第14話 才女、山奥の工房へ行く

「あ゛あ゛あ゛ぁ ぁ ぁ ぁ …………」


 もう叫ぶ気力もない。だと言うのに、私には目もくれず御者は平然とした顔で馬車を進めている。

 ちなみに、目もくれなかったのは同性でも目のやり場に困るような状態だったかららしい。

 男の御者には目に毒というものだ。立場を無視すれば役得でしかない訳だが……

 そのまま座っているのも辛くなり、横に倒れるとポフっと柔らかいものに当たった。

 げっそりした私を心配して付いて来てくれたルカだ。


「サイカ様。大丈夫ですか?」


「ルカが居なかったら今頃気を失ってたわ。本当にありがとう……」


 例の座布団は準備が間に合ったのだけど、相変わらず道が凄く悪い。

 その上、今まで街との往復だけで疲弊していたのに、街を越えて訪ねなければならないのだから大変どころの沙汰ではない。

 最初こそ座布団のおかげでいくらかマシだったのだが、もう今は諦めてルカに膝枕をしてもらっている。


「サイカ様。あともう少しですから頑張ってください」


 馬車は既に新たな山道へと入り始めていた。

 事前情報では山の中ほどに工房を構えていると聞いている。ルカの言う通りそろそろ到着するだろう。

 とはいえ、まだもう暫く続くわけで……

 結局、後少しと言うところで気を失ってしまった。


 † † †


「サイカ様、サイカ様」


 ルカの声が聞こえて目を開けると馬車が止まっていた。

 体はまだ揺さぶられているような感覚だが、これでようやく一息つける。

 ルカに支えられながら降りてみれば、日本でも拝めそうな田舎風景の広がる場所に出た。

 広場には水を貯めておく貯水槽のようなものが設置されていて、中には澄んだ透明な水が張っている。

 近くを流れる川から引っ張ってきているらしい。


「そう言えば、喉が乾いたわね……」


 一応、街で一息付くという話もあったのだけど、一度降りると乗る気がなくなってしまいそうな気がして真っ直ぐ来てもらった。

 水筒も飲んだら吐き出しちゃいそうだからって遠慮してたから、着いたのであれば何か飲みたいと思ったのだ。


「ではこれをどうぞ」


 ルカがそう言って渡してきたのは木で出来たコップだった。

 よく見ると、貯水槽の横に並べられている。神社の柄杓みたい。


「この水飲んで大丈夫なの?」


「はい、飲料水としても利用されているものですので問題ありません。

 それに、城で用意しているものよりもミネラル豊富らしいですよ」


 ルカがそう説明しながら一点を指す。そこからは水が外に吹き出していた。

 どうやら、この吹き出している水を汲んで飲むらしい。

 ちっちゃいけど、清水寺の音羽の滝みたいな感じ。


「あ、おいしい……」


 実はちょっと水は苦手だったりする。

 浄水器なんて便利なものが日本の一般家庭にはあるけども、あれで浄水してもまだ飲めないのよね……

 でも、この水は普通に飲める。

 水を飲みながら木陰で一息入れる。

 何となく中学生の時に自然教室で行った戸隠を思い出した。


「さて、サイカ様。王室御用達の鍛冶師さんがあの建物でお待ちです。

 そろそろ参りましょう?」


 水を飲んだことでスッキリとした私は、ルカに促されて建物に入っていく。

 見れば見るほど日本の書院造りな建物だった。


「ようやく来たか。待ちくたびれたぞ」


 案内された部屋に髭をはやした小人が、ファンタジー小説で読む特徴そのままのドワーフがそこにいた。

 小柄なのにも関わらずドシッとした姿を見れば、彼がただの鍛冶師ではなく熟練の鍛冶師だということがよく分かる。

 流石、王室御用達の鍛冶師と言ったところだろうか。


「はじめまして。この世界に召喚された者の一人、相澤才華です」


「俺はこの工房を仕切ってる工房長のヴェル・ド・ユグミルだ。皆、親方って呼ぶ。

 アンタも親方とでも呼んでくれ」


「よろしくお願いします。ヴェル親方」


 軽い挨拶を済ませた後は実際に用意してきたサスペンションの設計図を見せる。

 この設計図が凄く苦労した。

 今の日本であればPCソフトを使ってちょちょいと簡易的なものなら作れるのでしょうけど、この世界では一つ一つ手作業な上に正確な定規がないのだ。


「これは凄いな。ここまで細かく書かれた設計図は初めて見た」


「素人レベルでしかないわよ?

 私の世界では設計の専門家がいたし、こんなのより遥かに立派なのをポンポン書いてるわ」


 ヴェル親方はそのまま私に質問しつつ設計図を頭に入れていく。

 聞いてみれば王宮で見かけた日本の電化製品みたいな魔法道具は全てここで制作しているらしく、なんだかんだでこういった複雑な機構をした小物制作には慣れているらしい。


「何とかなりそうだな。問題はこのオイルの方か……」


「やっぱり、それが一番の問題よね……」


 詳しいデータがないために「こんな感じの!」って言えないのだが、そもそもサスペンションで使用するショックアブソーバーとは摩擦や流体による抵抗を利用して減衰力を得るというものだ。

 つまり、それなりに減衰力が得られればオイルに関しては何でもいいと思われる。


「取り敢えず、いくつか作ってみるしかないんじゃない?

 試作品が出来れば予算も増やせるだろうし、中のオイルの研究だけなら王室に専用の研究室を設置して他の専門家たちにやらせればいいんだから」


「それもそうだな。俺たちはあくまで鍛冶師だ。

 その流体抵抗やら減衰力やらが上手く得られるような“器”を作るのが仕事ってことだな」


「そういうこと。よろしくね親方」


 この事業なのだが、フィーラス殿下に相談したところ「高性能な馬車が出来るのは国の技術力を周りに示すいいチャンスだ」と言って予算を用意してくれた。

 勿論、王様は知らない。いたずらの一環だからだ。


「そうだ。しばらく泊まっていくんだろ?」


「ええ、親方が城に来てくれるならすぐに帰るんだけど、来てくれないんでしょ? 

 もう砂利道は疲れたから完成するまでここに泊まっていくわ」


「なら、課外学習に間に合うよう一週間くらいで仕上げないとな」


 約束の期限までは三週間ほどしかない。

 そのうえ、実際に完成したサスペンションを組み込んだり、調整したりと考えれば一週間くらいで作ってもらわないと間に合わない。


「確かにそうね。一週間でなんとかして」


「ああ、任せておけ」


 その後、この工房で働く侍女がやってきて部屋に案内された。


「サイカ様にはこちらを使って頂くようにと親方様から言われていますので……」


 そう言って案内された部屋はコテージのような所だった。完全に部屋ではなく家だ。

 ただ、このコテージは一つしかなく、備え付けられていたもののようには見えない。

 それに、今気づいたのだけど、扉の横に才華邸と書いてある。これはあれね。殿下のサプライズなんでしょうね。


「実は数日前に殿下からの勅命で、王室御用達の土木業者が一日ほどで組み上げたのです。

 私には読めませんが、この札も殿下が用意してくださったものなんですよ」


 どうりで日本語で書かれているわけだ。大方、こないだの置き手紙を解読してくれた学者あたりに頼んで用意したのだろう。

 これは、もう後には引けない。なんとしても完成させなければ……

 それにしても随分立派な作りをしている。

 これを一日で組み上げたのなら、数日あればキャンプ場を作れてしまうのではないだろうか?

 もっとも、街の周辺って緑豊かだからわざわざキャンプに行く必要なんかないんだけどね。聞けば魔物の心配がないわけではないらしいし尚更。

 魔物、魔物かぁ……

 何か想像通り過ぎて反応しなかったけど、私、さっきドワーフに会ったのよね。

 何か中身は近所のおじさん的な感じだったから普通に接してたけども。


「サイカ様。荷物の整理もつきましたし、川の方へ行ってみませんか?」


「さっき飲んだ水を引っ張ってるって川?」


「そうです。この時期だと足をつけながら過ごすと気持ちいいんですよ」


「よく知ってるわね」


 ルカはここに着いてから色々と案内してくれる。勝手知ったる我が家とでも言うべきか。

 本人に確認したら、何度か侍女長に連れられて来たことがあるからだそうだ。

 この世界に来た時に比べれば大分、気温も高くなってきている。

 森林浴をしながら水浴びというのは中々に魅力的な提案だった。

 腰を上げ動きやすい格好に着替えてから、私は川へと向かうことにするのだった。

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