第18話 才女、帰還する

 どう見てもやり過ぎた感はあるけども、仕方ないわよね?

 こっちは打つ手なかった訳だし?

 むしろ、私がやらなかったら街に被害が出ていたかも知れない訳で……

 そう、これは正当防衛。正当防衛よ!


「いやぁ、凄い威力でしたねぇ……」


 すみません。反省してます。ええ、それはもう、少しは自重しようと考えるくらいには。

 それは、まぁ、普通より少し多く帯電させたら面白そうだなぁとか思って、どう考えてもオーバー気味に無理やり帯電させたけども、流石にここまでの威力になるとは想像もしてなかったわ……

 川に雷が落ちる映像とか見たことあるけど、あれよりも多分凄まじい。

 実際、兵士の何人かは流されたらしい。

 ――え? 人殺し?

 幸いというべきか、彼らが優秀すぎるのか、即座に水中呼吸を行う魔道具を付けて流れが収まってから陸に上がったらしい。

 つまり死人はいない。結果オーライ。


「私が想像していた以上の威力になってしまったのだけど、ダムの方は影響なかったかしら?」


「細かく調査してみないと分かりませんが、表面上は問題なさそうに見えますね」


 流石、精霊の加護が付与されたダムといったところだろうか。

 私の攻撃が原因で決壊して、街が飲み込まれたとか言ったら洒落にならないものね……

 トトママとか、恩を仇で返す的な感じになってしまうもの。そうならなくて本当に良かったわ。


「取り敢えず、一件落着ってことでいいのかしら?」


「まぁ、そうなりますね。脅威は排除できましたので、残りの調査は後日、我々の方で行っておきます。

 聖女様は工房に戻られた後、早めに城へお戻りになられた方がいいでしょう。

 そこの二人を護衛に付けますので、準備が整いましたら二人に声を掛けてください」


「分かったわ」


 そんなこんなで、早めに城へ戻ることになった。

 サスペンションが完成してるといいんだけど……

 流石に、また戻ってこいとか言われたら、魔法覚えたほうが早い気がするものね。


† † †


 数日後。

 外では数人が私の乗ってきた馬車を弄っている。


「馬車になにかあった?」


「ん? おお、サイカ殿。

 実はサスペンションの試作品が完成しまして、実際に取り付けてみているところです」


「振動の軽減はどこまで可能になったのかしら?」


 別に形だけ作って水を入れとけばいいという訳ではない。

 流体摩擦による振動軽減を行わねば何も意味がない。


「まだ、試しに計測しただけですが、60%くらいは軽減出来るようになりました」


「へぇ……。初めて作ったにしては上出来ね。最終的には90%を超えたいところだけども」


 それは、魔法を学んで魔法に頼らないと、流石に難しいかもしれないわね。

 ただ、とりあえず、衝撃が半分以下になったことを喜ぼう。

 正直、ここまで上手くいくとは思っていなかった。

 というよりも、1週間もかからなかったことに驚いている。

 今回の試作で60%を超えたのなら、近い内に性能ももっと向上するでしょうしね。


「今は取り付け作業と動作確認をしている最中です。

 最終的な調整も含めて今日の夜までには完成させます」


 私は振り返り、ルカに聞く。


「そう。なら、出発は明日の朝かしら?」


「はい、それで問題ないと思います。

 王様に報告する必要は確かにありますが、既に脅威は排除していますし、招集を受けている訳でもありませんから」


「脅威?」


 流石に起きた出来事が中々に厄介だったこともあって、工房の人たちはまだ知らないらしい。

 軽く大型の怪魚について話をすると……


「そんなものが!?

 いやぁ、しかしあっさり倒してしまうとは流石サイカ殿」


 と褒め称えられる始末。

 私のことを完璧超人か何かと勘違いしてない?

 私だってなんでも出来る訳ではないのよ?

 何にしても、このサスペンションに関してはこれで一区切りつきそうだ。

 ルカを連れて部屋に戻り、遅めの昼食を取る。


「それにしても、ここの魚は美味しいのね」


 今にして思えば、怪魚なんて魔物を見た後によく魚なんか食べたなぁと思うが、気にならないほどに美味しかったのもまた事実。

 ただ一つ言いたいことがあるとすれば、日本で出したらゲテモノって言われるような見た目をしていることだろうか?

 いや、本当に、よく平然と食べたわね私……


「この魚は先程のダムよりも上流に生息する魚でして、希少価値も高く市場には出回らないのですよ。

 なので、ここに来た時くらいしか食べることが出来ません」


 ルカ自身もかなり久しぶりだったらしく、美味しそうに食べていた。

 うん、ただ、漫画だったらモザイクが必要かもしれないわね。

 可愛い女の子が、表現するのも躊躇われるゲテモノを美味しそうに食べてるんだもの……

 ルカは、そのほら、そういうキャラじゃないから。


「? どうかしましたか、サイカ様」


「ん、いえ、大したことではないんだけどね?

 この世界の人にとって、この見た目は普通なのかしら?」


「え? はい。魚といえばこんな感じですが……」


 どうやら、希少価値のあるというこの魚だけではなく、全般的にこんな感じみたい。

 恵子ちゃんと鎮は食べれなそうね。来斗は面白がって食べそうだけど。


「サイカ様の世界は違ったんですか?」


「ええ、もっと可愛らしかったわ」


 手元にあった紙に思い出しスケッチをしていく。

 こう見えて一時期絵画にハマっていて、勉強の合間にデッサンの練習をしていた。

 そこそこの知識と技量は持ち合わせている。まぁ、役に立つ日が来るとは思わなかったけど。

 意外と絵心って必要なのね。


「こんなに可愛らしいのですか?

 正直、食べてしまうのが可愛そうな気もしますが……」


「不気味な見た目より食べやすいわよ。

 鳥肉も普通に食べるでしょ?」


「言われてみれば、そうですね」


「それに、食用だけではなく、ペットとして飼えるタイプの魚もいたわ」


 私自身はペットに興味がなかったから、魚は愚か、犬も猫もハムスターも飼ったことはないけど、クラスメイトの男子に熱帯魚が大好きなオタクが一人いて、常に魚関係の本を持ち歩いていた。


「やっぱり、異世界の文化って面白いですねぇ……」


 なるほど、ルカはきっかけは分からないけども、日本の文化に興味があるのね。

 折角だから、機会を見つけては色々と教えてあげるのもいいかもしれない。

 そんなこんなで翌日。

 サスペンション付きの馬車が完成した。


「サイカ殿! おはようございます」


「ええ、おはよう。どんな感じかしら?」


「はい。試運転もしましたが、動作に異常はありません。

 サスペンションだけでかなり振動を軽減できましたし、クッションもあるので問題ないかと」


 これで一段落するけど、彼らは更なる機能向上のために研究を最優先で行うらしい。

 それは、彼らの目を見る限り、私の依頼だからというよりも、サスペンションという新しい技術に対して好奇心を抑えられないようだ。

 でも、他にも理由はあるらしい。


「実は、馬車の輸送は非常に便利なのですが、激しい振動がある関係でどうしても重傷者を運べなかったのです。

 今回は物理的な機構だけで振動の軽減を行いましたが、今後、魔法と組み合わせて振動を限りなくゼロに出来るようになれば、きっと救える命が増えるはずです。

 親方にも話して研究を続けることにしました」


 確かに、今まで考えてこなかったけど、幾ら振動に慣れているこの世界の人だって、重傷負ってたら耐えられないわよね。

 そう考えると、研究続行にはやはり意味があるように思う。

 もっとも、私が検討していたように、本当に魔法と組み合わせて運用する方法を考え始めるとは思ってもみなかったけど……


「何にしても、サイカ殿。

 上流の魔物の件も、今回の技術提供に関しても本当にお世話になりました」


「やめて頂戴。私だって私事わたくしごとを持ち込んだだけよ?

 それが、たまたま双方に取っていい結果に繋がったに過ぎない。

 魔物の件だって好奇心に負けて精霊魔法を行使しただけなんだから、倒せたのも偶々よ」


「あはは、流石聖女様ですね。

 軍を動かさないといけないような大物を偶々で倒してしまうとは」


 見送りに来たのかティシャが近くまで来ていた。


「あら? お見送りに来てくれたのかしら?」


「そうですね。ついでに調査の進捗に関してもお話しようかと思いまして」


 先日、新人たちによって魔物が撤去された後に、緊急招集された先輩方が現地に到着。

 そのまま数日間、交代しながら夜通し調査が進められたそうだ。


「しかし、残念ながら原因は分かりませんでした」


「分からなかった?」


「魔核を元に生まれる魔物ですが、その魔核が発生した原因が分かりませんでした。

 魔族により生成され生まれることもあれば、自然界に存在する魔素が何らかのきっかけで魔核になることもあります。

 両方の可能性を考慮して調査をしていましたが、周辺三十キロ圏内に魔族が踏み入った形跡もありませんし、魔素が特別濃い場所も発見できませんでした。

 これは更に調査する必要があります――魔族が可能性もありますからね」


 そう言って手紙を渡される。


「陛下に報告ついでに渡しておいていただけませんか?

 今回の調査報告と、専門家の派遣依頼が入っています」


「分かったわ。私としても平穏な日常を過ごすために不確定要素は消しておきたいもの。

 即刻派遣するように私からも言っておくわ」


「ええ、ありがとうございます。

 ただ、あまり陛下をいじめ過ぎないであげてくださいね。

 あれでも大変気苦労の耐えない性格のお方ですから」


「善処はするわ」


 こうして、私は来て早々に城へとトンボ返りすることになった。

 もちろん、来たときとは違い快適な馬車に乗ってね。


 ちなみに、後に聞いたのだけど、サスペンションが数日で完成したのは、偶然にも最初に詰め込んだオイルで当たりを引いたから何だとか。

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