第44話
その後、誰と誰が組んで見張りを行うかについてクラースとルシアは結構な時間を費やして討論し、その様子を呆れ返った様子のレインと、何故かもじもじと両手の指を擦り合わせながら頬を染めているシルヴィアが見守るといった状態が続いた。
とは言え、四人しかメンバーがいないのだから組み合わせはそれほどあるわけではない。
レインを軸に考えれば、残りの三人のだれかと組む以外にないのだ。
しかしそのいずれをクラースが提案しても、ルシアが何かしらの理由をつけて反対し、まるで話がまとまらないといった状態が続いている。
そんな様子をしばらく眺めていたレインだったのだが、ある程度のやりとりを見た結果としてどうもルシアがクラースをからかっているのではないか、という考えに到達した。
つまりは寝る前、あるいは見張りに立つ前のちょっとした暇つぶしのような会話であり、自分ですら気がついたそのことに、それにクラースが気がついていないとは考えにくい。
つまりはいずれかが満足するまでこの掛け合いは続くのだろうと、さらに呆れたレインなのだが話は一向に終わる気配を見せず、いい加減物理的に黙らせる必要があるのではないかとレインが考え始めた辺りで、シルヴィアがそっと手を挙げた。
「どの組み合わせでも問題があるのでしたら、いっそくじ引きでもすればいいのではないでしょうか」
なるほどその手があったかとばかりに納得したクラースとルシアは、すぐさま適当な薪を細く裂くように割ると、その内の二本の先に燃えている焚き火から引っ張り出した炭をつけて、即席のくじを作りだした。
そういう手際は感心するほどにいいのだなと、呆れたままのレインを余所に今度は誰からくじを引くかで口論しかけたクラースとルシアだったのだが、クラースが持っているくじを脇で眺めていたシルヴィアがひょいとばかりに一本引き抜く。
不意をつかれたクラースは何事かシルヴィアに言いかけたのであるが、その隙をついてレインがさらにもう一本のくじを引き抜き、その行為に注意を取られたクラースの手の中からルシアがもう一本を引き抜いた。
「そんなんアリかよ」
「くだんねぇじゃれあいしてるからだぜ」
咎めるようなレインの言葉に肩を落としたクラースなのだが、経過はともあれこれで四本のくじが四人に行き渡ったことになった。
結果はやはりというべきなのか、レインとクラースが組み、シルヴィアとルシアが組むという綺麗に男性陣と女性陣とで別れた結果となったのである。
「先に休むけど、いたずらしに来たら刺すからね」
鎧や武器などの装備を外し、衣服を緩めて寝袋へと入る女性陣の内で、ルシアが歯を剥き出しクラースを威嚇するような行動を取る。
その威嚇がただの言葉上のことだけではないことを示すかのように、きっちり短剣を一振り寝袋の中へとしまいこむルシアに対し、シルヴィアは武器の類を持たずに寝袋へと潜り込む。
さすがにメイスを抱いて寝るのは寝心地という観点から考えても、あまりよろしくはないのだろうと考えるレインに、ルシアが念を押してきた。
「レインもクラースが何かしようとしたらちゃんと起こしてよね」
「心配すんな。兄貴が寝てる女に何かするようなクズだったら、きっちりこの場で落とし前をつけさせとくからよ」
「信頼しています、レインさん」
冗談の類ではないぞとばかりに義手の拳を握ってみせたレインに、シルヴィアはにっこり微笑みながらそう答えるとすぐに寝袋の中で規則正しい寝息を立て始める。
ルシアの方も、しばらくはレインの方をじっと見つめていたのだが、シルヴィアの後を追うようにしてこちらも寝息を立て始めた。
残された形となったレインとクラースは壁にもたれかかるように並んで座りながら、交代の時間を待つことになった。
「別にこのメンバーで夜営すんの、初めてってわけじゃねーのにな」
「まぁ他に誰かいたり、開けた場所だったりしたからな。こんな密閉空間で俺達だけってのは初めてなんじゃねぇか?」
「それにしたって俺の信用なさすぎじゃねーか?」
「そいつに関しては胸に手でもあてて原因を考えてみてくれ」
傷ついたような表情のクラースにレインが笑いをこらえながらそう言うと、クラースは律儀にも自分の胸に手を当てて、無言のままなにやら自問し始める。
それで反省するくらいなら、ここまでクラースの悪癖が長引くこともなかったろうにと思いながらもレインは周囲を警戒することを忘れない。
焚き火の明かりが届かない場所は、完全な漆黒に塗りつぶされている。
聞こえてくる音は、女性陣の寝息と焚き火の爆ぜる音以外は何も聞こえてはこず、耳鳴りがするような沈黙の中でときたま、低い唸り声のような音が耳に飛び込んでくることがあり、レインはうんざりしたような視線でこれから進まなければならない方の通路を見た。
「ゴーストの類か」
「そりゃーな。墓穴の中にゴーストがいるのは何も不思議なことじゃねーからな。むしろ生者である俺らがいる方が本来はおかしい」
それもそうかと納得したレインの視界の端で何かが動いたような気がした。
視線をそちらへと向けてみたのだが、そこにあるのはただの石壁であり、何かがそこにいたような形跡は何一つない。
「こんな誰も来ねぇ墓穴の中でゴーストになるってぇのは、どんな気持ちなんだろな」
もしかしたら人が恋しいゴーストがいたずら混じりに姿を現したのかもしれない。
そんな考えを抱いたレインが思わず思ってしまった一言を漏らすと、隣でクラースが小さくではあったがそれを鼻で笑った。
これまで傭兵として暮らしてきた割には子供っぽい言葉だっただろうかと思いながらも、顔を顰めつつレインがクラースを見れば、笑ってしまったことを恥じるかのようにレインの視線から逃れるように顔を焚き火の方へと向け、その炎の中に追加の薪を一つ投入する。
「悪かったよ。妙なことを口走っちまった」
「俺も悪かった。笑うこたーなかったな」
謝罪の言葉を口にするクラースの視線の先で、薪が炎の中で爆ぜた。
飛び散る火の粉を見ながら、妙なことを口走るくらいならば黙っていた方がいいのだろうと考えたレインの思いとは別に、クラースが口を開く。
「墓穴の中でゴーストになる気持ちってのは、何も感じねーか、墓穴の中でゴーストになるような気持ちなんだろうよ。そうとしか思えねーし、違ったとしてもそれを理解して得があるとは思えねーな」
「ゴーストってぇのは、現世に思いを残した死人のなれの果てだっていうぜ」
「だとすりゃそいつの気持ちはそいつにしか分かんねーよ。他人が推測するのは勝手なんだろーが、それで何か分かった気になっても俺達にゃなんにもなりゃしねーよ。考えるだけ無駄だ」
「そういうもんか」
「そういうもんさ。そんなことより砂時計倒しとけよ。特に急ぐ気もねーんだが、あまり待たせても面白くねーのが外で待ってんだからな」
話をそこで打ち切るようなクラースに、レインはいくらか消化不良気味なものを感じながらも荷物の中から掌サイズの砂時計を取り出す。
それは細かな時間を計ることはできないながらも、中の砂が全て上から下へと落ちきれば一定の時間が経ったことを報せるもので、見張りの交代までの時間を知ったりするのによく使われている道具である。
「四往復で一刻だったか? 八往復で交代ってとこだな」
「それくらい寝りゃ、疲れもそこそこ取れるだろうからな」
眠気に負けて数え間違えなければいいのだがと思いながら、レインが砂時計を床へと置くと、中の砂がゆっくりと上から下へと零れ落ち始める。
こうして最初の見張りを行ったレイン達はきっかり砂時計の中の砂が八往復するのを確認してからシルヴィア達と見張りを交代した。
寝ているシルヴィア達を起こす際にクラースが、寝ている女性はくちづけで起こすものだと言い張り、やめさせようとするレインとひと悶着起こしたりしたのだが、その騒ぎのおかげでルシアが目を覚まし、事は未遂に終わっている。
なんとかシルヴィア達に降りかかりかけた災難を防いだレインはさっさと自分の寝袋に潜りこみ、何をしようとしていたのかルシアにバレたクラースはしばらくルシアに蹴られ続けながらも寝袋の中で丸まっていたのだが、やがて二人共あっさりと眠りに落ちた。
「眠っている男性はくちづけで起こすものではないでしょうか」
「シルヴィア、言動がクラースと一緒だよ? というかレインはシルヴィアがやるとしてもクラースは誰がやるの? ボクはヤだからね? シルヴィアやる?」
「唇はみだりに異性に許すものではありません」
「言ってることがしっちゃかめっちゃかだよ!?」
どのくらい眠っていたのかははっきりとはしないものの、次に意識を取り戻したときレインは体から大分疲れが抜けているのを感じていた。
うっすらと目を開けてみれば、なぜか自分のすぐ近くで何かしらの言い合いをしているシルヴィアとルシアの姿が見えたので、レインは少しばかりわざとらしく大きなあくびをしてみせて、二人の注意を引く。
「あ、レインが起きた」
「ルシアが大きな声で騒ぐからです」
「いいじゃん、もう時間なんだし。クラースの方はどうやって起こすの?」
「知りません。ルシアが起こしてください」
やや機嫌が悪そうなシルヴィアに、眠りの中でうっすらと聞いたような気がする会話は聞き間違えではなかったのかもしれないと思いながらレインは寝袋から這い出す。
「目覚め具合はどうでしょうか?」
「悪くねぇな。大分回復したと思うぜ」
首や腕を回して少々凝り固まった筋肉をレインが解している間に、クラースを起こしにかかったルシアなのだが、最初は普通に揺り起こそうとしていたルシアを突然寝袋の中から手を出したクラースがあろうことか寝袋の中へと引っ張り込もうとし始めた。
呆気に取られるレインとシルヴィアの前で、悲鳴を上げながら引っ張り返すルシアなのだが単純な力比べとなるとやはり鍛えているクラースの方が小柄なルシアに比べてかなり有利であり、徐々に引っ張られていくルシアがレイン達に助けを求める。
「ちょっと! 見てないで助けて!」
「兄貴、寝起きが悪いんだな。というか寝ぼけてるところに女の匂いがしたもんだから、欲望に正直に動いているんだと思うが」
「本当に見境なしなんですね……」
近くに女性がいるから寝袋に引きずり込もうと考えるクラースの思考を理解はできないものの察してはいるレインにシルヴィアが少しばかり冷たい声を出す。
しかし、助けてくれる気配のない二人にルシアが焦った声を上げた。
「そんな考察は後でいいから助けて! 両腕掴まれてナイフが抜けないんだよ!」
クラースの体を揺するのに使っていた両手を、同時に両方とも掴まれてしまったらしい。
ナイフが抜ける体勢であったのならば、どうするつもりだったのだろうかという疑問を押し殺して、レインはルシアの足を指差す。
「蹴っ飛ばしてみたらどうだ?」
「蹴るよ!? ボク、本気で蹴っちゃうよ!?」
「永眠しない程度に頼むわ」
下手な蹴られ方をすれば、それこそ睡眠が永眠に変わりかねない。
しかしその辺りの匙加減はルシアならば大丈夫であろうと考えて、シルヴィアを促して夜営の後片付けをしようとし始めるレインの背後で、鈍い打撲音と共にクラースの悲鳴が上がったのだが問題ないだろうと肩を竦めてレインは作業を続行したのであった。
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