第18話

 探索を始めてレインがまず感じたのは、洞窟の通路の広がりがかなり広いことであった。

 最初に足を踏み入れた通路から分岐はいくつも存在しており、警戒しているせいで進みが遅いとはいえレイン達は自分達以外のパーティに全く遭遇しないままに変わり映えのしない通路をただ進んでいる。

 あまりに分岐が多く、適当に進み続けていたのでは帰り道が分からなくなるのではないか、と思うレインだったのだが、その心配はルシアによって否定された。


「いちおうマッピングしてあるよ」


 何かしら記録を取っているということではなく、来た道を大体記憶しているのだとルシアは説明した。

 覚えきれるまでは前へと進むことにしており、記憶が妖しくなってきたら戻ることを提案するつもりだった、というわけである。


「あとどのくらい覚えられんだ?」


「分岐が十くらいかな。それで何も見つけられなかったら一旦戻ろうよ」


 ルシアの言葉にクラースは頷く。

 実はクラースもこれまで歩いてきた道筋を覚えていた。

 しかしその記憶は少しずつ曖昧なものになってきており、まだ先に行けそうだと語るルシアの記憶力には驚かされている。


「レインさんは覚えてます? 私は全然ですが」


「悪ぃがそういうのは苦手なんだ」


 シルヴィアとレインについては、ほとんど最初から降参状態であった。

 この場合、レインやシルヴィアの記憶力が悪いというよりはクラースやルシアの記憶力が良すぎるのである。

 普通は何らかの記録を取りながら探索を行うものであり、他のパーティはそのようにしているはずで記憶力だけを頼りに探索を行っている彼らの方が異常なのだ。


「それにしてもこの洞窟広すぎない? そして何にもなさすぎない? 相当進んでいるっていうのにそれっぽい物が何にもないよ」


 また一つの分岐を通り過ぎながら、ルシアがぼやきを上げる。

 確かにレインが言った通り、足下の地面はどこまでいっても平坦な岩肌を晒しており、さすがにそれだけ平坦な道が続けばそこに人の手が入っていることを疑う者はなかったのだが、それにしたところで遺跡らしさの欠片も見られないままに延々と通路が続いているだけなのだ。

 ルシアでなくとも嫌気が差してしまう。


「誰かが掘ったってんなら、よっぽど暇を持て余してたんじゃねーか?」


 何もあろうがなかろうが、通路を掘るという労力は変わるわけがない。

 嫌気が差すほど広大な通路をどのような方法で掘り進んだのかはクラースも想像できなかったのだが、かなりの時間を費やしたのだろうということは容易に想像がつく。


「入口があんなとこにありゃ、何かが迷い込むってこともねーだろうからな」


「飽きてきたよー……」


 罠らしい罠にも出会っておらず、入り口がもっと入りやすい場所にあったのならば何らかの魔物や動物が住処に使っていたとしてもおかしくはない。

 しかし、断崖絶壁の途中にあるような入口からわざわざ入り込むような物好きな魔物や動物はいなかったようだった。


「埒が明かねーようなら帰るか?」


 なんとなくではあったが、このままあてもなく先へと進んだところで何かを見つけられるような気がせず、クラースが撤退を提案したときであった。

 松明の明かりの先にある闇の向こう側から、微かに聞こえた物音にシルヴィアを除いた三人が即座に反応を示す。


「何今の?」


 ルシアの顔には強い警戒と強張りがあった。

 確かにそれだとは判断できなかったとしても、聞こえた音に何かしら不吉な響きを感じたのだろうと思いながら、レインは自分の耳が捉えた音をクラースに確認してみる。


「俺には悲鳴に聞こえたが、兄貴はどうだ?」


「男の悲鳴だったな」


 洞窟の中は音が反響し、聞こえてきた音がどの方向から聞こえてきたのか判別しづらい。

 しかしクラースはすぐにその悲鳴らしき音が聞こえてきた方向を指し示した。


「こっちだ」


「ボクが覚えてられる分岐はあと九つだからね!」


「分かってる。それで到着しなけりゃ撤退だ」


 釘を刺してくるルシアに頷いて、その手から松明を受け取るとクラースは先頭に立ち、足早に通路の中を移動し始める。


「誰か戦ってやがる!」


 悲鳴らしき物音を聞いてから少しして、先頭を行くクラースが注意を促すかのようにレイン達へと告げた。

 クラースが戦闘が行われていると判断するに至った物音は、背後に続くレインやルシアの耳にも届いている。

 それは何かしら固い物同士が打ち合わされるような甲高い音であり、分岐をさらに二つほど経れば、パーティの中で唯一悲鳴のような音に気が付かなかったシルヴィアの耳にも聞こえるほどになっていた。


「あそこだ! 急ぐぜ!」


 クラースが指さした通路の先には、ぼんやりとした明かりが見える。

 それはそこに誰かがいるということを表しており、状況からしてレイン達に先行しているはずの冒険者の内の誰かがいるはずであった。

 どうやら通路の先は広い空間が広がっているらしいことを乏しい明かりの中で見て取ったクラースは、足を速めながら腰からシャムシールを抜き放つ。


「出るぞ!」


 通路から広い空間へと出る瞬間、クラースはそう叫ぶとさらに足を速めた。

 ルシアがそれに続いているのを感じ取りながら広い空間へと飛び込んだクラースは、地面に倒れている幾つかの体と、その先でまた戦闘を繰り広げている冒険者の姿を目にする。


「加勢するぜ!」


 味方であることを告げながら駆け寄ったクラースは戦闘を行っているのがクエン達のパーティであることを知った。

 ついでに地面に転がっているのは、名前も知らない第九級冒険者のパーティの内の一つであることも分かる。

 おそらく地面に倒れているパーティを倒し、いまだにクエン達との戦いを続けている敵の姿を、クラースは傭兵時代に何度か戦場で目にしたことがあった。


「ゴーレムかよ!」


 鈍重な動きではあるものの、当たればただでは済まないだろうと予感させる腕を振り回し、クエン達と戦っているのは大柄なレインよりさらに背丈の高い石の人形だったのだ。

 魔法により作製、使役されるそれはある程度以上の実力を持った魔術師ならば容易に創り出せる存在であり、それほど複雑な命令を実行することはできないのだが力が強く、耐久性も高く、敵として戦うにはかなりの脅威であった。

 戦場に出てくるゴーレムは大体が国お抱えの魔術師が創り出した物であり、普通は土くれを材料としていることが多いのだが、クエン達が相手にしているのは石でできているストーンゴーレムであり、ゴーレムの強さはその材質に左右される。


「君達か! 気をつけろ! ストーンゴーレムとはいってもこいつは多分、古代王国製だ! 普通のゴーレムとは性能が違う!」


 加勢に駆け付けたクラースの姿を認めたクエンが警告の声を上げた。

 考えてみれば確かにゴーレムの力は強いのだが、クエン達が相手にしているのはわずかに一体のみである。

 その一体が九級とはいえ冒険者のパーティを一つ潰してしまったのだから、確かに普通のゴーレムとはわけが違うと考えるべきで、クラースはそのことを頭に留め置きながらも手にしたシャムシールでゴーレムへと切りつけた。


「固ぇ!? 分かっちゃいるつもりだったが、こいつやたらと固ぇぞ!」


 ゴーレムの材質が土くれならば、シャムシールの刃でも通用するはずであった。

 しかし石が相手となると切ることを目的としているシャムシールの刃では、あまり有効な攻撃ができるとは思えない。

 それでも傷くらいはつけられるだろうと切りつけたクラースだったのだが、その刃はゴーレムの表面に浅い傷の一つもつけられないままに弾き返され、クラースがただ手を痺れさせるだけの結果に終わったのだった。

 なんとかシャムシールを取り落すことだけは避けたものの、手に走った痛みに呻くクラースへゴーレムはその掌を向ける。

 嫌な予感がして、即座に地面を蹴って跳んだクラースを掠めるようにして、ゴーレムの掌から鋭い石の礫が飛んだ。


「ストーンバレット!? 魔法まで操んのかよ!」


 それは魔法の中では簡単な部類に入るものの、れっきとした攻撃魔法である<ストーンバレット>の魔法であった。

 知性などあるわけもない操り人形のはずのゴーレムが魔法を使ったという現実に、驚くクラースではあったのだがゴーレムはクラースが悠長に驚いているのを許してくれはしない。

 すぐに追撃の拳がクラースへと襲い掛かり、慌てて回避するクラースを助けようとクエンがゴーレムの背後から切りつける。

 だがその一撃も、本当にただの石でできているのかと疑いたくなるほどに硬いゴーレムの体に弾かれて、欠片を飛ばすことすらなく弾き返されてしまう。

 武器の相性が悪すぎると内心歯噛みするクラースの耳に、レインの落ち着き払った声が飛び込んでくる。


「兄貴、退いてくれ」


 それほど大きな声というわけでもなく、しかも戦闘中である。

 だがクラースはそんな中でもレインの声をはっきりと聞き取ると、その気配を頼りに道を空けた。

 同時に、クラースが退けた空間を猛烈な速度で槍を構えたレインが通り過ぎる。


「こいつを喰らっても平気でいられるか、試してみな!」


 レインと槍の自重をその突進力に乗せ、さらに強烈な踏込からの腰の捻りと手首の捻りまでを加えた一撃がゴーレムの頭部目がけて繰出された。

 その一撃は穂先の根本までをゴーレムの頭部へ埋め込むと、そこへ幾筋もの亀裂を生じさせ、さらに衝撃からかゴーレムの体がぐらりと傾いだ。

 その機を逃さず、穂先を引き抜いたレインはくるりと槍を回転させると石突側で亀裂の入ったゴーレムの頭部をしたたかに打ちつけた。

 鋼でできている柄と石突はゴーレムの側頭部へと叩き込まれると、鈍い音を立ててゴーレムの頭部が真横に割れて、大きな破片が床へと落ちる。

 だがそれでもゴーレムの動きは止まらない。

 頭部を失ったことでどうやら人の視界に当たる感覚は失われたようであるのだが、活動を停止させるほどのダメージではないらしく、でたらめに腕や足を振り回し始めたのだ。

 狙いは適当になったとはいえ、当たればただでは済まないそれらの攻撃にクラースやクエン達は間合いを取ってゴーレムの手足から逃れようとしたのだが、レインは一人その場に踏みとどまると振り回されている手足を掻い潜り、槍を横薙ぎに払ってゴーレムの腹部へ強打を入れる。

 一撃が入った場所からまた深い亀裂が走り、破片を散らしながら真横へ吹き飛ばされたゴーレムはそのまま壁へと激突。

 一旦はそのままずるずると床に座り込むようにへたり込んでしまったゴーレムなのだが、それでもまだ活動停止に至らなかったのか、そこからぎこちない動きで立ち上がろうとする。

 だがゴーレムの試みが達せられることはなかった。

 立ち上がろうとするゴーレムの前に槍を振りかぶりながら迫ったレインが、立たせてなるものかとばかりにその鋼の槍でゴーレムを滅多打ちにし始めたからである。

 石と鋼とが打ち合わされる音が響き渡り、一撃ごとにゴーレムの体から破片が飛び散っては亀裂がその数と深さを増していく。

 いったいどれだけ突き刺し、殴りつけたのかは見守るシルヴィアもルシアも途中から数えるのを止めてしまったくらいだったのだが、それだけの猛攻を受ければさすがにゴーレムの体も耐えきれなかったらしい。

 レインがその猛攻を止めて、槍を杖のようにしながら荒い息を吐いた頃にはゴーレムはその体のほとんどを砕かれ、地面の上に小さな山を残すばかりとなっていたのであった。

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