第10話 才女、街に出た

 馬車に乗ること数十分。ようやく街に着いた。

 最初は乗ったことがない馬車に乗れて浮足立っていた私たちだけども、その状態は残念ながら長くは続かなかった。


「うぅ……。おしり痛い」


 途中から私にしがみついて痛みを堪えていた恵子ちゃんがそう感想を漏らす。


「想像していたよりも遠かったからな」


「あと、日本みたいに道が舗装されてないからね」


 同意するように来斗と鎮が続いておしりの痛みを訴える。

 ――帰りはクッション必須ね。

 折角の待ちに待った外出だと言うのに、その出だしは先行き不安なものになってしまった。

 でも、普段あれだけ気を回してくれる王宮が、クッションの一つも用意できないというのは何故なのかしら?

 よくよく見てみると先生は平気そうな顔をしている。

 あれね。きっと異世界人のおしりは頑丈なのよ。

 まさか馬車に乗った程度でおしり痛めるなんて、思ってもいなかったんじゃないかしら?


「おやおや、これでは遠征が思いやられますねぇ……」


 先生は私たちがおしりを摩ってるのがツボにはまってしまったらしく、必死に笑いを堪えていた。

 そこまで笑うことかしら?

 まぁ、確かに周りの注目は集めてしまっているけれども。


「何か先生だけズルい」


 笑われたのが気に食わないのか、恵子ちゃんは不満気だ。

 この世界の人に取っては通過儀礼みたいなものなのかも知れない。


「ケイコさんこういうのは慣れですよ慣れ。私だって流石に最初はおしりを痛めていましたよ」


「慣れね……。でも、下に敷くものくらいあってもいいんじゃない?」


 なんて、さっきから思っていたことだから、恵子ちゃんに変わって反論してみたけど「そんなものはありませんよ」って一蹴されてしまった。

 聞く限りではこの世界に座布団がないらしい。クッションはあるのに座布団がないとは……

 まぁ、日本でも今じゃ使ってる人は少ないかもしれないけど。それに、ここは異世界。畳すらないのだから座布団がないのも仕方ないのかもしれない。

 ちなみに、クッションだとバランスが取れなくて倒れてしまうそうだ。


「なので、道なり、馬車なりを直接改良しないことには解決しないんですよ」


「ふーん……。ちなみに、道具とかって王宮にあるのかしら?」


「そうですね……。材料は頼めば用意してくれるでしょうし、道具は一通り置いてあるはずですよ。なんなら、今から見に行くという手もあります」


 異世界の大工道具――少し興味はある。

 ただ、日本の技術も来ている以上、そんなに変わらないんじゃないかとも思う。


「やめておく。今度、王宮でゆっくり試してみるわ」


「確かに、時間かかりそうですしね。分かりました。

 では、戻ったら明日には道具一式を揃えておくよう手配しておきますね」


「ありがとう」


 今日は街の様子を見に来たのであって、趣味ばっかりに没頭しててはいつもと変わらないものね。

 幾ら知識欲があるとは言え、私だってそのくらいの分別はある。


「では早速、街を見て回りましょうか。午前中は私が色々とご案内しますね」


 そう言って、先生が先頭を歩き始めた。

 おしりの痛い私達には少し辛い速度で。相変わらずのSっ気……

 難易度が高い神聖魔法である治癒魔法なら、痛みを和らげられるはずなのだけど、生憎と今の私には神聖魔法が使えない。

 あれ、使うには教会で色々とやらないといけないみたいだし。

 ただ、おしりの痛くならない馬車を作るのと、魔法を覚えるのどっちが先かしらね。

 物思いに耽りながら向かった場所は、観光地という程ではないにしろ、中々に興味深いものだった。

 なんか、日本にいた頃にテレビで見ていた西洋はまさにこんな感じ。

 海外旅行に行った気分になる。まぁ、異世界旅行なんだけどね。


「そう言えば、ここは地面が石畳になってるのに、なんで、王宮までの道は石畳になってないのかな?」


 最初にそのことに気がついたのは恵子ちゃんだ。

 言われてみると、確かに街の中は石畳になっている。思い起こせば、街に到着した直後、何となく振動が減った気がしたのは、これが原因だったのかもしれない。


「そうですね……。石畳が整備されたのは随分と昔なので噂程度にしか知りませんが――」


 この国は魔王だ、魔法だ、召喚だ以前に、歴史を後世に残すことを学んだ方が良いんじゃないかしら?

 召喚に関しても信憑性のない文献くらいしかないわ、普段から使う道路のことなのに噂しか残ってないわ、何でもかんでも曖昧なのはよろしくない。

 そのせいで、本を読む際も色々と苦労しているのだ。


「街の整備を担当した異世界人の方針で、王宮までの自然を残すようにと言って整備しなかったそうです」


「それ、単に面倒だったんじゃないか?」


 来斗の疑問は私も感じた。

 王宮は丘の上にある関係で街から離れている。

 その道中は森の様に木が生い茂り、ここに来るまで野生の動物らしき影を何度も見てる。

 とはいえ、石畳を引いた程度では自然は壊れない。

 勿論、石畳の整備に合わせてあれやこれやと道脇に色々と立てたりすれば話は別だが……


「もしかして、王様とかが外に出ないのって道が悪いから?」


「いやいや、そんなことは……あるかもしれませんねぇ」


「あんのかよ」


 王様あの体型だからね。

 私たちであれだけ痛めているなら、王様はもっと負担があるかもしれない。

 段々と来斗もこの世界のいい加減さに慣れてきたようで、ジト目はしているものの「もう何も言わん」と脱力している。


「というのは冗談で、業務が多すぎて部屋から出れないそうですよ。

 昔は体を動かすのが好きで、外へ狩りに行ったりしていたそうですが、今はこないだご覧いただいた通りですよ」


 だが、今回ばかりは先生の悪ノリだったようだ。

 あれで支持率の高い王様なだけあって、当初は外に出て民と積極的にコミュニケーションを取る人だったらしい。

 ここ数年は各領主と魔族の対応に追われていたり、隣国との交流にも力を入れている関係で色々と書類仕事が増えたりしているんだとか。

 そのストレスで過食になり今はぽよんぽよんしているらしい。

 恐らく、隣国と交流を深めているのも、魔王が復活した際に危険が及べば民を逃がすためのものなのだろう。

 想像以上に民思いな王様だ。その一点だけ見れば好感が持てる。


† † †


 取り敢えず、ざっと半分くらいは見て回ったと思う。

 時刻は昼くらい。正直、想像以上に大きな街だった。


「皆さん、お疲れですね」


 何食わぬ顔でニコニコしている先生がそう言うが、正直あれこれ気にしている余裕はない。

 来斗はまだまだ大丈夫そうだし、鎮は着いた時と変わらない。私もまだ大丈夫そうだけど、休みたいかと言えば休みたい。恵子ちゃんに至ってはKO状態だ。

 お昼も近いし何処かで食べながら休憩するのがいいだろう。

 まぁ、最初からここが目的地であるかの様に食事処の前で立ち止まって言われれば、『あぁ、ここで昼食を取るのか』と普通に分かる。

 やたらと並んでいるから、げんなりしてしまったけどね。


「では、中に入りましょうか」


 中に促されて入ってみると、日本でよく見る居酒屋の様な内装をしていた。

 ところで、外に並んでる人を無視して入っちゃって良いのかしら?


「いらっしゃいませ」


 来店に気づき入り口に来てくれた店員はよく知る人物だった。


「アビス?」


「やっと来たか。昼食の準備はとっくに出来てるぞ」


 アビスはそうぶっきらぼうに言うとキッチンへ向かう。戻ってきたアビスの手には人数分の水が用意されていた。

 本当にアルバイトみたいなことをしてるみたい。


「何でここにいるの?」


「それはアイツにでも聞いてくれ」


 そう言われて指さされた方を見ると――

 これまた、見たことのある人物が座っている。


「トト顧問?」


 意外なことにトト顧問がニコニコと手招きしていた。


「こんにちは、才華」


「こんにちは、トト顧問。さっき、アビスにも聞きましたけど、何でここに?」


「いやぁ、聞けば今日は街探索に行くって言うでしょ?

 だから、たまにはでも食べさせてあげようかと思って」


 実はこの食事処はトト顧問の実家らしく。

 祖母が祖父に駄目出しを喰らいながら再現した日本料理を受け継いだ母親が振舞っているらしい。


「アビスから才華が日本料理の再現に挑戦してるって聞いたから参考になるかと思ってね」


 ただ、昼時は非常に混むため基本、予約を受けておらず並ばなければいけないらしい。

 今回は無理やり席を取っておく代わりにアビスが午前中、手伝いに入っていたのだそうだ。


「ん? でも、予約とアビスが働くのってあんまり関係ないんじゃないかしら?」


「まあね。四人は知る人からすれば王族と同等のVIP待遇だから見返りなんて必要ないわ」


「なら何故?」


 トト顧問が待ってましたとばかりのドヤ顔を表に出す。


「だって、外で給仕してるアビスを見たいじゃない」


 可愛がってるのよね?

 言われてみれば、ちょっと遠目に観察するのも良いかなぁって思わなくもないけど、あんまりからかいすぎると後で何されるか怖いから出来ない。


「よくアビスが従いましたね」


「ふっふっふっ。何とびっくり顧問権限を使いました!」


 それこそドヤ顔で言うことじゃない。

 完全に職権乱用あるいはパワハラだ。今の世の中は「パワハラだ!」「セクハラだ!」「痴漢だ!」って言ったもん勝ちなんだから気をつけて欲しいわね。

 まぁ、ここ異世界だけれども。


「そうだ。この馬鹿が悪いだけだからサイカたちは気にしなくていい」


 注文を受けに来たアビスがそう言った。


「二人って上司と部下って感じの関係じゃないわね」


「それは、ほら。幼馴染みだから」


「? なら小さい頃とかアビスがお手伝いしたりしてなかったの?」


 給仕姿が見たいと言ってアビスを働かせるのはいいが、幼馴染みならお手伝いとかしてたんじゃないかと思ったのだ。


「してたぞ」


「してたっけ?」


「ああ、お前が家の手伝い放り出して外で遊びこけてる間にな」


 なるほど、昔からトト顧問はそういう役回りで、尻拭いはアビスがしていたようだ。

 そのまま私たち五人とトト顧問、そして、仕事を終えたアビスは昼食を食べることにする。

 後で、トト顧問のお母さんと話してみようと心に決めて。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る