第46話

 死者が少しでも寂しく感じないようになのか、玄室への扉には華美過ぎるのではないかとレインが思ってしまう程の装飾が施されていた。

 表面はおそらく金箔と思われる輝きに彩られ、ところどころには宝石が嵌めこまれており、それらが松明の明かりを浴びて煌めく様はそこが墓の中でなければもうちょっと心が浮き立つような光景だったのかもしれない。


「無垢の金じゃねぇよな?」


 さすがに死者が眠る場所へと続く扉の表面をひっかいてみるわけにもいかずに尋ねるレインに、扉に顔を近づけて目を凝らしていたルシアが応じる。


「これが無垢の金だったら、一財産だったね」


「てことは違うってことだな」


「金箔だよ。下地は銅か何かじゃないかな」


 よく見ただけで分かるものだと感心するレインは、続けてルシアの鑑識眼に頼った質問をぶつけてみる。


「宝石はどうだ?」


「見た目綺麗だけどね。よく見ると結構傷物だね。この扉一枚じゃ大した値段にならないと思うよ。やんごとなき血筋の大元だっていうのなら、もうちょっとお墓にお金をかけてもよかったんじゃないのかな」


 かなり控えめに、実は外で聞いた子爵の話は眉唾物ではなかったのかと言いたげなルシアであるのだが、それにレインは答えを返さなかった。

 実際、その話の真偽がどうであれ自分達に立場も、やらなければならないことも、なんとなく墓の外で待ち受けていそうなことにも変わりはないのである。


「鍵かかってんのか?」


「今調べてる」


 クラースの問いかけに短く答えたルシアは、扉の表面をそれこそ舐めるように調べ尽くし、やがてゆっくりと扉から顔を離した。

 調査の結果を待つ三人に、ルシアはなぜか小さく咳払いした後、自分が調べた結果を告げる。


「ボクが調べた限りでは、鍵も仕掛けも魔法もないと思うよ」


「拍子抜けだな」


 そこに至るまでの通路には、それこそびっしりという形容詞がぴったり合う程の数の罠が仕掛けられていた。

 単なるカラクリの罠もあれば魔法の罠もあり、ルシアの技術とレインの義手が持つ魔法破壊の能力がなければ、もしかすると途中でいくつか罠に引っかかっていたかもしれないと思うほどの数だったのである。

 だというのに、肝心要の玄室への扉に罠が仕掛けられていないというのは、どうにも釈然としないらしいクラースに、ルシアが説明した。


「盗掘者避けの罠は通路にあるのがメインなんだと思うよ。そこを抜けてこれるのは正式に入ることが許されている者くらい、という設計者の自負なんじゃないかな」


「そういう厄介な自負とか係わり合いになりたくねぇな」


 そう答えながらもレインは、ルシアが大丈夫だというのであれば問題ないだろうとばかりに扉に手をかける。

 といってもいかにルシアといえども見落としや見間違いはありえる話であり、何かあった場合に対処できるようにとのことなのか、レインが扉にかけた手は左の義手でった。

 それはクラースからしてみれば当然のことだと気にするまでもないことだったのだが、ルシアからしてみると自分の技術を疑われているようで面白くない。

 頬を膨らませてそのことを意思表示するルシアを、シルヴィアがまぁまぁと宥める。


「開けるぜ」


 一言断りを入れてから、レインは扉にかけた手に力を込める。

 長い年月、その場を訪れる者が誰一人としていなかったことを示すかのように、軋んだ音を立てながら内側へと開いていく扉の隙間から、ルシアが手にしていた松明をそっと扉の内側へと差し入れ、その明かりを頼りに内部の様子を窺う。

 生きている何かが扉の向こう側にいる可能性は非常に低い。

 だが、生きていない何かがいる可能性については、場所が場所であるだけに普通よりもずっと高いといえた。

 だからこそ警戒したルシアだったのだが、しばらく扉の隙間から部屋の中を覗きこんでいたかと思うといきなりレインが開いた扉に手をかけて、それを大きく開け放つ。

 突然のルシアの行動に、驚くやら焦るやらな他の三人だったのだが、ルシアは自分で開けた扉から堂々とその向こう側へと足を踏み入れると、扉のところで固まっている残りの三人を手招きしてみせた。


「何もないよ。大丈夫だからこっちおいでよ」


「いくら大丈夫でも、何かやるときは一声かけろよなー」


 そう言いながらクラースが扉を潜り、どこかおっかなびっくりに見える足取りでシルヴィアがそれに続く。

 最後に残ったレインは、扉を潜る際に荷物の中から取り出した何本かの金属性の楔を開いた状態になっている扉の下側の隙間へ突っ込み、左の義手で何度かそれを叩いて深く食い込ませ、扉が閉まらないように細工してから改めて扉を潜った。


「用心ふけーのな」


「いきなり閉じ込められねぇとも限らねぇだろ」


「まーなー」


 レインの心配を軽い感じで肯定してから、クラースは周囲を見回す。

 ルシアが掲げる松明の明かりで照らされたそこは部屋になっており、その中央には石でできている棺が一つ、納められている。

 壁際にはいくつかの棚や壺が置かれていて、それがそこに置かれてから今日に至るまでの時間を物語るように、厚く埃に覆われていた。

 中に何が入っているのかは見当もつかなかったが、クラースとしてはあまり触りたくない代物であり、余計なことを考えずに必要なことだけをするべきだろうとその注意を、部屋の中央にある石の棺へと向ける。


「この中に初代とやらがいるってーわけか」


「死人の眠りを乱すってぇのは、気が進まねぇな」


「いちおう、お祈りしておきます?」


 シルヴィアの提案は、あっさりと他の三人に受け入れられた。

 やはり表面上は平気なように見えても、誰もが死者の褥を暴くということには誰もがいくらかの抵抗を覚えていたらしい。

 これが平気な顔をして棺を暴くような真似をするのならば、これからの付き合い方も少し考えねばと思っていたシルヴィアだったのだが、そうではなかったということにシルヴィアは安堵した。


「では僭越ながら私が」


 シルヴィアは棺の前に跪くと死者に対する祈りの言葉を淀みなく唱え、さらにのっぴきならぬ事情からその棺を開き、死者の眠りを妨げることに対しての謝罪の言葉を述べていく。

 その間、神妙な顔つきでシルヴィアの背後で立ち尽くしていた三人は、シルヴィアが祈りの言葉を唱え終えるまで、じっとその場から動こうとはしなかった。


「いちおう一通り祈り終えました。これで死者の怒りも和らぐと思うのですが」


「棺の蓋を開けても大丈夫か?」


「本来はあまり大丈夫ではないのですが、お許し頂けると思います」


 シルヴィアがそう答えると、レインとクラースがお互いに目配せし、部屋の中央の棺に近づくとその蓋に手をかけた。

 全てが石で作られているその棺は、蓋の重さも相当なものになっているはずだったのだが、それもレインとクラースが二人がかりで手をかけ、持ち上げようとすれば持ち上がらないほどの物でもない。

 蓋の重さに辟易しながらもそれを二人で持ち上げてみれば、棺の内側からは背筋を振るわせるような冷気が漂い出す。

 まさか棺の中に葬られている初代とやらがアンデッドになっているのではと危惧したレインだったのだが、蓋をそっと脇へどけて覗き込んだ棺の中には、男性のものと思われるミイラ化した遺体があるばかりで、他には何も入っていない。

 ミイラには流石は貴族というべきなのか、かなり仕立てのいい衣服が着せられてはいたものの、それもまた長い年月の間に劣化してしまったのか、今では元はいいものだったのだろうと思わせる程度の糸くずのような何かに成り果てている。


「これが初代ってー奴か。こいつの首にかけられてるのを回収してこいってことだったよな」


 そう言いながらクラースは棺の中に眠るミイラの首の辺りに目を向けたのだが、そこにあると言われていた首飾りはそこにはなく、ただ茶色に干乾びた肌を晒す首筋しか見えない。


「ねーぞ? あの子爵、ガセを掴ませやがったか」


 他にも棺があるのであれば、人違いという話もあったのだが残念ながら部屋の中にある棺は一つだけである。

 通って来た道も一本道であり、他に通じている道がなかった以上は今いる場所が目的地で間違いがないはずなのだが、それらの情報を鑑みたところでない物はない。


「どーするよ? あの子爵といけ好かねー女のことだ。俺らが手ぶらで帰って、ありませんでしたと報告したところで信じるとは思えねーし」


 目的の物が見つからない苛立ちを死者に向けるわけにもいかず、いらいらとする気持ちをぶつけているのか床を蹴りつけ出したクラースに、レインが棚を指差す。


「そっちを調べてみりゃいいんじゃねぇか。ここにあるのは確かなんだとすりゃ、首にかけてるって情報だけがガセなのかもしれねぇし」


「壺は止めておこうよ。前に何かで壺は死者の内臓を保管しておくために置いてあるとか聞いた覚えがあるよ」


「なら棚の中にあるのを祈るしかねーな。そこに見つからねーなら、壺も調べるしかねーんだからよ」


 ルシアからもたらされた情報に、できれば壺には触りたくないと思うクラースなのだが、探す場所がそこしか残されていない状況になれば、嫌だからなどとは言っていられない。

 だからこそ棚の中で発見できますようにと胸の内で祈ったクラースだったが、その祈りは中途半端な形で叶えられることになった。


「こいつじゃねーかなーとは思うがよ。これじゃーなー……」


 それを発見したのは、やはり斥候のルシアであった。

 棚の中を手早く探った彼女は、その中から一つの鍵のかかった箱を発見したのである。

 その鍵を、レイン達にはよく分からない道具でこじ開けたルシアなのだが、開いた箱の中にはいくつもの装飾品が収められており、その中には何本かの首飾りが含まれていたのだ。


「他にねぇ以上は、この中のどれか、だとは思うんだがな」


「つーか、本当に首飾りなのか? 初代の首にかかった首飾りってーのがなかったんだから、実は指輪とか腕輪でしたとかいうオチはねーだろな?」


「どうしたらいいのでしょう?」


「そりゃ……これ全部持って帰っちゃえば?」


 ルシアの言い草は非常の乱暴なものではあったのだが、反面納得できる意見でもあり、この場においてはその選択肢が最良なのではないかとすら思えた。

 どれを持ち帰ればいいかレイン達には判断がつかない。

 ならば全部持ち帰り、子爵に適当に選ばせれば考える手間が省ける。

 死者の持ち物を適当に持ち出すというのは気の引ける話ではあったのだが、戻して来いといわれれば、もう一度この場に来ればいい。


「じゃー、こいつを持ち帰って子爵と対決といくか」


「いや、対決すると決まったわけじゃねぇだろ?」


 やる気なさそうに、装飾品の入った箱を肩へと担ぐクラースにレインがおざなりな突っ込みを入れる。

 来るときに大体の罠は解除するか破壊するかしてきたのだが、帰り道にまた復活していないとも限らず、また延々と罠の探知をしなければならないのかとルシアはうんざりとした顔をし、シルヴィアは部屋を出る前に一度棺の方を振り返ると、そこに眠る死者へ騒がしい来訪の謝罪と、自分が仕える神に眠りの安らかなることと、来世への導きが確かなることをお祈りしますと告げて、部屋から出て行ったのであった。

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