第7話

 結局レイン達は日が暮れ始めるまで洞窟の前で焚き火を行い、洞窟の中にたっぷりと熱と煙を送り込んだ後、周囲から石や土を集めて念入りに入り口を塞いでからその場を後にすることとなった。

 村へ戻ったレイン達はゴブリンに対して行った処置を村長へ報告し、念のため何日か村に留まることを告げると村長はこれを受け入れ、その後三日間ゴブリンの被害が出なかったことを確認するとレイン達の依頼が達成されたことを認める。

 こうしてレイン達は依頼票に依頼達成のサインを受け取ると、村を後にして一路街へと戻ることになった。


「それにしてもレインさん、凄まじく強いのですね。私、驚きました」


 嬉しそうにそう語りながらレインの隣を歩くシルヴィアの手は、しっかりと鋼の義手を掴んでおり、二人並んで歩く姿は実情はどうあれ仲の良い男女の姿のようであった。

 困ったような顔をしているレインは、無理にシルヴィアの手を振りほどくのも悪いような気がするものの、擦れ違う旅人などが微笑ましそうな視線を向けてくるのを感じるとどうしていいやら分からないまま、黙々と歩いている。


「きちんとしたお話は街に戻ってからになるのでしょうが、私はレインさん達を紹介して頂けたギルドに感謝しなくてはと思っているんですよ」


 返ってくる反応は何ともいえない呻き声であったり、短い相槌であったり、あるいは頷きくらいなものであったのだが、乏しい反応に気を悪くした様子もないシルヴィアを、その後ろからついて歩いているクラースとルシアが観察している。


「あれ、どうなんだ? 何がどうなってあぁも懐いたってんだ?」


「高性能っぽい魔道具で興味を引かれて、森の中を歩いていたときに助けてくれたことに感謝して、その強さに驚いての結果ってとこかな? 誠実そうなところも高ポイントだったのかもしれないね」


「心配になるチョロさじゃねーか?」


「いや、んー? まぁ耐性がないっていうのは認めるとこだけど、シルヴィアに人を見る目がないってわけでもないからね」


「強さって点なら俺もそこそこだろ?」


「そうだねぇ」


 ゴブリンとの戦いでレインが見せた強さはルシアも驚くところであった。

 無論、ゴブリンとはそれほど強い魔物というわけでもなく、それに勝利したからといって特に驚くべきことではないのだが、それを行ったレインの身のこなしはルシアからしてみれば信じられないようなものだったのである。

 何せルシアの中では図体のでかい奴は動きがのろくて鈍いという考えが定着している。

 それは大体の場合は外れることがないのだが、レインが見せた動きはその考えを真っ向から否定するようなものだったのだ。

 あの体と見るからに重いと分かる武器を携えているというのに、ゴブリンに向けて突進していったレインの動きは、あまりに滑らかで素早いものであった。

 思わず見惚れるというよりは、下手をすると見失ってしまうくらいの速度であり、それに加えて瞬く間に四匹のゴブリンを屠った腕前は、とてもただの傭兵だったとは思えない。


「実はレインさんって、名のある傭兵だったんじゃないの?」


「そりゃまー。二つ名がつくくらいには」


 さらっと答えたクラースだったのだが、それを聞いたルシアは目を見張る。

 ルシア自身は傭兵というものに詳しいわけではない。

 全く知らない存在、というわけではなかったがこれまでの人生で関わり合いになったことがないくらいには遠い存在であった。

 それでも戦争に参加する者に二つ名がつく、ということの重大さくらいは理解できる。

 それはつまり、それだけ名前が知れ渡るほどに戦争を経験しており、しかも名前が知れ渡れば狙われることも多くなるであろう傭兵稼業の中で、自分を狙う者達を撃退し、数多の戦場で生き延びてきたということを表していた。


「なんて名前だったの?」


「自分じゃ名乗りたがらねーんだが、戦場じゃ<ペネトレイター>って呼ばれてたんだぜ。いかなる防御の陣をもってしても防ぐことのできねー奴ってんで、一時期一人で一軍を貫くって言われてた」


 あの突進力ならば、なるほどそんな名前にもなるだろうとルシアは思う。

 体格と得物に重量と速度。

 それらを兼ね備えた突進は、止めなければならない側からしてみれば恐怖以外の何者でもなかっただろうと思えば、ルシアは体に軽く震えが起きるのを感じていた。


「ちなみにクラースは二つ名とかなかったの?」


「俺か? 俺はまーそうだな。あんまり目立つような仕事をしてこなかったからな」


 そう答えたクラースだったのだが、実はクラースにも二つ名はあった。

 だが自分のものではない二つ名を他の誰かに言うのであればともかく、自分の二つ名を名乗るのは自慢しているようにしか聞こえないだろうと思えて少しばかり気恥ずかしさを感じていたのである。

 それをなんとなく察したのか、責めるような視線を向けてくるレインに視線だけで詫びながらクラースはルシアに言う。


「それでもレインと行動を共にできるくらいの力はあるつもりだぜ。二つ名持ちの傭兵とその兄貴ってのは、お買い得だと思わねーか?」


「どうかなー? レインはともかくクラースはどうも軽すぎるのが気になるんだよねぇ。その辺は街に帰ってからじっくりと検討かな」


 ルシアは答えを出すことを避けた。

 確かにクラースの軽薄さはマイナスのイメージとしてルシアは考えているのだが、それを差し引いてもレインとクラースの実力は、逃してしまうには惜しいと思わせるほどのものである。

 さらに荒くれた者や品の悪い者が多いと聞かされている冒険者の中で考えれば、レインやクラースの自分達に対する行動は、おそらくかなりいい部類に入るのではないかとも考えていた。

 今回の仕事において行動を共にし、一緒に夜を過ごすようなことも経験したのだが、レインはもちろんのこと、女性関係にだらしなさそうなクラースですら、ルシアが身の危険を感じるような雰囲気を欠片ほども感じさせなかったのである。

 自分に関する女性としての評価は脇にどけておくとしても、シルヴィアは顔立ちも整っており、神官服の上からでも結構いいプロポーションをしていることが分かるような女性であり、魅力が乏しかったせいで手を出されなかったとは考えにくい。

 だとすればこの二人は冒険者の中ではかなりの優良株であるはずだった。


「私達の方はともかく、そっちはどうなの? 今回あんまり私達働かなかったような自覚があるんだけどさ」


「そうでもねーと思うけどな」


 逆に尋ねられたクラースも、すぐに答えを出すことは避けていた。

 レインの意向も聞かなければならないという思いがあったのは確かである。

 だがクラース自身はシルヴィアとルシアの二人組は、組むことを考えた場合はかなりいい相手なのではないか、と評価していた。

 ルシアに関しては斥候としてはおそらく問題ないというよりも、かなり高い実力を持っていると見ていいだろうとクラースは思っている。

 森の中の移動を見る限り、ルシアの身のこなしは満点に近いとまで思っており、とても経験の少ない冒険者のようには見えなかった。

 女性として見た場合は、少しばかり体のめりはりに欠けるようにも思われたのだが、クラースの信条としてはそこは大きな問題ではない。

 言えば張り倒される自信があるものの、起伏のあまりない女性にはその女性なりの魅力があるものだとクラースは思っているからだ。

 シルヴィアに関しては、こちらは森の中ではどちらかといえば足手まといの雰囲気もあったのだが、そこを差し引いて考えても神の力の一端を使うことのできる法術の使い手であるというだけでその価値は計り知れない。

 魔の力を行使して様々な術を行使する魔術師と並んで、神官という存在は仲間にするには非常に希少な存在なのだ。

 どのくらいの法術が使えるのかは確認してみなければ分からないが、最も簡単な<ヒーリング>の法術が使えるだけでも、怪我をしたときに生還できる確率はぐっと上がるものであり、本来ならば冒険者の間でシルヴィアのことは取り合いになっていないとおかしいのではないかとすら思っている。

 この二人を同時に味方に引き入れることができる機会を、クラースとしては逃すつもりはさらさらなかったのであるが、レインが嫌だと言うのであればそこを無理強いするつもりはなく、やはり街に帰ってから結論を出そうという考えになったのであった。


「私の考えはもう決まっていますけれどね。街に帰ったらどんな手段を使ってでもルシアを説得しますので、待っていてくださいね」


「そこはちゃんと話し合えよ? 嫌々組んでもいいことってのは一つもねぇからな」


 背後の会話を聞きとめたのか、シルヴィアがレインにそう言いながらその左腕に擦り寄る。

 心配そうに突っ込みをいれるレインの姿をなんとなく頼もしく感じながらも、ルシアは聞き逃すことができなかった一つの言葉をシルヴィアに確認してみた。


「ねぇシルヴィア。どんな手段を使ってもって何をする気なの?」


「聞きたいですか?」


 レインの腕を放そうとしないまま、顔だけ振り返りながらにっこりと笑ってみせたシルヴィアの顔を見て、ルシアは即座に何かしらよくないことをシルヴィアが考えているらしいことを悟り、ぶんぶんと勢いよく首を横に振った。


「ごめん、今は聞きたくない。その件については後でゆっくり話し合おう」


「チョロいお嬢さんかと思ったら、何気に怖いのな」


 ルシアの隣にいたせいでシルヴィアの笑顔を直視してしまったクラースは、再びシルヴィアがレインの腕にもたれかかるようにしながら前を向いたのを確認してからぼそりと呟く。

 その呟きに今度はルシアの首が勢いよく縦に振られたのであった。

 そんな道中を進み終え、街へと戻ってきたレイン達はその足で冒険者ギルドへと赴くと、依頼終了のサインが入った依頼票をギルドへと提出する。

 冒険者ギルドはそこに記されているサインが依頼主のものと同じであることを確認するとレイン達の依頼遂行を認め、あらかじめ預かっていた報酬をレイン達へと渡した。

 今回の仕事は総額銀貨五十枚というものであったのだが、これが高いものか安いものかはレインにはよく分からなかった。

 一人頭に割ると銀貨十二枚と銅貨五十枚という金額であり、これは一般的な食事つきの宿に二泊しか止まれないような金額である。

 だが、それほど現金の持ち合わせがおそらくないと思われる村からの精一杯の報酬であり、しかもレインにとっては冒険者として初めて手にする報酬でもあった。

 それだけに感慨はひとしおであり、なんとなくこれからも冒険者としてやっていけそうな気がしてレインの表情は少しだけ緩んだ。

 依頼を終え、報酬を受け取ったレイン達はいったん体を休めようとそれぞれが自分の宿へと戻り、一晩体を休めた後に翌日また冒険者ギルドで合流した。

 そこでクラースは改めてルシア達に、パーティを組むことの是非について尋ねたのである。


「私はお願いしたいと考えています。今回の仕事を経て、いい関係が築けるのではないかと思うに至りましたので」


「ボクの方にも異論はないよ。ちゃんとシルヴィアとも話し合ったしね」


 シルヴィア達とパーティを組む件についてはレインとクラースの間でも話し合いが設けられていた。

 とはいっても中身としてはクラースがレインに、自分で考えて決して兄貴がいいのならというような判断を投げてよこすような真似はするなと言い含めただけだったのだが。


「俺は組んで構わねぇと思う。おいおい何か問題が出るかもしれねぇが、そりゃそんときに考えりゃいいことだしな」


「なら決まりだな。俺にも異論はなしだ。じゃあ正式に四人でパーティを組むってことで、よろしく頼むぜお二人さん」


 クラースが右手を差し出してルシアとシルヴィアの順で握手をかわす。

 レインもまた右手を差し出してルシアと握手し、シルヴィアにも手を差し伸べたのだが、シルヴィアは少しだけ差し出された右手を前に躊躇ったのだが、すぐに笑顔でレインの手を固く握った。


「今、あいつが何考えてたか当ててやろうか」


「どうせ握手するなら魔道具の左手がよかったなと思いかけて、右手を預けるということの意味を思い出した、っていうなら聞かされるまでもないからね」


 ぼそぼそと小声で会話するクラースとルシアに、シルヴィアはむっとした表情を向ける。

 そんなシルヴィアにレインは仕方がないといった顔のまま、心行くまで鑑賞すればいいだろうとばかりにそっと左腕を差し出すのであった。

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