第28話

「レイン。お前の意見はどーなんだ?」


 仕事の依頼をしてきた商人の逗留している宿を後にしたレイン達は、一旦自分達が泊まっている宿の一室に集まっていた。

 話し合うのはもちろん、先程面会してきた商人についてのことだったのだが、クラースに意見を求められたレインは、渋い顔をしながらしばし考えた後、口を開く。


「ちっとばかり色の濃い灰ってとこじゃねぇかな」


「そうさなー、あいつちょっと目が泳いでやがったもんなー」


「え? そうなの?」


 クラースの言葉に驚きの声を上げたのはルシアであった。

 いちおうルシアも自分なりに商人の反応については観察を行っていたのだが、クラースが言うような反応を商人が示したところは見ていない。


「俺は兄貴が見たものを見たわけじゃねぇんだが……怪我した護衛を帰したってのがどうにも気になって仕方ねぇんだ」


 自力で元いた街に帰れる程度の手傷なのであれば、護衛の任務を続けさせることは可能だったのではないか、というのがレインの考えである。

 素性の知れない冒険者をわざわざ雇い入れるよりは、最初から素性の分かっている護衛を使い続けることの方が、信頼性は高いはずであり、少しばかり傷が深かったとしても商人の言葉が本当なのであれば、それは薬や神官の祈りによる治癒で回復可能な程度のもののはずであった。

 だというのに、わざわざ護衛を帰したというのがレインは気になっている。


「とはいえ、あいつ。神官の質問にすんなり答えやがったんだよなー」


 世界に神は存在する。

 その証左が神官の祈りであり、神官とは神に認められた者しかなれない。

 これは傭兵ですら知っている常識であり、それなりの教養を必要とする商人が知らないわけのない話であった。

 その神に認められている者の質問に、虚偽の答えを返すというのは中々難しいことだとクラースは思っている。

 もちろん、顔色一つ変えずにそれを行えるような者もいるはずではあるのだが、クラースが商人を見た限りではそこまで肝が据わっているような人物には見えなかった。


「で、その神官としてのご意見てのは?」


「その他人行儀な呼び方には一言文句を言いたいところなのですが」


 考え込むクラースの代わりに、尋ねたレインに対してシルヴィアは少し頬を膨らませつつも考えをまとめるようにやや間を置いてから答えを返す。


「私はあまり、不審な雰囲気は感じなかったですね」


「ボクも依頼を断わるような要素はなかったように思うけど?」


「とりあえず、反対意見ってのはねーんだな」


 パーティの意見を取りまとめてみれば怪しんだりいぶかしんだりしているメンバーはいるものの、こういうわけで依頼を受けるべきではない、という意見は一つも出てこなかった。

 それを踏まえた上でクラースは考える。

 この依頼を受けないということになれば、冒険者ギルドにろくな依頼は残ってはおらず、次の新しい依頼が張り出されるまで待たなければならない。

 余裕がまるでないというほど切羽詰った状況ではないものの、四人もの人間が生活していくにはそれなりの現金というものが必要であり、クラースとしては懐に余裕ができるまではできるだけ次々と依頼を受けたい気持ちがある。

 それらを鑑みて、クラースは結論を出した。


「それならこの仕事、受けてみるって方向でかまわねーな?」


 パーティの総意を確認するかのようにクラースがそう尋ねても、やはりレイン達の中から反対意見は出てこず、クラースはそれで腹を決めた。

 方針が決まれば行動というものは速ければ速いほどいいに決まっているというのがクラースの信条であり、すぐに冒険者ギルドへと向ったクラースは受付で護衛の依頼を引き受けたい旨を受付の職員へと告げる。

 クラースの話を聞いた職員は、何故か一旦受付カウンターの奥へと姿を消すと、それにとってかわるかのように一人の女性が受付に座った。


「あんたは確か……ロベリアって言ったっけか?」


 カウンター越しに笑顔を向けてくるギルドの女性職員の顔を、クラースは覚えていた。

 というよりクラースは一度見聞きした女性の顔は、余程のことがない限りは忘れることがない。

 名前を顔を一致させ、さらにそれを長く記憶しておくというものは一種の才能であり、レインなどは真似できないと考えている技能であるのだが、クラースの場合は女性に限るという点においてあまり使い道のない才能だとも言える。

 ギルド職員の制服を身につけ、肩口で切りそろえられた金色の髪を揺らしつつ、名前を覚えられていたことが嬉しかったのか、笑みの度合いを深めながらその少女は朗らかな声と共にクラースへ答えた。


「はい。受付のロベリアです。今回はこちらの依頼を受けられるとのことですが、間違いありませんでしょうか?」


 カウンターの上へとロベリアが出してきた依頼票の中身を見て、クラースは頷く。


「こちらの依頼、急ぎとなっておりまして。名乗り出る方があった場合は即座に連絡、すぐ出発ということになっているのですが、問題ありませんか?」


「随分と忙しねー話じゃねーか」


 依頼主であるあの商人が急ぎたくなる気持ちは分からないでもないクラースである。

 何せ注文の品を届ける道中で足止めを食らっているのだ。

 この時間の遅れによって注文主から何かしらのクレームがあるかもしれないと考えれば、一刻も早く出発したいというのは当然なのであるが、クラース達にも準備というものがあり、依頼を受けたので即出発しますとはなかなかいかない。


「準備にちっと時間が欲しいところなんだがなー」


「でしたら準備を終えたらもう一度お声をかけていただけます? こちらの依頼は保留ということでとっておきますから」


「おいおい、今から準備したら昼下がりから夕方になっちまうだろ? それでもすぐ出発しよーってーのか?」


 普通、野外を移動する場合は少しでも日のあるうちに距離を稼ぎたいと考えるもので、出発は午前中、それも朝早くというのが一般的であった。

 もちろん様々な都合により、昼前や昼下がりといった時間に出発する者もいないわけではないのだが、出発した途端に日が暮れるような夕方辺りに旅路につく者は、よほどのことがない限りはいない。

 そのよほどのことというのがあの商人にあるのだとすれば、届け物に納期でも決められているのだろうかとクラースは内心で考える。

 その辺りも聞いておけばよかったかとクラースは思ったのだが、後の祭りであって今更確認しなおすこともできない。


「先方からは、依頼を受ける方があればすぐに出発する、とだけ」


「一晩保留、ってわけにゃーいかねーよな」


 いくらなんでもそれは不義理が過ぎるだろうとクラースは思う。

 依頼主は少しでも早く出発したいという意向をギルドへ伝えているわけであり、依頼を仲介する役目を担っているギルドがそれを無視して冒険者に都合がいいようにゆがめてしまうわけにはいかないことはクラースにもよく分かっていたからだ。


「ちょっとそれは一職員の権限の範囲外のお話になるかと」


「だろーな。ちっと面倒だがさっさと準備して、なるたけ早くあの商人のとこに行くしか手がねーか」


 そうぼやいたクラースは、話の推移を伺っていたレインへ視線を向ける。

 それを受け取ったレインはシルヴィアとルシアの二人を促すと、早速出発するための準備を行うためにギルドの建物から出て行く。

 ギルドの中にはクラースだけが残されたのだが、これは保険の意味合いがあった。


「別にそんなことをしなくとも、この依頼を他の誰かに流すような真似はいたしませんけども……」


 ロベリアは依頼をしばらくは保留にしてくれると言いはしたのだが、実際本当にそれが保留の状態のままになっているかどうかは、分かったものではない。

 クラース達よりもよさそうな冒険者がいれば、そちらに話を流してしまうようなことがあるのではないか、とクラースが警戒したのである。


「私は貴方達に期待しているのですから、ご心配されるような真似はしませんよ?」


「そいつはまーありがてー話じゃあるんだが、だからといってはいそうですかと信頼するような奴は長生きできねーってのが現実だしな」


「疑り深いんですね」


「そうじゃなきゃ生きていけねー世界で暮らしてたもんでなー」


 クラースの口調は軽いのだが、その言葉に込められた意味は非常に重い。

 それを感じ取ったのか、ロベリアは気を悪くした様子もなく、そっと肩を竦めるとカウンターの上に置いてあった依頼票を裏返しにめくる。

 そのめくった依頼票の上に突っ伏すようにロベリアが体を投げ出したのを見て、カウンターに背中を預けてレイン達が帰ってくるのを待とうとしていたクラースは、本当にロベリアが今の依頼を誰かに流そうという気がないことを悟った。


「受付業務に支障が出るんじゃねーのか?」


 業務を行うための職員がカウンターの上に突っ伏しており、その傍らには何をするわけでもない冒険者が一人、カウンターに背中を預けて立ち尽くしている状況では、他の冒険者が何らかの受付をしようとそこに立ったとしても受付てもらえるようには見えない。

 受付担当の職員とは、依頼などの受付をすることこそ仕事であり、それが満足になしえない状況というのはよくないのではないかと思うクラースへ、ロベリアは突っ伏した姿勢から目線だけを上げてクラースを見る。


「受付カウンターはここだけじゃありませんから」


「ま、それもそーだな。しかもこんな時間に受付を使う冒険者なんてのはどうも俺達だけみてーだし」


「そんなことはありません。そろそろ薬草採取ですとか、素材採取の依頼を受けた冒険者さん達が終了証明を持ってきたり、素材の買取をお願いしたりしにくる時間です」


 ロベリアが口にしたのは、物にもよるのだが大体が街からいくらも離れていないような場所で済ませることができる依頼である。

 駆け出しの冒険者はそういった依頼を引き受け、午前中一杯を依頼の実行にあてると、午後辺りからまたギルドに戻ってくるといった流れで仕事を行うことが多いらしい。


「俺らもたまには薬草採取とかの依頼を受けるべきなのかねー?」


 そうは言ってみたものの、クラースは自分のパーティのメンバーでは採集依頼などをこなすのは難しいのではないか、と考えている。

 自分に関してはそこそこの知識はあると思っているものの、レインは微妙なところであるし、シルヴィアは神官としては結構な実力を持っているのかもしれないが、野山の草花に関する知識があるようには見えない。

 ルシアも学習が得意であるようには見えないとなれば、採集作業に必要な知識や技量が絶対的に足りていないのではないか、というのがクラースの見立てであった。


「そこは人それぞれじゃないでしょうか。やはり得手不得手というものが人にはありますからね」


「荒事向きだよなー、俺達のパーティって」


「頭脳担当者が一人欲しいってところでしょうか」


「あんまり人数増やしても、維持できなくなるだけだしよ。できる依頼だけこなしてできそうにねーのは他の誰かに任せるさ」


「なるほど。貴方らしい、のでしょうか?」


 ぼそりとしゃべったロベリアは顔を上げることなく、ちょいちょいとクラースを手招きする。

 何事かと顔を近づけたクラースへ、ロベリアは囁くような声で言った。


「一つだけ有用な情報を。この街から北方へ旅立った人の中に、怪我人はいません」


「あ?」


「この情報をどう取るかはお任せします」


 その情報をロベリアがどのような意図を持って自分に伝えて来たのか。

 それを知るためにクラースはロベリアの顔を見ようとしたのだが、ロベリアは伝えることは伝えたとばかりに再びカウンターの上に突っ伏して、その後はレイン達が用意を終えてクラースと合流するまで顔を上げようとはしなかったのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る