第2話『食事は静かな場所に限る』
※
『フォボスⅡ』へ入港し、積み荷を降ろしていると、受取人がトラックで現れた。我が社の運送任務はこれにて終了。荷を受け渡し、そのまま自分たちも港へ降り立った。
「さて、と。補給諸々もあるが、まずは飯といこうか」
言って、皆を繁華街行きのリニアトレインへと促す。
――さて、ここ『フォボスⅡ』について、一通り説明しておこう。
火星衛星軌道上に建造されたここ『フォボスⅡ』は、戦後多数建設された難民収容コロニーの中でも、最初期に建造されたものだ。直径27キロと、そこまで大きいものではないが、火星に最も近いこともあってか、多くの人が行き来し、多くの難民収容コロニーの中でも1,2を争う賑わいを見せている。
そして、その名が示す通り、この人工衛星は、かつて火星上空をぐるぐると周回していた『フォボス』の生まれ変わりだ。なぜなら、かつての『フォボス』は既にその軌道に存在していないのである。
終戦直前、火星近海まで進軍した地球軍の本隊は、火星上空に防衛線が敷かれていないと見るやいなや、『フォボス』を火星地表へと落下させた。
明らかなオーバーキル。上空に防衛線も敷けていない火星軍がそんなものを喰らってしまっては、戦意喪失どころではなかった。
運良く海側に落ちた『フォボス』だったが、その影響で幾つかの火山が活性化し、火星極冠の氷が三割ほど溶けたとも言われている。結果、海面が上昇、平原に住む者達の殆どは、居場所を奪われることとなり、多くの難民が生まれたというわけだ。
結果として、これが契機となって戦争は終わった訳だ。
しかし、この『フォボス』落下については色々と不審な点も多いという。ま、それも俺には関係のない話だ。今の俺にとっては。
繁華街に着いたところで、みな打ち合わせたように一件の店へと足を向ける。『フォボスⅡ』に荷を運んだ時は、いつも決まってこの店だ。
真っ赤な看板には、筆の黒文字で『村上飯店』とだけ書かれている。飾りっけも何もない、寂れた田舎の洋食屋か中華料理店か、といった風体の店。
主人の趣味で作られた木製のスライドドアを開けると、カウンタには客はおらず、3つあるテーブルのうち奥の1つに、鍔の長い帽子を被った奇妙な男が座っていた。
店主はといえば、カウンター内の厨房で煙草を加えながら、座って船を漕いでいた。なんともやる気のない店である。
奥にあんな変な男が座っていると、客が寄り付かないのも当然ではあろうが、この店はいつ来てもこんな調子である。店主1人でやっているとはいえ、同じ個人事業主としては、この店の経営状態に不安を抱かずにはいられない。
「これは皆さん、お早いお着きで。お先に頂いてますよ」
長帽子の男は、グラスを持ち上げながら、馬鹿丁寧な口調で俺たちを迎える。こいつは『
どこの組織にも属さない、フリーの情報屋だが、情報以外にも今回の様に仕事を斡旋してくれている。
それはいい。それはいいのだが。
俺は帽子屋の向かいに。隣にはノアーズ。クロウが帽子屋の隣へ。エライジャとドクタはすぐ近くのカウンタ席へと腰掛けた。
席に着いた所でそれぞれのグラスにビールを注ぐ。いつもの様に、帽子屋が注文してあったらしい。そのまま皆でグラスを軽く合わせる。
「さて、乾杯も済んだところで、報告をお願いできますか」
帽子屋の言葉で、俺の口から経緯を報告する。何か引っかかる所がある、という点も含めて。他の皆はそれぞれ、卓上の料理に手を伸ばしていた。
「それは私も感じていました。というより、気になったからこそ貴方方に回したと言っても良い」
「どういうことだ?」
「この一件、『亡霊』への足がかりとなるかもしれません」
皆の手がピタリと止まる。
「奴ら、動き出しているのか?」
口の中が乾くのが分かる。
「むしろ、ようやく表面化しつつあるといったところでしょうか」
店内を沈黙が支配する。
聞こえる音は、厨房の換気扇と、テレビの音だけだ。
「ごちそうさん」
最初に席を立ったのは、クロウだった。
「ワシは船に戻る。そろそろ、
「――ああ、頼む。エライジャとドクタも、先に戻っていてくれないか」
「わかったわ。いつでも出れるようにしておく」
「私は取り立ててすることもなかろうが、万が一のこともある。クロウの調整を手伝うとしよう」
3人はそのまま店を出て行った。ノアーズはといえば、素知らぬ振りでグラスを煽っている。
「帽子屋は、そのまま『亡霊』を探っておいてくれ。俺たちは――」
「情報収集、でしょ?」
ニヤリと笑うノアーズと共に、俺は席を立った。
次の荷受まで、まだ時間がある。
今夜は何件かハシゴすることになるだろう。
カウンタに少し多めの現金を置いて、俺達は繁華街へと繰り出した。
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