第16話

 指名依頼を受けた、とは言ってもレイン達は主力となる冒険者のいわば脇役的立場であり、主役の冒険者達が決まらなければ出発することができない。

 もちろん、すぐに行けと言われても準備というものがあり、その時間的余裕があることはレイン達にとっては幸いであった。

 懐の方も、盗賊討伐の報酬が商人ギルドから支払われ、さらに指名依頼の準備金というものが追加でレイン達に渡されたので、これまでの仕事よりは随分と準備が楽である。


「とりあえず寝酒にワインのいいとこを詰めてもらおうじゃねーか」


「兄貴。そういうのはもっと余裕ができてからにしてくれねぇか……」


 女好きというクラースの悪癖に隠れて、たまに気づかない者もあるのだが、クラースは浪費家という一面も持ち合わせていた。

 傭兵団の団長がそんなことでいいのか、という疑問をレインも覚えたことがないわけではなかったのだが、余裕のないときはきちんと鳴りを潜める悪癖であり、少しばかり余裕が出始めると出てくるという女好きに比べれば可愛い程度の悪癖であるので、あまりきつく制したことはない。

 ただ今は、自分以外にもシルヴィアやルシアといった仲間がいる状態であるので、クラースの好き勝手にさせるわけにもいかなかった。


「ちょっとくらいならいいんじゃないかな?」


「楽しみというものはやはり生活に潤いをくれますからね」


 そう思っていたレインだったのだが、意外にもルシアとシルヴィアはクラースの肩を持つ側に回ったのだ。。

 貧乏性は自分だけかと少しばかりめげるレインだったのだが、強く反対するほどのことでもないのでクラースやルシアが喜々として少し高めのワインを皮袋に詰めてもらっている姿を見守ることにした。

 そんな感じで三日ばかりかけて次の仕事のための準備を行ったレイン達は、三日目の夕方に商人ギルドから仕事を依頼する冒険者の手配がついたとの連絡を受ける。

 商人ギルドが用意した冒険者は、第九級のパーティが二つと第六級のパーティが一つといった大所帯であった。

 第九級のパーティの構成は四人組でどちらも男性冒険者ばかりであり、斥候がそれぞれ一人ずつ入っているのだが、他は全員それぞれ得物違うものの戦士ばかりである。

 第六級のパーティは男性三人に女性一人の四人組であったのだが、その女性一人というのが冒険者には珍しい魔術師で、残りは戦士二人に斥候一人といった構成であった。


「基本的に君らには、僕らのサポートを行ってもらうことになる。事前にそのように通知されていると思うが、問題はないだろうか」


 顔合わせをするとの連絡を受けて、レイン達が赴いた酒場の片隅で、第六級パーティのリーダーを名乗った若い戦士が集まった面々を見回しながらそう切り出してきた。

 クエンと名乗ったその男は、板金で補強された革鎧に長剣を腰に吊るし、浅黒い肌に刈り込んだ金髪といういでたちであったのだが、妙に爽やかな雰囲気を漂わせた男であり、クラースがつまらなそうにぼそりと呟く。


「微妙なイケメン野郎め」


「兄貴……」


「戦場で会ったら秒殺だかんな」


「クラースって男には厳しいんだね」


「イケメン具合でしたら、レインさんの方がずっと……」


「「え?」」


 ハモって驚きの顔を向けるルシアとクラースから、シルヴィアが傍から見てそれと分かるほどに頬を赤くしながらそっと顔を背ける。

 こんな会話を聞かれでもすれば、色々面倒なことになりかねないのではないかと思いながら、シルヴィアの顔からゆっくりと視線を自分の方へと巡らせてくるクラースやルシアにシルヴィアと同じく顔を背けたレインだったのだが、その心配は杞憂に終わった。

 内情はともかくとして、クエン達のパーティを主力として動くことは商人ギルドからあらかじめ通知されている情報であり、今更異議を唱えるような者は出てこなかったのである。


「じゃあレイン君だったか。君らのパーティが入手したという魔道具を、こちらに引き渡してもらえるだろうか」


 クエンにそう促されて、レインは件の短剣を素直にクエンへと差し出した。

 それを受け取ったクエンは荷物の中から小さな小瓶を取り出すとその蓋を開き、中からどろりとした赤い液体を短剣の刃へとかけていく。

 わずかに鉄錆の匂いが漂う中、短剣はこれまで同様に光り始め、その光はクエンの手の中から一つの方向を指し示すかのように一直線に伸びて行った。


「よし、じゃあ出発しようか。表にパーティ分の馬車を用意してもらっている。それに乗って僕らの後をついてきてくれ」


 四台もの馬車を用意するとは、随分と費用をかけたものだとレインは感心したのだが、考えてみれば行く方向は分かっているものの、どのくらい移動しなければならないのかは分かっていない。

 徒歩で移動していたのではどのくらいの日数がかかるか分からないのだから、それよりも速い移動手段を用意するのは当然だと言えた。


「食料、何日分買ったっけか?」


「十日分だな。それ以上はいらねーからな」


 馬車へ持ってきた荷物を積み込みながら、ふと思ったことを口にしたレインにクラースが御者台へと登りながら答える。

 十日の根拠はいったいどこから来たのだろうかと考えるレインに、クラースはそんな疑問をレインが考えることを見越していたかのように続けた。


「地図見りゃ分かるんだがな。あの短剣の光ってのはほぼ真西を指し示しているんだが、この街から真西に移動すると馬車なら四日で海に出ちまう」


「その先が目的地かもしれねぇじゃねぇか」


「もしそうなら船の用意が必要になるからな。んなことになったら途中で下りる。それこそいつになったら終わるか分からねー仕事になるからな」


 しかもクラースの言う西端から先の海というのは、その先に何があるのか分かっていない未踏の領域であった。

 もしかすればそんなところに目的の場所があるのかもしれないが、そこまでは付き合いきれないというのがクラースの判断である。


「商人ギルドにもそういう条件で引き受けるって言ってあるから心配いらねーよ」


「抜け目ねぇな」


 他のパーティがどのような条件で仕事に参加しているのかは分からなかったが、少なくとも自分達はある程度のところで抜けることが可能だと分かっていれば、心配事も少なくなるというものである。

 こうして街を出発した一行だったのだが、その道中は順調そのものであった。

 何せ四つのパーティが合同で行動している一団であり、人数が多い。

 十六人という武装した大所帯を相手にしようかという存在は、街道沿いからは出てこなかったのである。


「暇だよね。だって暇だもん。何か面白いことの一つくらい起きないかな?」


「何もしなくてもお金がもらえるお仕事って尊いとは思いませんか?」


 馬車の中でぶつぶつと文句を言うルシアにシルヴィアが応じる。

 不満たっぷりなルシアとは違い、シルヴィアのその顔はなぜか非常に幸せそうな笑顔であった。


「シルヴィアはいいよね。暇潰しにレインの義手触ってればいいんだから。ボクなんてすることないからクラースをからかうくらいしかできることがないんだよ?」


 逃げ場がないのでレインは、邪険にもできないシルヴィアにひたすら義手を調べられ続けている。

 それがシルヴィアの幸せそうな顔の原因であったのだが、レインの方はどこか気疲れしたような顔と雰囲気を漂わせていた。


「暇なら御者代われ! 何で俺ばっかり運転してんだ!?」


「兄貴、それなら俺が……」


 ここぞとばかりに腰を浮かしたレインだったが、クラースがそれを制する。


「お前は大人しくシルヴィアの相手しててくれ。お前に御者やらせっと、シルヴィアが小さな声で俺に毒づくんだ……」


「罵声や呪いくらい、兄貴なら慣れたもんだろ?」


 とかくあちこちの女性に手を出すクラースである。

 刺されていないのが不思議なくらいだとレインが思うくらいであるので、傭兵時代には女性関連の悶着から叩かれたり罵られたりは日常茶飯事といえるくらいの頻度で受けていた。

 そんなクラースであるのだが、シルヴィアに毒づかれたときのことを思い出したのか、その表情があからさまに暗くなる。


「お前も何気にひでーな……いやまぁ女に罵られんのは確かに慣れちゃいるんだが、シルヴィアのはなんかこう、臓腑を抉るようなキツさがだな……」


 クラースにそんな顔をさせるとは、どれだけ的確かつきつい言葉を浴びせたのかと半眼でシルヴィアを見てしまうレインであった。

 そんな感じで移動を続けていた一行は、クラースが出発前に口にしたように四日目の朝、何事もないままに海へと到着する。

 切り立った崖の向こうは見渡す限りの海が広がっているだけで、周囲には何もないような場所に到着した一行は、まずクエンがあの短剣を手に崖の縁ぎりぎりまで歩を進めた。

 短剣から伸びる光は変わらずに西を指し示しており、これは本当に海の向こう側まで行かなければならない話になるのではないかとレイン達を除いた一行が思い始めたとき、クエンは短剣を握るその手を崖から海へと差し出した。

 すると短剣から伸びていた光は短剣の切っ先が崖の縁から外へと出た途端に、伸びていた光がクエンの足下へ指し示す方向を変えたのである。


「おいおい、まさか海の底ってんじゃねぇだろうな」


「分からないな。ちょっと崖を調べてみないと」


 船で海の向こうへ行くというのも大変な話ではあるのだが、海の底にある何かを調べてこいというのもまた、大変すぎる話である。

 冗談ではないぞと言いたげな他のパーティの戦士にそう答えて、クエンは自分のパーティにいる斥候に、準備をするように指示を出した。

 するとその斥候はすぐに丈夫そうなロープを取り出すとそれを自分の腰にしっかりと巻き付け、巻いたロープをクエンへと渡すとするすると切り立った崖を下り始める。


「さすが六級冒険者っていうべきなのかな。ちょっとあれボクが真似しろと言われてもできないかもしれない」


 崖を調べに行った斥候の身のこなしをルシアがそう評価する中、命綱を頼りに崖を下りていた斥候は、崖の途中で何かを発見したらしく、すぐに綱をたぐってクエン達のところまで戻ってくる。


「何かあったか?」


「上からじゃ見えないが、崖の中ほどに洞窟がある」


「なるほど。周囲に村や街もないし、船が通りかかってもわざわざそんなとこの洞窟を調べようとは思わないだろうから、手つかずの可能性が高いな」


 斥候からの報告に納得したようなクエンへ、九級冒険者達の中の一人がおずおずといった感じで尋ねた。


「おいあんた。まさかとは思うんだが……」


「たぶんそのまさかだ。全員、この崖を下りて洞窟を調べてもらう」


 クエンの言葉に冒険者達は崖の縁から下を覗き込む。

 崖の高さはかなりなものであり、しかも岩肌はごつごつと荒く、その下は深さがどのくらいあるのか分からない海である。

 落ちればまず間違いなく命を失うであろう光景に、息を呑む冒険者達へクエンは相変わらず爽やかな雰囲気はそのままに、にこやかな笑みを向けた。


「さぁ、準備にとりかかろう。命綱があればそうそう落ちることもないだろうし」


 できれば御免蒙りたい話ではありながら、ここでクエンの提案を断ってしまえば契約違反として商人ギルドから訴えられかねない。

 その場合に支払うことになる違約金と自分達の命を天秤にかけながら、冒険者達はそれぞれのろのろとクエンの提案を実行に移すための準備にとりかかるのであった。

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