第16話 才女、怪魚と出会う
この世界に機械があまり普及していないのは、単に召喚された人々が知識を持ち得なかった。あるいは、世界のパワーバランスを気にして自重したからだと思っていた。
冷蔵庫や炊飯器などなどの所謂、生活家電に関してはただの便利グッズでしかないから普通に普及しているようだけども、逆に車や通信手段と言ったものは古臭いままなのよ。
でも案外、必要ないからないという可能性もあるのかなって今は思っている。
例えば飛行機なんかは必要ない。この天馬が十分に空の足を担ってくれるからね。
速度は確かに飛行機よりも遅いかもしれないし、乗り心地も悪いかもしれないけども墜落の恐れは少なくなるし、小回りもその場に留まることも、天馬であれば造作もなくこなしてくれる。
「こんな素晴らしい動物がいるなんて驚きだわ」
川の上空を幾らか進んだ頃にそんな感想をティシャに伝えると、「良かったらその天馬を差し上げましょうか?」と言われた。
さっき、軍用って言ってたけど貰って大丈夫なものなのかしら?
「普通であれば天馬に限らず軍用は国の所有物ということになりますから、高々一区画を任されているだけの私では大隊長とは言え始末書モノでしょうね」
「全然、大丈夫じゃないじゃない」
「早とちりしないでください。あくまで普通であればの話です。
聖女様のご要望とあれば、二つ返事で事後承諾を得られます。
むしろ『よくやった』とすら言われるかもしれません」
この国の待遇制度は一度見直すべきじゃないかしら?
ルカが後ろで当然だとばかりに胸を張ってるんだけど、やっぱりこの世界の基準はよく分からないわ。
確かに、聖女とか言われて幾つか文献は目を通したけども、私はまだそれらしいこと何一つしてないのよね。
多分、最初の統括長が言っていた恵子ちゃんが聖女に見えないという第一印象と、アビスにやって貰った魔力測定の結果がもう出回ってしまったからなんでしょうけど……
「でも本当にいいの? 天馬はこの隊に取っての相方。
引き抜きなんかしたら戦力が削がれるんじゃないかしら?」
「いえ、丁度その子は来たばかりの天馬でして、相方を決めている最中だったんですよ。
それにこの子は随分と聖女様を気に入っているようです。
天馬は我々にとって道具ではなく仲間です。出来る限り天馬たちの意思を尊重したいんですよ」
「この子がねぇ……」
さっきからずっと、私とルカを乗せてくれている天馬は当然だとばかりに鳴き声をあげる。
「どうやら決まりみたいですね」
というわけで、なし崩しにこの子は私の天馬になった。
† † †
上流を目指して二十分程。ようやくダムが見えてきた。
実は街も城も木造や石造だったから、どうやってダムなんか作ったんだろうかと思ってたのよね。
見た感じは当たり前だけど木造ではないし、鉄を使ってる雰囲気もない。石とかコンクリートなのかとも思ったけど、そういう訳でもないみたい。
「あれって、どうやって作ったのかしら?」
「一応、魔法でですね」
「魔法で?」
確かに地精霊の力を借りれば出来ないこともないとは思うけど、この質量を作るのは、ましてや中の機構を作ることなんかが簡単に出来るだろうか?
流石に魔法もそこまで万能じゃないんじゃないかと思う。
聞けば随分と凄い方法を使っていた。
ダムの先には大峡谷があって、そこで複数人で土壁を作って水を塞き止める。
その間に水が止まったこの地点に城でも使用している大樹を骨組みに土壁を形成し固めた。
次に事前に用意された設計図通りに穴やら何やらと用意して放水するための仕掛けを組み込んでいく。
「でも、土だけじゃその内崩れてしまうんじゃないの?」
「そうですね。地精霊の力で強化されていると言っても所詮は土ですからそのままでは何れ崩れてしまうでしょう。そこで、設計者はこんなものを用意したわけです」
渡されたのは一つの湯呑だった。
そう、湯呑。陶器。なるほど、コンクリートがないからって粘土を使ったわけね。
無茶すぎない?
「確かに我々のご先祖様も最初聞いた時は『何を言ってるんだ?』って言ったそうですが、粘土を塗り込んだ後にそれを覆うように更に土で窯を作って火精霊の力で焼き上げたんですよ」
やっぱり、むちゃくちゃだ。ダム級の陶器を焼く窯なんか想像もつかない。
それに、塞き止めた水を放流すれば一気に壊れてしまうはずだ。
「それが、精霊の力を借りて作ったということもあって、精霊の加護的なものが付与されたらしく、異世界で使用されているコンクリートと言うのでしたか? あれよりも強度が強いと設計者が太鼓判を押したそうです」
前言撤回。魔法は何でもありだった。
「大隊長。周囲に敵影はありません」
「分かりました。次は水質調査です。降りましょう」
私たちが話し込んでいる間にいつの間にか周囲を確認してきたらしい兵士の一人の報告で、水質調査に入ることになった。
ゆっくりと降下してダムの近くに着地する。
「お疲れ様。帰りまでゆっくり休んでて頂戴」
そう言って、天馬を置いてダムの水際まで歩を進めた。
水は澄んでいるが少し臭う。
川っぽい匂いなのかもしれないが、少しキツい気もする。
「おかしい……」
同じくダムの水を見に来たティシャもそう漏らす。
やはり、何か異常が起きているみたい。
「水質調査を至急開始しろ。もしかしたら、何かに汚染されているかもしれない」
「了解しました。水質調査を至急開始します」
そう言って、別の兵が持ってきたのは地球儀の様なものだった。ただし、地球の部分はガラス玉の様になっている。
まだ魔法関連の知識は精霊魔法しか勉強してないから魔道具に関しては詳しくないのだけども、これは水質を管理するために使用している魔道具みたい。
何度でも利用可能な水質管理キットみたいな感じでしょうね。
ビーカーで水をすくい上げた兵士はそのまま魔道具のガラス玉に水を注ぎ入れる。
そして、手を添えて魔力を流し込むと水の中にあぶくが出始めた。
段々と色が変化していき、最後には紫色に変色した。
「マズいな」
「紫はどういう意味なのかしら?」
「水質に問題がなければ水はピンク色になるはずなんですが、紫ということは魔素に侵されている可能性がありますね」
「魔素?」
聞き慣れない単語だった。少なくとも魔法とは関係ないはず。
「魔素とは魔物を構成するものでして、人や精霊にとっては毒にも等しい危険な元素です。
このダムは国の重要な水源ですから早急に対処しないと街で中毒者、下手をすれば死人が出るかもしれません」
取り敢えず、放水を中止しろと兵に命令を出し、ダムの調査が始まった。
脱ぎ脱ぎ脱ぎ――全員が、脱ぎ始めた……なんで?
「なんでって潜るからですよ?」
「潜る?」
「はい。今、数人を上流にも送っているのでそっちの結果次第なところはありますが、水質汚染の原因はこの水の中にあるでしょうから潜って探すんですよ」
「水の中を探すような魔道具はないわけ?」
「探査装置はありますが、手持ちで近くまで持っていかないと反応しないレーダーみたいなものですからね。結局は肉眼で視認しないといけません」
なんとも中途半端な。
兵士たちは過酷な訓練を積んでいるわけで、その筋肉が並ぶ並ぶ。
数人がムキムキしている分には眼福な感じになるでしょうけど、流石にここまで揃うと気持ち悪くなってくるわね……
何事も程々が大事。
「って、潜るってこれがもし魔素ってやつに汚染されているとしたら、私たちからしたら毒池ってことよね?
そんな観光気分で普通に潜って大丈夫なものなの?」
「魔素とはいえ所詮は毒。専用の解毒薬もありますし、一時的にある程度の魔素耐性を得られる飲み薬もありますから神話級の化物が出ない限りは問題ありませんよ」
「そう……取り敢えず、私とルカはここで見物させてもらうわ」
「ええ、流石に女性を中に入れるわけには行きませんから……
護衛に女性隊員を置いていきますので、何かあれば彼女たちを頼ってください」
「さっきも言ったけど、治癒魔法は使えないから怪我だけないようにお願いね」
「善処します」
あ、私フラグ建てちゃったかしら……
いや、でも皆優秀らしいし大丈夫よね?――これもフラグか……
† † †
全員が潜水を始めて一時間くらいが経過した。
その間、誰一人として水面に上がってくることはない。
どうしてか護衛の二人に聞いてみたところ、口に加えていった魔道具のおかげらしい。
元の世界でも科学的に開発されていた、水に溶けた酸素を取り出して呼吸する装置みたい。
人間の持つ魔力がエネルギー源となるため、魔力が尽きるまで潜り続けられる。
また、魔力の消費量も比較的少なく効率が非常にいい魔道具なんだとか。
「他にもこんなものがあります」
そう言って一人が見せてくれた物は通信アイテムだった。
「トランシーバー? でも、通信機器はこの世界で製造していなかったはず……」
「トランシーバーですか? これは音信機と言って念話を擬似的に再現した魔道具なんですよ」
精霊魔法、神聖魔法などなど、魔法にも幾つか種類があるわけだけども、超能力的な特殊技能も存在しているわけで、それが念話と呼ばれるものなんだとか。
それを擬似的に誰でも使えるようにした魔道具が音信機らしい。
最も、あくまで擬似的に再現したものなので効果範囲は狭く、精々二百メートル程度がやっと。
電波と違って周波数もないから使い分けが出来ず、今回のように一つのグループで使う分には非常に便利だけど、複数の捜査部隊に分かれて使用するとなると混線して大変なことになるというわけ。
これならパワーバランスは崩れない。
『見つけた――』
っ!? ――ビックリした……。興味本位で受け取って見てたらいきなり声が聞こえるんだもの。
『全部隊水面に上昇。相手は大型の魔物だ。このダムに住み着いたらしい。十五秒後に上へおびき寄せる。総員戦闘態勢』
「大型の魔物?」
「どこから入ってきたんでしょうね? 水中と慣れば魚の様な姿をした魔物のはずですが、大型となると流れてくるとは考えにくいです。
取り敢えず、大型の魔物が上がってくるならここは危険です。すぐに後ろに下りましょう」
そう言われて女性隊員たちに引かれるように水際から離れ天馬のところまで戻る。
振り向いた次の瞬間――黒い大型の魚が水柱を建てて思いっきり水面に浮上した。
その体はかなり大きく怪魚そのもの。
これが、私の記憶に残る最初の魔物との遭遇戦だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます