第47話

 行きの道のりに比べれば、帰りは幾分楽な道のりである。

 何せ来た道は一本道であるし、そこに設置されていた罠の類については来るときに調べ終えているので、後は解除したり破壊したりしたそれらが帰り道で復活したりしていないかを調べるだけだからだ。

 仮に復活してしまっていたとしても、罠の位置と種類は分かっているわけなのだから来たときとは反対側からどのようにして解除するかを考えるだけである。

 それが魔法の罠であるならば、話はずっと簡単であった。

 なにしろレインの義手で触れて、キーワードを唱えれば済む話だからである。

 たったそれだけのことでその魔法は破壊されてしまうのだから、技術も何も関係のない話ではあるのだが、唯一リスクとして使用者であるレインが少しずつ疲れていってしまう。

 さすがにまったくコストをかけずに使用できる魔道具というものはなく、仕方のないことではあるのだが、使用回数が増えれば増えるほどレインにかかる負担は大きいものとなり、その疲労は無視できないものになる。


「あんまり無理はさせらんねーぞ」


「そうだね。回避できるのは回避しようか」


 そんなクラースとルシアのやりとりを交えつつ、レイン達は出口までの道のりを特に亡霊の類や罠に引っかかるようなこともなく踏破し、墳墓より外に出ることに成功した。

 出口から外へと出てみれば太陽は高い位置にあり、墳墓の出口を取り囲むようにして子爵の兵とティナの連れている傭兵達が陣取っている。

 その中に子爵とティナの姿を認めたクラースはレインが抱えている箱を指さしながら、声を大きく張り上げた。


「依頼の品を持ってきたぞ! 確認してくれ!」


「依頼は首飾りだけだったはずだが」


 そう問いかける子爵の隣にいるティナが、非常に苦々しい表情をしているのを少しばかり気にしながら、クラースはレインが抱えている箱の蓋を開ける。


「初代の首に首飾りはなかった。代わりに副葬品と思われる品々をまとめて持ってきた」


「なんですって?」


 クラースの答えに反応したのは、何故かティナの方であった。

 訝しく思うクラースへティナは先ほどまでの表情が嘘であったかのように晴れやかな顔をしながら、クラースへ告げる。


「それならば、その箱を置いて後ろへ下がりなさい! 中を確認します!」


「なんで手前ぇが仕切るんだこの性格ブス」


 ぼそりとだがはっきりと聞こえたクラースの一言に、ティナの額に青筋が浮き上がるのが見えた。

 さらに追撃を入れようとするクラースの口を、その場に箱を置いたレインが手で塞ぎ、じたばたと暴れる体を押さえながらシルヴィアやルシアを促してレイン達は箱から離れ、それと入れ替わるようにしてティナが箱へ近づこうとするのを制して子爵が凄まじい勢いで箱へ掴みかかる。

 怖気を覚えるような顔で箱に取りついた子爵は先祖への畏敬の念などまるでないといった様子で箱の中へと手を突っ込むと、そこに納められていた品々を乱暴な手つきで目の高さまで掴み上げ、目的の物ではないと知ると適当に地面の上へと放り捨ててしまう。

 そこまでするほどその首飾りとやらに執心しているのかと呆れるレインはふと、ティナの視線が子爵が放り捨てている品の方を凝視しているのに気がついた。

 子爵が目的の物ではないと判断した物にティナが注意を払っているという事実は何かしらレインの警戒感を呼び起こし、まだ口を塞がれたままじたばたとしているクラースの耳元へ顔を近づける。


「兄貴。あの女の様子がおかしい」


「ん? んんー? んぐぅ」


 呻くクラースはレインの声音から、すぐにじたばたするのを止めるとじっとティナの挙動を注視し始め、シルヴィアやルシアもまたレイン達の様子から何かあるらしいと気を引き締めだす。

 そんなレイン達の様子にも気がつかないくらいに、ティナの注意は子爵が放り捨てている品々へと向いていた。

 そんなティナの視線に気がつかないままに箱の中を漁り続けていた子爵だったのだが、しばらくするとその動きが止まる。

 何事かと見守れば、子爵は空になってしまった箱を掴むといきなり近くにいたティナに詰め寄り始めたのだった。


「話が違うではないか! この墓に首飾りがあるはずではなかったのか!」


「子爵閣下。落ち着いてください!」


 目を血走らせて詰め寄る姿はどこか狂気じみていて、慌てて宥めようとしたティナだったのだがその視線は、何故だか子爵の手を見ていることにレインは気がつく。

 子爵の手には、どうやら箱の底に入っていたらしい銀色の鍵が握られていた。

 それはいったいどこの鍵なのだろうかと思うレインだったが、ティナの一言を聞いて物思いから意識を引きずり戻される。


「箱の中にないのであれば、きっと奴らが横取りしたに違いありません」


「おいこら性格ブス! なんてこと言いやがる!」


 クラースがすぐに抗議の声を上げたのだが、ティナは素知らぬ顔をしており、子爵は何故だかティナの言葉を頭から信じ込んでしまったらしく、それまでティナに向けていた血走った目をゆっくりとクラース達の方へと向け始めた。

 そのときである。

 子爵の意識がクラース達の方を向いたのを見て取ったティナが、いきなり手を伸ばすと子爵が握り締めていた銀の鍵を、するりと掏り取ってしまった。

 そのことに気がつかないまま、クラース達の方へと歩み寄ろうとする子爵の背後で、ティナは周囲にいる自分の配下の傭兵達へ指示を飛ばす。


「目的の物は入手した! この場にもう用はない! 撤収するぞ!」


「貴様らいったい何を……」


 ティナの指示の意図を問いただそうとした騎士の一人が、足を前へと踏み出そうとした瞬間に近くにいた傭兵に脇腹を刺される。

 いきなりの凶行に回避も防御もできないまま、その騎士は鎧の継ぎ目に差し込まれた刃によって口から血を吐き出しながら地面へと横たわった。

 周囲では、いきなり味方のはずの騎士を刺すといった行動に出た傭兵を捕縛しようと騎士達が動き始めようとして、周囲にいた傭兵達に取り囲まれ、ある者は鈍器で頭を殴られて兜を大きく凹ませて絶命し、またある者は首をかき切られ、別のある者は正面から剣に切られて地面へと伏してしまう。


「な、何が起きて……」


 突然起こった同士討ちのような戦闘にうろたえたような声を上げる子爵であったのだが、その顔はみるみるうちに怒りによって赤く染まると、遅まきながら傭兵達を迎撃しようとし始めた騎士達へ命令を下した。


「構わん! こうなれば我ら以外は全てこの場で殺せ!」


「短絡的すぎんじゃねーか、おっさん!」


 たちまちのうちにあちこちで剣戟の音が響き渡り始めたのを聞いて、クラースが子爵を咎めたのだが、子爵は委細構わないとばかりに自分も剣を抜き放つ。

 その向こう側ではティナが、騎士達との戦闘に突入してしまった配下達の姿を見て、忌々しそうな顔をしながら叫んでいた。


「撤収だ! 撤収しろ! 騎士どもと戦っても何の得もない! この場から離脱しろ! ここで死んでも何一つ我らが主のためにならないのだぞ!」


「野郎、逃がすと思って……」


 槍を構えたレインがティナのいる場所へと突進しようと身構えたのだが、すぐに構えたばかりの槍で自分を狙って振り下ろされた剣の刃を受け止めることになった。

 子爵が、その年齢と外見からでは想像できないくらいの鋭さで切り込んできたのである。

 慌ててレインがその刃を槍の柄で受け止めたときには、ティナは既に数人の部下達と共に、近くに繋いであった馬の背へと登ると、その腹を蹴って一目散にこの場から走り去っていく。

 他の傭兵達は、逃げられる者はティナの後を追って馬を走らせたのだが、何人かは逃げることができないままに騎士達によって取り囲まれてしまう。

 だが取り囲まれた傭兵達も黙って騎士達に切られるつもりはないのか、徹底抗戦の構えを見せて、騎士達と激しく切り結び始めた。

 そんな中で、レインは子爵との一騎打ちに無理やり持ち込まれている。


「こいつはやりづれぇぞ!」


 レインからしてみれば、子爵の剣の腕前は素人とは呼べないくらいに訓練はされているものの、戦場ではよく見る程度の腕前でしかなかった。

 しかし、だからといってレインが子爵を槍で突き殺してしまった場合、事情はどうあれ貴族を平民が手にかけた、となれば国の法が黙ってはいない。

 それが分かっているからこそレインは、それほどの腕ではない子爵に対して自分から切り込むことができないままに防戦に回らざるを得ない状況に追い込まれていた。

 戦闘において、防戦一方という状況は非常によろしくない。

 特に何らかの打開策が見つからない状態で受けに回るというのはいずれ破綻し、どこかで攻めに回らなければいずれ自分が敗北を喫することになる。

 それはレインとて同じことであり、レインが攻撃できないことを知っているのか防御のことなど考えもしないといった様子で切り込んでくる子爵に、少しずつではあるが押され始めるようになってきた。


「レイン!」


「兄貴達は周囲を警戒しててくれ! こんなとこに傭兵でも騎士でも横槍入れられたんじゃ、ひとたまりもねぇからな!」


 子爵の攻撃を防ぎながら、クラースにそう言ったレインだったのだが、その際に意識が一瞬クラースの方へと向き、がむしゃらに切り込んでくる子爵の攻撃を槍の柄で受け損なった。

 そこを好機と見たのか、さらに激しく切り込んでくる子爵に対して、レインが取った手段とは、あの鋼の義手で手加減しつつぶん殴るといったものである。

 しかも思わず手が出てしまったという感じの強いレインは、子爵が振るった剣の刃を圧し折り、その顔面に拳を入れてしまったのであった。

 いちおう加減はしたものの、もしかして殺してしまうのではないかと危惧したレインはふと、子爵の顔面に入れた拳に何かしらの違和感を感じる。

 それが何であるのか分からないままに、レインは思わず口走っていた。


「ブレイクスペル」


 その言葉を唱えた途端、レインは拳と子爵の顔との間で何かが砕けるような感触を覚えていた。

 同時に血走っていた子爵の目から熱が失せ、加減していたとはいえ真正面からレインの拳を顔に受けたせいで、ぼとぼとと鼻血を垂らしながらもその表情は、いったい自分が何故ここにいて、何をしているのかまるで分からないといったような表情へと変わる。


「おい、大丈夫か?」


 手にしていた剣を取り落とし、鼻から垂れる血を呆然と掌で押さえる子爵の姿にレインは心配そうにそう尋ね、治癒の祈りが必要になるだろうと判断したシルヴィアが駆け寄ってきてすぐに祈りを捧げ始める。

 その祈りを受けて、顔の痛みや出血が止まったらしい子爵は、呆然とした顔でレイン達を眺めながら呟くように言った。


「私は、何故……ここで何を?」


 そう呟きながら周囲へと目を向けた子爵は、自分の配下が見も知らぬ傭兵達と戦闘になっているという状況を目にして、さらに混乱したかのように頭を抱える。


「何をしているのだお前達!? そいつらは一体……戦いをやめよ! やめぬか!」


 子爵がそう命令したとしても、騎士はともかく傭兵達の方に止める理由がない。

 なし崩し的に続く戦闘に、声を枯らして叫ぶ子爵。

 これはどのような終わらせ方をするにせよ、まずはティナが置いていった傭兵達をどうにかしなければ話にならないだろうことを悟ったレイン達は、互いに目配せをするとこの場に収拾をつけるべく、騎士達に加勢することを宣言しながら傭兵達へと襲い掛かったのであった。

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