第10話

 そうやって二日の時間をかけて宿場町まで荷馬車を走らせたレイン達であったのだが、幸いなのか不幸なのか、その道中で盗賊に出会うことなく一行は街を出てから二日目の夕刻に宿場町へと到着してしまっていた。


「こんなに無防備に見せたのにね」


「ツイてねーなー」


 御者台でそんな会話を交わすルシアとクラースなのだが、荷台にいるレインとしては荷台の上でひたすらじっとしている状況にうんざりとしたものを感じ始めていた。

 何せまともに動けるのは夜の闇に紛れてのみであり、それ以外の時間はひたすら息を潜めていなければならないのだから、いかにレインが我慢強かったとしても限界というものがある。


「宿場町でさらっと情報を集めたら、街に帰ろうか」


「そうするしかねーだろうな」


 だからこそ、そんなことをいうルシアとクラースにレインは待ったをかけたのである。


「帰り道は御者をルシアとシルヴィアにやってもらうってのはどうだ」


「私ですか? ですが私はこの神官服を脱ぐ気は……」


「別にそのまんまで構わねぇよ。ルシアは平服な」


「ボクはいいけど、それで何か変わるかな?」


 レインの提案に懐疑的な反応を示すルシアであるのだが、他に具体的な案があるわけでもないので積極的に断わる気もないらしい。

 クラースは、しばらく宿場町の酒場で街道に出没する盗賊についての情報を集めて来たのだが、ほとんど有用そうな情報を手に入れることができなかったばかりか、左の頬に真っ赤な掌の跡をつけてきてしまった。


「レインさん……」


「言わねぇでくれや。さ、街に戻るぞ」


 何か言いかけたシルヴィアを制して、レインはそそくさと荷馬車へと乗り込む。

 その後に続いて荷馬車へとクラースが乗込んでから、御者台へと座ったシルヴィアとルシアは馬の踵を返させると、宿場町から元来た街へと戻る道へと馬車を走らせ始めたのだが、行きに何事も起きなかったのがなんだったのかと思ってしまうほどに呆気なく、帰途についていた一行はしばらくして盗賊の一団と遭遇することになったのである。


「やっぱり兄貴の姿が警戒されてたんじゃねぇか?」


「俺のせーかよ!?」


 演劇などに出てくる盗賊の、お決まりの台詞でもってシルヴィア達を盗賊達が脅し始めた辺りでするりと荷馬車から下りてきたレインとクラースは、そんな会話をしながらも驚く盗賊達を即座に殲滅し始める。

 戦うという技術においては、長く戦場でそれを磨いてきたレイン達と盗賊達とではそれこそ赤子と大人ほどの差があった。

 槍やシャムシールの切っ先が閃くたびに、一人の盗賊が体のどこかからか赤い飛沫を上げながら地面へと倒れ伏していく中で、御者台から飛び降りたルシアがそれに参戦すると、盗賊達が数を減らす速度が瞬く間に上がっていく。

 これは手が付けられないとばかりに、レイン達一行の中で最も戦闘に疎いように見えるシルヴィアへ何人かの盗賊が殺到したのであるが、シルヴィアは見た目のあまりよろしくない盗賊達を前にしても怯むことなく、腰から吊るしているメイスを両手で握ると迎撃を開始し、あろうことかかなりあっさりと数名の盗賊をその金属の塊で殴り倒してしまったのだった。


「結構やるんだな」


「自分の身は……ある程度自分で守れなくては」


 それでもやはりルシアやレイン達に比べれば鍛錬が足りていないのは確かであり、すぐに息を切らせてしまったシルヴィアなのだが、レインが労いの言葉を口にする頃には荷馬車を取り囲んでいた盗賊達は、あらかたが地面に倒されており、そんな状態に陥ることのなかった幸運な何人かは、仲間を見捨てて逃げ去ってしまっていた。


「生きてる奴、いるか?」


 レインやクラースの戦闘技術は、基本的には相手の命を奪うものである。

 傭兵というものはそういうものであり、相手を生け捕りにするようなことはあまりしないものであってレインとクラースが倒した盗賊達は、既に事切れているか、あるいはすぐにでも事切れるであろう虫の息といった状態であった。

 加減というものができるほど戦闘技術が習熟していないシルヴィアが打ち倒した盗賊も、当たり所がよくなかったのか、レインが調べたときには既に息をしておらず、とても情報を引き出せるような状態ではなくなっている。

 唯一、ルシアが倒した何人かだけは器用に致命傷を避けて短剣を刺したのか、息のある者が残っており、レインがそれらを適当に引きずって並べてみると、どうにか三人ほどの盗賊からは話が聞けそうな状態であった。


「聞いて素直に答えるかなこれ?」


「捕まりゃそのまま縛り首か斬首だろ? 仲間意識がどの程度こいつらにあるのか知らねーけど、普通に考えりゃ喋らねーんじゃねーか?」


 レインとシルヴィアは事切れているか、あるいはすぐにでも事切れそうな状態の盗賊達の体を調べては、財布や装備を剥ぎ取っている。

 主にレインが作業を行っているのだが、これから死んでしまうであろう盗賊達にはどちらも不要のものであり、手荒く扱っても問題ないだろうとばかりにかなり無造作に作業を行っているのをシルヴィアが興味深そうに見ているような形だ。

 自分達で使うか、もしくは適当に売り払うかは後々考えるとしても、それらの品々もいちおうは盗賊達からの戦利品というものであり、商人ギルドの査定を受けなければならないのだろうかとぼんやり考えていたクラースは、ルシアが手荒く一人の盗賊の襟首を掴んで、その体を引き起こすのを見て意識をそちらへと向ける。


「何をするってんだ?」


「そりゃ、お口が軽くなるような処置かな?」


 答えて薄く笑うルシアの手には、逆手に握られた短剣があった。

 先程の戦闘で返り血などを浴びているルシアがそんな表情をすると、結構な凄みを醸し出し始めたのだが、クラースはルシアの考えがあまり上手くはいかないような気がしていた。

 所謂拷問という技術は素人には非常に難しい、ということを知っていたからである。

 適当に突いたり切ったりすれば、ある程度の情報は引き出せるものであるのだが、喋れば殺されてしまうことが分かっている以上は盗賊の口はかなり固いものであるはずだった。

 そこを何とかして口を開かせるのには、相当な技術が必要なのである。

 何せ人の体というものはある程度までは痛みなどを感じはするのだが、ある一定の範囲を超えると神経がマヒするのか、頭が痛みを感じないようにするのか、とにかくいくら突いたり切ったりしても、まるで堪えなくなってしまうのだ。

 しかもあまり手酷く行えば、人は簡単に死んでしまう。

 その辺りのぎりぎりの境界を見切った上で行うのが拷問という技術なのであるが、クラースから見てルシアがその領域に到達しているようには見えなかった。


「俺がやった方がよくねーか? ちっとは心得あるぜ?」


 敵兵の口を割らす、という作業をクラースは何度か行ったことがある。

 誰かについてそういった作業についての知識を得たわけではないのだが、戦場での経験というやつであり、全くの素人よりはましだろうと考えての提案だったのだが、ルシアはそれを軽く鼻で笑った。


「素人が手を出すような技術じゃないよ」


「まるで自分は素人じゃねーって言うような言い方だな」


 クラースの突っ込みにルシアは一瞬ではあるが怯んだような表情を見せた。

 それが何を意味しているのかをクラースが考えるより先に、すぐにルシアは不敵な笑みを顔に浮かべ、一瞬見せた表情を打ち消す。


「斥候っていうのはそういう技術も知ってるもんなんだよ。戦場でちょっと齧った程度の傭兵さんには負けないくらいのものは持ってるんだ。それに……」


 そこまで言うとルシアは、相変わらずレインの作業を見守っているシルヴィアをちょいちょいと手招きして呼び寄せる。

 呼ばれたシルヴィアはルシアの傍らまで歩いてくると、襟首を掴まれている半死半生状態の盗賊を見て、わずかに顔を曇らせたのだがすぐに気を取り直して平静を装った。


「ちょっとくらい失敗しても、こっちには癒し手がいるからね。刻まれて治されてまた刻まれるっていうのがどのくらい怖いことか、想像がつくでしょ」


 可愛い顔をして、恐ろしいことを事もなげに言うものだと思いながらクラースはその場をルシアに譲ることにした。

 クラースとしても拷問というものはあまり気の進まない作業である。

 それをルシアのような少女の行わせることについて多少のうしろめたさを感じるからこそ自分がやろうかと名乗り出たのであるが、ルシアがそこまで言うのであれば無理にその役を担おうとまでは思っていない。


「お手並み拝見ってことで構わねーのか」


「見てて。すぐ終わらせるから」


 そう答えたルシアは躊躇うことなく血生臭い作業へと取り掛かり、クラースはそれを見守り、シルヴィアはあまり直視したくないのか胸元でぎゅっと拳を握りしめながら目を瞑り、たまにちらちらとルシアの作業の進行具合を見守る。

 レインは倒した盗賊達からの剥ぎ取り作業を継続していたのだが、その耳にくぐもった男の悲鳴のような声が聞こえて作業を中断し、クラース達の様子をちらりと見た後、また興味を失ったかのように黙々とそれまで行っていた作業へと戻っていった。


「意外と粘ったね。でも、無駄な抵抗だったんじゃないかな」


 ルシアが額の汗を手の甲で拭いながらそんな言葉を漏らしたのは、ルシアの作業が開始されてから三十分ほど過ぎてからのことであった。

 その足元には血に汚れた顔で白目を剥いた目を見開き、口からは涎を垂れ流したままぴくりともしない盗賊の体がある。


「大したもんだ。大方の情報を本当に吐き出させちまった」


 途中から盗賊が哀願しつつ吐き出す情報を記憶することに努めていたクラースは、ルシアが血塗れの短剣を盗賊の服で拭う姿を見ながら、背筋に冷や汗が流れるのを感じながら呟く。

 戦場で似たような作業を何度か目にしているクラースからしても、ルシアの手際は驚くほどに巧みなものであった。

 その巧みさは本当にぎりぎりの境界を見切ったものであり、癒し手として待機していたシルヴィアの出番がなかったほどである。

 それでいて、痛みに耐えきれずにルシアの質問に答えた盗賊の言葉ははっきりと聞き取りやすいものであり、クラースはルシアがその技術の専門家だったとしても全く驚かないだろうと考えていた。


「拠点の位置。詰めている戦力の規模。武装状態から人質なんかの有無まで完璧に引き出しちまうとは、おそれいったぜ」


「あんまり褒められた技術じゃないけどね」


 そう言って笑うルシアの顔には少しばかり陰りがあった。

 どこでそんな技術を習得したのか、という質問が喉から出かけたクラースではあるのだが、ルシアの顔を見ればその答えは口にしたくないと思っていることは一目瞭然であり、問いかける言葉を呑み込んでクラースはルシアの頭を軽く撫でてやる。


「な、何するんだよ?」


「ご苦労さんってことさ。労いってのは必要だろ」


 子供のように扱われたことにむっとした顔になるルシアだったのだが、クラースにそう言われれば少しばかり頬の辺りを染めながらも大人しく撫でられるがままになる。

 しばらくその頭を撫でていたクラースは、大丈夫そうだと判断するとルシアの手から頭を離し、ちょうど剥ぎ取り作業を終えたレインを呼び寄せた。


「さて、必要な情報は手に入れた。後は料理にとりかかるだけだな」


「煮ても焼いても美味くねぇ相手だがな」


「そりゃそうだが、食い散らかすってのも趣味じゃねーからとりあえず」


 クラースは周囲を見回す。

 そこに落ちているのは命を失った骸ばかりだ。


「こいつら埋めてやるか。ちっとばかし重労働だけどよ」


 仏心が湧いたわけではなかったが、野ざらしのままにするというのもあまりに哀れな話だろうと考えてのクラースの提案に、反対する者はその場にいなかったのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る