第21話 才女、外堀を埋められる

 渡された服は一応シスター服なんだと思うけども、動きやすそうな構造をしている。

 普通シスター服って言ったら長いスカート、まさに今、エルが着ているような服だと思うんだけど、何故か白いミニスカートな感じでヒラヒラしている。

 スカートには大きめのベルト。多分、霊刀の事を聞いて用意してくれたのでしょうね。

 靴はブーツになっていて、黒いニーソックスも履いた。

 上は黒い肩の出た服。露出が多そうに見えて首は通してるから胸元は隠れてる。

 ただ、私そこそこ胸はある方だから、むしろ目立つ気もする……

 上着は藍色で、袖裾も大きい。裾にはスリットがあって、中には白いレースの別の裾が見える。特に目を引く特徴は二の腕の辺りを回して胸元で止めただけの構造でしょうね。

 重さはない。何か特殊な素材でも使っているのかしら?

 上手い具合に出来ていてバサバサと広がることもない。刀を振る時に邪魔にならなそう。

 頭にはシックなデザインの白いカチューシャ。

 日本にも戦巫女なんて呼ばれるキャラクターもいたわけだけど、戦闘用の衣装か何かなんでしょうね。


「よくお似合いですよ聖女様!」


 着付けたエルが嬉しそうに言う。

 確かに肌触りもいいし、サイズもピッタリで中々着心地がいい。


「肩が出ているとは言え、こんなに暑苦しい恰好なのに、むしろ涼しい気がするわね」


「本当ですか!?」


「ええ。――そんなに驚くこと?」


「聖女様用に急遽用意した正装なんですが、実は生地には風の精霊王の加護が付与されていまして、夏は涼しく、冬は温かい気温調節機能が備わっているんです。

 ただ、この機能は万人に使えると言うわけではなく、風精霊に気に入られないと使えないんですよ……」


 精霊に気に入られるって、どういうことかしら?

 確かに精霊にはちゃんとした意識もあるけど、お願いすればまず間違いなく聞いてくれる。

 それに、精霊魔法に適正というものがあるのだとすれば、こないだのダムでの一件で指摘されているはず。

 特に驚きもされなかったということは――違うのかしら?


「それは、あれですね。『まぁ、聖女様だし? 出来て普通じゃね?』とか思ってたんじゃないですか?」


「何度も言うようだけど、私は聖女になった覚えは――」


「聖女は生まれつき体に宿す才能、あるいは特異体質みたいなものです。

 聖女様がなんと言おうと、既に聖女としての片鱗を見せつつある以上は諦めて受け入れてくださいとしか言えませんね……」


「その上、この格好だものね。完全に外堀埋められたわ」


 まぁ、幾ら聖女と呼ばれようが何しようが、どう行動するかは私の自由なわけだし?

 それが原因で聖女と呼ばれなくなればなったで別に構わないし、もう適当に呼ばせておくしかないわよね。

 それと、純粋にこの正装が気に入った。

 これにあと銃があると丁度いいのだけど……


「ハンドガンタイプの銃はないのかしら?」


「銃ですか? ここにはありませんが、王宮の軍部には在庫があると思いますよ?」


 これは後で刀をくれた彼に相談して譲ってもらわねば。

 どうせなら二丁くらい譲ってくれるといいのだけども……

 なんて事を話しながら準備を終え、先程の大きな部屋へと戻る。

 そこには司祭含めて複数人の貴族がいた――ナンデ?


「アル司祭。貴族の方々が何故ここにいるのかしら?」


「はい。実は今日も非番だって貴族の皆様から是非、聖女様の洗礼式を見たいと打診されまして、折角なのでご招待したんですよ」


 昨日も非番で、今日も非番。

 仕事してるのかしら?


「では、こちらに――」


 気にしても仕方がないから言われた通りに進み出る。

 儀式は非常にシンプルだった。

 儀式場には複雑な魔法陣が描かれていて、その中央に片膝を付き、右手でロザリオを持って強く神を想う。

 司祭が何やら口にすれば魔法陣が光り、何か暖かなものが体へと流れ込んできた。

 驚いて目を開けてみれば、魔法陣に呼応するように体が白銀に輝いていた。


「聖女様。そのまま祈り続けて下さい」


 不思議な現象に思わず見とれてしまったけど、儀式を失敗するわけにはいかないから、慌てて目を閉じて祈る。


「お疲れ様です。これで洗礼の儀が終わりました」


 そう言われて目を開く。

 すると、服の周りに精霊が群がっていて私には白く輝いて見えた。

 最初は精霊視のせいだと思っていたのだけど、貴族たちの方から『おお! 後光が差して見える』『流石、聖女様だ』とか聞こえるから、多分、私に見えているほどハッキリではないんでしょうけど、一般人にも何か薄っすらと精霊たちの存在が分かるみたい。


「ふふ、素晴らしい霊気ですね」


「私は文献で魔力が人の宿すもので、霊気は神の力って学んだんだけど?」


「確かに、霊気の強さは神の加護の強さで変わります。

 普通、目に見えるほどの霊気というのは神が一から創造したもの、例えば貴方の持つ霊刀のようなものに宿ります。

 しかし、我々のように洗礼を受けた者は神の加護が与えられます。

 その中でも、神に認められた聖人、聖女には強い霊気が与えられるのです」


 私は神様に会ったらぶん殴ってやろうと思ってたんだけど?

 罪滅ぼし? それとも、私みたいな小娘にビビっちゃった系の小心な神様なのかしら?


「いやぁ……それにしても、これほどまでとは。

 神も貴方が聖女になることを強く望んでおられるようです」


「辞退したいのだけども?」


「まぁ、もう無理でしょうね」


 周りの貴族の反応を見れば分かる。

 嘘も塗り固めれば本当になるのだとすれば、状況証拠が出回れば証拠になってしまうということ。

 そして、この世界の貴族の口の軽さは既にダムで経験済み。つまり、見られた時点でアウト。


「というわけですので、明日からもその格好でお願いしますね。

 それにしても良かったです。その服、自信作だったんですよねぇ〜」


「――っ!???」


「ああ、実はこう見えても裁縫が趣味だったりしまして、たまにここで裁縫教室を開いたりもするんですよ?」


 流石に想定外だ。

 エルフで知識豊富なのは別にいい。多趣味なのも別に構わない。まぁ、私が人のこと言えないだけなんだけども……

 ただ、二十五歳にしては十代と見間違うような若々しさと爽やかさを兼ね揃えて、しかも裁縫が趣味とか女子力が高すぎる。


「これを一日で?」


「はい! 聖女様が召喚されてからというもの、噂は色々と聞いていましたから小耳に挟んだ容姿に合うようにデザインはしていたんです。

 そしたら、昨日の夜に『明日には来てくれ! あと、霊刀も渡しちゃった』って王様に言われたので、急遽デザインを変更してベルトを組み合わせて、更にサイズを侍女長から聞き出して、徹夜で制作したんですよ?」


 その割に細部まで丁寧に縫われている。

 じっくりと観察すれば、なるほど、確かに隈ができているようにも見える。


「あまりよろしい使い方ではありませんが、治癒魔法は疲労回復を促進させることも出来ます。

 もっとも、その反動が後で返ってくるので、その場しのぎにしかなりませんが……

 ですので、多用は禁物ですが、忙しい時に一日徹夜をする時なんかには非常に便利ですね」


 誤魔化すのと違って、ちゃんと軽減しているのだから問題ないような気もする。

 それに、それだけ集中力が続くっていうのも凄いわよね。


「ありがとう。制服みたいなものがあるのは少し嬉しいわ。

 それに機能的なのもとっても気に入った」


「それは良かった。これでやり直しを喰らったらどうしようかと」


 王族相手ならあっても不思議じゃないけど、余程のクレーマーでない限りは文句の一つも言わないと思うけどね。

 着るか着ないかは別として貰っといて損のない出来に見えるもの。

 というわけで、結局、聖女の正装として知れ渡ることになった。

 ちなみに、後日、ちゃんと予備の数着も用意してくれた。毎日同じ服っていうのもあれだけど、まぁ、制服と思えば仕方ないのかしらね。


「さて、今日の講義はどうしますか?」


「暫くの間はアシュレイ家の料理教室で出された課題もしないといけないから、午前中だけでお願いしたいのだけどもいいかしら?」


「ええ、もちろん構いません。彼女の方が先だったわけですしね。

 となると、今日はこれでお終いですね。王宮へ戻る頃には昼になっているでしょうから」


「慌ただしくてごめんなさいね」


「いえいえ、お気になさらず。明日もお待ちしておりますね」


 こうして、教会訪問は無事に終わった。

 明日からはいよいよ実技講義開始ね。

 この時はまだ、面倒なことになるなんて想像もしていなかったのだけどもね……

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