第45話

 夜営の準備を片付けて、部屋の出入口に設置してあった仕掛けを回収してしまえば、後は前へと進むだけである。

 道は一本道であり、迷うことなどありはしないという状態ではあったのだが、この一本道というものがクラースやルシアからしてみればクセ者であった。


「ぜってー罠がある」


「ないわけがないよね」


 身分の高い者が眠る墓というものは、副葬品として結構な値打ち物が亡骸と一緒に埋葬されていることが多いのだが、それを狙った盗掘者から副葬品の類を守るために、故人が眠っている玄室までの通路には盗掘者避けの仕掛けがいくつも施されているものであった。

 子爵家の墳墓とやらにもそれが仕掛けられているはずで、道が一本道であるとなれば、その仕掛けを何とかしないことには危なすぎて前へと進むことができない。


「こういうのは丁寧に調べていくしかないんだよね」


 罠の類が相手であるならば、この場で最も活躍するはずなのは斥候であるルシアのはずであった。

 だからこそ松明を片手に前へと出たルシアは丹念に壁や天井や床を調べ上げ、たまに夜営のときに焚いていた焚き火から回収した灰を、何もない空間に少量撒いてみたりと調査に余念がない。

 当然その分、前へと進む速度は亀の如き遅さということになるのだが、一つ間違えば命に係わる話である以上、残りの三人からは文句が出るようなこともなかった。


「あれは何をしているんでしょう?」


 文句は出なかったとしても待っている間の暇が潰れるわけではない。

 ルシアの作業を興味深そうに眺めていたシルヴィアの疑問にレインが答える。


「目に見えねぇけどそこにある物を探すのに、砂を使うって話を聞いたことがあるから、それじゃねぇかな」


「目に見えないんですか」


 きょとんとした顔で問い返すシルヴィアに、レインは傭兵団時代に教わった知識を記憶の底から拾い直しながら答える。


「なんかあるらしいぜ。細い糸とか透明な板とか。そういうのに灰が降りかかりゃ見えるようになんだろ?」


「その他に風の流れとかもあるんだけどね」


 レインの答えは外れではなかったのだが、完璧というわけでもなかったようでルシアが作業を行いながら補足を入れる。


「ボクの知ってる罠の中に、風の流れを検知して作動するっていうのがあったんだよね。何かが風を遮るとそれを異常と認識して作動するの。こういう迷宮って空気の流れがないからそういう罠も設置できちゃうんだよね」


「大変なんですね」


「全くだね。その罠を設置した誰かがどれくらい意地が悪いかで罠の凶悪さが変わるから、調べる方としては頭が痛いんだ」


 そう言いながらルシアが壁を形作っている石組みの隙間にナイフの先を突っ込むと、何度かぐりぐりと動かしてからそっと前へと足を踏み出す。

 どこかおっかなびっくりといった様子のその仕草は、明るいところで見たのならば笑いを誘うような仕草であったのだが、場所が場所だけに何の意味もないものとは思えない。


「何かあったのですか?」


 シルヴィアの問いかけに、しばらくルシアは答えなかったのだが前へと数歩踏み出して何も起きないのを確認すると、深く息を吐き出してからシルヴィアの方を振り返りつつその質問に答えた。


「どんなのかは分からないけど罠が一つ。解除用のスイッチを押してみたんだけど、本当に解除されてるかどうかは進んでみないと分からないからね」


「解除用のスイッチなんてものがあるんですね」


「そりゃね。こういう仕掛けは盗掘者とそうでない人とを区別してくれないから。通ってもいい人用に解除方法を近くに造っておかないと、みんな罠に引っかかることになるでしょ?」


「それもそうですね。ところで魔法的な罠の場合はどうするんですか?」


 改めて向けられたシルヴィアに質問に、床を調べるために伏せの姿勢を取ろうとしていたルシアは、一旦その行動を止めて渋い顔をする。

 何か悪いことでも口にしてしまっただろうかと思うシルヴィアだったのだが、ルシアの顔を歪ませたのはそういった理由ではなかった。


「それはまぁその、発見はできたりできなかったりで、解除もできたりできなかったりなんだよね」


 歯切れが悪く、随分とあやふやな答えを口にしたルシアだったのだがこれには仕方のない事情があり、不思議そうな顔の三人にルシアは言い訳めいた口調で説明する。


「見つけられないわけじゃないんだよ。ちゃんと発見できるものは発見する自信はあるんだけど……発見できない魔法の罠っていうのもあったりするんだよね。具体的には<シール>っていう隠蔽の魔法がかかってる場合とか」


 ルシアは魔法の専門家ではなかったが、自分の技術に必要とされるであろう類の知識についてはきちんと学んでいる斥候であった。

 その知識の中で、ルシアからすれば忌々しい名前の魔法がその<シール>という魔法であり、これは人の目から対象を隠すといった効果を持つ。

 これのかけられている魔法の罠は斥候の技術では発見することができず、魔術師に<ディスペル>をしてもらわなければ発見することができない。


「<シール>の魔法がかかっている場所は不自然さがあるから、注意深く見ていれば発見できたりするんだけど罠の術式に混ぜられたりしていると不自然さも分からない場合とかあるんだよね」


「つまり見つけられたりられなかったり、と」


「そういうこと」


 納得がいったというようなシルヴィアに答えたルシアは自分の目の前の床を指差す。

 そこはクラース達の目から見れば、ただの石の床でしかなく、ルシアがわざわざ全員の注意をそこに向けさせるような何かがあるようには見えなかった。


「解除できたりできなかったりというのもね。壊したり傷をつけたりすれば術式が壊れるタイプなら解除できるんだけど……これは解除できないタイプだと思う」


「そこに罠があんのか?」


 尋ねてみるレインなのだが、どれだけ注意深く見てみてもルシアが言うような罠がそこにあるようには見えない。

 だがルシアのはレイン達が見えていない何かが見えているらしかった。


「<シール>がかかった魔法陣だと思う。よくよく見るとね。石の模様とか凹凸とかに違和感があるんだけど」


 そう言われてレインは改めて顔を床へと近づけて罠があるらしい箇所を丹念に調べてみるのだが、ルシアがの言う違和感とやらを全く見つけられないままに体を起こして首を振る。


「全然分からねぇが……解除できねぇならどうするんだ」


「そりゃ、踏まないように避けるしかないよね」


 ルシアが言うには、設置型の魔法陣が罠としてある場合。

 それが作動する条件は大体が魔法陣の中に侵入者が足を踏み入れる、という行為がきっかけになって作動するのがほとんどなのだという。

 つまりはルシアが発見した罠の中に足を踏み入れさえしなければ、罠が発動することはないのだが、見えない罠を踏まずに飛び越えるというのは中々に難しい。


「ボクやクラースは大丈夫だと思うけど、シルヴィアは気をつけてよね」


 簡易化されているとはいってもシルヴィアが身に纏っているのは一応神官服であり、あまり飛んだり跳ねたりし易いような服装ではない。

 たとえ動き易い服装であったとしても、あまり体を鍛えていないと思われるシルヴィアでは、跳び損ねる可能性もあった。

 だからこそ心配したルシアだったのだが、シルヴィアが跳ぶ決意を固める前に、レインはそっと前へと進み出るとルシアが罠があると告げた辺りに義手をかざす。


「ブレイクスペル」


 その一言でそれまで何も見ることのできなかった石の床が光った。

 次の瞬間には床の上で光り輝く薄い膜のようなものが粉々に砕け、その下から今度ははっきりと見ることができる複雑な模様の描かれた魔法陣が姿を現したのだが、これもまた先に砕けた光の膜と同様に床に描かれた模様が砕けて後には何もなくなった床の表面だけが残される。


「すっごい便利だね、レインの義手」


 キーワードを唱えつつ触れた魔法を打ち消す効果があるらしいレインの義手が触れれば、罠として設置されていた魔法陣も、それを覆い隠していた<シール>の魔法も一緒くたに打ち消されてしまうらしい。


「やれるもんだな」


 きれいさっぱりと罠が消えた床を眺めながら呟くレインは、急に左腕を引かれてなんとなく引いた相手が誰なのかを予想しつつもそちらを見る。

 するとこそにはやはり目を輝かせ、レインの義手を両手で包み込むようにしているシルヴィアの姿があった。


「やっぱりこの義手、すごい魔道具です!」


「ブレねぇなぁ……」


 これは今回の件が一段落ついたら、また気が済むまで義手を調べられる流れだとげんなりしてしまうレインなのだが、義手を握って生き生きとした顔をしているシルヴィアを見る限り、実害がない以上は好きにさせてやってもいいのではないかとも思う。

 そのうち自分の義手に関する全てを、シルヴィアは解き明かしてしまうのではないか、とも思ってしまうレインはふと視線を感じてそちらへ顔を向け、つまらなそうな顔をしているルシアと拗ねたような顔をしているクラースがじっと自分達を見ているのを知ってわずかに身を引いた。


「畜生レインの奴。羨ましいじゃねーか」


「シルヴィアの魔道具好きにも困ったものだけど、レインもまんざらじゃないような顔なのがなんだか面白くない」


「こっちも対抗して、いちゃこらすっか?」


 目を瞑り、唇を突き出してそんなことを言うクラースに対してルシアが発した言葉は冷たい墓の中の空気よりも更に暗く冷たい代物であった。


「ごめん。今生は無理。来世に期待して」


 あっさり袖にされてがっくりと膝をつくクラースを、何故か勝ち誇った表情でルシアが見下ろす。

 まだ道は途中であるというのに、このようなことをしていていつになったら道の先にたどり着けるのか分かったものではないと、レインはシルヴィアの掌の間からそっと義手を引き抜き、膝をついているクラースを助け起こし、勝ち誇った顔のルシアの肩を叩いてまだ先があるのだということを示すように通路の先へと顔を向けさせた。


「急いでねぇとはいっても、いつまでも墓穴の中にいてぇわけじゃねぇだろ? この後のことだってあるんだ。いつまでもじゃれてねぇで先に進もうじゃねぇか」


「それもそうですね」


「こっから出た後のことは、あんま考えたくねーなー」


「どっちにせよ、先には進まなきゃならないんだけどね」


 納得するシルヴィアに頭を掻くクラース。

 再び通路のあちこちを丁寧に調べ出すルシアの姿にレインはそっと溜息を吐く。

 こうしてゆっくりとではあるが通路を進んだレイン達は、その後も幾つかの罠を見つけつつそれらをなんとか解除して、やがて通路の行き止まりである玄室へと続く扉の前に立ったのであった。

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