サスペンション作ります

第13話 才女、作戦会議を開く

 休暇に入って、まともに体を動かせるようになるまで三日。完全に疲れが取れるまでは一週間もかかった。

 日本にいた頃に今回と同じくらいの疲労を蓄積させていたら、完治まで一ヶ月はかかったかもしれない。

 それどころか、普通に入院させられてたんじゃないかと思う。

 今の私たちが部屋で過ごせているのも、一日に数度のペースで治癒魔法師が来てくれているからだ。

 実は最近知ったのだけど、この治癒魔法っていうのは、私が普段使ってる精霊魔法とは少し違うみたいなのよね。

 治癒魔法師の言葉をそのまま言うと「神の依代となって起こす奇跡の御業」。

 大げさに言ってるように聞こえなくもないけど、この世界の常識的には至極真面目な回答みたい。

 そもそも、精霊魔法は四属性の精霊―火、水、風、土―に働きかけて起こす現象であって、ざっくばらんに言ってしまえば、人為的に起こしたただの自然現象だ。

 ペットボトルに水を入れて、手で口を塞ぎながら回して離すと渦になって水が出ていくみたいなあんな感じ。

 それに対し、治癒魔法は神聖魔法と呼ばれる魔法でRPG的に言えば所謂、聖属性の魔法みたいな感じなのかしら?

 何にしても、精霊に働きかける魔法とは違うから、今の私では扱えない。

 ちなみに、この世界の信仰上だと神、天使、精霊の順に序列があるみたい?


閑話休題


 勿論、治癒魔法だけでは症状が和らぐだけで、治るのには時間がかかってしまう。

 そこで用意されたのが、疲労回復効果のある薬だ。

 見た目は……あれね、ポーションよポーション。

 モドキとはいえ、ポーションらしきものがあるというのは中々信じがたい。

 とはいえ、ここでは精霊たちの働きによって霊的力を秘めた薬草があるわけで、日本の薬が甘っちょろく見えてしまうほどの即効性と効果がある。

 分かりやすい例を上げるなら、モ◯ハンの薬草とか解毒草とかあんな感じ。

 加工すれば出来ても不思議じゃない。

 実は、これらの薬草もトト顧問やトト顧問のおじいちゃんが研究して作ったものなんだそう。

 果たして、おじいちゃんの時代にRPGがあったのかは些か疑問だけど、名前も本当にポーションと名付けられているみたい。

 例の研究所で栽培している特殊生産品なので、今は市街に流通しておらず、更なる効能向上と大量生産をするための研究をしているんだって。

 ちなみに、部屋に薬草を運んでくれたのはアビス。前々から思ってたのだけど、アビスって瞬間移動でも出来るのかしら?

 何故か、あちこちで見かける気がする。

 そして、ようやく復活。

 復活すれば次にやることは決まっているわ。


「サスペンションの制作に入りましょう」


「結局、作るのか」


「また寝込みたいの?」


「それは勘弁してほしいけど、僕たちはサスペンションの仕組みなんか知らないからさ……」


 来斗と鎮は消極的だ。

 確かに、実はこの世界でサスペンションを作るのは意外と難しいかもしれないということは、ここ数日、ベッドでゴロゴロしながら情報収集をして知った。

 まず第一に全て手作業で制作しないといけない。

 この国に鉄の加工技術はあったものの、それらは全て手作業によるものだったのだ。

 科学がない以上、当たり前と言えば当たり前なのだけども……

 お見舞いに来てくれたフィーラス殿下に聞いてみたら、「ドワーフがやってるから、精巧度はお墨付きだよ」とは言ってたから設計図さえ用意すれば簡単に作ってくれるんじゃないかと期待している。

 次にオイルの調達も問題があることに気がついた。

 サスペンションはスプリングと呼ばれる有り体に言えばバネと、ショックアブソーバーなんて格好いい名称がついたスプリングの振動を減衰する部品で出来ている。


 バネは恐らく問題ない。

 そもそも、この世界にも流通しているアイテムだから。

 あとは、強度や大きさなどを要相談すればすぐにでも準備出来ると思う。

 問題はショックアブソーバーの方だ。


・ピストンロッド

・外筒

・内筒

・ピストンバルブ

・オイル

・ベースバルブ


 と、かなり細かい部品が必要になってくる。

 これを図面に引いて再現できるかは、実際に作ってみて貰わないと分からないのだ。


「ほんと、よくそんなこと知ってるな」


 説明を受けた来斗は何となく想像できたらしく、驚き呆れているみたい。

 たまたま知る機会があっただけなのだから、そんな変人を見るような目で見ないで欲しい。


「それで? オイルはどうやって調達するんだ?」


「それも片っ端から試してみるしかないでしょうね……」


 この世界に機械仕掛けの物は数少ない。それも、日本人が想像するような科学チックなものはなく、懐中時計のような精巧なものだけが存在するような状態だ。

 それは、日常生活の多くが、術式を刻んだ魔法道具で補えてしまうからなんでしょうね。

 それに、機械仕掛けの物も被召喚者の家系が作り方を知っているだけで、制作している後継者たちも技術的な面は理解していないみたい。

 トト顧問が技術面においても優秀なのは、おじいちゃんっ子で知識ごとしっかり継承している特別なケースだったんだと、後でアビスに教えてもらった。

 技術的な面が一切根付いていない――ということは、当然ながら摩擦抵抗やら流体抵抗なんて概念は存在するはずもなく、そこらへんのデータの作成もする必要があるということ。

 もうね、頭抱えたい……


「魔法道具で衝撃を減らすようなことは出来ないの?」


 鎮の意見はもっともだと私も思う。

 色々と思うこともあってルカに動いて貰ったんだけど、結果は芳しくなかった。


「そっちの方面も調べて貰ったんだけど、魔法道具の特性上、衝撃を減らすなら浮かすしかないみたいなのよね」


「浮かす?」


「風属性の精霊魔法に浮かす術式があるの。

 ファンタジーな言い方をすると浮遊魔法的なものね。それを使えば確かに衝撃を抑えられるわ。

 浮いた状態で馬に引いてもらえば良いのだから」


 実際のところ、それが導入できればここまで頭を抱えない。

 浮くということはつまり、砂利による衝撃が減るのではなく、のだから。


「なんでそっちで考えないんだ?」


「浮遊魔法には膨大な魔力が必要だからよ。

 とても、人間数人で維持できるような魔力じゃないわ」


 この浮遊魔法はこの世界に渡ってきた日本人が開発したみたい。

 なんでも、「空を飛ぶことは人の夢であり、ロマンだ」と。

 もともと、航空工学技師だったことからあっという間に船と飛行機を合体させたような乗り物を設計。飛行船と名付けたらしい。

 その過程で魔法も必死に学んで風で物体を浮かせる魔法。浮遊魔法を開発したのだとか。

 ただ、どんなに開発を続けても今の消費魔力を減らすことは出来ず、大型の魔力炉を搭載できる飛行船以外での実用化は今の所出来ていないのだそう。

 付け加えてその飛行船も、一度飛ばすにも燃料となる魔晶石代が高く、滅多なことでは使われないらしい。

 また、その航空工学技師は相当優秀だったらしく、今は王室航空技術研究室とやらが必死に研究を続けているみたいだけど、未だに飛行船に組み込まれた技術を理解しきれていないみたい。

 あれね、ファンタジーだとよくある古代のオーバーテクノロジーってやつよ。

 リアルに存在するとは思わなかったけど。


「それは……機械仕掛けに頼るしかないね」


「それで? 計測はどうやるんだ?」


「パソコンとかそんな科学チックな便利アイテムはこの世界にないから、虱潰しに試すしかないでしょうね」


「やるのか?」


「やる」


 頑なにサスペンションを作成しようとするのには勿論、理由がある。

 まだまだずっと先の話でしょうけど、先生から「遠征」という言葉が出ていたのを考えれば、どう考えても、この城を出て遠くへ移動することがあるということ。

 よくよく考えると「魔王復活の兆しが――」なんて理由で呼ばれた私たちだけど、私自身、例の統括長に喰ってかかったせいで、いつ頃なのかとか、どのくらい猶予があるのかとか全然聞いてないのよね。

 少なくとも、ここまでのんびりしているうちは、すぐにどうこうしろってことはないと思うけど……

 それに、「魔王復活の――」ってことは戦えってことでしょ?

 聖女がどうのとかも言われてた気がするけど、その話はどこにいったんだろうか?

 今の勉強が終わると戦闘訓練でもするのかもしれない。

 何にしても時間的猶予はまだあるはず。

 目下の期限は一ヶ月後の課外授業の日までといったところかしら。


「とりあえず殿下に会って、王室御用達の鍛治師でも紹介してもらいましょう」


 一ヶ月後まで先生は来ない。

 こっそりやるなら今がチャンスなんだから逃す手はない。

 ただ、殿下ってあの歳で普通に公務に行ってるから中々捕まらないのよね。

 いつもだったら、さり気なくお茶会に混じってたり、部屋に戻ってきたら本読んでたりしてるんだけど、最近はずっと外に居たから全く会えていない。


「ルカ。便箋用意してもらえる?」


「どうぞ」


 殿下に会って――という辺りで手紙を書くことを予想してたみたい。ルカはすぐに便箋を手渡してきた。

 本当、優秀な侍女がいると自分がどんどんダメ人間になっていくような気がする。

 少なくとも現状は日本に帰りたいとは思わない。

 というより、帰るときはルカも連れて帰る。勿論、当てがってくれた王様には内緒で。反対されても押し通すし問題ない。

 ルカが居れば起業すら出来るんじゃないかとさえ思っている。今更、ルカの居ない生活なんて考えられないほどだ。

 手紙には人材と資材が必要な旨を書き、手配するようお願いする。

 今までにも何回か―主に食材関連―手配をお願いしているのだけど、翌日には全部準備出来てるのよね……

 本当に、いつ寝ているのやら。


「よし、これで大丈夫」


「では、早速、殿下にお届けしておきますね」


 ルカはそういうと便箋を折り封筒に仕舞う。

 いつの間にか呼んでいた執事に届けるよう命じている。

 最近よく見るあの執事さんは、殿下の配慮で私付きになったルカの部下らしい。王城で働く執事たちの教育係も務める大ベテランさんなんだとか。

 ちなみに、本人にルカの部下という立場に収まった理由を聞いてみると


「私ももう歳ですからね。出来ることには数限りがあります。

 ですので、教育者としてルカ殿の役に立てればと思ったのですよ」


 とのこと。

 ルカは見習い侍女の中でも一際優秀な侍女というのは聞いていたけど、最近はその手際の良さと私との関係を見た先輩侍女たちの間で「次の侍女長」とも言われ期待されているそう。

 ともなれば、上司として部下に命令を下すことにも慣れないといけない訳で、どのタイミングでどれだけの命令をしていいものかというのを執事さんが教えているらしい。

 部下でありながら、指摘もする。実に優秀な執事だとつくづく思う。


「あの、サイカ様……」


「どうしたのルカ?」


「その、非常に申し上げにくいのですが……」


「なに?」


「実は、王室御用達の鍛冶屋と言えば私にも一つ心当たりがあるのですが、その人は所謂引きこもりという状態でして、絶対に自分の工房から出て来ないんですよ」


 それはつまり、こちらから出向かないといけないということよね?


「? 頼む以上、こっちから出向くのは何も問題ないわよ?」


「その鍛冶屋の場所が……」


「鍛冶屋の場所が?」


「――町を越えた先の山奥なんです」


 きっとこういうのを絶望と言うのだろうと初めて知った。

 砂利道が嫌でサスペンションを作るのに、サスペンションの制作依頼をするために結局砂利道を行くことになったのだから嘆きたくもなる。

 とりあえず、王城にある服飾課―王族の衣装などを制作している部署―で座布団を早急に用意してもらわなければいけない。

 だいぶ前にデータだけは渡してあるから、そろそろ完成しているはず。

 さすがに、交渉するためとは言え他の三人を地獄の砂利道ライフに連れて行くわけにはいかないから、私一人で行くんだろうなぁと思いつつ覚悟を決めた。

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