ、貴女の提案に乗ってあげる。ただし、こっちの目標を見つけ次第、共同作戦は終了よ」


 女はニヤリと口の端を吊り上げると、ためらいなく答えた。


「交渉成立――! あ、アタシはノアーズ・ミル。少しの間、よろしくね。それと――」


 ノアーズは立ち上がり、バツの悪そうな顔で言った。


「――――どっちか煙草持ってたら、一本くれない?」

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