第6話『銀狼は孤高の存在である』

     ※


 爆発は続いていた。

 軍基地から始まったそれは、次いで統合政府支部、それから地球側の人間の宿舎と立て続けに起こった。


『フォボスⅡには他のコロニーと一線を画す点が一つある。リニアトレインのパイプが、そのまま外骨格になっているの。それがやられると簡単に崩壊するけど、逆に言えば……』


エライジャの通信がコクピットへ響く。

 骨組みさえ残ってれば崩壊は免れる。


「つまり、奴らの目的は別にある、と」

『単なるテロ行為じゃないわ。おそらく、罠でしょうね』


 スズネも同じ結論に辿り着く。

 テロリズムは暴力の具象化だ。俺たちは力を持っている。だから脅しに屈しろ。無差別に人質を取り、その暴力をいつでも行使出来ると表明するのが、古来から彼らの定石だ。


「邪魔者の排除。奴らの目的はそれだ。事故、暗殺の次はテロに見せかけて消す」


 奴らの本当の目的はわからない。だが、することは一つだ。


『なら、かかる火の粉は振り払うしかないわね』


頷いて、シートに身体を固定する。アームレストも腕に。フットレストも同様だ。


「クロウ、頼む」

『あいよ』


 ハンガの固定具が離れた。機体は今、丁度体育座りの体勢だ。

 足を軽く踏み込む。機体が立ち上がり、オートバランサが機体を直立の体勢へと持っていく。

 鉄の鎧。機動装甲服ドレス

 二十世紀以降の戦争は、権力者がボタンを押し、電話で指示を出すだけでミサイルの撃ち合いになる、簡素なものだった。それではまるで、人が戦っているのか、権力が戦っているのか、まるでわからない。

 それを危惧した人類は、人間同士の戦争を、闘争を取り戻そうとした。

 結果、戦争は中世の戦いの再演となった。戦場が宇宙となっても、それは変わらない。


「さて、行こうか」


 そして、俺は鎧を纏った兵士へとなる。

 『死神』が、『亡霊』を狩りに行くのだ。


     ◇


「二度も撃ちたくない、か。我ながらクサい台詞だぜ」


 独り言を口ずさみながら、煙草に火を点けた。


「そうね、貴方にしては感傷が過ぎるわね」


 背中から声が掛かる。振り向かずとも、声の主はわかった。


「エヴァか。こっちにはいつ着いた?」

「昨夜よ。貴方がと会っていた頃かしらね」


 どうやら事情はお見通しらしい。


「彼は――マークはどうだった?」


 抽象的な質問だった。ウォルフは少し悩み、思った通りの感想を述べる。


「相変わらず脳天気な野郎だったさ。あんなんで、部下がよくついてくるよな」

「昔からそうだったわ。上に立つタイプじゃないもの、彼。言われたことをこなすことだけは、誰よりも上手かった。だから、学校でも軍でも成績優秀だった」


 ウォルフとエヴァン・ウィンクル・ローズ――エヴァは、幼馴染と言っても過言ではない関係だ。そこにもう一人、マーク・メイカーズと三人で、幼い頃からいつもつるんでいた。


「撃ったのね?」

「ああ。だが外した」

「どうして?」

「気分だよ」


 ウォルフは気分屋だ。たとえ上の命令でも、気分が乗らなければ従わない。その牙は、いつ味方の首に食い込むかわからない。そのせいで、彼は軍人時代、部隊を転々としていた。皆、ウォルフを持て余していた。まるで野生の狼だ。挙句、付いた通名が『銀狼』だ。

 そしてその『銀狼』も今や、一人の男に付き従っている。


「でも、そうなると、出てくるわよ。『死神・・』がね」

「その時ぁ、その時だ。次はる」

「気分が乗らなければ?」

「その時は、そうさな。お前さんがやればいい」

「そうね、そう言うと思ってたわ」


 言いながら、エヴァはウォルフを抱きしめる。背中から、顔も見ないまま。

 エヴァが見ている相手は、別に居る。それはわかっていた。だが、ウォルフは拒まない。


「時間だな」


 準備は整っている。

 『亡霊』たちは動き出す。

 闇に紛れて、人知れず彼らは戻ってきた。

 奇しくも日付は、10月31日になろうとしていた。


「さぁ、感謝祭の始まりだ」


 それは忘れられた祭。

 今やそれを祝うものなど、この街にはいない。


     ◆


  『死神』と恐れられた男が居た。

 その男は、実に効率的に敵を殺害した。

 ただ、命じられるままに、敵を殲滅した。

 男はマシーンだ。立ち塞がる敵を、ただ排除する。

 引き金を引く。剣を振り下ろす。槍を突き刺す。大鎚を叩きつける。

 胸に孔が貫く。首が裂かれる。腹わたが漏れ出る。頭蓋骨が砕け散る。

 幾つもの夜を越え、男は殺し続けた。

 やがて男は気付く。

 いつの間にか、命じていた側を殺していた。

 命じる側が変わったのか。

 問題ない。

 入力と出力を繰り返す。

 殺し、

 破壊し、

 血の雨を浴びる。

 幾度繰り返しただろう。

 宇宙に漂う塵の群の中。

 戦争は終わったのだと、男は知った。


 『銀狼』と恐れられた男がいた。

 男は、まるで野生の獣だった。

 その男は、己の敵となるものに牙を向いた。

 時は命じられた以外の敵にも、喰らいついた。

 獣に首輪は付けられない。

 拳を叩きつけた。爪先を叩き込んだ。その牙で敵を喰いちぎった。

 獣の狩りは夜毎続く。夜毎獲物を狩り続ける。

 だが、獣の渇きは癒せない。

 銀の狼は孤高の存在だった。群れに居てもなお、彼は独立した存在だ。

 やがて獣は気付く。

 彼が狩るべきはただ一人。

 連れ添う番も同意する。

 獣は吠えた。

 戦争は終わった。

 狩りは終わらない。

 だから今日も、狩りに出かける。


     ※


 衝突は工業地帯だった。

 幾つものプラントから炎が上がり、そこで働く人間たちも皆、避難を済ませているのだろう。もしかしたら、逃げ遅れた人間が居るかもしれないが、それは俺たちに関係のないことだ。

 こちらの戦力は三騎。

 前衛にスズネの『フロンティア』。薄水色の機体、は良く言えば汎用性の高い、悪く言えば没個性的な機体だ。辺境の基地警備隊や、民間の警備会社などに配備されている。

つまり、搭乗者の地力がはっきりと出る機体である。

 それに続くはノアーズの駆る『イヴ・サン・ローラン』。M系列の機体をベースにした、クロウのハンドメイドモデル。分厚い装甲が真珠色に輝くノアーズの専用機。近接戦闘、格闘戦を主眼に置いた機体で、彼女の趣味で巨大なモーニングスターを装備しているのが特徴だ。

 殿を務めるのは俺の『ワイルド・カード』。漆黒の機体は大戦中に火星で開発された、採算度外視の機体だ。

 運河を出てすぐ、崩れた鉄鉱石プラントから4騎現れた。見慣れない機体、データベースにもない。


接敵コンタクト。交戦規定は?』


 スズネが事務的に尋ねてくる。


「俺達は軍人じゃない。好きにやってくれ」

『了解』


 短い返事でスズネは前に出る。

 1歩。

 2歩。

 3歩目で加速。

 そこからは見事という他ない。4歩目を踏みしめる頃には敵が2騎、崩れ落ちていた。ナイフを抜く動作すら見えなかった。

 スズネは中々の腕のようだ。嬉しい誤算といえる。

 残る2騎は、高く跳躍する者と潔く後退する者に別れた。

 その隙を見逃さず、跳躍した機体へモーニングスターの投擲が迫る。ヒット。胸の中心へと叩きこまれ、勢いを殺された鉄球は、自重と共に敵をそのまま地面へと叩きつけた。可哀想に、あれじゃ潰れたトマトより悲惨だ。


『逃げた奴が増援を読んだ。数は12。前方、距離300』

『私がやる!』


 今度はノアーズが前に出た。

 再び鉄球が唸りを上げる。

 敵のマシンガンが掃射される。だが、『イヴ・サン・ローラン』の装甲を貫くことはなかった。

 重装甲の腕が展開する。内側から覗くのはブースタ。


『フォロー頼んだ!』


 言うや否や、加速された豪腕をノアーズは叩き込んでいた。敵の倍はある腕が敵の腹を貫く。

 敵を引きずったまま、すぐ背後の敵へと迫った。まるで狂戦士のような振る舞い。敵の混乱が見えるようだ。

 相変わらず、クロウの作る装備とノアーズの戦い方はイカれてる・・・・・

 対してスズネの戦い方は理路整然としていた。

 隙を作り、敵を誘い、確実に叩く。

 完成された戦い方。実に職業軍人らしい戦い方。多くの機種を乗り慣れているのだろう。相当修羅場を潜っていると見た。

 このご時世、正規軍よりPMCの方が場数が多くて当たり前ではあるが。

 気付けば、12騎居た敵が5騎に。俺はと言えば、傍観していただけ。有能な相方と、優秀な援軍によって、不利な戦況は簡単にひっくりがえっていた。

 元々、不利とは思っていなかったが。

 銃声が止んだ。

 静まり返った戦場で、視線を感じる。

 爆発を免れたタンクの上。

 それはあたかも、獲物に狙いを定めた狼のような。

 白銀の機体。

 炎を受けて赤く煌めいているそれは。


『よぉ、一日ぶりだな』


 獣は高く、跳躍した。

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