第40話
騎士達に囲まれながら街へと到着したレイン達は、そのまま街の大通りを子爵のいるという館のある場所まで連行されていった。
それは文字通り連行という雰囲気であり、何故だか街の住民達が馬車へと注ぐ視線もどこか冷たく、レイン達は非常に居心地の悪い思いをすることになる。
「気にいらねぇな」
「暴れんなよレイン。お前の場合、そいつがあるだけで大惨事だ」
不機嫌そうな顔で、街の住民達を睨み返していたレインの呟きにクラースが苦笑交じりにそう返してやる。
武器を取り上げられていたとしても、レインの力と義手があれば街側の兵士に大きな損害が出るのは間違いないが、代わりにレインはお尋ね者になってしまう。
弟の手配書が出回るのは忍びないと笑うクラースに、レインは不満そうな顔をしながらもそれ以上の愚痴を口にすることはなかった。
こうして子爵がいる館まで連れてこられたレイン達は、館に到着するとそこまで一緒だった五人の騎士とも引き離される。
さらに馬車に乗せていた令嬢はおそらく子爵に仕えているのであろうメイド達に連れて行かれパーティメンバーだけになったレイン達は、そのまま馬を下りた騎士達に囲まれた状態で子爵と顔を合わせることになった。
「お前達が娘を助けたと主張している冒険者達か」
館の中の広間へと連行されたレイン達は、騎士に取り囲まれたまましばらく待たされ、やがて姿を現したのは仕立てのいい服に身を包んだ中年の男性と、それに付き従うように立つ茶色の髪をツーサイドアップにまとめた一人の女性であった。
男性の方はおそらくハーフルト子爵本人だろうとアテをつけたクラースだったのだが、その後ろに付き従っている女性については全く情報がない。
いったいどこの誰なのやらと内心考え込むクラースは、ふとある事実に気が付いて顔を強張らせた。
「どうした兄貴」
「信じられねー……この俺が……」
わなわなと手を震わせながら呟くクラースの姿は尋常ではなく、レインやシルヴィア、ルシアが思わず心配そうにその姿を見守る中、クラースは声を震わせながら言った。
「この俺が、女性を目の前にして全く食指を動かされねーとは!」
その言葉に、シルヴィアとルシアは思わず上げかけた言葉を押さえるようにして、自分の口を掌で押さえたのだが、レインはくだらないことを聞いたとばかりに呆れた表情をしながら子爵の後ろに立つ女性へと目をやる。
顔立ちは美人と言っても問題のないくらいには整っていた。
年の頃は、はっきりとは言えないものの自分達とそれほど離れていないように見える。
少しばかり目が細く吊り気味で、酷薄な印象を受ける顔ではあるのだが、そこは人それぞれに好みというものがあり、そんな冷たい顔がいいという男性も世の中には少なくないはずであった。
体つきは、ぱっと見ただけではレインにはどのようなスタイルなのか分からない。
それはその女性が体の線が出にくいローブを身に着けていたからであり、なんとなく雰囲気からレインはその女性が魔術師なのではないかと考える。
「クラースさん、どこかお加減が悪いのですか?」
「クラースが女性に興味を示さないなんて、明日世界が終わるんじゃない!?」
非常に失礼な言葉を、全く失礼だとは思っていない表情で投げかけるシルヴィアとルシアなのだが、確かにこれまでのクラースの言動からしてみればそれなりに若くて美しい女性を目の当たりにして、まるで興味が湧かないというのは異常事態だと思ってもおかしくはない。
「貴様ら、何をごちゃごちゃと! 子爵閣下の質問に答えんか!」
何やら混乱している様子は分かるものの、一向に返答しようとしないレイン達にしびれを切らして騎士の一人が怒鳴りつけてくる。
それを少しばかり怒気のこもった視線で黙らせてからレインは、クラースがショックから立ち直れそうにないのを見て、自分が答えるべきだろうと口を開いた。
「その通りだと答えさせてもらう。言葉遣いがなってねぇのは見逃してくれ。育ちが悪ぃんだ」
貴族相手に喋ったことなどないレインである。
もちろん傭兵団にいた頃は、貴族に雇われることなどしょっちゅうであったのだが、その貴族との交渉はクラースが担当しており、レイン自身が貴族と言葉を交わしたことなどほとんどない。
それでも自分の言葉遣いが、貴族相手には失礼に当たるものだということくらいは分かっており、叱責される前に謝罪の言葉を述べておく。
「彼らは斯様に申しておるが、どう思う」
どこか覇気のない声で子爵は背後に控えている女性に意見を求める。
するとその女性は表情を動かすことなく、平坦な口調で子爵に答えた。
「信用なりません。おそらくこの者達は誘拐犯の一味ではないかと」
「止してくれ。あんたらが派遣したとかいう騎士達にもきちんと事情は説明してあるんだ。大体、あんた誰だ? そっちは子爵閣下とやらだと思うんだがよ」
きちんと騎士達の話を聞いていれば、辿り着くはずのない結論をいきなり決めつけてくる女性にレインが問いかける。
「私はティナ・カエノメレス。子爵閣下に雇用されている傭兵団の副団長だ」
「どこの団だ?」
女性が名乗った名前はレインにとっては聞いたことのない名前であった。
いちおう有名な傭兵団の幹部クラスならば、情報に疎いレインでも聞いたことくらいはあるはずで、全く心当たりがないということは無名の傭兵団という可能性が高いのだが、そんな無名の傭兵団が子爵に雇われているというのは、妙な話である。
「黒鉄傭兵団だ」
「聞いたことねぇわ」
女性が名乗った傭兵団の名前は、やはりレインが聞いたことのないものであった。
だからこそ即座にそう返してしまったのだが、それはティナと名乗った女性を怒らせる結果となり、ただでさせ吊り気味の目をさらに吊り上げて睨みつけてくるティナからレインは知らぬ顔で視線を逸らす。
「で、その傭兵団の副団長様がなんでまたそんな決めつけをしやがる?」
「決めつけではない。この場においてはそれが事実となる」
「馬鹿言ってんじゃねぇぞ。ちゃんとあの騎士達に話を聞いたのか?」
話がおかしなことになってきたと身構えるレインに、子爵は場の雰囲気が険悪なものになりつつあることを全く感じ取っていないのか、どこか虚ろな表情と瞳でレインを見ると、もごもごと口を動かす。
「あの者達は犯罪者と結託し、虚偽の報告を行った罪で投獄した。ティナ殿がそう判断されたのだ」
滑舌悪く、聞き取りづらいその言葉を聞き取ったレインは軽く左の拳を握る。
最初から面倒そうな話になることは予想済みではあったものの、ここまで強引に話を持っていくとは思ってもみていなかった。
状況からしてここから話がひっくり返るようには思えず、大人しく従っても犯罪者扱いされる結末しか待っていない。
それならばいっそ、面倒事を根元から断ち切るためにこの場に居合わせている子爵の関係者をこの場で始末するべきではないかと考え始めたレインは、握りしめた左の拳を軽く小さくぽんと叩かれて、短絡的な思考を止める。
「あの騎士達ってのは、子爵閣下の部下なんだろ? 自分の部下の報告を信用しねーで、外様の傭兵団とやらを重用するってーのは、貴族としてどーなんだ?」
「それは……」
「騎士の忠誠ってーのを軽く考えすぎじゃねーのか?」
「忠誠……」
くだらない原因ではあるものの、それなりにショックを受けていたらしいクラースがそこから立ち直り、子爵に向かい合いながら言葉を紡ぐ。
それを聞く子爵の表情は、人形のようにあまり動かないものの、どこか戸惑うような気配を帯び始めていた。
「罪人が世迷言を」
「本当に罪人だったなら、のこのここんなとこまで戻ってこねーよ」
考え込むように口を噤んでしまった子爵に代わってティナが口を開いたのだが、動じることなく言葉を返すクラースの姿に、ティナが歯噛みする。
そんな二人に挟まれるような形になった子爵は、言葉にならない呻き声のようなものを口の中でもごもごとさせるばかりであった。
「大体俺とこいつは元傭兵。戦争に参加することで糧を得てきた者だ。戦に飽きて冒険者に稼業を変えちゃいるが、女子供を攫って金を得ようなんて考えるほど落ちぶれちゃいねーよ」
元とは言え同業者だと名乗られて、ティナがわずかに鼻白む。
ここでクラース達を人攫いするような者達だと断罪すれば、同じ傭兵である自分達をも蔑むような結果になりかねない。
傭兵風情がというようなことを言ってしまえば、それがそのまま自分達にまで跳ね返ってきてしまう。
「そ、そこまで大言するからには余程の傭兵だったのだろうな?」
どこか苦し紛れに聞こえるティナの言葉は、おそらくはレインやクラースがその辺にいくらでもいる無名の傭兵であったのならば、その矜持など信用できるものかという話の流れに持っていきたかったのだろうとクラースは感じた。
しかし、この場においてその一言は致命的だとばかりにクラースは口の端を歪めて笑うと、なんとなくこの後の流れを予想してなのかうんざりしたような表情で天井を仰いでいるレインを指さすと、芝居がかった仕草と口調で子爵達へと告げる。
「聞いて驚けこの野郎。このレインこそ、数多の戦場を駆け抜け、その名を聞けば各国の正規兵ですら前線に立つことを躊躇ったとまで言われた二つ名持ちの傭兵<ペネトレーター>だ! この名を聞いたことがねーって傭兵はモグリだぞ!」
「な!? 馬鹿なっ!」
驚きの声を上げたティナに、自分のことではないというのに得意げな顔を向けるクラース。
子爵や周囲にいた騎士達もその名前は聞いたことがあったのか、驚愕の視線を向けてくる中で、一人レインだけが酷く恥ずかしそうに顔を赤らめながらひたすら天井を睨みつけている。
「<ペネトレーター>だと!? 確かに最近傭兵を辞めたと聞いたが……」
「身体的特徴は合致しているな」
「受け取った武器も、噂と同じ総身が鋼の槍だったぞ」
ざわめきだした騎士達の呟きを聞いて、シルヴィアが天井を見上げたままのレインにそっと囁く。
「有名人なんですね」
「止めてくれや……ここから消えたくなる」
自分で名乗ったわけでもなく、目立ちたいわけでもないレインからしてみれば大勢がいる場所で堂々と二つ名で紹介されるというのは、どうにも恥ずかしい気分になってしまう。
それでもいくらか自分達の立場を向上させる一助となったのであれば、我慢してみてもいいのだろうと考えるレインへ、ティナは指を突きつけて叫ぶ。
「そのような者がこの場にいるはずがない。大方貴様、騙りだろう!」
「んだと手前ぇ! 俺すら食指を動かさねぇ分際で俺の弟にケチつける気か!?」
「は? 貴様何を言って……」
「手前ぇはきっと性格ブスだ! しかも俺が許容できねーレベルのとんでもねー奴に違いねー! んな奴が俺の弟を騙りとか抜かすんじゃねーよ、この性格ブス!」
「何だと貴様っ!?」
面食らったような状態から怒りに顔を赤くしたティナへ、さらに暴言を吐き出そうとしたクラースだったのだが、その口が開かれるより先に子爵が口を開いた。
「双方とも止めよ!」
ぴんと張った声が広間に響き渡り、クラースとティナが揃ってその動きを止める。
そんな二人を子爵はそれまでのどこか虚ろであった雰囲気が嘘であったかのように気力の籠った視線で睨むのであった。
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