第39話

 こうしていきなり最初の野営地から襲撃を受けたレイン達であったのだが、その時に受けた損害が大きすぎたのか、あるいは襲撃させる駒が尽きたのか。

 もしくはもっと別に理由があるのかは定かではなかったが、それから先でレイン達が襲撃を受けるようなことはなく、目的地までの道程は順調に消化され、レイン達は街を出てから三日目の昼前辺りの時間に目的地であるブラウゼン領南端にある街へ到着していた。

 残り五人となってしまった騎士達は、二人が令嬢を休ませるための宿の手配に走り、三人がハーフルト子爵へと連絡を取るために、街の詰め所へと走る。

 その間レイン達は特にすることがなく、街の広場に停めた馬車の周囲で、中にいる令嬢を護衛しながら騎士達の帰りを待つことになったのだが、宿の手配へ走った騎士達はともかくとして、街の詰め所へと向った騎士達は帰ってくるなりレイン達に戸惑ったような表情を向けてきた。

 これは何かあったのだろうとクラースが代表して騎士達から話を聞いてみれば、街を守る衛兵等がいる詰め所には、遠く離れた場所の相手と会話することができる魔道具が設置されており、それを騎士の権限で使用したのだという。

 これによりハーフルト子爵がいる街に連絡がつき、騎士達がこれまでのことを子爵へ報告してくれるように通話相手に頼んだところまでは良かったのだが、その結果として騎士達にもたらされた返答に問題があった。


「子爵閣下よりの命令としてご令嬢を連れて、速やかに出頭せよとのことだったのだ」


 指揮官の騎士がそう告げるのを聞いて、レイン達は思わず顔を見合わせる。

 一刻も早く子爵が令嬢の無事を確認したいというのであれば、その気持ちは分からなくもないのだが、指示の内容が出頭しろというのがどうにも引っかかりを覚えた。

 帰還するようにというならばまだ理解はできたのだが、出頭せよというのは言い回しとして間違っていないのかもしれないが、どうにも印象があまりよくない。


「なんか罪人みてぇな扱いじゃねぇか?」


 レインが思ったままの感想を口にすれば、クラース達もそれに頷く。

 令嬢の体のことを考えるならば、誘拐され恐ろしい目に遭わされた直後であり、ようやく安全だと思われる子爵領に戻ってきたというのに休む暇もなくまた移動しろというのも妙な雰囲気である。

 素直に従う気にあまりならないクラース達だったのだが、騎士達からしてみれば子爵の命令に従わないわけにはいかない。


「妙な雲行きになってきたんじゃねーか?」


「お前達もそう思うか。我らとしても閣下のご命令にしてはあまりに性急に過ぎるような気がしてならんのだが……しかし、命令は命令だ」


「宮仕えってのは悲しいもんだな」


「同行願えるか」


 騎士達にそう頼まれてしまえば、レイン達としてはここでさようならというわけにもいかず、首を縦に振るしかない。

 断れば、騎士達の依頼を途中で放棄したことになるうえに、子爵からの要請を無視したという難癖をつけられかねないからだ。

 令嬢に関しては我慢してもらうしかないだろうと考えて、騎士とレイン達は折角到着した街だというのにほとんど休憩を取ることなく出立する羽目になった。

 領内南端の街から子爵のいる街まではそれほど離れておらず、半日ほど徒歩で移動するとその街の近くへと到着することになったのだが、ここでもレイン達は嫌な予感のする光景と出くわすことになる。


「おい、なんだか雲行きが怪しいぜ」


 御者台の上からレインが指揮官の騎士へと声をかけたのは、もうそろそろ街が見えてくるのではないかという辺りのことであり、そこには完全武装した騎士が十数騎程、レイン達が到着するのを待ち構えていたのである。

 ただの出迎えであったのならば、そこまで物々しく武装する必要はないはずであり、いったいこれから何が始まるのかと馬車を停めてレイン達が見守っていると、街側の騎士の中から一騎が進み出て声を張り上げた。


「子爵ご令嬢一行で間違いはないか!」


「間違いない。我々は子爵閣下よりの命を受け、誘拐されたご令嬢を護衛して帰還したところだ!」


「そうか、ならば連行する! 大人しく同行せよ!」


「おいおい、本当に穏やかじゃねーな」


 連行と言う言葉が使われるのは、大概罪人相手くらいなものである。

 普通に生きていれば向けられるはずのない言葉を向けられてクラースは一瞬、馬車を方向転換させてこの場から逃げ出すことを考えた。

 しかし、馬車はそれほど速度を出せるようなものではなく、しかも自分達四人と子爵令嬢が乗っている状態で、騎兵の追撃を振り切れるわけがない。

 そうでなくともそんなことをすれば、確実に子爵令嬢誘拐犯という罪状が付くのは確定的であり、まだそこまで思い切ったことをするようなタイミングではないだろうとクラースは自分に落ち着くように胸の内で言い聞かせた。


「連行とは何事か! 我々は……」


「黙れ! これは子爵閣下よりのご命令である! 抵抗すれば切り捨てる!」


 抗弁しかけた指揮官の騎士だったのだが、それに対する反応は十数騎の騎士達が一斉に剣を抜き放つというものであった。

 思わず馬車側の騎士達も、手にしている馬上槍を構えかけたのだが、子爵からの命令であると明白に告げられればこれに反抗するわけにもいかずに槍の穂先を下ろす。


「武装を解除しろ!」


 街側の騎士が馬車側の騎士達の手から武器を奪い取っていく。

 それに抵抗せずに馬車側の騎士達は手にしていた馬上槍を騎士達へと渡し、それらをひとまとめにした街側の騎士達はそのままレイン達にも武器を渡すように要求してきた。


「どうすんだ兄貴?」


「さて、どーしたもんかねー」


 切って切れない相手ではないだろうとクラースは街側の騎士達の実力を値踏みする。

 自分とレインの二人がいれば、街側の騎士達の大半は討ち取ることができるのではないか、というのがクラースの判断であった。

 しかし、全滅させることは無理であろうとも考える。

 一人でも逃がしてしまえば自分達は子爵に逆らった罪人として、国中に手配書が回ることは間違いなく、そうなってしまえばとても冒険者稼業など続けてはいられない。

 傭兵に戻る気ならば、あまり気にしなくてもいいことではあるのだが、と思いながらクラースは腰に吊るしていたシャムシールを鞘ごと腰から外した。


「渡してやれ。ここで揉めても得がねーからな」


「了解」


 レインにそう促してクラースは近寄ってきた騎士に自分の武器を渡す。

 特に値打ち物というわけでもなく、普通にその辺の武器店で買えるような代物ではあるのだが、いざ手放してみるとどうにも具合の悪いものだとクラースは苦笑する。

 レインもまたその手にしていた鋼の槍を近寄ってきた騎士へと渡したのだが、こちらは少しばかりクラースとは勝手が違っていた。

 クラースの武器は誰でも扱えるような物であるのだが、レインのそれはレイン以外に扱える者がいるのだろうかと首を捻るような物である。

 あまりに無造作に渡されたものであるから、受け取った騎士も大したことはないのだろうと軽く考えていたらしく、レインが手を離した途端に両腕にのしかかってきた重さに耐えることができずに、そのまま馬上から落馬してしまったのだ。

 レインが何かしたのではないかと殺気立つ騎士達に、レインは何もしていないとばかりに両手を挙げて抵抗の意志がないことを示し、武器を受け取り損ねた騎士は槍の重さと地面に痛打した背中の痛さに小声で文句を言いながら、仲間の手を借りながら二騎がかりで槍を運ぶことになった。


「その籠手も外せ」


「こいつは義手でね。なけりゃ困るし、そもそも腕から外れねぇんだ。諦めてくれ」


 レインの左手にある義手は知らない者が見れば金属製の籠手にしか見えず、しかもその無骨な造りからして武器として転用できなくもなさそうに見える。

 だからこその騎士の要求にレインは淡々とそう応じ、本当に抜けないのだと何回か引っ張って見せると騎士は疑わしそうな視線をレインへと向けながらも一応は納得して引き下がっていく。


「馬車の中の女共。貴様らもだ」


「はいはい。盗んだりしないでね」


 騎士の高圧的な口調に気を悪くした様子もなく、ルシアは自分の短剣を鞘ごと差し出した。

 それを受け取った騎士は続いてシルヴィアにも武器を渡すように告げたのだが、シルヴィアはこれを断ってしまう。


「私の持つ物は神官としての装備です。私より上位の神官より要求されればお渡ししますが、そうでない限りはたとえどこの国の騎士様と言えども、お渡しすることはできません」


 騎士がシルヴィアの装備で目をつけたのはシルヴィアが持つメイスであったのだが、ただの無骨な金属の武器にしか見えないそれに、そんな意味があるのかとレインやクラースは感心してしまう。

 だが騎士には通用しなかったようで、重ねて渡すように命令してくる騎士へ、クラースが軽い口調でとりなした。


「やめなって騎士さんよ。神官相手に威張ってっと、死後祟るぜ? 神様の前に引き出されて告げられる生前の罪状に、神官を脅迫したってのを足されたかねーだろ?」


「我々は貴様らの武装を全て解除するよう命じられている!」


「そりゃ俺や弟の武器なら話は分かるがよ。神官さん一人が振り回すメイスが騎士様方にどんだけの脅威になるってーんだ? まさか神官相手に打ち負けるような腕前ってわけじゃねーんだろ?」


 笑いながらそんなことを言うクラースに、騎士が声を荒げる。


「貴様、愚弄するか!」


「しねーって。騎士様馬鹿にしてたんじゃ命がいくつあっても足んねーよ」


「何をしている」


 騎士が大声を上げたのに気が付いて、他の騎士が近づいてくる。

 その騎士にシルヴィアが武器を渡すことを拒否していることを、最初にいた騎士が報告すると近づいてきた騎士は馬車の窓越しに、中で澄ました顔をしているシルヴィアを一瞥すると、小声で言った。


「神官の装備は儀式的な意味合いも持つらしい。無理に取り上げて事が明るみに出れば教会を敵に回しかねん。子爵様もお分かり頂けるだろう」


「しかし……」


「抵抗する素振りを見せれば切って構わん。その場合は面目が立つ」


 おそらく騎士達の会話は聞こえているはずのシルヴィアなのだが、脅しとも取れるその会話の内容を耳にしても、涼しい顔には少しの陰りも見えない。

 そんなシルヴィアの様子に武器を取り上げようとしていた騎士はこれみよがしな舌打ちをし、後から来た騎士は特に気にした様子もなく馬車にいる面々から武器を取り上げたことを他の騎士達に報告する。


「よし、ならば子爵閣下の下に連行する」


 一人の騎士の号令で一行は街に向けて動き出す。

 周囲を武装した騎士達に取り囲まれるようにして馬車を走らせだしたクラースは、馬車の中から顔を出したルシアに背後から声をかけられた。


「令嬢さん馬車の中に残したままなんだけど、ボクらが人質にするとか考えないのかな」


「別に俺達、罪人として捕縛されたわけじゃねーしなー」


「でもそんな感じだよね?」


「まーなー……まぁその場合、たぶんそのご令嬢を人質にしても意味ねーんじゃねーかなー」


 これが自分達と令嬢だけならば、まだ納得できる状況だとクラースは思う。

 どこの誰とも知れない冒険者が、誘拐されていたらしい令嬢を助け出してきましたとやってきて、何の疑いもなしにそれを歓迎するようならば余程のお人好しである。

 下手をすれば誘拐犯が命惜しさに仲間割れし、令嬢を助け出した体を装っているかもしれないのだから警戒するのが当たり前だとクラースは思う。

 しかし今回は子爵の命令を受けて行動している騎士達が一緒である。

 いくらなんでもその騎士達までがグルになっていると考えるのは無理のある話なのだが、迎えに来た騎士達の反応を見る限りでは、どうにもその無理のある話が通ってしまっているようにクラースには思えた。


「いずれにしても様子見しかねーなー」


 いざとなれば犯罪者になることも覚悟の上で、騎士の囲みを切り破り逃げることも考えなければとクラースは思う。

 その場合はあまり気が進まないものの、また傭兵として今度はどこかの団に潜り込み、根無し草生活に戻るだけのことであり、それはこれまでずっとやってきたことなのだから大した苦労でもない。


「そうならねーといいんだがな」


 何にしても面倒なことがこの先に待ち構えていることは疑いようもなく、クラースは馬車の手綱を取りながら、もっと楽な生活がしたいものだと思いつつ空を眺めるのであった。

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