第11話 才女、トト顧問の母に会う
昼食を食べ終わった頃、私たちを除く最後の客が出ていき店仕舞いとなった。
「もう閉めちゃうの?」
「夜にはまた開ける。ここは十一時〜十四時までの三時間と、十八時〜二十五時までの七時間で営業してるんだ」
そこで瞬時に答えるのがアビスという時点で、トト顧問は本当に手伝いをしていないことがよく分かる。
「トト顧問……本当に手伝いしてないのね」
「まぁね〜。私は研究で忙しいし、アビスが代わりにやってくれるから」
うわぁ……アビスが珍しく心底嫌そうな顔をしてる。一体、どうやったらそんなに嫌がられるのかしら?
何となく普段から色々と面倒事を押し付けてそうだものね。全部、アビスが処理してるのかもしれない。
「本当にアビスにはいつも世話になってばかりでゴメンね。
あんたも少しくらい手伝いなさいよ」
そう言ってお茶を持ってきてくれた人がいる。
多分、タイミングからしてトト顧問のお母さんなんだと思う。見た目は誰が見てもお姉さんにしか見えないけれども。
二十代の
「お母さん。今の私は植物研究所の顧問さんなんだよ。一番偉いんだよ。
家のお手伝い何かしてる暇なんてないよ」
「嘘こけ。面倒な仕事は全部俺に押し付けてるくせに」
なんてことを平然と言ったトト顧問だけど、実際には研究以外なにもしていないんだとか。
後で聞いてみると、本当ならトト顧問がしないといけない事務作業も全てアビスが管理と処理をしている関係で、アビスの方が圧倒的に仕事量がある……というよりも、トト顧問は本当に何一つしてないらしい。
なにせ、申請に対する許可印もアビスが内緒で変わりに押しているというのだから、私としても「まぁ、そうよね」としか言えない。
ただその分、研究の方はかなりの成果を上げていて、王様から褒章を貰ってるみたい。
若くして所長となったのは祖父の孫だからというのと同時に、トト顧問自身も功績を上げてるからなんだって。
逆にアビスはというと……
褒章こそ貰っていないものの、若手の中ではかなり優秀らしい。
トト顧問同様に若くして副顧問になったのは、顧問もとい問題児の世話役としてこれ以上にない適任者だったことと、その成績の優秀さが招いた結果。
ちなみに、そのことを自慢げに話してくれたのはトト顧問のお母さんだ。
多分、お母さんは完全にアビスのことを婿にしか見てないと思う。
「はいはい、あんたには最初から期待してないよ」
これじゃあ、アビスとトト顧問のどっちがこの家の子か分からないわね。
アビスも普通に馴染んでるし、可愛がられてるもの。
コレが幼なじみというものか……ってちょっと思ってみたり。
思えば、勉強のためとは言え引きこもり同然だったから人付き合いがあまりなかった。
一人、同じマンションに住んでいた男の子が、小学校から高校まで一緒だったような気がするけど……
彼ともし話していたら、アビスとトト顧問のような関係になれたのだろうか?
駄目ね。もしそうなれたとしても、異世界に来てしまった以上、無駄に心配する人が増えるだけ。
むしろ都合が良かったと思うことにしよう。
それに、今の四人で気ままに過ごす生活も実は結構気に入ってたり。
目標はなくなってしまったけど、余裕のある生活というのも案外悪くはない。
「それで? あんたが才華でいいのかい?」
非常に今更感があるけども、思い出したかのようにお母さんに声をかけられる。
「ええ、私が相澤才華よ」
「ふーん。まぁ、確かにそっちの男の子たちは父さんに似てるかもしれないねぇ……。
才華とそっちの子はうちの子に似てるからなるほど同郷と言われても納得がいくか」
何となく髪を見ている辺り黒髪で判断している気がしないでもない。いや、顔立ちも見てるのかな?
やっぱり、異世界人は異世界人の雰囲気というものがあって、顔立ちも日本人とは少し違う。
ちなみに、トト顧問のお母さんは金髪だったわ。
「私たちが同郷かどうかって関係あるの?」
「いや、あんまりないんだけどね。
母さんから受け継いだ味が父さんの好みとかじゃなくて、本当に日本の味なのかと気になって。
四人とも美味しそうに食べてくれたから大丈夫だったのかと思って安心したんだよ」
ここで使用した調味料関連はトト顧問のおばあちゃんが再現したもので、店で出した当時から常連たちに大人気だったそうだ。
ただ、あくまで常連たちはこの世界の人間だったため、本当に日本人が食べて遜色ないと言えるほどに再現できているのかは分からなかったみたい。
後にトト顧問のお母さんがおばあちゃんの下で修行しながら、大量生産が出来るように改良し工場を建設して今は市販しているんだとか。
「工場は今も?」
「いいや、流石にこっちとの両立は難しいからね。
アビスの妹に工場ごとあげちゃったよ」
「へ?」
驚いてアビスを見る。
私だけじゃない。他の三人も勢いよく振り返っていた。
アビスが何か苦い顔をしているのは気のせいだろうか?
「いや、わざわざサイカに『俺、妹いるんだ』とかいう必要ないだろ?」
確かにその通りなんだけども、そんな素振りを全く見せないもんだから、てっきり一人っ子なんだと思ってた。
隣に手のかかる
「ほら、ケーキも実は妹の誕生日にって作ったのが最初なのよ」
先程の仕返しとばかりにトト顧問が畳み掛ける。
よっぽど恥ずかしかったのか、アビスは視線を逸してる。
元々、面倒見がいいからね。言われてみると少し納得。
「実はシスコン?」
「断じてそんなことはない」
「仲は良いけどね」
トト顧問が珍しくジト目なのは、アビスと妹さんがよっぽど仲が良いからなんだろう。
「まぁでも確かに意外だな。もう少し堅物なんだと思ってたよ」
来斗がそう言って笑っている。鎮も頭を縦に振ってるし、やっぱり私だけが意外に思ったわけではないみたい。
ちなみに、恵子ちゃんはあとから来ていたデザートをパクついている。
「とにかく、俺の話はいいだろ。サイカはここに日本料理を習いに来たんじゃないのか?」
「まさか、こんなに本格的に料理教室が準備されてるなんて思ってないわよ」
実際、何の説明も受けていなかったから、エプロンも何も用意してない。
朝、城を出る時なんててっきり食材を味見出来るようなマーケット的な場所に案内されると思っていたくらいだ。
そして、この後みっちり
† † †
店の開店時間だからと今日のレッスンはお開きに。
本来、お母さんがやってる仕込みを全てアビスに任せてしまったので、少し申し訳ない気分になってしまう。
唯でさえ苦労人なのに……
馬車の中では各々、今日の収穫を確認していた。
私は料理のレッスンだったけども、その間に他の三人は先生に連れられて外に出ていたのだ。
「何かいい収穫でもあったの?」
鎮は何か本を熱心に読んでいて、来斗は何か小物を見ている。
恵子ちゃんは……歩き疲れたみたいで寝てる。私の膝枕で。
「これ? 剣術の本なんだよね。日本に居た頃は剣道を齧っていたし、それなりに振れるとは思うんだけど、ほら、ここは魔法があるから……」
どうやら、魔法と剣技の関係性について説いた本らしい。
私は武術の心得が無いわけではないけど、得意とするわけでもないから、武術関連の本は外してもらっていたのよね。
時間がある時に借りてみるのもいいかもしれない。
来斗の方はと言うと……
「これか? 異世界版知恵の輪的なものみたいだ。
最近、勉強した魔法理論を応用すれば解けるらしい。俺はテストよりこういう物の方が覚えやすいからな。先生の観察眼には恐れ入ったよ」
ということらしい。
何にしても、こののどかな日常はまだもうしばらく続きそうだ。
だけど、私たちは今日の経験の興奮が冷めないからか失念していた。
この世界の交通事情を――
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