第25話 才女、泥棒猫と呼ばれる
「――って、ことがあったのよ」
今日は久々に街の食堂へと来ていた。
タイミング悪くトト母は外に出てしまったらしく、今は客席でぐったりしながら、同じくぐったりしてるトト顧問と留守を任され店主にしか見えないアビスに愚痴る。
「少しは自重するということを覚えたらどうだ?」
「それ、アビスが言う?」
私の魔力検査は週一ペースくらいで未だに続いている。
医師としても活動するアビスからすると、重要な研究材料らしくかなり熱心に隅々まで調べられるのだ。
結果的に最近は精密検査用の魔導具設備を使っている関係で、検査の度に下着姿にならないといけないのよ――アビスの前で。
アビスって無表情だからあれだけど、さすがに恥ずかしいのよね……
真剣だから無碍に出来ず、毎週毎週、約束どおりに研究室を訪ねているのだから私も相当なお人好しだと思うけど。
「それは何だ、すまん。研究のためだ許してくれ」
「本当は気になってる子の下着姿を見れて役得だと思ってるんでしょ?」
「……」
「アビス?」
メガネを右の中指で上げた状態で固まってしまったアビス。
まさか本当にそうなのかと一瞬心配になったのだけど、流石に研究のためと言うだけあって普段は下着姿だということをあまり意識してなかったみたい。
「すまない。すぐに否定するべきだったのだろうが、あまりにも突拍子のないことを言われて硬直してしまった」
「私は実はムッツリスケベでしたって言われても気にしないけど?」
「正直、毎回毎回いいデータが取れてるから続けているものの、意識しないように理性を総動員している」
って、こともないみたいね。
まぁ、意識されないとされないで、こうプライドが傷つくと言うかなんと言うか……意識されたら意識されたで恥ずかしいんだけどね。
「どちらにしてもだ。サイカは少し暴れ過ぎだろう?」
「あんまり意識したことはないわね」
「そう言えば恵子ちゃんだっけ? あの子はどうしてるの?」
「それが、私もここのところ会えてなくて……」
ルカに聞いたところ、そもそもここ数日の間、王宮にすらいないらしく、どこかに駆り出されているらしい。
むしろ、こういうのは幹部職のトト顧問の方が詳しいのではないだろうか?
まぁ、聞かれている時点でそれほど話題にされていないのだろうけど。
「ああ、それは小耳に挟んだ噂があるぞ」
逆に、普段からこまめに仕事をしているアビスが知っていた。
「サイカが聖女に認定された影響で、ケイコさんは戦力としてカウントされたそうだ」
アビスがさん付けってちょっと意外だけど、恵子ちゃんと親しいわけでもないものね。
それにしても何故、戦力カウントなのかしら?
別に戦力としては武神たちもいるわけだし、回復員でも問題ないと思うのだけど……
「確かに、最初はサイカの補助役として教会で洗礼の儀をという声もあったんだが、異世界人という理由だけでそうポンポン受けられるほど神様の加護とやらは安くないらしい。
アル司祭も頑張ってくれたんだが、総本山からのストップがかかってしまったそうだ」
あの教会の総本山は他国にあるという話は多少、アル司祭から聞いている。
折角だし何れは行ってみたいわね――恵子ちゃんの洗礼を蹴った仕返しをしに。
「それで、幾つか武器を持たせてみたら弓が得意らしくてな」
「弓?」
「なんでも、日本にいた時は弓道をしていたそうだ」
それは少し意外だった。
礼儀正しいところがあるから、華道とか茶道はやってるだろうなぁとは思ってたけど、まさか弓道だったとは……
私は、剣道と茶道だったから弓は分からないのよね。
「それで、この世界の
「弓と精霊魔法を組み合わせて使うのかしら?」
「大体その解釈で間違ってない。
殆どの者は精霊魔法を多用に扱えないから、下位互換の属性魔法を使うことが多い。
ただ、ケイコさんは異世界人ということもある。保有魔力も申し分ないから、訓練さえ積めばあっという間に精霊魔法を駆使する弓魔攻術士になるだろう」
中々にいい構成にも見える。
まぁ、両手剣がタンクじゃなくてDPSなのかと言われれば微妙だけども。
「サイカはヒーラーというよりも遊撃士だろう?」
「……。まぁ、確かに剣と銃を持ち歩いてるヒーラーは中々いないわよね」
自身の置かれた状況を考える。
今日は食堂で料理することが目的だったから制服を着て来ているわけではないけど、常日頃から剣と銃を持ち歩いているのだから「
でもね、脳筋ヒーラーなんて幾らでもいるものよ?
現実は知らないけども……
「それに、神聖魔法は使えないが、俺も医者の端くれだ。ある程度なら補助も出来るだろう。
物理的にではあるがな」
「そこら辺は心配してないわ。
貴方の実力は最初からアテにしてるし」
「そうやって、お兄様を口説くのはやめて下さい――この泥棒猫!」
「……は?」
突然、そんなことを言われて目をやれば白いワンピースに身を包んだ女の子が私を指さしている。
誰?
「マイア。普通に挨拶出来ないのか?」
「お兄様はこの女に甘すぎです!
どこの誰だか知りませんが、口を開けばすぐに『サイカ、サイカ、サイカ』。
研究熱心なお兄様が一体どうしたと言うんですか!?」
アビスってそんなに私のことを家で話してるのかしら?
確かに、なんだかんだで一緒にいる時間はルカの次くらいに多いかも知れないけどね。
「ふふ、マイアちゃん」
「トトお姉様?」
「あまり、外で才華のことを悪く言わないほうがいいわよ?
何せ、この子が今、世間を騒がしてる噂の聖女様なんだから」
「なっ――あ、あの脳筋聖女ですか!?」
あら、ちょっと待って?
その失礼極まりないあだ名を付けやがってくれた方は何処のどちら様なのかしら?
流石に私も許容出来ないわよ?
「そんな風に睨まれても困るのだけど?」
「とぼけないで下さい!
貴方が召喚されてからというもの、お兄様はずっと惚けてらっしゃいます!!」
「それも初耳ね。少なくとも私が見ている限りは普通に仕事をしているように見えるし……
どうなのトト顧問?」
「うーん。考え込むことは増えたかも知れないけど、仕事に支障は出てないよ?」
惚けてることはあるのね……
「そういう問題ではありません!
私のお兄様が他の、それもどこの野蛮な世界かも分からないところの女を想うなど、あってはいけないことです!!」
「野蛮な国って……。私のいた国はこの国と違って戦争放棄を憲法で定めているのよ?」
「なら何故、武神様にも勝てたのですか!?
おかしいでしょう? 彼らはこの国の最高戦力なのですよ?」
「武術は伝統芸能として習う人は習うわ。
それに、武神たちと同じ素質も異世界人である以上、同等かそれ以上に持っているのだから別に不思議ではないでしょう?」
流石に言い返せなかったのか押し黙るマイアちゃん(?)。
お互い睨み合った状態が続いたのだけど、間に入ってくれたのは意外にもトト顧問だった。
「それで? マイアちゃんは何しに来たの?
別に才華に会いに来たわけじゃないでしょう?」
「はい……。実は工場の近くで魔物が見つかって、お兄様経由で軍に出動して頂けないかと思ったのですが……」
「それは丁度よかった」
何が丁度よかったのかは分からないけど、目の前には先生が来ていた。
最近は実際に体を動かすことが多いから、先生はどっちかというと習熟度の管理をしてくれている。
練習メニューも先生が組み立ててくれていると聞いたことがある。
とはいえ、何の予告もなくいきなり現れないで欲しい。
唐突すぎて少しびっくりしたわ。
「実は、マモル君もクルト君も、そして、今は別で修行中のケイコ君もいい感じに仕上がってきたようなので、ここらで一回実戦経験を積ませてみようということになりまして」
「こないだ見た時はまだ木刀振るってたけど?」
「あの時間は軍も忙しいですからね。基礎訓練を個人でしていたのでしょう。
まぁ、そんな訳で魔物討伐の件は私に任せて頂けませんか?」
「大丈夫なんですか?」
「ええ、勿論です。マイアさんの運営する工場で作った調味料は私も好きですからね」
意外だったのが、実はマイアちゃんがトト母の工場の後継者らしい。
私と対して歳も変わらないように見えるんだけどね……
成人は十五歳だし、意外とこの世界だと普通なのかしら?
何れにしても、近々皆で魔物討伐に出ることになりそうだ。
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