ゴースト・イン・ザ・マシン

虚田数奇

第1話『仕事後の一服は至福である』

     ※


 その日、俺ことフランク・ハーパーは、いつもの様に仕事後の一服を楽しみながら、奇妙な感覚に囚われていた。食べた魚の小骨が喉につっかえたような、痛くはないし弊害もない、だが気になって仕方がない。そんな感覚だ。

 仕事自体は至極単純なものだった。指定された船舶を拿捕、逃げるようならば戦力を炙りだし、それを可能な限り破壊する。単純かつ、短時間で済む、実入りの良い仕事だった。

 少なくとも、俺たちのような裏稼業の人間にとっては。

 炙りだしてから戦力を削ぐ、という点が気にならないでもなかったのだが、そこはそれ。正規の軍隊やPMCには依頼出来ない理由が、依頼主にはあったのだろう。

 何より、この案件を持ってきた仲介人との付き合いも長い。多少気になるからとは言え、気分で仕事を選り好みしていては、おまんまの食い上げである。人が生きていくためには金が必要なのだ。まして、雇用主ともなれば、被雇用者たちの待遇、福利厚生には細心の注意を払わねばならない。

 戦後の復興バブルもピークを過ぎたとはいえ、未だに世間は好景気。より良い待遇を求めた優秀なスタッフを、みすみす他所に掻っ攫われるわけにはいかないのだ。そもそも、そんなことになってしまえば海賊の名折れである。

 まあ、海賊などとはいうものの、実際の仕事はただの運送屋だ。依頼を受けりゃ地球と火星を行ったり来たり。何処にでもいる長距離輸送の皆さんと何も変わらない。―ーただ、運んでる荷が、時たま非合法なブツであったりするだけの話。何処にでもある、零細だが優良な企業だと自負している。

 しかし、やけにあっさりした仕事だった。目標が出してきた戦力は、型落ちとはいえ、正規軍でも未だに現役な『M-7』だった。しかも5,6騎は出てきた。そこらのゴロツキが何騎も所有出来るほどの安物ではない。

 そういったゴロツキやマフィアの下部組織が使っているのは大抵、『エコーズ』や『ヴァイオレット』といった三級品だ。値段も軽く倍は違う。

 そんな高級品にも関わらず、奴らは鴨打ちの的のように、あっさりと沈んでいった。無論、こちらにも被害は出たが、メカニックの変態ジジイが「玉のお肌にキズがーーー! なんちゅうことすんねんこのどグサレがっ!」とか喚きながら修理をする程度の、微々たる損害だ。つまり、ほぼゼロである。

 接近戦でも仕掛けて様子を見るべきかとも思ったが、依頼内容は拿捕、あるいは戦力の破壊だったため、時間効率を優先したのだった。我ながら仕事熱心だである。

 さて、気になる点はいくつかあるが、概ね一つの点に集約される。

 この一件において得た結末で、一体誰が得をするのか?

 商売というものは本来、売り手と買い手、両者が共にWin-Winになるのが原則である。

 満足度、商品の規模を度外視したとしても、売り手が買い手に支払う報酬を代償に、何かを得る。この図式は揺るがないはずだ。

 売り手だけ、買い手だけが得をすることになれば、それはたちまち詐欺やら買い叩きだのといった問題となる。

 そして今回の件。仲介人を経ているとはいえ、俺たちは売り手側だ。その道のプロが、息をするよりも楽な仕事といっても差し支えない事件で、莫大とは言えないまでも、多額の報酬を得た。そう、入金は既に完了済みだったのだ。

 そこまで考えたところで、焦げ臭い匂いが鼻を突いた。煙草の火がフィルタまで到達していたのだ。

 燃えカスを灰皿に押し付けると、俺は格納庫を出た。

 さぁ、デブリーフィングといくか。


  ※


「――と思うわけだが、皆はどう思う?」

 

 食堂兼会議室で、俺は皆の顔を伺った。


「確かに、やけにあっさりした連中ではあったわね」


 そう言ったのは、ノアーズ・ミル。露出強、な見た目ではあるが、我が社の貴重な渉外担当である。もっとも、武力交渉の場でしか腕は振るわれないが。


「威嚇のつもりの砲撃で一騎が大破。誘爆に巻き込まれて更に一騎。距離を詰めたら右往左往して射的の的。船はといえば、便秘明けの乙女みたいにスッキリした顔でトンズラと来たもんだ。連中、アタシ達をゴミ処理業者か何かと勘違いしてない?」


 さっぱりわからん、と言いたげに肩を竦めるノアーズ。手応えが無さ過ぎて困惑しているようだ。


「もちっと近づけば、何かデータが取れたかもしれんけどな」


 訛りのきつい口調で言うのは、オールド・クロウ。だがジジイと呼ぶと起こるので、皆はもっぱらクロウと呼ぶ。彼もまた我が社に欠かすことの出来ない、エンジニアである。


「何かから逃げている素振りもなかった。アレだけの数を投棄してまで船を軽くする必要性もないはず」


 眼鏡を直しながら、考えこむ口調で呟くのはエライジャ・クレイグ。我が社に取っては無くてはならない存在だ。主に船の操舵、通信士を担当している。


「ま、しかし、これでクライアントにも義理は立っただろう。船は拿捕出来なかったが、戦力は削いだんだ」


 まとめにかかったのは医療部長のドクタ。本名は知らない。調べればわかるだろうが、あまり必要性を感じなかった。

 なぜなら、俺自身も探られたくない腹があるわけで、それは他の皆も同様だったからだ。

 ともかく、これが我が社『ターキーズ』の全従業員である。

 業務内容は主に運送業。積み荷の安全は絶対保証。その為には時々法の埒外にだって飛び出そう。

 そんな俺達が運び屋以外の仕事を受けた時、それは大抵が何かのトラブルの元だ。でも、そんな仕事だって受けていかなければいけない。ウチは零細企業だからな。


「兎にも角にもこの依頼は完了。報酬も入金済み。別件の積み荷の目的地も目と鼻の先だ。ちゃっちゃと済ませて、呑みにくりだそうや」


 考えてもわからないなら、考えても仕方ない。この業界、考え過ぎは禁物だ。好奇心は猫を殺す。大昔の人はよく言ったもんだ。

 『フォボスⅡ』まであと数時間。もう少しの我慢で、美味いディナーと美味い酒にありつける。

 世は全て事もなし。日々はそうして過ぎていく。

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