第19話 才女、王様に報告する

 朝早くに工房を出たこともあって、昼には城へ戻った。

 試作品のサスペンションも無事に取り付けられていたようで、特に不具合が起きることもなく真っ直ぐに帰ることが出来たのだ。


「それにしても、凄かったわね」


 砂利道をものともせず、スイスイと戻ってこれた。

 お蔭で今まで見る余裕もなかった景色まで楽しめたのだ。

 自分で提案した事とはいえ、ここまで上手い具合に作れたのは、彼らがそれだけの向上心と実力を持っていたからだ。

 いずれ改めてお礼に行かないとね。


「お、戻ってきたか」


 最初に出迎えてくれたのは、庭園で素振りをしていた来斗だ。

 手には剣を握っている。この世界にも日本刀はあるって聞いたけど、来斗は騎士剣を選んだみたいね。

 両側に刃が付いているから扱いやすいと言えば扱いやすいのかも知れない。


「日本刀は選ばなかったの?」


「ん? ああ、いや使ってみたんだが、重さがしっくり来なくてな。

 俺のは両手剣だが、鎮のやつは盾も使うとかで片手剣を選んでたよ」


「なら日本刀は残ってるのよね?」


「? ああ、残ってるが――って、まさか?」


「そのまさかよ」


 近くにいた兵士にお願いして日本刀を用意してもらう。

 その刀を鞘から抜いてみると、漆黒の刀身が顔を見せた。


「綺麗な刀ね」


 漆黒の刃の表面に淡い水色の光が見える。これが霊気なんでしょうね。

 何となく霊気を帯びているように見えるのは、私の精霊視のせいかもしれない。

 正直、あの川よりも強い力を感じる。


「この刀はカルディア王家の受け継ぐ霊刀の一つでして――」


「え? 霊刀?」


 聞けば、精霊がいるこの世界には実体化こそしないものの、いわゆる精霊王的な存在がいるわけで、この霊刀シリーズもその精霊王から授かったものなんだとか。


「そんな、家宝とか国宝になりそうなもの預かって大丈夫なの?」


「むしろ、サイカ様にこれを渡さなかったら上官に左遷されます」


 え、私の存在っていつからそんなに大事になったのかしら?

 もしかして、既にダムでの顛末が知れ渡ってたりして……

 考えたくない。

 取り敢えず、くれると言うんだから、ありがたく貰っといて王様に会いに行こう――と、のんきに考えていた時期が私にもあった。

 訂正。滅茶苦茶、大事になっていた。


「おお、よくぞ戻ったサイカ殿。

 何やら素晴らしい功績をあげたと聞いておる。

 何があったか報告してくれないか?」


 威厳に満ち溢れていたように最初は見えた王様だけど、例の一件以降は素に戻ったらしい。

 まぁ、殿下があんな感じだし、王様が似たような感じでも不思議ではない。

 問題なのはまた、王の間が使用されていることと、押し寄せてきた貴族たちよ。

 たかが小娘の話を聞きにこれだけ集まるとか、どんだけ暇してるわけ?


「私から報告するよりも、ティシャが書状をしたためてくれたから、それを見たらどうかしら?」


 懐にしまっていた書状を取り出して渡す。

 受け取ったのはガロワ宰相だ。そのまま、書状を読み耽っている。

 てっきり、概要だけ話すのかと思いきや、なにやらため息を付きそうな微妙な表情のまま書状を王様に渡した。

 王様自身も概要だけ聞かせてくれるものだと思っていたのか驚いている。

 とはいえ、自分の目で見ろということは、彼らにとってそれだけ重要な情報が書かれているということだ。

 王様も無視は出来なかったのだろう。


「な、なんと!」


 そう言えば私、中身確認してないんだけど大丈夫よね?


「大型の魔物をダムで発見。

 わずか数分で聖女様の神罰によって撃沈。

 現在、魔物の発生原因を究明中。至急、専門チームの派遣をお願いしたい――だそうだ。

 流石だなサイカ殿。まさか、魔物を討伐してしまうとは……ところで、神罰って?」


 それは、私が聞きたい。

 私はただ自然現象を精霊魔法で人工的に発生させただけであって、別に神罰と言えるようなことは何もしていない。

 そりゃあ、威力は凄まじかったけども……


「身に覚えがありません」


「まぁ、百聞は一見に如かずという言葉がある。

 見ないとその凄さは分からないのだろう」


 何か本当にこの国って日本に毒されすぎてるわよね。

 なんで、日本の諺が普通に使われてるのかしら?


「ところで、先程報告で霊刀を受け取ったと聞いたが本当か?」


「ええ……。コレがそうなのよね?」


 先程受け取った日本刀を抜く。

 周囲の貴族からは感嘆の声があがった。


「うむ、まさしく。その刀はサイカ殿もよく知る日本刀だ。

 風の精霊王から授かった代物で、名をクロシェット・アイレと言う。

 試しに刀を振るってみてはくれまいか?

 正当な持ち主として認められれば、鈴の音が聞こえるはずだ」


「適当に振ればいいのかしら?」


 久々に刀を持てて少しテンションがあがっているのもあって、思い切って抜刀術を使ってみた。

 一閃、二閃――基本的な剣術ではあるけども、達人がやればやるほどにキレの凄さが変わる剣術だ。

 どうやら、私の剣も悪くはなかったらしく、むしろ異世界人には凄い剣術のように映ったみたい。

 変に歓声を挙げられてしまって、ぶっちゃけ迷惑。

 剣を振るたびに、鈴の音の様なものが聞こえた。

 なるほど、アイレクロシェットか。


「これの名付け親は日本人ね?」


「何故分かった?」


「何となくよ」


 実際、たまたまスペイン語とフランス語をやっていただけに過ぎない。

 まぁ、彼らはそれすら知らないのでしょうけども。


「いずれにしても、その刀はサイカ殿のものだ。

 思う存分活用してやってくれたまえ」


「ええ、分かったわ。いい感じに手に馴染むし丁度よかったとも思うしね」


 こんな名刀を貰わないなんて勿体ない。

 それに、これが音のなる武器だとすれば、例の音楽で支援する魔法の研究と組み合わせれば良い攻撃パターンを作れるかも知れない。

 やることがどんどん増えていくわね……


「そう言えば、一つお願いしたいことがあったわ」


「ほう、珍しいな。よかろう。申してみろ」


「神聖魔法を習いたい。先生では神聖魔法を習えないから。

 何かあった時に治癒魔法くらいは使えるようになっておきたいと思ったのだけど?」


「確かに、それは重要な事柄だ。

 すぐに教会に指導者を用意するよう掛け合っておく。

 明日には使いの者を部屋に向かわせるから、部屋で待機していてくれ」


「了解したわ」


 そんなこんなで、後日、神聖魔法を習えることが決まった。

 まぁ、料理もしないといけないから暫くはちょいちょいって感じなんだけど、早めに出来るようにはしておきたいわね。


 † † †


「サイちゃーん!」


 部屋に戻ると先に戻っていたルカと恵子ちゃんが待っていた。

 会うのは数日ぶりだけど、そんなに久しぶりって程でもない。

 だけど、恵子ちゃんは相当寂しかったようで、いきなりタックルを食らったわ。

 後ちょっとズレてたら多分入ってた……


「何か、凄い大物倒したって聞いたけど本当なの?」


「確かに、その解釈で間違いはないけど……

 別に私一人でって訳じゃないからね?」


 実際、魔導砲で先に傷つけていたからというのもあると私は思っている。

 中々に高威力だった魔導砲を四発受けて、傷しかつかなかったのだから、恐らく無傷のところに雷を放ったところで大したダメージにはならなかったんじゃないかと思っている。

 つまり、魔導砲がなければどのみち倒せない相手だったということね。

 まぁ、説明したところで誰も信じてはくれないかも知れないけど。


「それにしても、色々あって疲れたわ。

 折角、恵子ちゃんいるし、こないだのお返しをしてもらおうかしら?」


「こないだのお返し?」


「そう、膝枕のね」


 そのまま、恵子ちゃんの膝に寝転がった。

 柔らかい。鎮とか来斗の膝も柔らかいのかしら?

 まぁ、鎮は恥ずかしがるだろうから、お願いするなら来斗ね。


「そうだ! 実はねサイちゃん。

 こないだメイドさんに聞いたら良いもの見つけちゃったんだ!」


「いいもの?」


「これ、なーんだ」


 出てきたのは耳かきだった。

 恵子ちゃんは私を横向きにさせると、ゆっくりと耳かきで掃除を始めた。

 これが凄い気持ちいのよね……


「ずいぶん上手なのね?」


「よくお父さんの耳かきとかしてたんだよ?」


「なるほど、慣れているわけね」


 この膝の柔らかさとかき心地、凶悪ね――

 そのまま、少一時間ほど眠りこけてしまったのは、わざわざ説明するまでもないと思う。

 いよいよ、明日は教会の人と会うらしいし、英気を養っておかないとね。

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