第15話 才女、川で涼む

 澄んだ水! 絶妙な日差し!!

 あとは?――ワンピースを来た美少女が必要よね。

 まぁ、そんなこんなでルカにワンピースを半ば無理やり着せて川原へとやって来た。

 ちなみに、ルカの着ているワンピースは工房の侍女が用意してくれた。


「あの……サイカ様?」


「なに?」


「やっぱりメイド服を――」


 もう何度目のやり取りかしら?

 ルカって意外と諦めが悪いのよね。

 もう私と何ヶ月も一緒にいるんだから、私がその程度で撤回するほど優しくないのは知ってる癖に。

 だってね? そんな恥じらい見せられたら、主としては嬉々として続けさせるでしょう?

 可愛いもの。


「駄目よルカ。水遊びを私一人でやらせる気?

 それともヒラッヒラのメイド服に重たくなるまで水を吸わせるの?

 幾ら暖かくても風邪ひくわよ」


 という建前で続けさせてる。

 これは無理にでも恵子ちゃんを連れてくるべきだったか……

 そうか、プールを探せばいいのか。

 なければ作ればいい。なんだかんだで鎮とか来斗の身体付きも見てみたいし。

 引き締まってて格好良いわよ多分。二人とも運動部だったらしいからね。

 場所は――まぁ、城壁の外にスペースなら幾らでもあるし、適当に確保すればいいわね。

 河原へは階段を下りていく。

 近くに来てみると水深が浅いのがよく分かる。


「結構な量の水を引いてるから、てっきり流れが急なのかと思ってたけど、浅いし流れも緩やかで水浴びには丁度いい感じね」


「はい。水は上流にあるダムから引いているそうで、それなりの量を確保できるんだとか。

 逆に、ダムにせき止められているここは緩やかになっているそうです」


「ダムなんかあったのね……それも日本人が?」


「そうみたいですね。

 今の国の農業形態を作り上げた人ですから、城で文献を探せばすぐに出てくると思いますよ?」


「帰ったら読んでみようかしら?」


「では、帰ったらすぐにご用意しますね」


 そこらへん、ルカはよく分かっている。

 さて、話してても涼しくはならないし、取り敢えず水に浸かってみようかしら?

 サンダル―これも工房の侍女が用意してくれた―を脱いで小石の上を裸足で歩く。

 日が照っているからてっきり熱くなっているのかと思っていたけども、全然そんなことはなくて少し安心。

 川に足を付けてみる。

 冷たすぎず心地のよい温度の水が柔らかい風とともに流れていく。


「気持ちがいいわね」


「この川はカルディア王国の大切な水源ですから。

 魔法を軸に据えているカルディアではこの川の恩恵は非常に大きいのですよ」


「魔法と川がどう関係あるのかしら?」


「ここは自然豊かな土地柄ですので、自然の魔力というものが豊富にあります。

 それに加えて、この川はそれら魔力の通り道にもなっておりまして、精霊の住処にもなっているのですよ」


 なるほど、他よりも過ごしやすく感じるのは精霊が多くいるからなのか。

 言われてみれば確かに他の場所よりも多い気がする。

 水の温度とか、石の温度とかそこら辺の丁度良さは精霊が住み着いている副産物というわけね。

 そして、しばらく二人で水かけして遊んだ。

 気がつけば夕方になっていた。流石に遊び疲れたわ。

 工房の侍女がそろそろ夕飯の時間だと呼びに来てくれたから、そのタイミングでルカとタオルで濡れた体を拭いて着替える。

 部屋に着くと「ここはどこかの旅館か!」ってツッコミたくなるほどに準備が施されていた。

 わたしの噂ってここまで届いてるわけ?

 なんか悪役令嬢的なイメージが付いている気がしないでもないから、早めに撤回しておきたいところね。

 結局、工房の侍女たちに至れり尽くせりで、食事後はシャワーを借りて汗を流した後すぐに寝た。

 ただ、工房の侍女たちはシャワー室でも世話を焼いてくれるから、少しルカがむくれている。

 でも、ルカはがんばり屋さんだからたまには休んだほうがいいと思うのよね。

 本人は納得しないだろうけど、私としては一安心かな。

 ルカに倒れられたら生活成り立たないし……


 † † †


 翌朝、朝食を食べ終えた頃だった。

 部屋の扉を叩く音が聞こえた。


「今、お時間よろしいでしょうか?」


 続いて男の人の声が聞こえる。何となく若い感じの――って私も変わんないか。

 別に着替えている訳でもないのでルカにお願いして中に入ってもらう。


「はじめまして。私はティシャ・ユートリー。

 上流にあるダムの管理を任されている隊の隊長をしています。

 よろしくお願いします」


「私は相澤才華。ここには個人的な要件で遊びに来ているの。よろしくね」


 ほっそりとしているけど、捲った袖から見える腕を見れば何となく分かる。

 引き締まった筋肉、纏っている雰囲気。相当に優秀な人みたい。

 相手は隊長なのだから比べるまでもないけども、今まで見てきた衛兵では束になって掛かっても勝てないでしょうね。


「それで、私に何か用が? 挨拶だけしに来たってわけでもないのでしょう?」


「ええ、勿論です。これから私はダムの周辺へ定期巡回に行こうと思っていまして、勤勉と噂の聖女様ならご興味もあるのではないかと。

 折角なので、護衛も兼ねてご案内できればと思ったんですよ」


「護衛が必要なほど危険なのかしら?」


「ここは精霊の住処ですからね。他に比べれば圧倒的に安全ですが、自然を壊さないよう城壁を設けていませんので、城に比べるとどうしてもってところでしょうか?

 油断大敵、常に安全は気を付けないといけませんから」


 なるほど、むしろ安全だと思っていた場所に来る魔物がいるとすれば、かなり強い個体ということになるわけね。

 確かに、油断してたら危ないかもしれないわ。


「サイカ様いかがなさいますか?」


「そうね……。どうせヴェル親方の方はまだ時間かかるでしょうし、折角だからお言葉に甘えて行ってみようかしら?」


「では決まりですね」


 というわけで、ひょんなお誘いから昨日川で聞いていた異世界のダムへ行くことになった。

 それにしても、勇者の話は全く聞かないのに聖女の話はちょくちょく聞くのね。

 というか、聖女の力ってなんなのかしら……

 文献なかったからなぁ。フィーラス殿下も分かんないって言ってたし、称号みたいなものなのかしらね。

 なんか二つ名みたいで恥ずかしいからやめてほしいけども。

 これと言って持ち物はないから水筒―水は昨日飲んだものを拝借してきた―だけ持って馬に乗る。

 ルカは乗馬経験がないらしいから、私の後ろに乗せてあげた。


「サイカ様は乗馬も出来るのですね。流石です」


「馬は日本にもいたからね。まぁ、こっちみたいに翼は生えてないけど……」


 一応、神話上『天馬』とか『ペガサス』なんて呼ばれる存在はあったけども、実在したかと言われると少なくともごく普通の一般人が知り得る範囲内では存在しなかった。


「そう言えば、馬車を引いてた馬は翼がなかったけども、牛みたいに連れてこられたのかしら?」


「いえ、そういう訳ではありません。馬車を引く馬はメスなんです。

 羽があるのはオスで、求愛行動の際にはオス同士で翼の美しさを競うそうですよ」


「なるほど、そういう求愛行動は何処の世界でも共通なものなのね」


 よくある教えのように世界が神によって作られたのなら、根本的な部分で似ているのは当たり前かもしれない。

 ゲームだったらターン性のバトルシステムとか、演出が違うだけで使いまわしだもの。


「さて、普通に地面を歩く分には問題なさそうなんだけど――アレはどうしたらいいのかしら?」


 そう言って向ける視線の先には護衛で付いて来てくれる事になった小隊がいる。

 そして、馬が翔んでいるのだ。


「ああ、聖女様は天馬が初めてでしたか。

 天馬は人語が分かりますから、話しかければ翔んでくれるはずですよ」


 ティシャに言われて天馬にお願いしてみたら確かに数歩地面を歩いた後、次の一歩から空を翔けるように空中を蹴る。

 あっという間に小隊メンバーに追いついてしまった。


「凄い。正直、どんな感じに飛ぶのか不安だったんだけど、景色が変わっただけで地面を歩いているのとさほど変わらないのね」


「そうですね。ただ、飛べた方が直線的に進めますから、移動は何かと便利ですよ。

 それにしても、流石ですね聖女様。まさか、一言アドバイスをしただけで簡単に飛んでしまうとは……」


「え? お願いすれば飛んでくれるもんじゃないの?」


「確かに、ここにいる天馬は訓練された軍用天馬ではありますが、天馬とてプライドというものがあります。

 信用できない乗り手を運んでくれるほどお人好しではないですよ。天馬たちも人と一緒です。

 隊長の身分なので声を大にして言えませんが、私だって信用できない人と一緒に戦うことは出来ませんよ」


 ちなみに、ティシャの聖女呼びはやめるように頼んだんだけど、やめては貰えなかった。

 その上、簡単に飛んでしまったせいで関心が高まり、小隊メンバー全員から聖女呼びされるようになってしまった。

 私が聖女って呼ばれたくないのを知ってるはずなのに誇らしげにしてるルカは後でちょっとしたお仕置きね。

 小隊メンバーと共にダムへと向かう。

 ティシャ自体は大隊長であるため、この小隊の隊長は別にいるみたい。

 ただ、この小隊の兵はまだ訓練兵の身らしく、引率として大隊長自らが率いることにしたんだとか。


「って、訓練兵のお守りをしないと行けないのに、戦闘能力ゼロな私たちを連れてきていいの?」


「? 後ろの侍女さんはそうかもしれないですけど、聖女様もそうなんですか?」


「少なくとも魔物に会ったこともなければ、魔法も独学で攻撃に転用するなんてことはしたことがないわ。

 剣術は少し心得があるけど、残念ながらこの国の剣じゃ私には合わないわ。日本刀を用意してもらわないと。

 まぁ、その剣術も魔物相手にどこまで通用するのか分からないんだけどね」


「もしもの時は我々が守りますからご安心ください」


 ティシャはそう言ってくれるし、近くにいた訓練兵たちも頷いている。

 だけど、忘れてはいけないことがある。


「それは、嬉しいけども、私まだ治癒魔法使えないから怪我はなしでね」


 そう、聖女様なんて言われてもまだ治癒魔法とか娯楽小説のターンアンデッドみたいな――所謂、聖属性の魔法って言えばいいのかしら? アレ使えないのよねぇ……

 次、外に出る機会があったら出る前に覚えておこうと私自身に誓った。

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