第4話『夜の港は静か過ぎる』

     ◆


「ったく、ハーパーの奴、何処で油売ってんのよ……」


 数時間前の事である。ハーパーと共に情報収集にとバーへ向かったノアーズは、知り合いの賞金稼ぎに、何かいい情報は無いかと探りを入れていた。

 彼女とは対照的に、動かず、店のマスタから探りを入れていたハーパーは、何かに気付いたように店の外へと飛び出していった。

 それだけならば、よくあることで済んだ話だ。小一時間も経てば、収穫のなかったハーパーがしょぼくれた顔で帰ってくるのが関の山である。

 しかし、3時間以上経って、連絡の一つも寄越さないというのは初めてのパターンだった。

 これを訝しんだノアーズは、大した収穫のない情報収集に見切りをつけ、ハーパーを探す事にした。

 大して広くもない繁華街だ、そこらの店を何軒か回っているうちに見つかるだろう、と鷹をくくっていたノアーズだったが、ハーパーの行方は杳として知れなかった。

 15軒ほど回ったところだろうか。ノアーズの苛立ちは爆発した。


「マジで、何処で何してんのよぉ!」


 苛立ち紛れに、路地裏にあった空き缶を蹴飛ばすと、それは思いの外高く飛んで、かこーんと素っ頓狂な音を辺りに響かせた。


「――アホらし。帰ろ」


 船に戻れば意外と、酔い潰れて寝てるだけだったりするかも――。

 淡い期待を浮かべながら、それはそれで腹が立つと思い直し、ノアーズは再び空き缶を蹴り飛ばすのだった。


     ◇


 少年は、笑っていた。

 傍らには、見目麗しい少女が一人。

 少女もまた、笑っている。

 二人が見上げた先、樹の枝の上にも、もう一人の少年がいた。

 樹の上の少年が、何かを叫ぶたび、二人は笑った。

 穏やかな日々。

 木漏れ日のような毎日。

 少年の日の彼らは、こんな日がいつまでも続くと、信じて疑わなかった。

 やがて少年たちは大人になる。

 まだ子供だった彼らは、軍人となった。

 日々を脅かす敵から、自分たちを守る為に。

 日を追う毎に、戦争の足音は音を増した。

 来る日も来る日も、来るべき戦争へ向けて、訓練の毎日。

 数年が過ぎた頃、戦争が始まった。

 彼らの軍は、数で圧倒的に劣ってはいたものの、兵器開発に置いては相手に対して先んじていた。

 やがて彼らも、新兵器開発と運用を主とする部隊に配属された。

 それからの日々は、血の色で彩られていた。

 以前にも増して、敵を殺した。

 殺し、壊し、打倒し尽くした。

 そしてある日、少年は気付いた。

 自分はマシーンなのだ、と。

 共に歩んできた少女と少年は、いつの間にか、傍らから姿を消していた。

 でも、それすら気にならなくなっていた。

 戦争は泥沼の様相を呈していた。

 少年の部隊は、ある時敗北し、敵の手に蹂躙された。

 しかし、少年は死ななかった。

 彼は優秀なマシーンである。

 その優秀なマシーンを、敵は極めて有効に利用した。

 有効に利用した時には、敵は少年にとって敵ではなくなっていた。

 やがて戦争が終わりを迎える頃、マシーンとなった少年は、敵味方双方にとって邪魔な存在になっていた。

 その頃になって、少年の頭に一つの考えが浮かんだ。

 ――――家に帰ろう。

 そして少年は姿を消した。

 自らの半身である機体を伴って。


     ※


 ――目が覚めた。

 懐かしい夢を見ていた気がする。しかし、その手応えは最早霧散していた。

 辺りは薄暗い。

 ここはどこだろうか。

 ふと、自分が撃たれた事を思い出す。胸の辺りを確かめるが、穴の開いた服と、胸に巻かれた包帯以外は、特に異常はない。

 撃たれた――誰に?

 ウォルフに。唯一無二の親友だった、彼に。

 かつて別れもロクに言えなかった。お互い、目の前の事でいっぱいいっぱいだったのだ。

 だから今度会えた時は、酒でも飲み交わして、笑顔で話をしよう。

 そう――――、決めていた。


「――――、今何時だ?」


 撃たれた事を思い出して、そこから自分が何をしようとしていたかを思い出す。ノアーズはきっと怒っているだろう。

 腕時計を確認すると、丸一日経っていた。そして、時計には携帯端末が認証エラーを起こしている、と表示されていた。

 背中に冷たい汗をかきながら、胸ポケットに入れた携帯端末を探すが、見当たらない。あるのは、護身用の拳銃だけだ。

 拳銃に手をかけたまま、ふと辺りを見回す。コンテナが規則的に積み上げられているが、人の出入りはないようだ。埠頭で意識を失ったはずの俺が、何故こんな所で寝ていた――?

 答えは簡単。誰かが俺をここまで運び込んだ。

 しかし、何のために?

 その疑問に応えるように、後頭部に硬いものが押し付けられた。


「動くな」


 若い女の声だ。無論、ノアーズでもエライジャでもない。


「右手で握っているものを離せ。両手を上げて床に伏せろ」


 ウォルフの仲間だろうか? あるいはCISAのエージェントか。ともあれ、俺は命令に従い、床に這いつくばる。


「手は頭の後ろで組め。そして、質問に答えろ。昨夜あそこで、何をしていた?」


 答えにくい質問だった。まさか、親友に胸を撃ち抜かれる為にあそこに行ったとは、自分でも思いたくない。


「答えたくなければ、それでいい」


 カチャリ、と乾いた音が聞こえる。


「すぐに答えたくなる」


 昨日からの俺は何なのだろう。どうしてこうも立て続けに、銃口を向けられなくてはならないのか。まぁ、人様に誇れる商売をしている訳でもないし、こういう状況は、あり得る話だった。


「知り合いを――旧い友人を、見かけた。だから、後を追いかけたんだ」

「それは、アイザック・ウルフ・バーンハイムの事か?」


 俺は正直に答えた。生殺与奪を握られている相手には、素直に従うのが、フランク・ハーパーの信条である。


「旧い友人と言ったな。貴様、奴とはどういう関係だ?」

「幼なじみだよ。子供の頃から一緒だった。戦争で生き別れたけどな」

「書類上、奴の旧い関係者は皆死んでいるはずだ。特に親しかったというマーク・メイカーズも勿論な。この名前に、聞き覚えはあるか?」


 聞き覚え? あるに決まってる。


「ああ、勿論さ。なにせ俺自身が、数年前・・・まで・・使っていた名前だからな――――」


 瞬間、這いつくばった姿勢から仰向けに体勢を変える。右手は迷うことなく懐へ。女が引き金を振り絞る瞬間が見えた。

 轟音。

 数瞬遅れて、また轟音。


「人に名前を聞くときは、自分から名乗れって教わらなかったのか?」

 左腕を撃ちぬかれはしたが、俺の右手は女の心臓に照準を当てていた。

 対する女は、右肩に被弾したようだ。右手の力が抜け、拳銃を床に落とした。

「形勢逆転だ」


 女は悔しそうに歯噛みすると、ようやく名前を名乗った。


「スズネ・イチノクラ」

「あんた、何者だ? 所属は?」

「……傭兵よ。所属はフィリップ&モリスンPM社」


 PM社と言えば、戦後急成長を遂げた民間軍事プロバイダーPMCだ。軍事行動以外にも、諜報担当官も養成しているとは聞いていたが……。


「PM社の傭兵が、こんな所で何を?」

「アイザック・バーンスタインを追っていたのよ」

「何故、奴を追う?」

「――――部下が殺された。数カ月前、奴の手によって私の部隊は壊滅したわ」

「目的は復讐か」


 一瞬の間があり、スズネは目を逸らさずに答えた。


「事と次第によっては」


 俺より5,6歳は若いだろう。この歳で部隊長とは、そりゃ肝も座っているというものだ。相当な修羅場をくぐってきたのだろう。


「ウォルフを追っていると言ったな」


 得られた情報を合わせれば、互いに敵対する理由は何もなかった。それに俺は、情報収集の為に街に出てきたのである。


「俺も奴を追っている。正確に言えば、奴の背後にある連中だ。んで、これは提案なんだが、お互いに情報交換といかないか?」

「敵対する理由はない、と?」

「そう思ってもらって構わない」


 言って、俺は拳銃を懐に仕舞う。


「落ちている銃を拾って撃つとは思わないの?」

「そんなことをする奴なら、言う前に実行してるだろ?」


 拳銃を拾って差し出す。だが、受け取らずにスズネは沈黙した。

 唐突な提案だ、色々と考えているのだろう。考えてくれるだけでも、こちらとしては儲けものなのだが。


「わかった。提案に乗るわ。代わりと言ってはなんだけど、傷の手当が出来る所まで連れてって頂戴」


 拳銃もようやく受け取ってくれた。


「とりあえずはここを出て、宇宙港に停泊してる俺の船へ行こう。問題ないな?」


 スズネは黙って首肯した。

 互いに立ち上がり、服についた埃を払う。すると、空腹で急に動いたせいか、腹の虫が栄養分を催促してきた。

 スズネはそれを鼻で笑い、右肩を押さえながら、出口と思しき方へ歩いて行った。

 しかし、扉の前で何かを思い出したように振り返る。


「そういえば、貴方のの名前、まだ聞いてなかったわ」


 言われてみればそうだった。

 レディに名乗らせておいて、名乗らず仕舞いは締りが悪い。まして、相手が協力関係になろうとしているのなら、尚更だ。


「俺はフランク・ハーパー。運び屋『ターキーズ』のリーダーだ」


 外へ出ると、昨日と変わらぬ夜の闇が、倉庫街を支配していた。

 違う事があるとすれば、汽笛の音が聞こえないぐらいだ。

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