第22話 才女、諦めた
私はもう諦めた。
何に?――って?
聖女って呼ばれることによ。
この制服を着るようになってから既に数日、どこに行っても「聖女様」「聖女様」「聖女様」。
私が聖女って呼ばれるのを嫌っていると知ってるルカとか、アビス、被召喚組は今まで通り名前で呼んでくれるんだけどね……
そう言えば、銃を貰ってきたわ。勿論、二つ。
ただ、何かこれは暫くの間の貸出用とかなんとか。数日の間はこれを使っていて欲しいとか言って渡されたものなのよね。
また、霊刀みたいな国宝級の何かを渡されるのだろうか?
流石にそれはないと思いたい。
というより、そもそも勇者になるであろう鎮とか来斗とかに渡しなさいよって話よね。
最初に貰うのが私でいいのかしら?
こう、ファンタジーなゲームらしく杖とかならまだしも日本刀って……
いや、頼んだのは私なんだけどさ。
「サイカ様お疲れですか?」
「身体的にというよりは、精神的にね……」
「私は鼻が高いんですけどね。だって、私のお仕えする方が有名だなんて、普通だったらありえないことですよ?
これほど誇らしいことはありません。従者冥利に尽きるというものです。
それに、教会の司祭様が作ったというその服もとってもお似合いですよ?」
「ありがとう。実は私も凄く気に入ってるの。機能面も申し分ないし、凄くいい感じ。
数日中にもう数着用意してくれるそうだから、そしたら洗濯とかルカの負担も減らせると思うわ」
アル司祭の裁縫好きも凄いもので、既に数着貰っている。
凄いのがその全てが手作りなのに全く同じ出来だということよ。
幾らパターンの厚紙があるとは言え、ここまで寸分違わず手作業だけで精巧に作れるものなのかしら?
「さてと、そろそろ外に出てくるわ」
「今日はどちらに?」
「軍本部に少しね」
例の銃に関して何か報告が貰えるらしい。
らしいというのは、今日になったら再訪問するようにとお願いされたのよ。
少し気は重いけど、まぁ、諦めてしまえば少し気は楽になるというもの。
サクッと行ってサクッと帰ってきましょうかね。
† † †
着いた。
と言っても、実は軍本部は歩いて行けるところにある。
まぁ、食堂に行くのと同じくらいには時間が掛るんだけどね。
おかげでまた色々と声を掛けられてしまったわ。
「これはこれは聖女様。よくぞお出で下さいました」
ほらね?
「ええ、約束通り来たわよ? それで報告って何かしら?」
「こちらを」
まるで変な裏取引でもしてるのかと突っ込みたくなるような仕草で、机の上に置いたアタッシュケースを開いて見せられる。
中には十字紋様の入った黒と白、二つのリボルバー銃が顔を見せる――と思ったのだけど、よく見たら
それに少し平べったい感じ。いわゆるエンフィールド・リボルバーみたいな構造のやつね。
まぁ、このシリンダーはどうやら私の知っているシリンダーとは違うようだから、当然、リロード用の機構がない。
エンフィールド・リボルバーと言えば、先端の筒を倒してシリンダー部分を露出させてリロードする特殊な特徴を持つ。
一般的なリボルバーはシリンダーをスライドしてリロードするんだけどね。
でも、これはその機構がないから折り曲げる際に使う繋ぎ目がない。
その分、デザイン性はある。中々に教会の雰囲気と合ったデザインね。この服ともよく似合うわ。
「気に入って頂けましたか?」
「ええ。でも、これはどうしたのかしら?」
「実は聖女様もご存知、ヴェル・ド・ユグミル殿に製作を依頼をしまして、このように仕上がりました。
デザインは教会の司祭、アル・ブリューソー殿が担当されました。曰く、聖女殿の制服のことは誰よりも知っているとか。元々、彼のデザインでしたもんね。
そして、そのままデザイン通りの出来かどうかをブリューソー司祭殿に確認して頂き、問題がなかったので降霊の儀を行って貰いました」
「降霊の儀?」
「はい。降霊の儀とは製作した創作物に対して霊格を頂く大切な儀式です。
例えば、聖女様のクロシェット・アイレもそうやって出来たんですよ」
なるほど、確かに精霊王から与えられたとは言え、霊格の依り所はこっちで用意しないと失礼な話よね。
これは私専用にわざわざ製作してくれたらしい。
うん、優遇されすぎじゃないかしら?
「クロシェット・アイレは風の精霊王より霊格を頂いていますので、こちらの黒の銃には炎の精霊王より霊格を、こちらの白の銃には水の精霊王より霊格をそれぞれ頂いています。
試し撃ちを取り敢えずしてみましょう。場所も既に用意させて頂いています」
さて、この二つには一体どんな力が宿っているのかしら?
そんな期待を胸に案内されたのは射撃訓練場。ギャラリーはいるけども完全に貸し切りね。
「ではまず、黒の銃からですね。ちなみに、聖女様の世界と銃の構造が違うと伺っているのですが、使い方に不明な点などはありますか?」
そう、初めて銃に触れて何に驚いたって、銃なのに弾がないことよ。
何を撃ち出すかって魔力そのもの何だもの。
私みたいに無尽蔵に持ってれば話は別かも知れないけど、普通の人はそういう訳でもない。これもそこそこの年代物らしくって、ずっと使い手がいなかったんだとか。
で、どういう構造かというと、シリンダーに魔力を圧縮保存するガラス管が埋め込まれていて、絶えず魔力を吸収圧縮。
一定量まで到達すると魔力の吸収をやめるというものらしい。
魔力の保有量に余裕がある場合は打ち出してシリンダーが六分の一回転する頃には、ガラス管への補給が終わってるらしい。
勿論、私の場合もね。
「その通りです。流石、聖女様。
ですが、この黒い銃にはもう一つ機能がございます。これが炎の精霊王から頂いた力ですね。
魔力を流し込む感覚は分かりますか?」
「流石に魔法自体、この世界で触れたものだから魔力を流すとなると微妙ね……」
「なんと言うか、手のひらに力を込める感じです」
よく分からないけども、日本の漫画には気をためるなんて表現があるのよ。だから、そのイメージで……
あれ、黒い銃を持つ右手に意識を集中したら光り始めた。
こないだの洗礼の儀の時みたいね。
だけど、何か光が収縮してる? シリンダーも高速回転し始めたわ。
「炎の精霊王から与えられた力は圧倒的な火力。
通常の魔力圧縮から更に一段階、魔力を高濃度圧縮する力です」
なるほど、シリンダーが高速回転しているのは高速で補充される魔力を、更に圧縮するための動作だったのね。
そして、ある程度溜まったかなぁ。と思ったタイミングで引き金を引く。
その時の衝撃と言ったら……
練習場が丸々吹っ飛ぶかと思ったわ。
「ま、まさかこれほどの威力とは……」
確かに、こないだの雷並に私も驚いたわ。
少なくとも修復に時間がかかるほどの傷跡が練習場に残ってしまった。
更にサイレンが鳴り響いている。
「やりすぎた?」
「いえ、このくらいは稀にあることなのですぐに事態を把握して終息しますよ」
なんとも逞しい。
ただ、この銃はロクに試し打ち出来なそうね。
実践で使うようなことがあれば、そのタイミングで慣れるしかない。
完全に暴れ馬だ。
「それで、白い方はどんな力が宿っているのかしら?」
「そうですね。本当はネタばらしするか迷っていたのですが、折角なのでお教えしておくと、治癒系の魔法を撃ち出す力を宿しています」
「なるほど、治癒魔法を覚えないと?」
「はい。本来魔力を圧縮する機構を宿す魔法銃ですが、そのシリンダーの役割を治癒魔法を圧縮するというものに変えたのが水の精霊王です」
ますます治癒魔法を覚える必要が出てきた。
楽しみは増えた方がいいのだけど、何か増えすぎて収集つかなくなってきてる気もする。
それと、治癒魔法は神聖魔法――つまり、系統外となる聖属性の魔法のはずなのだけども、何故、水の精霊王がそんな力を付与できたのかしら?
聞いてみると、治癒魔法と水属性は相性がいいらしい。
他にも、神聖魔法に該当する魔法には精霊魔法と相性のいいものもあるらしい。
意外と奥深いのね魔法って。
「それと、これがホルスターです」
アル司祭はホルスターも用意してくれたみたい。
太ももに付けるタイプのものみたいね。
「流石、アル司祭ね。とってもいい感じだわ」
「通常、魔法銃は手に持っていないと魔力の充填が出来ないのですが、このホルスターも特別製でホルスターに入れている間も充填が出来ます」
本当に何から何まで特別ね。
これが私だけじゃなければ何とも思わないんだけど、他の三人を見ている限りは私一人なのよね……
まぁ、治癒魔法の講義を受け始めてからというもの、連日のように見学者もとい暇な貴族たちが押し寄せてくるから気にしないようにしてる。
さて、じゃあ早速だけど使ってみましょうかね。
左手に治癒魔法を集中させる。
淡い黄緑色の光りが白い銃へと収束していく。
それをそのまま彼に向かって撃ち出した。
「え?」
彼は驚いた顔をする。
まぁ、高々数日で治癒魔法を使えるなんて普通は思わないわよね。
「治癒魔法を会得されたのですか?」
「会得したとは言い難いわね。何せまだ簡単な傷くらいしか治せないもの」
「だとしても数日でとは……」
こんなものはいくら難易度が上がろうが何しようが、反復練習でどうとでもなるものよ。
それに、勉強と違って魔力を操る感じだったし、湯船に浸かりながらとか割とスキマ時間でこなせる。
「ただ、あくまで擦り傷とか料理してて手を切っちゃったとかそういうのだけね。
練度を上げれば病気の治療まである程度出来るらしいから、もっと頑張んないとね」
実はルカにはまだ見せてない。
どうせなら完成形を見てもらいたものね。
何れにしても、これで遠近両用のフル装備になったわ――って、聖女はどこ行った……
完全に被召喚メンバーの中で一番重武装なんだけど?
そもそも聖人っていうのが別に教会の人と言う訳じゃないにしても、重武装の人が人格高潔と言えるのかしら?
まぁ、悪いことには使うつもりもないから問題ないんだろうけどね。
遠隔の回復方法は今の所ないって聞いてるし、これで中距離程度なら遠くから回復が可能になるかも知れない。
私のやることは、まだまだありそうだ。
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