あの目の正体

@KKK6

プロローグ 後悔

 暗闇のなかに、もはやあの恐ろしいはなかった。部屋のなかには薄暗い常夜灯がともっていて、遠くに響く目覚まし時計の単調なリズムがなっている。それだけだ。それ以上のなにものも、もはや部屋にはない。視線があるとするならば、それは僕の勉強机に置かれた、あの子とのツーショットだけだ。その瞳は大きくらんらんと輝いている。けれど僕が恐れるには、あまりにもそれは小さすぎた。

 今、僕は部屋のなかにいる。ひきこもっているのだ。を恐れたぼくは、この狭く薄暗く、掃除不足のためにカビの臭いがする八畳間の中に丸くなる団子虫さながらに閉じこもることしかできなかった。

 その理由も、いまやない。僕をこれほどまでに恐れさせ、あせりに震わせ、追い詰めたあの視線は、もはやここにはないのだ。そのことを僕は自覚しなければならなかった。それどころか、僕は今となっては、あのが本当に在ったのかどうかすら、疑わざるをえないのだった。いまになってみれば、それは見えなくなってしまった幽霊のように、とても現実のものとは思えないのだから。ならば、なぜこの部屋をでることはできないのだろうか?

 2ヶ月ほど前の僕は、人生の幸せの絶頂のなかにいた。輝かしくも夏の太陽の日差しを受けて、初めて訪れた春に心を躍らせ、おおよそだれもが経験するような青春というものを、その全身で享受していた。だが今となっては、僕は自分がなにを楽しんでいたのか、わからない。青春は甘酸っぱいという、しかし僕の心に残るあと味はいまや苦いだけなのだ。この二ヶ月間ほどで、なにが変わってしまったというのか。なにも変わっていはしない。本質的なところで、僕はなにも成長していないのだから。

 なにを恐れていたのか、なにを楽しんでいたのか。今の僕にはもはやとんとわからなかった。だが一つだけ確かなことがあるとするならば、半年前の自分はこんなことに頭を悩ませるような人間ではなかったということだけだ。

『夢はもう一人の自分を作り上げる』

 彼女の言葉を、僕は思い出した。遠く妄想にふける僕の意識は、闇のなかに消えていく。そう、まるで幽霊かのように、消えていくのだ。

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