【警告!】へその奥に黒い塊がある人へ

@wirako

第1話

 まずは、あなた自身のへそを覗いてみてほしい。


 奥の方に黒い塊が見えないだろうか。


 それは、へそのごまだ。へそに溜まったあかやゴミが蓄積したものである。雑菌が繁殖していて非常に汚く、においもきつい場合がほとんどだ。


 へそのごまは、へその穴が深い人ほどできやすい傾向にある。が、単純に不衛生な人にもできやすい。定期的な除去をおすすめする。


 除去の仕方は簡単だ。ピンセットでつまんで引っ張ればいい。取りにくい場合は穴にオリーブオイルを垂らし、ごまを柔らかくしてから綿棒でこそぎ落とすと良い。


 抜き取ったごまは、空気に触れて乾燥した部分は黒く、埋まっていた部分は白っぽい。見ようによっては貝の中身や、なにかの幼虫を想起させる。


 気味の悪いたとえを持ち出してしまったが、これであなたのへそは綺麗になるはずだ。あとは毎日体をしっかり洗ってさえいれば、もうごまが作られはしないだろう。




 と、単純に終わる話なら、わざわざこの文章を作成していない。


 私が伝えたいのは、人命に関わる重大な事柄だ。



 あなたは、人に寄生するハエの存在を知っているだろうか。



 名前はヒトヒフバエ。人の皮膚に幼虫を寄生させるハエだ。


 紹介文に書いてあったハエと名前が違うと思われるだろうが、しばし我慢して読み進めてもらいたい。


 ヒトヒフバエは最初、人ではなく蚊やダニに卵をくっつける。その後彼らが皮膚から血を吸う際、温められた卵が孵化ふかして白い芋虫型の幼虫――うじが姿を現す。蛆は産まれてすぐに、蚊などが吸血時に開けた穴へ忍び込み、皮膚の下にうずまる。


 安住の地を得た蛆は、人肉や体液をすすって成長していく。それから数度の脱皮を繰り返し、丸々と肥えたところでぽろりと体外へ脱出。土の中でさなぎとなり、やがて成虫に変態すると、新たな子孫を残すべく飛び立つのだ。


 ちなみに、この虫の仲間に大量に寄生された猿の動画が、某動画サイトに投稿されている。三葉虫のような体つきになった蛆たちの抜け出た穴は、ふやけたフジツボの大群と形容するのが適当だろうか。映像はグロテスクの一言に尽きるので、苦手ならば検索しない方が賢明だ。


 だが安心してほしい。ヒトヒフバエは日本よりも暖かい気候の国に生息している。だから日本人はまず寄生されない。また彼らにとって人間は、食事をたらふく用意してくれる豪邸のような存在だ。自らそれをぶち壊す真似もしない。寄生こそすれど、そこまで危険な生物ではないのだ。




 長くなってしまったが、ここまでが前置きだ。本題はここからである。


 六十年前、ヒトヒフバエの新種――ヘソゴマバエが、ブラジルで発見された。読んで字のごとく、温血動物のへそを狙って寄生するハエだ。


 ヘソゴマバエはヒトヒフバエとは違い、垢が溜まったへそに直接産卵管を刺して卵を産みつける。温められた卵は二時間もしないうちに破れ、元気な蛆が誕生する。姿形はヒトヒフバエと同じ芋虫型だが、色は鮮烈な赤だ。


 この赤色はヘモグロビンと似た役割を持つ物質で、満足な呼吸が難しい貧酸素環境でも酸素を効率よく利用できる。余談ではあるが、釣り餌に用いられる赤虫――ユスリカの幼虫――も、似た理由で赤みを帯びている。


 産まれたての蛆は手始めに、豊富な栄養源となるへそのごまを食べて成長する。そうしてごまを掘り進みながら糞を排泄するのだが、これがへそのごまと同様に黒い色をしている。


 つまりへそを外側から覗いてみても、へそのごまが溜まっているようにしか見えないため、宿主は寄生されても容易に気づけないのだ。ある意味で、へそのごまの擬態と言える。


 真に恐ろしいのはここからだ。


 虫の世界には、幼生生殖ようせいせいしょくという生殖方法がある。本来は成虫になってから産む卵を、幼虫の時期に産み出す繁栄の仕方だ。幼生生殖についてはタマバエというハエが代表的だが、ヘソゴマバエもこれを行える。


 へその奥まで到達した時期の蛆の体内には、幼生生殖によって産声を上げたさらなる赤い蛆が三十匹ほど宿っている。この子どもたちが親を食い殺して力をつけ、続々とへその奥へ奥へと入り込んでいく。


 するとどうなるか。想像してみてほしい。


 外敵のいない安全地帯に解き放たれた蛆の子は、好き放題に暴れ出す。まずはへそから最も近い腸に穴を開け、肉をみ、液を舐める。栄養素を満足に確保すれば、親がしたのと同じように我が子を放出する。


 その子らは次第に全身を巡って宿主をむしばんでいく。そのうち必要酸素量を賄えなくなるほど成長すると、幼生生殖をやめて宿主の体を食い破って外へ出る。あとはヒトヒフバエと一緒の流れだ。


 インターネットで調べた記録によれば、最初の犠牲者はブラジルの男性。彼は数日前から頭痛や腹痛に悩まされていた。


 風邪を疑いながら用を足した際、彼は戦慄したという。


 便の中には、おびただしい数の赤い芋虫が湧いていたのだ。すぐに病院へ駆け込みレントゲンを撮った結果、とんでもない事実が判明した。


 彼の全身には、米粒のような物体が無数に映っていた。脳や肺などの重要器官から、手指足指の末端まで。それらすべてがヘソゴマバエの子どもだった。


 ほどなくして、皮膚に次々と蚯蚓腫みみずばれが浮かぶようになった。引っ掻けば膿と一緒に赤い塊が飛び出した。丸々と太った蛆だ。彼の体はすでに、寄生虫の集合住宅と化していたのだ。


 それからは医者の治療も空しく、男性は蛆が引き起こした肺炎で死亡した。発覚からわずか一ヶ月の出来事だった。


 遺体を解剖すると、どこを切ってもわらわらと蛆が顔を出したらしい。総数は約二百匹。体内で育っていた個体も数に含めば、五千匹をゆうに超えたと言われている。


 以来、ヘソゴマバエの被害報告は中南米を中心に増え続け、二〇〇〇年までに四百人以上の被害者を出した。完治した者はおらず、全員が遅かれ早かれ非業の死を遂げている。


 このように、ヘソゴマバエはヒトヒフバエよりもはるかに凶悪な生物だ。宿主が豪邸だろうが、いや豪邸だからこそイナゴのごとく食い荒らしてしまう。実際にこのハエの生息地周辺に開墾した村は、二年も経たずに廃村となった。


 しかし大規模な殺虫活動や、去勢した雄の放流が功を奏し、野生ではほぼ絶滅したとされている。


 こうして人類は、殺人寄生虫の脅威を退けたのだった。



 そのはずだった。



 なんと今年、野生のヘソゴマバエが日本で確認されたのだ。しかも第一発見者はこの私である。


 順を追って説明しよう。私はその日、深夜のニュース番組を視聴していた。塀のない刑務所から脱走した受刑者が捕まった、という一報だった。私も人間関係にはほとほと苦労していたので、彼の動機には同情したのを覚えている。


 そんな折、ふと異臭をぎ取った。湿った耳垢を彷彿させるにおいだ。


 出どころがへそだと確信したのはすぐだった。私のへそはかなり深く、加えて――なんとも恥ずかしい限りだが――風呂は二日に一度しか入らない。だから、へそのごまはよく形成されるのだ。最近妙にかゆかったのも閃きに拍車をかけた。


 今回はどのくらいの大物が取れるだろう。正直なところ、私は期待していた。そわそわとピンセットをあてがい、ぐりぐりと回転させつつ、一気に引っこ抜いた。


 その時私に走った快感は、一瞬で愕然がくぜんに塗り潰された。


 黒々しい塊の先端に、小指の爪より短い真っ赤な芋虫がくっついていたのだ。


 驚いて放り出すと、芋虫はテーブルの上にぼとりと落ちた。その衝撃で裂けた腹から、赤い糸くずの群れが身をくねらせながら躍り出てきた。


 さぁっ……と血の気が引き、肌という肌が一斉に粟立った。それからしばらくは血が出るまでへそをほじくり返したり、アルコール消毒代わりにビールを流し込んだりと、とにかく狂ったようにへそをいじり続けた。


 だが、私も現代に生きる一人なのだろう、この体験を動画にして再生数を稼ごうと思いついたのだ。


 スマホを片手に、私は芋虫にかぶりつく糸くずたちを撮影した。さっそくSNSに投稿した動画は、一日で三千回も再生された。私のフォロワーには大不評だったので、もう削除してしまったが。


 返信コメントもたくさんついた。ほとんどは『気持ち悪い』『どうせCGだ』というものだったが、一つだけ『話を詳しく聞かせてほしい』と食いついてきたコメントがあった。


 その人物こそが、静岡富士峰大学しずおかふじみねだいがくで寄生虫の研究をしている権威、山瀬博信やませひろのぶ教授だ。七年前に話題になったベストセラー『ヒトヒフバエを飼ってみた!』の著者でもある。


 三日後の土曜日、教授は助手二人を連れて遠路はるばる私の部屋にやってきた。


 ヘソゴマバエを見せてくれ、と開口一番で関心を寄せた教授に、私は湯煎ゆせんして温めておいたコップの中の虫を見せた。


 ヘソゴマバエの蛆は、母親蛆をすっかり食べ終え、牛肉のぶつ切りに潜り込んで舌鼓を打っていた。


 助手の一人が慎重にそれを回収したのち、四人で近所のカフェに寄った。そこで私は、ここ数年渡航歴がないことや、室内にハエは一匹もいなかったこと、病院の検査で異常はなかったことを改めて話した。


 渡航歴からは、ヘソゴマバエの発生源が海外ではなく日本である可能性が示唆される。


 室内でヘソゴマバエが発見できなかったのは厄介だ。今もどこかで成虫が卵を産んでいる危険がある。


 それでも私自身が犠牲者とならずに済んだのは不幸中の幸いとしか言いようがない。なにせ、へその穴に蛆が侵入すれば最後、死ぬまで奴らの餌になり果てていたのだから。


 コーヒーに口をつけた教授は、真剣な面持ちで語った。この事例は日本を揺るがす大事件になりかねない、と。本来熱帯地方の国でしか繁殖しないはずの殺人バエが、日本で猛威を振るう……去年世間を騒がせたヒアリを凌駕する、恐るべき非常事態だ。


 被害者をなくすには、国民全員が情報を共有する必要がある。そのために教授は本件を、マスコミに報道してもらうつもりでいる。とはいえ、世間に知れ渡るまではもうしばらくかかるだろう。この間に寄生されてしまう人がいないとも限らない。


 そこで私は、先立って今回の警告文を発信することにした。ヘソゴマバエに関わった者として、なにか役に立てないかと頭をひねった末の行動だ。


 以下は、教授から聞いたヘソゴマバエ寄生時の具体的な症例である。ペットを飼っている場合はそちらにも注意を払ってもらいたい。



  ・へそから不快なにおいが漂う    (初期症状)

  ・急にへそのごまが大きくなった   (初期症状)

  ・へその周りに違和感がある  (初期~中期症状) 

  ・幻聴が頻繁に発生する       (中期症状)

  ・食欲が著しく低下した       (中期症状)

  ・目の奥の鈍痛が長引く    (中期~後期症状)

  ・不意に皮膚の下が痒くなる     (後期症状)

  ・腹痛が短時間に何度も起きる    (後期症状)

  ・肌の様々な場所にイボができる   (後期症状)

  ・便の中に赤い虫が紛れている (後期~末期症状)

  ・全身に蚯蚓腫れが生じる      (末期症状)



 どれか一つでも身に覚えがあれば、すぐにでもへそのごまを抜いてみてほしい。蛆の痕跡が残っていたら、急いで病院に駆け込もう。今の医療技術であれば、中期症状までならまだ助かる見込みがあるそうだ。




 さて、伝えるべき情報は伝え切った。そろそろ筆を置いて風呂に浸かりたいと思う。クーラーが壊れて蒸した室内で書いているものだから、汗疹あせもがむず痒くて仕方がないのだ。特にへそ周りはどうしても意識してしまうので、余計に痒みが増してしまう。ああ、早く汗を流したい。


 今回の件で、私はすっかり綺麗好きになった。おかげで人間関係も改善した気がする。やはり清潔を保つことは社会に生きる者として、そして自己の健康を守るためにも大事なことのようだ。良い教訓になった。


 最後に、ここまで読んでくれたあなたへ。拙い文章ではあったが、我々日本人が置かれた状況を自覚し、一刻も早く家族や友人に広めてほしいと切に願う。


 あなたの大切な人たちを助けられるのは、あなただけなのだから。






















[追記]

 今日の昼過ぎにクーラーを修理してもらった。おかげで風呂上がりの汗もさらりと引いていく。これで夏も乗り切れそうだ。


 だが、相変わらずへその奥が痒い。風呂には朝と夜に二度入っているし、ごまの残りかすさえ完璧に除去したはずなのに。


 皮膚の下でなにかがもぞもぞとうごめいているみたいだ……と考えてしまうのは神経質だろうか。


 どうやら産みつけられた蛆は取り除けても、トラウマは深く根ざしたままのようだ。あれ以来、白米が虫卵に見えて食欲が減退したばかりか、耳元ではぶんぶんとうるさい羽音の幻聴が聞こえるようになった。体が清潔になった半面、精神はだいぶ傷ついてしまったらしい。


 なにはともあれ、考え過ぎは体に毒だ。今日は早めに床に就くことにしよう。











[追記]

 便に赤く蠢くものが紛れていた気がする。病院の検査はクリアしたのだから幻覚に違いないが、トラウマは依然として癒えてくれない。これ以上続くようなら精神科に通うべきかもしれない。











[追記]

 ここ数日、高熱でうなされている。まともに食事もできない。まぶたが腫れてテレビも見れない。

 蚯蚓腫れが浮かんできた。ただの風邪ではないのか。

 これじゃあまるで











[追記]

 嘘だ。なんで。もう手遅れだ。死にたくない。いや死ぬべきか。被害を拡大させないためにも今すぐどこかで。

 ああたまいたい











[追記]

なんでじぶんだけがこんなめにあわなきゃいけない。なにもわるいことしてないのに。

ふこうへいだおまえらもみちづれにしてやる











[追記]

からだじゅうがうじゅうじゅしてる。かゆい。いたい。でもなんかきもちいい











[追記]

いっぱいでてきた

かわいい











[追記]

ぶんぶぶとんでる

いてらしゃい

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