第27話 才女、新種を発見する
風が頬を撫でるっていうのはこういうのを言うのかしらね。
今日は以前、天馬に跨った時に比べて少し風がある。
元々、夏のように暑かったこともあって、森のひんやりした空気が気持ちいい。
「凄いね! 全然揺れないんだ……」
「そうね。天馬は宙に足場を作って移動するから、彼らに取って地面も宙も同じものでしかないのよ」
ただし、その宙に足場を作る工程は未だ解明されていない。
彼ら天馬にしか現状できない技なのよ。
魔力を体に纏うことで身体能力を向上させる身体強化。これのおかげで、日本にいた頃には考えられなかった二階や屋根への跳躍が出来るようになった。
つまり、私たちも天馬のように足場を作れるようになると、戦闘時に空中で身動きを取れるようになり、戦術に幅を持たせることが出来るようになる。
鎮は盾持ちだから地面に足をつけてこそのスタイルだけど、重い剣戟を見舞う来斗はこれ一つ加わるだけで、今以上の脅威となりえると思うのよね。
まぁ、流石に身体強化の方まで研究に回す余裕はないから、ここらへんはアビスに丸投げしてみましょうかね。アビスって獣医師の資格も持ってるみたいだし。
ちなみに、私のように治癒魔法を扱うものは治癒魔法師という資格が与えられ、戦場では主に回復要員として本部に待機する。
足の早い補給部隊が前線に物資供給をする傍ら、けが人を運んでくるらしいのよ。
それを、本部で治療するんだって。
他の魔法の心得もある人たちは応急処置を施すために、前線組と行動を共にするらしいけどね。
では、医師とは何か。
この世界には治癒魔法があるのだから医師が必要ない――なんてことはない。
トト顧問がお祖父様から薬学を受け継いでいるように、私たちの世界にもあった医学というものは非常に重要な役割を担っている。
確かに上位の治癒魔法になれば風や熱は勿論のこと、果にはガンまで治すことが出来る。
勿論、
ただ、治癒魔法とはあくまで傷ついている状態に対して効く魔法であって、いわゆるワクチンのような予防には使えない。
そこで登場するのが医学と薬学だ。
例えば砂場で転んだ程度の傷は治癒魔法で治さない。そんな事をして子供を甘やかせば、その子供は菌への耐性がなくなってしまうからだ。
そうすれば、たちまち病弱な子供が増えるというわけね。
魔法が便利とは言え、そういった側面から魔法に頼りきりではいけないことがよく分かる。
「ん? 皆さん気をつけてください。
前方から複数の魔物が近づいてきているようです」
工場から一時間ほど歩いて移動しただろうか。
空から見ても遠くは霞んでいて工場は見えない。
そんな場所で魔物の大群と対峙することになった。
「恵子ちゃん、どう?」
「うん……確かに一杯いる。
数は、ざっと見ただけでも百はいるんじゃないかなぁ……
かなり、ヤバそうだね」
「全然、ヤバそうに見えないんだけど?」
「や、だってサイちゃんいるし?」
そんな私頼みにされても……
作戦を練るために地面へと降り立つ。
恵子ちゃんの見た敵の数や方向、動きなどを伝えながら話し合う。
「敵は三つに分かれて攻めてくるって本当ですか?」
「三組に分かれてたから、それは見間違いじゃないと思うよ?」
マイアちゃんの疑念はもっともだ。
そもそも、魔物とは破壊衝動を秘めているものであって知性を持っているわけではない。故に災害級のような知性のある魔物と違って本能で群れることはあっても、意図して集団行動をする、ましてや三組に分かれて挟み撃ちにしようなどと考えられるはずもないのだから。
「取り敢えず、私が先制するわ。
前方の一組をある程度減らせるだけでも対処しやすくなるでしょう?」
「何をする気ですか?」
ここを仕切っているのは彼女なのよね。
私が勝手に動くのが気に入らないのかしら?
まぁ、張り合うつもりはないけど、折角だし、新技を試したいのよね。
私は右手を胸の前まで上げる。
ボールを支えるような手付きをした私の手を白銀の炎が覆う。
「ぎ、銀色の炎?」
マイアちゃんは突然の出来事に驚いているみたい。周りの人たちも同様だ。
それは無理もない。これは精霊魔法であっても
「火の精霊王は私に火力を、力を与えるために魔力を高濃度に圧縮する能力をくれたわ。
そこで、考えたのが火の精霊魔法は本当に火を扱うものなのか?ってことね。
そして、色々試している内に行き着いた答えが、火の精霊魔法の本質は分子を操ることにあるってこと」
「分子を操る?」
「そうね……この世界で通じるか分からないけども、私の世界に置ける化学的な話をすると、この世界の全ては分子で出来ているわ。
運動量が多ければ多いほど発熱する。逆に動かないと冷える。
寒いところにいると自然と体が震えるのも、本能が体を温めようとするから起きる現象よ。
この火は魔力を振動させてまるで発火しているかの様に見せているというわけね」
魔力の塊というのが、精霊魔法によって生み出される炎の正体であり、火を自由自在に操れる理由だ。
「振動させて熱を出すことが出来るのであれば、その逆も出来るはずよね?
そうして出来たのがこの魔法。私は銀炎って呼んでるけど、その本質は対象を凍らせることにあるの」
「凍らせる?」
実際、銀炎と呼称するだけあって、その揺らめきは炎そのものだ。
では、なぜ凍るのか?
これが魔法の面白いところでもある。
日本において、火はただ火でしかなく、燃え上がり、燃え移るものであった。
それはこの世界においても同じだ。
しかしながら、精霊魔法によって生み出される炎は、火であって火ではない。
何故なら、見た目と構造が別物なのだから。
見た目はそのまま炎だが、炎の見た目をした魔力でしかない。
「そう、それと水の精霊魔法を組み合わせればこんな事が出来る」
手を挙げた私の頭上には複数の氷槍が構築されていく。
大分驚いているようだけど、多分驚いているのは氷の槍が現れたことじゃなさそうね。
「なんで、浮いてるの?」
そう、これがもう一つ必死に研究している技術、浮遊魔法だ。
風の精霊魔法の応用で対象を浮かせることが出来る魔法。
ただし、元が風の精霊魔法なので、あまり重いものは浮かせられない。
今、私が天馬の足場の原理を必要としているのも、足場による空中移動だけでなく、最終的には飛行魔法を開発するためなのだから。
そして、そのまま無数の氷槍を前方に見えてきた魔物の群れに放つ。
この一連の魔法だけでもこの世界では戦略級の力がある上に膨大な魔力を必要とするが、私の魔力保有量を考えれば大した量ではない。
そうして飛んでいった槍は、あるものは魔物を貫き、あるものは地面に刺さって一面を凍らせる。
数刻もすれば、そこには絶命して、あるいは生きたまま氷像へと変えられた魔物の姿が残る。
「あら、思ったよりすごい技になったわね。
確かに銀炎を練り込んでいたけど、まさか槍の周囲を凍らせるなんて予想外だったわ」
「え? サイちゃん、ぶっつけ本番だったの?」
「氷槍をつくるところまでは試したけど、実際に飛ばしたのは初めてよ?
流石に城の中でこれをぶっ放す訳にはいかないでしょ?」
放ってたら、また変なうわ――
「脳筋」
「流石です――脳筋聖女の名は伊達ではなかったってことですか……」
「これが、脳筋聖女の力か」
「なぁ、俺たち必要だったのか?」
あら? 脳筋聖女ってそんなに広がってるわけ?
私はただただ魔法の研究をしているだけのはずなんだけど?
大体、聖女なんだから後方で待機して治癒魔法をかける回復要員でしょ?
「相変わらず、相澤は予想の斜め上を行くな……」
「流石、才華さんだよね……自信なくすなぁ」
二人は少し落ち込んでるし、恵子ちゃんは『こんな魔法の使い方もあったんだぁ……』と感心している。
その後は二手に分かれて魔物達を殲滅。
流石に先のことまで考えて魔力は温存。霊刀メインで斬りつけ、狭霧幻華を使って囲まれるのだけは回避する。
恵子ちゃんは私に迫る敵を一体一体遠距離から仕留めていく。近くでは工場から派遣された魔法師が攻撃しつつ結界を張れるように待機しているから、魔物に襲われる心配もない。
「これで、あらかた片付いたわね」
「お疲れ様〜サイちゃん」
「お疲れ様。恵子ちゃん」
集合地点へと戻ると殆ど同じタイミングでもう一班も戻ってきた。
私が試しに近接戦を仕掛けたことについて話すと、もう一班からも疑問の声があがった。
「やはり、統率が取れているように見えました。
魔族の気配は流石にしなかったので、統率しているのは魔族以外だと思いますが……」
「貴方は、魔族の気配がわかるの?」
「彼女は先の戦いで魔法兵部隊の小隊長を勤めていたのよ!」
マイアちゃんが少し自慢げに語る。
仲間を守るために怪我をして引退したそうだけど、その感覚は未だに鈍っていないようね。
「となると、何か統率を取る魔物がいるということかしら?」
「聞いたことないぞ? 相澤は何か知ってるのか?」
「流石に私も聞いたことはないわ。文献にも載ってなかったしね。
ただ、相手が魔族じゃないなら人間側の裏切り者か魔物かでしょ?
だとしたら、魔物じゃないか――」
と言おうとした瞬間だった。
もの凄い雄叫びが周囲の木々を揺らす。
驚いて周囲を見渡せば近くに大きな黒い影が迫っているのに気づく。
どうやら、ボスのお出ましのようだ……
――
あとがき
あとで加筆修正するかも……
というわけで、今年もカクヨムコンが始まりました。
今年は本作と新作を加えた下二作の計三作品を応募しています(本日、三作品同時更新)。
私の性格と趣味、文体がそのまま出せていると思いますので、是非、こちらと合わせて評価して頂ければと思います。
・幾度も世界を救った少年は、再び世界を救う
https://kakuyomu.jp/works/1177354054889568324
・黄昏の巫女と愚かな剣聖
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