第69話
罪人の市中引き回し、処刑となれば、民衆には娯楽である。
四条の町はいつになく人出が出ていた。
その人垣に押されるように、両腕を後ろ手に縛られ、馬に乗せられた佐助吉興が進んでゆく。
「あれは、道崇先生ではなかろうか」
町衆の誰かが言う。
「まさか」
「いや、あのお顔は確かに」
大人たちがいぶかしむ中、子供たちの行動は直線的であった。
「道崇先生じゃ!」
「道崇先生!」
駆け寄ろうとする幾人もの子らを、護送の兵らが蹴り上げる。
「寄るでない!」
兵が大声でそう言いながら、引き回しの列は続く。
吉興は微動だにしない。
四条河原につけば、先に国松が死に装束に改められていた。
「恐ろしいことはありませぬぞ。この吉興も同道つかまつるゆえ。あちらには御父君もおわしましょう」
吉興がそう声をかけると、健気にも国松は頷いた。震えることも、おびえた様子もない。
「進まれよ」
首切り役人がまず、吉興にそう声をかけた。
「国松君をお先に」
「臆されたか。一刻でも長く生きて居たいか」
「儂の血を見て子が臆するであろうが。そなたにもその程度の慈悲はあろう」
更に、もし、使う刀が同じならば後の方が切れ味が悪くなる可能性がある。
「そなた、心得ておろうな。形は切腹ではあるが、短刀を突きさされるよりも前に、蹴りをつけるのであるぞ」
「承知しておる。無暗に子供に痛い思いをさせるつもりはない。ちなみにそなたは罪人ゆえ、切腹ではない。首を刎ねるだけよ」
まずは、国松が刑場に引き出された。
あのような幼い子が、と見る者がみな、同情した。
しかし豊臣国松はそのような扱いやすい哀れな子ではなかった。
「徳川、豊臣に謀反し、ついには滅ぼしぬ! この無道、天は必ずや報いを与えようぞ!」
そこまで言ったところで、首切り役人が慌てて剣を振り下ろしたので、国松は、いや、国松であったものは沈黙した。
「まさか、そなたの差し金か」
少し怒った風で、首切り役人が言う。
「小手先のことであのような行いが出来るものか。まことに、太閤殿下の御孫にあらせられた」
「そなたはさような振舞いはせぬであろうな」
「今更この老体にはさほどの元気もござらぬ」
「そなたには辞世を残すが認められている。詠まれよ」
「辞世などないが、筆を貸していただこう」
半紙に、忠勤之士としたためて、平権中納言佐助吉興、と記し、花押を書く。
「そなたにやるものが何もないでな。これをとっておくがよかろう。五十年もたてば相応の値になる。何ならば佐助に持ち込めば、それなりの値で引き取ってくれよう」
「それがしに?」
「国松君はお苦しみになられずに旅たたれた。その礼よ」
「では、いただいておこう」
吉興が辺りを見渡すと、町人風の衣装を着た時康、宗興、吉清、それに英姫が、声にならない声を上げていたのが見えた。
自分勝手な父への恨み言であろうか。すまぬのう。そう思いながら、吉興は微笑みながら、その生を終えた。
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おあんが京に着いたのは六月十日のことであった。
吉興が捕縛されたと聞いて、江戸の黒田上屋敷を出奔した。溶姫に事情を話せば、送り出してくれたであろうが、そうなれば、黒田家が関わることになってしまう。
京に行って何をするという当てもない。
まずは晒されていた吉興の首を見た。まだ数日というのに、夏の日差しに晒されて腐敗していた。
おあんは京都所司代に赴いて、古くからの縁者と言って、首の引き取りを願ったが、相手にされるはずがない。
それを三日繰り返した。
四条の町の者がそれを見ていて、おあんを迎え、事情を聴いた。
四条の者たちも、道崇先生の首が晒されていることには沈鬱な思いであったので、なんと百五十名を集めて、喧嘩騒ぎを起こすことになった。
群衆入り乱れて喧嘩をする中、おあんは吉興の首の奪取に成功したのである。
おあんは首を箱に収め、それを近江小谷山の山中、浅井万福丸の塚の横に埋めた。
その後、ふもとの長浜の町に下り、子らに手習いを教えて生計をたてながら、余生を過ごした。
溶姫には、ただ一度だけ、吉興の首を葬ったことだけを手紙で知らせて、それがどこかは伝えなかった。
三代将軍の治世が終わる頃になって、おあんは死期を悟り、ひとり小谷山中に消えた。参る者とて無いふたつの塚の前で、遠い昔、ふたりの少年と遊んだ記憶にたゆたいながら、おあんは長かった生を終えた。
豊右府末裔顛末記第一部完
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