第27話
なんとなく白けてしまった空気をなんとかしようとクラースが提案したのは、とにかく自分が持ってきた依頼の依頼主に一度会ってみようという提案であった。
実のところ、現在レイン達の懐事情はそれほどいいものではない。
何故ならば、一つ前に受けた依頼においての収支が軽く赤字に転落していたせいである。
仕事自体は失敗したわけではなく、きちんと目的の物を持ち帰ったということで成功という結果だったのだが、問題はその結果に辿り着くまでに受けた損害であった。
レイン達は依頼の中で目的地に向かうために馬車を四台、借り受けていたのだがこの内の三台については、それを使っていたパーティが全滅してしまっており、しかも仕事の最後の方に受けた襲撃から逃れるために、レイン達は馬車に繋がれていた馬を馬車から解き放って逃がしてしまっている。
この馬車と馬の代金を、レイン達は商人ギルドから請求される羽目になっていたのだ。
これにはレイン達もいちおう抗議はしてみたのだが、今回の件に関しては一つの依頼を複数のパーティで一緒に受けた件であり
馬というものは色々な意味で非常に高価な生き物である。
手に入れるのもさることながら維持するのにも高いコストがかかるわけであり、当然それにつけられる値段もまたかなりの金額になってしまう。
それが馬車三台分となれば、レイン達の出費は相当なものになり、下手をすると自分達の分の依頼料まで激減されかねない状態だったのだが、さすがに商人ギルドもそこまでがめつく取り立てる気はなかったようで、少しばかり減らされる程度の出費でなんとか手打ちにしてもらった。
しかしこれによりレイン達は本来手に入れられるはずの現金収入を手に入れることができなかったのである。
そのためクラースはなるべく早く次の依頼を受けるべきだと考えており、その結果が今回のような手回しとなっていた。
「俺はそれで構わねぇが……」
「私も大丈夫ですよ。はいこれで応急的な整備は終わりです。名残惜しいですが」
レイン達が話している間にも義手の整備作業を続けていたシルヴィアは、あまり満足のいく作業ではなかったのか残念そうな顔をしながらも、外していたいくつかの部品をてきぱきと義手へと組み込んでしまうと、終わりの合図のように掌で一つ義手の甲を叩く。
少しばかり不安の残るレインは、シルヴィアが整備を終えたばかりの義手を持ち上げて手首や指を動かしてみるのだが、特に不具合があるようには感じず、シルヴィアの技術の確かさを知ることになった。
「いちおうギルドの方にゃよ。俺らが引き受けるかもしれねーから依頼主に伝手とってくれとは言ってあるんだわ」
根回しがいいにも程があると思うレインなのだが、いいに越したことがあるわけでもなく、改めてギルドの受付で依頼主の情報を聞いたレイン達はその足で、依頼主が逗留しているという宿屋へと赴くこととなった。
依頼を受ける、受けないを決める前に依頼主と会ってみるというのはそれほど珍しいことではない。
冒険者ギルドに流れてくる依頼の数々、その全てが問題を内包していないきれいなものというわけではなく、あるのだとすればその裏は冒険者自身が確認しなければならないというのがその最大の理由だ。
もっとも他にも理由は様々あるのだが、その中で特に多いのは依頼主の人となりを確かめるというものであり、それは今回レイン達が受けようか検討しているような依頼主が行動を共にするタイプの依頼に多かった。
金をもらって仕事をする以上は冒険者の側にもある程度の割り切りというものがある。
しかし冒険者も人である以上は感情や好き嫌いというものが存在しており、相性の悪そうな相手との仕事では、本来上手くいくはずだったものが上手くいかなくなることがようようにしてあるからだ。
それを避けるためにも、一度相手と会っておかなくてはと考えるのは極自然な話の成り行きである。
今回の依頼主である商人が宿泊している宿は、驚くほどに高いというわけでもなかったが、眉根を寄せるほどの安宿というわけでもない、所謂中庸の宿であった。
宿の受付で自分達の身分と、冒険者ギルドから依頼の件で来たのだとクラースが告げると宿の店員はレイン達に待合室で待つように話し、そこで待つレイン達のところへしばらくして一人の中年男性が姿を現す。
見た感じは特徴のない男だな、というのがレインが最初に抱いた感想であった。
中肉中背の体つきに、仕立てはいいものの飾り気のない平服といった姿の男は街ですれ違ったとしても注意を引くことなく、記憶にも残りそうにないといった、そんな平々凡々とした男である。
「お時間を取らせて申し訳ありません」
待合室のテーブルに座り、男の対応に当たったのはシルヴィアであった。
依頼主に対してその対応を行うのは普通、パーティのリーダーであるクラースの仕事のはずなのだが、クラースは傭兵上がりの冒険者であり、優男ではあるのだがその身に纏う雰囲気はやや荒々しい。
相手が大店に勤めている点から考えて、下手な対応をすれば面倒なことになるかもしれず、さらに相手は客商売をしていることから考えてクラースが対応したのではいらぬ警戒感を抱かせてしまうかもしれなかった。
その点、シルヴィアは冒険者でありながら神官という身分も持っており、傭兵に比べれば信頼感が高い。
おまけに物腰柔らかな美人とくれば、相手もそれほど警戒することなく話を進めることができるのではないか、という考えから今回はシルヴィアが対応に当たるということになっていた
「いえいえ、こちらの急な依頼に対応を検討してくださるかもしれない方に時間を割くのは当然のことですよ」
対する商人の反応も丁寧で穏やかなものであった。
急な来訪に気を悪くされるかもしれないと考えていたクラースは、その反応に小さく口笛を吹き、レインはこっそりと肘でクラースの脇腹を突く。
「それで今回のご依頼は、ラインシルトとの国境線までの護衛依頼と窺っておりますが、相違ないでしょうか?」
「えぇ、あまり恰好のいい話ではないのですが」
依頼内容を確認しようとするシルヴィアに、商人が語ったのは少しばかりきな臭い匂いのする話であった。
話としては、商人が勤めている商店がラインシルトに住んでいる、とある富豪から依頼された品をその富豪が住んでいる場所まで運ぶ依頼を受けたことに始まる。
それは非常に高価な品物であり、依頼を受けた店は道中の安全を考慮し、多数の護衛をつけた商隊を組むと、南のラインシルトへ向けて出発したのだが、これがクレアシオンに至るまでの道中で盗賊の襲撃を受けたのだという。
奇襲に近い形で行われた襲撃を、商隊の護衛達はどうにか退けることに成功しはしたのだが、その襲撃の最中に数人の護衛が手傷を負い、クレアシオンからラインシルトへと戻されることになったのだ。
その空いた穴を、商人は冒険者によって埋めようと考え、今回の依頼をギルドに持ち込むことになったのだという。
「手傷を負われた護衛の方は大丈夫だったのですか?」
シルヴィアが神官らしく、怪我人の心配をしてみせると商人は顔に笑みを浮かべながら軽く手を振った。
「ご心配ありがとうございます。ですが彼らについては問題ありません。護衛の任務を任せるのには問題がありますが、自力で戻れる程度のものですから」
「それは不幸中の幸いでした」
護衛が無事であったという情報に、笑顔を見せるシルヴィアであったのだが、その背後ではクラースとレインが互いに目配せしながら何かしら意思の疎通を図っていた。
何か今の会話で引っ掛かりがあったのだろうかと訝しがるルシアであるのだが、まだクラース達とパーティを組んで日の浅いルシアでは、レインとクラースの間にどのような情報の伝達があったのか、分かるわけもない。
なんとなく疎外感のようなものを覚えて頬を膨らませるルシアなのだが、今はそのことよりもシルヴィアと商人との会話に注意を向けるべきだろうと考えて、そちらに目をやった。
「しかし、国境線までの護衛というのはどうも妙な気がしてならないのですが、どうせでしたら目的地までの護衛ということに、依頼を変更されてはいかがなのでしょう」
依頼主に何を聞くかということは、事前にクラースからシルヴィアに伝えられていた。
人当たりという点に関してはシルヴィアという人選は何の問題もない最適解であるといえたのだが、駆け引きを行うという点については神官であるシルヴィアには幾許かの不安が残ると考えられていたからである。
「妙、でしょうか?」
「妙ですね。普通ならば目的地までの護衛を依頼されるのが筋なのでは?」
「それは……そうかもしれませんね。ですがそれには理由があるのです。というのもあまり詳しくお話するわけにはいかないのですが、今回ご依頼を戴いた方はあまり外部の人間を信用されない方でして」
外部の者を信用しないその富豪は、ラインシルト国内については自分が用意した護衛に荷物を運ばせることを条件として、商人に提示したらしい。
商人はこの条件を飲んでおり、そのために国境線近くで荷物を富豪が用意した護衛に渡すまでが商人が担当する仕事ということのなったのである。
「加えて、国境線を超えるには色々と面倒がございますから」
街道を使って国境線を越える場合は、必ず関所というものを通らなければならない。
他国に人や物資が無制限に流出することを防いだり、国外から様々な人や物が好き勝手に通り抜けないように見張っているこの施設は、きちんとした手段を踏んだ上で通り抜けるのにも非常に面倒な設備であった。
商人への依頼主である富豪ほどの力を持っているならば、色々な方面から手を回し、護衛の一団を一時的にヴァルトハウゼン帝国へと入国させることは簡単らしいのだが、逆に商人がラインシルト王国へと入国するのは手間がかかるというのも国境線までの護衛を依頼する理由の一つらしい。
「なるほど道理ですね。ちなみにそこまで手を尽くして運ぶ品というのはいったいどのようなものなのでしょう? 恥ずかしながらちょっと興味が湧いてきたのですが」
ルシアからしてみると少しばかり踏み込みすぎではないか、というシルヴィアの質問だったのだが、これはやはり聞いておく必要があるだろうと考えたクラースの指示である。
詳細に中身について教えてくれるとは、もちろん毛先ほどにも思っていないクラースではあるのだが、聞けば相手の反応から何かしらの情報が得られるのではないか、とも考えていた。
だからこそ商人の反応を何気なく、つぶさに観察していたクラースなのだが、商人は口ごもることなく、迷うような素振りを見せることなくクラースの質問に答える。
「そこは私共も、お客様の情報を守るという立場がございますのでご容赦を」
そう答えて軽く頭を下げる商人へ、シルヴィアはさも残念そうな顔をしながらもそれ以上の言及はせず、下げた商人の頭を観察していたクラースはちらりとレインへ視線を向け、レインはその視線にわずかに首を竦めた。
なんとなく蚊帳の外のような雰囲気のルシアは、面白くなさそうな顔をしながら腹いせにレインの足を蹴飛ばす。
「ではせめて。運ぶ品が禁制の物ではないという言質だけでもいただけますか? 私達のような冒険者は、たまにいいように利用できると思われて密輸などの片棒を担がされかけることがあるものですから」
引いたように見せかけて、シルヴィアが商人に言った言葉は少しばかり失礼なのではとルシアが思うような言葉であった。
だが商人は特に気を悪くしたような様子もなく、わずかに下げていた頭を上げてシルヴィアの顔を見ると、それほど時間を必要とせずに一つ頷いてみせる。
「もちろんですとも。我々が運んでいるのは禁制の品などではありません」
仮に禁制の品を運んでいたとしても、尋ねられてそれを肯定するような者もいないだろうとルシアは思うのだが、澱みのない商人の返答を聞いてシルヴィアは一瞬、クラースの顔を窺い、クラースは少しだけ顎を引く。
「そうですか。それを聞いて安心いたしました。少し検討させていただいて、すぐに返事ができると思いますので、私達は一度失礼させて頂きますね」
「分かりました。よい返事がいただけることを期待しております」
商人がそう言うのを聞きながらレイン達は用は済んだとばかりにそそくさと、訪問した宿を後にしたのであった。
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