第19話
「あぶねーとこだったな。怪我人とはいるかよ?」
念のためとばかりにレインがゴーレムの残骸をさらに突き崩すのを見ながら、クラースはクエン達のパーティに声をかけた。
その背後では今の戦闘中は壁際に退避し、状況を見守っていたシルヴィアとルシアが地面に倒れている他のパーティの冒険者達の状態を調べ始めていたのだが、手首や首筋に指を当てた二人は、すぐに目を伏せ首を横に振る。
強烈なゴーレムの攻撃は、クエン達以外の冒険者には致命の一撃であったらしい。
「助かった。僕らの方は大丈夫だ。多少の怪我はあっても手持ちの薬でなんとかできる。他のみんなは残念なことになってしまったが」
「こいつらどーすんだ?」
クラースが顎で死んでしまった冒険者達を指し示すと、クエンはしばし黙祷を捧げる。
「悪いが登録証だけを回収して、遺体はここに置いていくことになる。彼らの荷物から使える物を回収し、役立たせてもらおう」
クエンとしては、できれば冒険者達の亡骸は外まで運び出してやり、街まで連れ帰ってやりたいところではあった。
しかしそのために割かなければならない人手のことを考えると、その望みはとても現実的なものとは言えない。
せめてもの弔いが登録証の回収であった。
「しっかしこんなとこにちょいと性能がいいとはいえゴーレムが一体、何のために配置されたんだろうな」
クエンの仲間が死んだ冒険者達から荷物や登録証を回収するのを何気なく見ていたクラースの疑問に、同じくその作業を見守っていたクエンが壁の一角を指さしながら答えを返した。
「あれを守っていたんだと思う」
クエンが指さしたそこには金属製で両開きの扉が一つ、壁に埋め込まれるかのように備えられていた。
ようやく本格的に遺跡らしきものが出てきたと、近寄りかけたクラースをルシアがズボンのベルトを掴んで引き留める。
「罠とかあるかもしれないでしょ!」
「扉の前でこれだけ騒いで作動してねーんだから大丈夫じゃねーか?」
「扉そのものに仕掛けられてるかもしれないでしょうが!」
「罠はない。ないんだけど……この扉、取っ手も鍵穴も何もないんだ」
クエンが言うにはゴーレムがクエン達へと襲い掛かってきたのは、クエン達が扉を調べている最中であった。
どこにゴーレムが潜んでいたのか分からないのだが、クエン達や他の冒険者達が扉に気を取られ、背後への注意がおろそかになっているところにいきなり襲い掛かってきたのだ。
不意を打たれたせいでほとんど抵抗できないままに、冒険者パーティの一つが壊滅させられ、クエン達もまともな連携がとれない状態で迎撃せざるをえなくなっていたのだとクエンは説明した。
「じゃあどうやって開けるのこの扉?」
クラースのベルトを握りしめたまま、ルシアは壁際の扉を見る。
その大きさはルシアが見上げるほどに高く、横幅はレインが二人並んで入ってもまだ余裕があるくらいに広い。
それだけの扉の全てが何らかの金属で造られているように見える以上、その自重は結構なものになるはずであったが、取っ手や鍵穴がないと言われると開ける方法が分からなかった。
「魔法で<ロック>されているらしい。つまり<アンロック>の魔法が通れば開くはずなんだが」
そう語ったクエンの言葉に、クエンの仲間である女性魔術師が申し訳なさそうな顔になった。
<ロック>の魔法は<アンロック>されない限りはその魔法がかけられた扉や箱を開かないようにしてしまうものなのだが、<ロック>した魔術師と<アンロック>しようとする魔術師の間に技量の隔たりがあった場合、<アンロック>の魔法を弾いてしまうという性質を持っている。
女性魔術師が申し訳なさそうな顔をしているのは、既に彼女が<アンロック>の魔法を試した後であり、結果扉が開かなかったということを表していた。
「それでは手詰まりということですか」
シルヴィアがそう尋ねるとクエンは渋い顔で頷いた。
元々魔術師という人材は非常に希少な人材で、今回の依頼に参加した冒険者達の中ではクエンのパーティに一人しかいない。
その魔術師が試みて開かなかったのだとすれば、現状クエン達にはその扉を開く方法がない、ということであった。
「一度冒険者ギルドに戻って、魔術師の支援を頼むしかないと思うんだが」
第六級冒険者のパーティであるクエンの仲間の魔術師は、それ相応の技量を持っているはずであった。
それでも開かなかったのであれば、もっと高位の冒険者の手を借りる必要が出てきており、クエンとしては冒険者ギルド経由で人材の斡旋を受けるしかないだろうと考えていたのである。
「君達の中に、魔術師か<アンロック>の巻物を所持している人がいるなら、試してみる価値はあると思うんだが」
魔法の巻物は高価な消耗品である。
魔術師でなくともキーワードを唱えることによって、その巻物に記されている魔法が一度だけ使えるというものなのだが、どうしても専門家である魔術師が使う魔法に比べると、そのできは格段に劣るものでしかない。
それでもときたま、奇跡的なかかりかたをすることがあり、試してみる価値は全くないわけではなかったのだが、尋ねるクエンへクラースはしばし何事か考え込んだ後、頭を掻きながらレインの方を見た。
「レイン、試してみてくれっか?」
「兄貴が構わねぇならやってみるぜ」
レインの返答にクラースは頷きを返した。
それを見たレインは鋼の槍を右手に持ちながら、左の義手の掌を金属製の扉の表面へと押し当てる。
何をするつもりなのかと訝しがるクエンの目の前で、扉に掌を当てたレインは小さく低い声で呟くように一言唱えた。
「ブレイクスペル」
途端に金属製の扉の全体が激しく軋んだ。
何事かと身構えるクエン達の目の前で、扉から掌を離したレインは少しばかり疲れたような表情になりながら、ぐいと左腕の袖で額を拭う。
「なんとかなったぜ」
レインがクラースの方を振り返りながらそう告げる。
何がどうにかなったのかと思うクエンは、それまでレインが触れていた扉がわずかに外側に開きかかっているのを見て目を見開いた。
いったいどうやってと尋ねるより先に、目を輝かせたシルヴィアがレインへと駆け寄ると左腕の義手を両手で包み込むようにして持ち上げる。
「今のは、この義手の効果ですか!?」
「まぁな。といってもこいつで触れた魔法を打ち消すだけっていう代物なんだが」
「魔法を打ち消す! 強力な<ディスペルマジック>の効果が付与されているのですか!? ですがレインさんが口にしたキーワードは何か違う気がしますね! 私、とっても気になります!」
「いや、まぁその……後でゆっくり調べさせてやるから……」
どことなく左腕から義手をもぎ取っていくのではないかと思わせるような勢いのシルヴィアに気圧されつつ、宥めるような口調でそう語りかけるレインの姿に苦笑しながら、クラースはまだ驚いたままのクエンの腕を叩き、注意を扉の方へ戻すように促した。
そのクエンは何事かクラースに問いかけようとして、咎めるようなクラースの視線に開きかけた口を閉じる。
傭兵にとって、いくつか隠し技を持っているというのは珍しいことではなく、戦場においてそれはその傭兵の生死にかかわるような要素であるために、下手に詮索することはよしとされていない。
それは冒険者もまた同じであろうとクラースは考えていたのだが、クエンの反応からしてその考えは間違ったものではなかったようだ。
「目の前の依頼が最優先だろ?」
「あぁ、その通りだ」
頷き合った二人は、レインの手によって少し開いた扉の隙間に手をかける。
開いてさえしまえば、それなりに重量があったとしてもそれを動かすことはそれほど重労働でもなく、ゆっくりと開いていく扉の隙間にまずクエンのパーティの斥候が手にした松明を差し入れつつ中の様子を窺う。
続いて女性魔術師が扉の向こう側に<ライト>の魔法を行使すると、何もない宙に光り輝く白い球が出現し、扉の向こう側の空間を明るく照らし出した。
「また部屋じゃねーか」
松明と魔法の光に照らされた扉の向こう側は、クラースがそっと覗きこんでみるとドーム型の広い空間になっていた。
壁はやはり岩肌がそのまま剥き出しとなっており、調度の類は一つとして見当たらない。
天井は今クラース達がいる空間よりもさらに高いものになっていたがそれだけのことであり、他に目を惹くようなものは見当たらず、拍子抜けしたとばかりに気の抜けた声を上げたクラースにクエンが言った。
「部屋の中央を見てくれ」
ドーム型になっている空間のちょうど中心部なのではないか、と思われる位置にぽつんと一つだけ存在する物があった。
一見するとそれは、薄汚れた卵のように見える。
かさかさの表面は茶色に汚れ、大きさこそ人の胸の辺りまでの高さをそれに見合った幅を持ってはいるのだが、とても価値のある宝のようには見えない。
警戒するように部屋の中を覗き込んだクエンは、しばらく左右や上下を見回していたのだが、やがてそっと首を振りながらクラースの方を見た。
「ここが行き止まりのようだ」
「魔法で封鎖してた部屋が、外れってのは考えにくい話だよな」
「それは確かにそうなんだが」
考え込むような表情になりながらもクエンは仲間の斥候と戦士に目配せで合図を送る。
それを受け取った二人は、警戒しながらもゆっくりと部屋の中へと足を踏み入れた。
「構わねーのか?」
「実力や経験から考えても、こちらが様子を見るべきじゃないかな」
クラースが尋ねたのは、正体不明の物体を調べるのにクエンのパーティが率先して動いたことであった。
どんな危険を孕んでいるのか分からない以上、その役割はリスクが大きい。
それを打ち合わせることなく自分のパーティに命じたことについてクラースは質問したのだが、クエンの答えにクラースは反論の余地を見いだせなかった。
「ま、こっちはありがてー話だけどな」
訳の分からない代物をルシアに調べさせるというのは、クラースからしてみれば気の進まない話であり、クエンのパーティがそれを担当してくれるのであれば異論を唱える気にもならないのもまた事実であった。
後は見守るだけかと室内へと視線を向けるクラースは、クエンのパーティの斥候と戦士が正体不明の物体へと近づき、あと少しで手が届くような距離にまで到達した途端に頭上の壁が突然、観音開きに開いたのを目にして声を上げる。
「上だ! 逃げろ!」
目の前の物体にばかり気を取られていた斥候と戦士は、クラースの警告に上を見上げることもなくその場から飛びのいた。
一拍遅れて頭上から降り注いだのは、茶色に濁った何かの液体である。
それは正体不明の物体の上へと容赦なく降り注ぐと、周囲に悪臭を振りまき始めた。
「なんだっ!?」
「水が腐ってやがんな」
慌てる斥候や戦士とは対照的に、クラースは口元を手で覆いながらも天井から降り注いだ液体の正体を冷静に口にしていた。
長い間溜めこまれた水に何かの葉っぱや泥が入り込み、腐ってしまった成れの果てだろうというのは、液体が振りまいた匂いから判断がついたクラースなのだが、ではそんなものが何故、何かの仕掛けで大量にぶちまけられたのかについては首を捻るしかない。
ここの遺跡を造った誰かのいたずらだろうかと思いかけたクラースは、大量の水をその身に受けた部屋中央の物体が、わずかに震えるのを見て叫んだ。
「何かやべぇ! 逃げろ!」
先程の警告は間に合わせることができていた。
しかし今回の警告は、次の瞬間に起こった出来事を回避するのには、わずかに遅かったのである。
「これは……」
慄くように呟くクエンの視線の先で正体不明の物体から伸びた二本の触手が、あろうことかクラースの警告に動きを止めた斥候と戦士の首の辺りを薙ぎ払い、まるでそれらが人形のものであったかのように呆気なく、二人の頭を跳ね飛ばしたのであった。
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