第7話『獣は嵐の中に踊る』

     ◇


「何なのよ、アレ」


 目の前の戦いをぼんやり眺めながら、スズネは呟く。

 黒い影と銀の影が、見るのもやっとな速度でぶつかり合っている。


『ハーパーの奴、本気だわ』


 ノアーズの息を飲む声に、思わずスズネも息を飲む。

 機甲服ドレスは巨大な人型兵器、とはいえ鎧の延長線上にある。即ち、その動作は人間の動作の延長線上にあり、人間の想像の範疇を超えることはないはずだ。

 にも関わらず、この出来事は何だというのだ。

 人型の獣が喰らいつく。あわや音速というスピード。

 黒い狩人はそれを軽くいなす。それも最小限の動きで。

 それが何度も、何十回も繰り返されている。

 アレは戦いではない。

 だ。

 恐らく、獣の方は奴――ウォルフが乗っている。

 ――――無理だ。敵わない。

 自分の無力さを認めるとともに、スズネはその嵐から目が離せなくなっていた。

 

『二人共、気を付けて!』


 エライジャがアラートを入れた時には、もう遅かった。

 見惚れていたスズネは、一瞬反応が遅れた。

 まず左肩を撃ちぬかれた。左腕が機能を失う。


狙撃手スナイパー!』

『スズネ!』


 次は右脚だ。オートバランサが機能を失う。

 コクピットのアラートが鳴り止まない。

 そこでようやく、コクピットから這い出した。

 機体から距離を稼ぐために、走る。

 そして、次の瞬間には動力炉が撃ちぬかれた。


『射線から位置を特定! ノアーズ!』 

『スズネ、アンタは隠れてなさい!』


 ノアーズが追撃に向かう。通り過ぎる風が、頬に張り付く髪を引き剥がした。

 機体は失われた。

 仇には手の出しようがない。

 ならば、自分は何をする?

 左足に巻き付けたホルスターのベルトを外し、銃を取り出す。

 簡単だ。

 自分に・・・出来る事・・・・をするだけだ。


     ※


『ウォォォォォォォラァァァァァァっ!!』

 

 狼の爪が迫る。

 だが俺は焦らない。

 最低限の動作で、その爪を躱す。

 『アーク・ロイヤル』。『ワイルド・カード』の兄弟機。

 性能差は無い。技量はこちらが上。

 燃料切れガス欠を待つ手はない。俺たちの機体のリアクターに限って、それはない・・・・・のだ。

 攻撃を躱しながら、牽制に剣を振るう。

 当てる気はない。当然避けられる。

 しかし隙を作ることが出来ない。

 事実上の膠着状態。

 獣の爪牙はどこからでも飛び込んでくる。

 それでも俺には届かない。

 剣を持つ右腕を横薙ぎに振るう。

 獣は驚異的な反射神経でそれを避ける。

 拳が来る。避ける。

 左手のハンドガンで足を狙う。弾は弾かれる。

 互いに手の内は知り尽くしていた。

 一進一退の攻防。

 まるで演舞ダンスのようだ。

 機甲服ドレスを纏い演舞ダンスを踊る。

 惜しむらくは、相手が男であることぐらい。

 踊れ。

 踊れ。

 踊れ。

 踊っているのか、踊らされているのか。

 両の手は更に速く。

 両の脚は更に重く。

 嵐の演舞は勢いを増す。

 息を飲む。

 俺は楽しんでいるのか?

 思考と行動が乖離する。

 この感覚は初めてだ。

 背後に気配を感じる。

 だが、何も居ない。

 身体に染み付いた動作を繰り返す。

 何が居る――?

 拳同士がぶつかり合い、跳ね返る。

 誰がいる――?

 返す腕で銃弾を吐き出す。

 お前は誰だ――?

 距離を取る。

 お前は何者だ――?

 気が付けば、天井近くまで上昇していた。

 天井を蹴って、剣を袈裟斬りに。

 受け止められる。


『お前も聞こえるだろぉが! アイツの声がよぉ!』


 声? 何も聞こえる筈がない。

 剣が圧し折られる。その隙に腹に蹴りを叩き込んだ。

 距離を取って、落ちながら互いに睨み合う。

 汗をかいている。

 心臓が異様な程、早鐘を打つ。

 何だ――?


(■■■■■、@#&―――――)


 この声は何だ――――?


(※※※※※※※※?!%――――)


 人の声じゃない。

 鼓動が速まる。破裂するんじゃないかというぐらいに。


(40-843うおpjklsj@そp@;k)


 耳鳴りが止まらない。

 頭痛が酷い。

 目も霞んできた。


『聞こえるだろ? その声はな――』


 息が苦しい。

 頭にノイズが走る――。


『『亡霊』の声だよ』


 コクピットが揺れる。

 アラートが鳴り止まない。

 見たこともない表示がディスプレイに出ていた。

 ――――Trick or Treat?

 再び衝撃に包まれ、意識はブラックアウトした。

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