第11話
「さて、どこから攻めたもんかね」
街道での盗賊達の襲撃を撃退したレイン達は、生き残りから聞き出した情報を元に盗賊達が根城としている場所の近くへと来ていた。
それは街道からそこそこの距離離れた深い森の中にある一軒の館である。
あまり拠点として向いている建物には見えなかったのだが、建物の周囲には篝火が焚かれ、見張りであろう風体のよくない男達がその周囲をうろうろとしているのが見える。
何故そんな場所に館があるのかという由来については、レイン達はもちろん知らなかったし、そこを根城としている盗賊達も知らなかったらしい。
その館が使われていた頃はどうだったのか分からないが、今は森に囲まれたような状態で佇む朽ち果てた建造物であり、そこに至るまでの道を荷馬車で行くことはできず、レイン達は街道沿いに荷馬車を停めて、徒歩で移動している。
「火は使えそうにねーしな」
館自体は朽ち果てかけているので火を点ければよく燃えそうではあった。
しかし周囲を木々に囲まれている状態で火事など起こせば森に延焼しそうであり、そんなことになってしまえばレイン達では手がつけられなくなる。
さらに商人ギルドの目的が、おそらくは盗賊達に奪われたのであろう何か、という推測からして館に火を点けて、それらを駄目にしてしまえば、依頼の失敗とみなされてしまう。
「人質みたいなのはいないって言ってたよね」
木陰に隠れた状態で館の方を伺いながらルシアが確認するように問えば、クラースはそれにしっかりと頷きを返した。
これで館の中に攫われた誰かがいようものならば、事態はさらに面倒なことになってしまうのだが、その心配がいらないということはいくらかクラース達の気を楽にしている。
「正面から襲撃すりゃいいんじゃねぇか?」
盗賊達の戦力は、あまり大したことはないということは街道での襲撃で分かっている。
数こそそれなりのものを揃えてはいるのだろうが、正面切って戦えばレイン達が遅れをとるようなことはないように思えた。
「目端の利く人は逃げてしまうのではないでしょうか」
レインの提案をよしとしなかったのはシルヴィアであった。
戦力的に大したことがない盗賊達であっても、ここで根絶やしに近い状態にしてしまわなければまた人を集めたり、あるいは別の盗賊団と合流したりしかねない。
その際に、これまで集めた財貨の類を持ち逃げすることは十分に考えられる。
ましてレイン達は街道で盗賊を全滅させたわけではなく、何人かを取り逃がしてしまっており、レイン達の情報は盗賊達にも知られていると考えた方がいい状況であり、逃亡の可能性は非常に高いとも思われた。
「ぐずぐずしてても逃げられそうだよね」
「そう簡単にゃいかねーだろ。全員で逃げるにゃ数が多そうだし、一部が逃げ出すにしても仲間を見捨てるわけだからな。バレりゃなにされるか分かったもんじゃねーからな」
裏切りや逃亡を見逃せるほど盗賊達の器が大きいわけはない。
およそ大体の場合、そういった行為を行った者達は元仲間の手によって惨たらしい最期を迎えることになるというのが定番である。
「俺が正面から仕掛けるか? 俺一人なら数を頼めばと油断して出てくるかもしれねぇ」
「それでも逃げるような奴らは俺が裏から始末する、か。悪い案じゃねーな」
「その場合、ボクは裏手担当だね」
「私は……正面でよろしいでしょうか? 神官一人加わったところでと侮って下さるでしょうし、レインさんを排除すれば、みたいな欲も出てくるかもしれないですし」
なるほどとクラースは感心する。
大した戦力にも見えないシルヴィアという足手まといを抱えた戦士一人が正面に姿を現せば、その戦士を排除することでシルヴィアという戦利品が得られるのでは、と考える者はそう少なくないように思えたからだ。
シルヴィアは見目麗しい女性である。
もしかしたら何かの罠かもしれないと思う者もいるかもしれないが、そう言った目を曇らせるくらいには魅力的だろうともクラースは考えた。
「あれ? その場合、ボクも正面に回った方がよくない?」
「やめとけ。戦力が増えたと警戒されるだけだろーよ」
自分をエサにするような提案をしたシルヴィアの言葉に、ルシアが乗っかりかけたのだが、それを止めたのはクラースであった。
確かにルシアも魅力的な少女ではあるのだが、遠目に見れば少年にしか見えない姿をしており、レインほどではないにしても面倒な戦力としてしか見られない可能性が高かったからだ。
もしかしたら見目のいい少年も戦利品に、という盗賊がいないとも限らないのだが、それを期待するのは虫がよすぎるだろうと思うクラースの方を、ルシアがかなり剣呑な目つきで睨みつけた。
「どういう意味かなそれ」
「神官と違って斥候じゃ、それほど油断してもらえねーってことだよ」
淀みなく口をついて出た言葉は、頭の中で考えていたこととはまるで違う言葉であった。
本当のことを言えば、ルシアの機嫌を損ねるだけではなく自分の体にも危害が加えられかねない。
まして盗賊達の拠点近くで身を隠している状態で、不必要に騒ぎ立てることは相手に自分たちの存在を気取られてしまう危険性もあり、それを避けるためならば少しくらいの嘘を口にすることはクラースにとってはなんら後ろめたいことのないことだった。
「で、どうするんだ兄貴?」
「こっちの人数が少ねーことはバレてんだから、まさか二面攻撃をしてくるとは思ってねーだろう。つーことで、陽動よろしく」
「任された」
レインが頷くのを見てからクラースは、少しばかり不満げなルシアに合図して木々の陰伝いに移動を開始する。
レイン達が馬鹿正直に正面から仕掛ければ、逃げる盗賊は裏から出ていくはずであり、それを始末するための位置取りが必要であった。
木々の陰へと消えて行くクラースとルシアの背中を見送ったレインは、しばらくして小さな舌打ちのような音が聞こえてきたのを確認してから、得物である鋼の槍を握り直す。
「いいみてぇだな」
「今のが合図ですか」
ちょっと聞いただけでは、何かしらの鳥の鳴き声のようにしか聞こえないその音は、傭兵時代からレインとクラースの間で使ってきた合図であった。
音の回数や間隔で合図の内容が異なるのであるが、レインが耳にした合図は「所定の位置についた」というものであり、いつでも仕掛けて構わないと言う合図である。
「そんならこっちは派手に行くぜ。気をつけろよ」
「分かりました」
頷きながらシルヴィアがメイスを構えるのを確認して、レインは身を隠していた木陰から一気に盗賊達の拠点目がけて飛び出して行く。
その後に続いたシルヴィアは見張りの盗賊達がすぐに自分達の存在に気がついたことを見て取った。
「何だ手前ぇは!?」
「敵襲! 敵襲だ!」
盗賊達が騒ぎ出す中、シルヴィアの前を走っていたレインが一度、シルヴィアの方を振り返ったかと思うとその体がぐんと加速した。
その大きな体からは想像できないほどの速度で突進したレインは、騒ぎ立てる盗賊達の一人へ手に握る鋼の槍を突き入れる。
レイン自身の体重と鋼の槍の自重。
それに突進力を上乗せされた一撃を、それほど質のいい武器や防具を携えていない盗賊に防ぐ手立てはなかった。
槍へと打ちつけた長剣は呆気なく折れ、着ている革鎧はいくらかの抵抗すら見せることなく貫かれて、標的となった盗賊はその胸板に深々と槍の穂先を埋められる結果となる。
その傷から血を拭きだして倒れる盗賊には目もくれず、レインは突き出したときと同じ速度で槍を引くと、もたもたと得物を構えようとしているもう一人の盗賊の首を、槍の穂先で横に薙いだ。
「なんだこいつ、強ぇぞ!?」
「中の奴らを呼んで来い! 囲んで殺せ!」
レインの横薙ぎの一撃で、首から上を失った盗賊の体がすとんと垂直に落ちて膝をつき、一拍遅れて切断面から激しく血を噴き上げる。
瞬く間に二人を失った盗賊達ではあるのだが、相手が一人ということもあってなのか戦意を失くことなく、数に頼んでレインを囲もうとするのだが、唸りを上げて振り回される鋼の槍の一撃に、一人また一人とその数を減らしていった。
もちろんその間、シルヴィアの方が放置されているかといえばそんなことはない。
シルヴィアの身柄を押さえれば、レインへの人質として使えるのではないかと考えた盗賊が何人か、襲い掛かっていたのである。
しかしこれをシルヴィアは手にしたメイスでもってどうにか防ぎ続けていた。
シルヴィアの戦闘技術は本来、教会に仕えている神官騎士や神官兵と呼ばれる者達が使う技術である。
神官であるシルヴィアは本来ならば学ぶ必要のない技術ではあるのだが、何かの折に必要になるのではないかと考えて、座学の合間にシルヴィアは無理をいって学んでいたのだ。
「何が役に立つか、分からないものです」
ほとんど武器を振り回すだけの盗賊達とは異なり、シルヴィアの技術はきちんとした教えによるものであり、さすがにレインのように次から次へと盗賊達を倒すというところまでは到達していないものの、自分を狙ってくる攻撃を防ぐくらいのことはどうにかできていた。
これがシルヴィアだけの話であれば、防ぎ続けるだけではいずれ力尽きてしまうのだが、近くにレインがいれば話は違う。
防いで時間さえ稼いでいれば、時たま飛んでくるレインの攻撃が確実にシルヴィアを狙う盗賊の数を減らしていくのである。
「得物が得物だけに、あんまりフォローしてやれねぇ。悪ぃな」
「いえいえ。お気になさらず。防ぐだけなら私でもなんとかできますから」
槍の穂先がまた一人の犠牲者を貫き、今度はその体を貫いたまま力任せに横に振り回される。
哀れな犠牲者は貫かれた部分から傷を横に広げつつ振り回され、数人の盗賊を巻き込んで吹き飛ばされていく。
「すごいですねレインさん」
「いや、あんたも結構やる方じゃねぇかと思うぞ」
ひたすら盗賊達の攻撃を防いでいるシルヴィアなのだが、隙があればメイスを剣に打ち付けて刃を叩き折ったり、がら空きになった盗賊の額にメイスを打ち込んだりしている。
比較的薄い剣の刃とはことなり、金属の塊のようなメイスは打ち合わせれば一方的に相手の剣を破壊し、額に打ち込まれれば頭蓋を破壊して盗賊の命を奪う。
黒い神官服は返り血が目立たなそうでよさそうだと思うレインへ、血の滴るメイスをぐっと握り直したシルヴィアはぱっと顔を輝かせた。
「それは褒められたと思っていいんでしょうか」
「そりゃ……いや、神官が戦い方を褒められて喜ぶってのはどうなんだ?」
「いずれはレインさんの背中を守ってみせますよ!」
気合を入れなおすかのようにそう言って、シルヴィアは両手持ちのメイスを振るう。
その一撃が剣を立てて防御しようとした盗賊の、剣を折って側頭部へと叩き込まれるのを見ながら、神官とは戦士の背中を守りつつ戦うような存在だっただろうかと戦闘の最中であるというのに思わず首を傾げてしまうレインであった。
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