第15話

 翌日、レイン達が宿泊していた宿は大騒ぎとなった。

 夜のうちに宿の者へはクラースから事情の説明を行ってはいたのだが、六つもこさえてしまった屍をどうすることもできないまま朝を迎え、街路に落ちてしまった死体から流れ出た血溜まりを見た街の住民が衛兵へと通報し、宿の衛兵の一団が突撃してくるような事態になったせいである。

 事情聴取などは全てクラースに一任された。

 これは女性陣を矢面に立たせるわけにはいかず、レインでは口下手過ぎて上手く説明できないだろうという消去法からの人選だったのだが、恨めしそうな目をたまにちらちらと向けてくるクラースが宿の食堂で衛兵達相手に話をしているのを、少しばかり離れた場所からレイン達はじっと見守る。

 事情聴取はかなり険悪な雰囲気の中で行われたのだが、レイン達からしてみれば後ろめたい事情があるわけでもなく、包み隠すことなく事情を説明することしかできない。

 それで衛兵達が納得するかどうかはレイン達の与り知らぬところであり、後はなるようにしかならないだろうと事態を静観していると、クラースを取り囲んでいた衛兵達に外から来た別の衛兵が何事か囁く姿が見えた。

 何かしら新しい情報でも入ったのだろうかと聞き耳をたてようとしたレインは、宿の外から衛兵とは異なる一団がレイン達のいる食堂の中へと踏み込んできたのを見て、思わず傍らの槍に手をかける。


「怪しい者ではありません。私は商人ギルドの者です。後はこちらで引き受けますので問い合わせはギルドの方へお願いできますでしょうか」


 新しく入ってきた一団の先頭に立っていた、いかにも事務方といった様子の若い男が衛兵達へそう告げる。

 するとクラースを取り囲んでいた衛兵達は互いに頷き合ったり、何事か小さく言葉を交わした後、取り立てて騒いだり食い下がったりするようなこともなく、その場から立ち去って行った。


「そちらが今回、盗賊討伐の依頼を受けた冒険者さん達で間違いありませんか」


 問われてクラースが頷いた。


「そうですか。少しお時間を頂けないかと。衛兵の方の対応と、宿の掃除や後処理についてはこちらで受け合いますので」


 商人ギルドの職員を名乗った男がそう語ると、背後についてきていた一団がわらわらとそれぞれの宿のあちこちに散っていく。

 こさえてしまった死体の処理や壊された宿の備品等、頭の痛くなる問題があったのだが、それらを商人ギルドがなんとかしてくれるというのであれば、話を聞くのも悪いことではないだろうと判断したクラースは、とりあえずレイン達を呼び寄せた。


「私は今回の件を担当する商人ギルドの職員です。実は今回、確認とお願いをしにこちらに参りました」


 レイン達がクラースに呼ばれ、近くの適当な椅子に座るのを待ってから商人ギルドの職員はそんな切り出し方で話し始める。


「盗賊の拠点を調査に行った者達が、何者かの手によって壊滅させられたというお話は既にお聞きかと思いますが。その拠点から皆さんが引き揚げた物品に関しまして、何かしらおかしな物はありませんでしたでしょうか」


 随分と単刀直入な尋ね方をするものだと思うレインだったが、回りくどく腹の探り合いをされるよりはずっと好感が持てるとも思う。

 それはクラースも似たような思いを抱いたらしく、それならばとばかりに荷物の中からそれだけ持ち出して来ていた蛇の彫刻の短剣をどこからともなく取り出す。


「血を被ったこいつが光った。あんたらがお探しの品はこいつか?」


「ちょっと失礼してもよろしいでしょうか?」


 一言そう断ってから、商人ギルドの職員は懐から古びたデザインの眼鏡を取り出すとそのツルを耳へとかけながら、クラースが取り出した短剣を受け取る。

 そしてしばらくじっと短剣を見つめた後、眼鏡を外しながら商人ギルドの職員は短剣をクラースへと返した。


「実はギルドのうちより末端の支部が買い上げた代物でして、詳細な外見の情報が伝わっていなかったものですから、品物の特定に手間取りまして」


「こいつはいったい何なんだ?」


 教えてくれるかどうかは別として、聞く権利くらいはあるだろうとクラースが尋ねると商人ギルドの職員は外した眼鏡をまた服の内ポケットへとしまいこみながら、その問いかけに答えた。


「とある秘宝のある場所を示す鍵、という触れ込みで売り込まれたようです。売り込みに来たのは引退した後、色々あって身を持ち崩した元冒険者でした」


「何その胡散臭さ」


 ルシアが呆れたようにそう応じて、シルヴィアに軽く窘められる。

 気を悪くした様子もなく、商人ギルドの職員はルシアに対して苦笑を向けた。


「私もそう思います。ですがそれに対応した職員が<アイデンティファイ>の魔術をかけても品物の詳細は分からなかったのと、持ち込まれたときに一緒に付属していた書きつけの鑑定結果が古代王国期のものであったことを考慮され、それなりの金額で買い取ったんですよ」


 商人ギルドの職員が口にした古代王国という単語に、ルシアは呆れた雰囲気を潜めて驚きの表情を顔に貼りつけ、シルヴィアはどこかうっとりとしたような雰囲気を漂わせ始める。

 クラースは、その王国のことをどこかで聞いたような覚えがあったのだが思い出せず、なんとか思い出そうとしながらレインにこっそり聞いてみた。


「古代王国ってなんだっけ?」


「千年くらい昔に世界のほとんどを支配してたとかいう巨大国家のことだろ? 嘘かホントか知らねぇが強大な魔術師がドラゴンすら使役してたとかいう」


 さらりとそんな知識をレインが口にできるのは、クラースの父親である前の傭兵団団長のおかげであった。

 戦うことばかり覚えていたのでは偏った人間になるからと、それなりの教養を得られるように教育してくれたのである。

 ちなみにクラースも同じ教育を受けてはいるのだが、あまり熱心な生徒ではなかった。


「あぁ思い出した。たまに遺跡から発掘されるとんでもねー魔道具なんかはみんな古代王国産だって話だよな。……それが本当なら、これってすげーお宝なんじゃねーか?」


 古代王国は現在では再現不可能だとされるほどに進んだ魔術文明を持った国であった。

 それが何らかの理由でとある時期を境に衰退し始め、数百年ほど前に完全に滅んでしまった、という知識をクラースは思い出す。

 最盛期から滅亡までの数百年の間に、古代王国は優れた力を持つ魔道具を数多く造り上げたと伝えられており、それらの大部分は今も使う者もないままに世界のあちこちに点在している遺跡の中に眠っていると言われている。

 そんな国があった時代にに造られた魔道具ならば、クラースが持っている蛇の彫刻の短剣もまた古代王国で造られたものである可能性が高い。

 そして、書きつけの内容が本当であるならば、古代王国の中ですら秘宝と呼ばれるほどの何かの在処が分かるかもしれないというのだ。


「やべーな。なんかこう興奮してくるじゃねーか」


「兄貴。そいつが本当に古代王国の遺産だったなら、俺らの手に余る話じゃねぇか」


 古代からのロマンのようなものに興奮しだすクラースだったのだが、その興奮はレインの冷静なひと言であっさりと鎮火してしまった。

 レイン達は冒険者になったばかりの第十級冒険者であり、駆け出しもいいところである。

 そんな実力も実績もない冒険者に、古代王国の秘宝が手に入るかもしれない探索が任されるわけがない。

 眉唾な要素が結構含まれているとはいっても、商人ギルドも少なくとも第五級くらいの中堅冒険者を用意するはずであり、そうなってくればレイン達の出番はなくなる。


「そのことなのですが、もう一度それを貸して頂いてよろしいですか?」


 クラースに断りを入れて短剣を手にした男は、彼が連れてきた集団の何人かがレイン達の部屋から運び出したらしい昨夜の襲撃者の遺体を見ると、それを呼び止めて無造作に襲撃者の遺体へ短剣の刃を突き入れた。

 遺体をさらに破壊するという行為は眉を潜めるような所業であったが、商人ギルドの職員は顔色一つ変えることなく突き入れた刃を引き抜くと、死体の血で濡れた短剣がまた昨夜レイン達に見せた光を放ち始める。

 その光は、西を指し示しているように見えた。


「実はこの街の商人ギルドは、ある程度の規模以上の支部という条件ですと最西端に位置している支部なのです」


 男の顔に苦笑めいた笑みが浮かぶ。

 その笑顔からレインは何かしら彼が面倒事を抱えているか、あるいはこれから抱えることになるのではないかと推測したのだが、それは当たっていた。


「この光のことはこれから本部に報告するわけですが……おそらくはこちらの支部で対応するようにとの指示が出ることでしょう」


「冒険者の手配から何から、大変そうですね」


 シルヴィアの言葉に男は頷く。

 レイン達のような低位の冒険者ならば、依頼料なども安く済み、数も多いので依頼するアテに事欠かないはずではあるのだが、これが第五級前後の冒険者となると依頼料も跳ね上がり、しかもその数はそれほど多くはない。

 ましてギルド職員が最西端と言ったように、大きな街や国のある中央部からはやや離れた場所にあるこの街では、中堅クラスの冒険者が見つかるかどうかも怪しいところであった。


「どうにか手配は致しますが数を揃えることは無理でしょう。そこで提案なのですが」


「俺らにも一枚噛ませてくれるってことか? 襲撃者を撃退したことから考えても戦闘面じゃそれなりっぽいからコナかけとけってことだよな」


 クラースのずけずけとした物言いに、商人ギルドの職員は苦笑の度合いを深めた。

 第十級冒険者というものは登録さえすれば誰でもなれるようなものである。

 当然その質はぴんからきりまでいるわけで、いくら頼むに困ることはない数いるとはいっても多少の選別は必要なはずであった。

 その点、レイン達は襲撃者を撃退した、という実績がある分それなりの質を備えていると判断でき、どうせならばと声をかけてみた、という話であるらしい。


「もちろんメインは、これから探す冒険者達ということになるとは思うのですが、一緒に参加するだけでもかなりの経験と稼ぎになるのではないかと。いかがなものでしょうか」


 悪い話ではないとクラースは考える。

 傭兵としての経験には自信のあるクラースではあるのだが、冒険者としてはまだ日が浅く、経験も少ない。

 仲間となったシルヴィアやルシアとて冒険者としての経験はクラース達とそう変わらないはずであり、これからのことも考えれば中堅冒険者というものの活動を見る機会というものは逃すには惜しいものであった。


「俺は構わねーと思うんだが、どうだ?」


 自分がこう思うからといって、パーティとしてどう動くかは別の問題であり、クラースはレイン達に意見を求める。


「俺はいい機会じゃねぇかと思う」


「ボクは稼ぎになるならいいかなーって」


「古代王国の遺産に触れられるかもしれないのであれば、お断りする理由はないと思いますね」


 三人からの返答の中に否定的な物はなかった。

 もちろんそれなりに危険な依頼にはなるのであろうが、稼ぎと経験という点から見て商人ギルドからの申し出が非常に美味しいものであるということは、クラース以外の三人にも分かるらしい。


「では皆さんに冒険者ギルド経由で指名依頼を出しておきましょう。私共は今回の件にそれなりに期待をしておりますので、どうかよろしくお願い致します」


 どうやら話は通りそうだと、安心したような顔になった商人ギルドの職員は任せておけとばかりに胸を張るクラースに向けて、丁寧にその頭を下げたのであった。

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