第5話『亡霊は常に暗躍する』
※
携帯端末は壊れていた。
胸に撃ち込まれた弾丸は、端末が犠牲となって、持ち主の胸に9ミリ口径の穴が空くのを防いでくれたようだ。
熱いと思っていたのは、破壊され、ショートした端末の熱だったみたいだ。防弾仕様の良い奴を買っておいて良かったとも思えたが、たった一発で木っ端微塵なのは、やはり騙された気もする。
そんな言い訳をノアーズに伝えたら、肩を負傷しているスズネと共に、医務室にぶち込まれた。スズネの件についての事情聴取は、治療が終わってからでいいらしい。
スズネの傷は、ドクタ自らが治療に取り掛かっていた。弾丸が骨に引っかかったらしく、まずは摘出手術だという。
こちらの方といえば、CTスキャンだけで終わり、多少内蔵が傷ついてはいるが、問題はなかった。
問題があるとすれば、それはやはり俺自身の方だろう。
名前を変え、身分を変え、己の過去から逃げながらも、それを追いかけてきたのだ。
潮時、というやつだろうか。
皆の前でする言い訳を考えながら、効いてきた鎮痛剤の誘う微睡みに、そのまま身を委ねていた。
※
埠頭であったことを皆に簡潔に説明した。
反応はそれぞれ。
連絡も寄越さず行方をくらましたことに憤りを隠せないノアーズ。
そういうことか、といった表情で納得するエライジャ。
クロウとドクタに関しては、これといって反応もなかった。
「で、イチノクラさんは何でここに居るわけ?」
「だから、さっきも言ったじゃないか。互いに誤解があって、少々トラブルになったって」
突っかかってくるノアーズを宥めるが、彼女は訝しげにスズネを眺めている。
「それに、気絶した俺を介抱してくれていたのは事実だ。ギブアンドテイクとはいえ、こちらが釣りを多めに払わなきゃいけないところだし」
「それにしたった、ハーパーの自業自得じゃない」
痛いところを突かれ、俺は頭を抱えた。ノアーズの言うとおりである。
「ノアーズの言うことにも一理ある。何せ、お前さんを探して街の中を駆けずり回ったんだからな」
ドクタが言うには、彼女は俺を探して明け方近くまで繁華街を回っていたらしい。
「必死こいて探してた奴が、ひょこっと女連れで帰って来たんや。そら、気持ちええもんと違うわな」
気がつけばクロウまでノアーズの側に回っている。
「それは勿論、すまないと思ってる……」
スズネはといえば、我関せずといった顔で一人静かに佇んでいた。
仕方ない、ノアーズには後でフォローを入れるほかないか。
「――まぁいいわ。それより、情報収集の結果を話しあいましょう」
スズネをちらりと見て、ノアーズは気を取り直して仕事モードになっていた。
「私の方は、あまり良い成果とは言えない。何やらきな臭い噂がいくつかあって、PMCの幾つかが、正体不明の部隊の攻撃で被害を受けたっていうこと。その中の何社かは、懸賞金をかけてそいつらの行方を追っているってことぐらい」
おそらく賞金稼ぎの連中から得た情報だろう。似たような話は、俺もバーのマスタから聞いていた。
「それは本当の話ね。私の会社も、そいつらにやられたわ」
そこでようやく、スズネが口を開いた。
「PM社は懸賞金はかけていないけど、私個人は休暇を取って奴らを追っているの」
その話は初耳だった。どうやら、スズネは予想以上に協力的な姿勢を持ってくれるようだった。
「――――へぇ、そう。繋がってきたわね」
ノアーズは悪巧みを思いついたようなニヤケ顔で、続きを催促する。
「あの日、私の部隊は、とある武器商人の護衛任務についていたわ」
そう前置きして、スズネは語りだした。
◆
スズネ・イチノクラの率いる
リカルド・サンタヘレナ。褐色の肌をした、小太りの中年だった。最初期の火星入植者である、12家族の末裔であるというその男は、戦時中から火星、地球両軍を渡り歩き、武器や
12家族と言えば、最早実在が疑問視される眉唾ものなのだが、実際、彼は地球軍にも様々なコネクションを持っていたのだから、PM社にとっては真偽はどちらでもよかったのだろう。
その日は、地球外縁統合司令部との長期間の交渉が終わり、無事に機体を引き渡し、リカルド氏を火星への帰路へと送り出す予定であった。
統合司令部のある小惑星から半日ほどの距離まで航行した頃、彼を火星へと送り届ける部隊から文書で連絡があった。ちょっとしたトラブルで、日程が変更になったらしい。引き渡し先のコロニーには寄らず、航路の途中で船を移るように、との事だった。
思えば、何故あの時本社に連絡を取らなかったのだろうか。スズネは今でも後悔している。気付くべきポイントは幾つもあった。しかし、長く休暇を取っていなかったスズネ達の部隊員に、もうすぐで休暇が取れる、そういった気の緩みもあった事は否定出来ない。
案の定、罠だったのだ。
指示されたポイントには、PM社の輸送船が停泊していた。見慣れた船だ。識別コードからすれば、もう少しで定年退職予定の初老の船長が指揮を取っている船だ。ベテラン揃いの船であり、それもまた、油断を招いたのだろう。
右舷から接舷用の通路を接続し、開放した時、惨劇は始まった。
まず右舷側の待機室で雑談をしていた、α小隊のメンバが襲撃を受けた。まだ十代の少年達だ。一人は気付くまもなく脳天を撃ちぬかれ、一人は応戦しようと拳銃を取り出した所だった。もう一人はそれを援護しようとしていた所を容赦なく殺され、最後の一人はブリッジに連絡を入れている途中で息絶えた。一切の殺意もなく、ただ邪魔なモノを掃除するかのように、その
そして、通信に一人の男が割り込んできた。
赤い髪に褐色の肌。左頬に大きな傷痕のある三白眼の男。
男は訪問客を歓迎する執事のように、落ち着き払った口調で言った。
『よぉ、はじめましてだな。アンタがスズネ・イチノクラ隊長か? 違うなら隊長さんに変わってくれや』
「その必要はないわ。本人よ」
声は震えていただろう。
『なら話は早い。リカルドなんちゃら、って武器商人を引き渡して貰おうか』
「それは出来ない相談ね。もし引き渡したとして、どうするつもり?」
『簡単な話さ。そいつを殺す』
「なら、尚更渡すことは出来ないわね」
『オーケー、交渉は決裂だ。勝手に探させてもらうぜ』
「待ちなさい。貴方達は何者なの?」
『時間を稼ごうとしたって無駄だぜ? 既に俺の手下はこの船の中で家探しを始めてる』
「なら通信に割り込む必要もなかったわね」
『そうだな。これは俺の個人的な趣味だ』
「あまり良い趣味とは言えないわ」
『まあ、そう堅い事言うなよ。サービスで質問には答えてやる』
男は懐から取り出した煙草に火を点けた。
『俺達ァ、『
「ハロウィン? まだそんな時期じゃ――」
『あばよお嬢さん。震えて隠れるのも良いが、俺としちゃ、痺れるような殺し合いがしてぇな』
そこで通信は途絶えた。
それから彼らが離脱するまで、さほど時間はかからなかっただろう。
ドレッサー部隊は疎か、歩兵部隊、輸送船の船員に至るまで、生存者は絶望的なほどに殺し尽くされた。スズネの部隊も、構成要員はみな歳若いとはいえ、それなりの修羅場をくぐってきたはずだ。にも関わらず、一方的に蹂躙されたのだ。
生存者はたった二名。
スズネとその副官である、ミオ・シラクラのみだった。
◆
「ほんなら、あの武器商人が事故で死んだっていうニュースはアレか。自分とこの会社が揉み消したっちゅうことか」
思わず問いかけたクロウに対して、スズネは冷静に応える。
「会社というよりも、12家族の関係者でしょうね。アレから一応調べてみたけれど、リカルド氏は本物の12家族の頭首だったみたいだし」
「ちょっと待って、さっきから言ってるその12家族って、一体何者なのよ?」
そういえばノアーズは地球生まれだった。知らないのも無理はない。火星で生まれ育った人間にとっての常識でしかないのだろう。
「12家族。第一次火星入植者達の総称。由来は彼らが12組の家族だった事から来てる」
それまで黙っていたエライジャが口を挟んだ。
「元々、最初期の入植者達は旧貴族や政財界の大物、その傍流の家の人間が多かった。私の曽祖父もそのうちの一人。彼らは将来、火星が独立を目指そうとした時に備えて、地球側が送り込んだ、いわば
突然の告白に、ノアーズ以外の皆も目を白黒させている。良いとこの娘だとは思っていたが、結構な大物の家だったのか。
「エライジャ、あんたお嬢様だったのね」
「昔の話。今はもう関係ない」
ノアーズの的はずれなコメントに、いつも通りのクールさで返すエライジャだった。
「しかしなんでまた、『亡霊』達はそんな大物を狙ったんだ?」
話が逸れそうになってきたので、すかさずフォローを入れる。何かが繋がりかけている気がするのだ。
「ここからは、私の推測でしかないのだけれど――」
スズネはあくまでも、と強調して続けた。
「ここ数年で、12家族を狙った暗殺や事故が多発している。つまり、あの『亡霊』達は、また戦争をやろうとしているのかもしれない。以前は安全装置のおかげで、地球側が勝った形になったけれど。今度はその安全装置を周到に排除してから、本当の勝利を得ようとして――――」
その時だった。
「なにこれ、地震!?」
たしかに揺れている。だが、ここは港に接舷した船の中だ。それが揺れているということは。
非常事態警報が鳴り響く。
エライジャが、壁のコンソールを操作し、状況を確認して目を見開いた。
「どうやら、良くない状況みたいだな」
聞かなくても、なんとなくわかっていた。
12家族の暗殺。
姿のチラつき始めた『亡霊』。
再会したウォルフ。その仲間。
繋がっているのだ。様々な出来事が。全て。
「――――ええ、軍の基地で、大規模な爆発。おそらくは、間違いない」
事態はいつも、俺達の目と鼻の先を回っている。
尻尾を掴んだつもりでも、それはトカゲの尻尾でしかない。
ふと、
だからと言って逃げるつもりはない。
スズネを見る。彼女も、そのつもりのようだ。
「余っている
「予備の『フロンティア』が格納庫にある。好きに使ってくれ」
迷っている暇はない。『亡霊』は見えない所で動いている。
「さあ戦闘準備だ。みんな、覚悟は良いか?」
異論を唱える者は、誰ひとりとして居なかった。
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