第8話
「さてそれじゃ、最初の依頼が終わったばかりじゃあるんだが、早速次の依頼を探さねーとならねーな」
クラースの提案に異議を唱える者は一人としていなかった。
成功に終わった最初の依頼ではあるのだが、その報酬は高いとは決していえないものであり、レイン達パーティの懐事情は暖かいとは言えない。
なけなしの村の財産から出された報酬に感じる満足感とは話が別であって、生活するためにはどうしても現金が必要となるのが現実というものである。
しかも最初の依頼はレインとクラースからしてみれば、冒険者として必要そうな道具を買い揃えたということもあり、どちらかといえば赤字に近いような結果に終わっていたので、早急に次の依頼を受けて手持ちの現金を回復させる必要があったのだ。
「実入りのいい仕事がいいよねぇ」
ルシアがそんなことを言うのだが、第十級冒険者という冒険者の中ではもっとも位の低い冒険者であるレイン達に、美味しい話が飛び込んでくるようなことは滅多にない。
普通、実入りのいい仕事というものはその実入りに比例して難易度も高くなる傾向にある。
冒険者ギルドとしては依頼を失敗すれば組織の評価が下がるのであるから、どうしても難易度の高い依頼は級の高い冒険者に任せたいという気持ちがあるのだ。
さらに極めて少数ではあるものの、実入りだけがいいような依頼もないことはないのだが、そういったものもやはり長年冒険者ギルドに貢献してきたような位の高い冒険者に回されるのが常であり、位の低い冒険者は地道に繰り返すことでどうにか日々の生活を送れる程度の仕事を、ひたすら位が上がるまでも続けるようなことになる。
「それでは何か探してみましょうか」
そう言ってシルヴィアがレインの左手を取って立ち上がる。
シルヴィアに引きずられるようなレインの体格ではないのだが、しっかりと握ったその手を離そうとはしないシルヴィアであるので、仕方なくレインも立ち上がるとシルヴィアに手を引かれるままに依頼票の張り付けられている掲示板まで連れて行かれてしまう。
その後ろについていくクラースとルシアだったのだが、掲示板の前まで行くとそこに貼られている依頼の数々を目にして、少しばかり眉根を寄せた。
そこには確かに多くの依頼が貼り出されていたのだが、ルシアの言うような実入りのよさそうな依頼というものはやはり残されていなかったのである。
「迷い犬探索って……この街に野良犬がどれくらいいるんだろ?」
「こっちは下水道のネズミ退治だと。冒険者ってのはそんな仕事まで引き受けてんだな」
「共同墓地に黒い人影がいくつか夜な夜な現れるので調査して欲しいという依頼がありますが、これなんてどうでしょう?」
「やめとけ。正体は分からねぇが神官のあんたならともかく、相手が亡霊の類じゃ俺や兄貴じゃどうしようもねぇからな」
シルヴィアが手にした依頼票をレインは掲示板の上へと戻させる。
ちらりと中身を確認してみれば、人影のうちの一つはかなり体が大きく、鎧を着ているような人影だったと記されているのだが亡霊の類だった場合は普通の武器ではそれらを退治するのが非常に難しく、魔術のかかった武器などでなければ手痛い目を見させられてしまうことをレインは知っていた。
共同墓地というものは街の近くにあるものなので、定期的に神官などによる手入れがされており、それほど強力なアンデッドが出ることは考えにくいのであるが、まかり間違って鎧を着た大柄な人影という言葉から想起されるデュラハンと呼ばれる首なし騎士など出て来られては、太刀打ちできるわけがない。
ゾンビやグールといった低級なアンデッドであるならばレインの槍やクラースのシャムシールでも十分倒すことのできる相手ではあるのだが、無理に引き受けたくなるような依頼というわけでもなく、引き受けない方がいいだろうというのがレインの考えであった。
「しっかしそうなると、ほんとロクな仕事がねーのな」
ぽりぽりと頭を掻くクラースなのだが、それは仕方のないことだといえた。
第十級冒険者が引き受けることのできる依頼自体にもともと大した依頼がないことに加えて、パーティを組む組まないの話し合いをしていたせいで、依頼票の貼られた掲示板を見に行くのが少しばかり遅かったのである。
冒険者というものはレイン達ばかりではなく、他にも大勢の冒険者がおり、彼らは少しでもいい依頼を引き受けることができるようにと早い時間から待機して新しい依頼が貼りだされるのをてぐすね引いて待ち構えているのだ。
その競争に遅れてしまったレイン達に、ロクな依頼が残されていなかったというのは至極当然のことだったのである。
「出直すか?」
それほど懐事情が暖かくないとはいうものの、今日明日にいきなり干上がってしまうほどに切迫しているというわけでもない。
無理におかしな依頼を引き受けてしまうよりは、明日また新しく貼られるであろう依頼に期待した方がいいのではないか、と思い始めたクラースにルシアが一枚の依頼票を掲示板から剥がすと、その目の前にぶら下げる。
「これなんかどうかな?」
言われてクラースは目の前の依頼票に目を凝らす。
「街道沿いに出る盗賊の討伐依頼? こんなの引き受けられんのか?」
依頼の内容は街から北へと伸びている街道に出没している盗賊を退治して欲しいという商人ギルドからの依頼であった。
それほど手強い盗賊団ではないようで、これまで北へと赴く商人達は自腹で護衛を雇ったりして難を凌いでいたらしいのだが、なかなか尻尾を掴ませてもらえず、このままでは護衛代ばかりが嵩んでいく一方だからと、ついに商人ギルドが腰を上げたらしい。
クラースからしてみれば、この依頼は引き受けない方が北へ向かう商人につける護衛の仕事が増えて、冒険者としては助かるのではないかというあまり大きな声ではいえないような思いを抱いてしまう。
「これを引き受けっと、他の冒険者から恨みを買うんじゃねーか?」
商人達は助かるのかもしれないが、冒険者の側に立ってみれば飯の種を一つ失うようなことになりかねない依頼に、クラースが難色を示す。
「その心配はないですよ」
そんなクラースの不安を否定したのは、いつの間にやらレイン達の背後に立っていたギルド職員の少女であった。
どこかで見た顔だなとレインは思ったのだが、少し考えてそれは自分達にシルヴィア達を引き合せた、あの受付の少女であることを思い出した。
「街道の脅威というのは何も盗賊ばかりではありません。腹を空かせた獣であったり、邪悪な魔物であったりと、それらの脅威が完全に取り除かれるということはまずないでしょうから護衛の依頼が途絶えることはないですね」
「じゃあなんで盗賊にだけ討伐の依頼が出たんだ?」
他の脅威が取り除かれず、護衛をつけなければならない状況が変わらないのであれば、何もわざわざ盗賊だけを依頼を出して討伐しなければならない理由が分からず、レインが少女に尋ねると、少女は首を傾げながら答えた。
「色々考えられますけど、何か非常に価値の高い物が盗まれたとか、いい加減うっとおしいので見せしめも兼ねて駆除したいとか」
そう言われて改めて依頼票を見てみれば、確かに盗賊に関しては皆殺しにして構わないとなっているのだが、可能な限りその拠点を突きとめて欲しいことと、拠点にある財宝などに関しては一度、商人ギルドの査定を受けることとなっていた。
通常の場合、盗賊に盗まれた物は所有者不明の物とされ、取り戻した者にその所有権があることになる。
例外としては荷物などに所有者が分かるような印がつけられている場合なのだが、その場合は取り戻した者に所有者から礼金が支払われるというのが通例なのだと職員の少女は説明した。
「危険度はそれなりに高い依頼になりますが、実入りは相当いい依頼でしょうね」
報酬は金貨二枚と、高いのか安いのか今一つ分からない金額設定になっていたが、奪い返した品物に関しては商人ギルドの査定を受けた後、返して欲しい物に関しては謝礼を支払い、それ以外は冒険者の物としていい、となっている。
盗賊達がどの程度溜めこんでいるのかにもよるのだろうが、確かに実入りはよさそうな依頼に見えた。
「第十級冒険者でも引き受けて構わねーのか?」
「級数指定をされていない依頼ですから問題ないですね」
「北の街道沿いにいる盗賊団って一つだけなの?」
「確認されている分なら、今のところは一つだけのようです。違ったとしても盗賊団の区別なんて普通つきませんから、文句を言われることはないでしょう」
ギルド職員の説明に、レイン達は顔を見合わせて一旦相談に移る。
確かにそれほど悪い依頼ではないように思われるのだが、だとすると今の時間まで残っていた理由というのが気になった。
レイン達にとって悪くないように思えるというのは、他の冒険者達からしても同じような印象を受けるはずの依頼なのだ。
それが今の今まで残っていたというのはどうにも引っかかる話であった。
何かしら裏があるのでは、と疑い始めたレイン達にギルド職員の少女は声を潜めてこそっと告げる。
「実はそれ、つい先ほどまで貼り出すのを忘れていた依頼だったりします」
少女の言葉にレイン達は思わず少女の顔をまじまじと見てしまう。
少女の言うことが本当であるならば、依頼の争奪戦を行っている時間にはその依頼は存在しておらず、他の冒険者達の手に渡らなかったというのは当たり前のことであった。
しかしギルドの職員ともあろう者が、冒険者にとってもその依頼の依頼主にとっても非常に重要な依頼票を貼り忘れるという行為をするだろうかと考えると、中々素直には受け取りがたい話でもある。
「もしかしてなんだけど、ボクらのために取っといてくれたりした?」
これは少しばかり自意識過剰な考え方だろうかと思いながらルシアがおずおずと少女に尋ねると、少女はにっこりと笑いながら答える。
「何のことか分かりませんが、確かに自分がマッチングしたパーティが目覚ましい活躍をしてくれれば嬉しいですし、マッチングした私の評価も上がるのは確かですね」
「構わねぇのか、そんなことしてもよ」
「構うも構わないも、忘れていただけですし。先ほど貼りだしたのは偶然ですし。その依頼が皆さんの手に渡ったのは偶然なわけですし」
笑顔のままでそう答える少女に、いい性格をしているとばかりにレインが苦笑する。
その間にルシアとクラースがひそひそと会話を交わし、依頼の出所が商人ギルドであることや、表面上この依頼が残っていたのはギルド職員が貼りだすのを忘れていただけという理由からして、依頼自体には裏はないだろうという結論に至った。
「じゃあこれを受けるってことで、構わねーな?」
「俺は構わねぇよ」
「ボクも」
「この幸運を女神に感謝しましょう」
パーティメンバーから異論が出ないのを確認してから、クラースは笑顔のまま結論が出るのを待っていたギルド職員の少女に依頼票を差し出す。
「じゃあこれを引き受けることにするぜ。俺達に幸運をもたらしてくれた女神様の名前が知りてーんだが教えてもらえるか?」
「女神様のお名前は存じ上げませんが、依頼達成のときは私のところに報告を下さい。私は冒険者ギルド職員、受付担当のロベリアと申します」
にこやかにそう応じて、ロベリアと名乗った少女はレイン達に向けてゆっくりと一礼したのであった。
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