第9話 才女、街へ向かう

 朝になった。

 日煌にっこうの巡りは太陽とズレている。

 だから、日本にいた頃と同じ頃に起きると既に、太陽は顔を見せている。

 今日はいつもよりも遅い時間に起きたから、木の陰に隠れることもなく、高々と上がっていた。


「おはようサイちゃん」


 ふと、声を掛けられる。

 目を覚ませばそこに恋人が――なんて夢のような展開はなく、珍しく先に起きていた恵子ちゃんがこっちを見ている。

 私、百合ではないから起きて目の前に女の子の顔があると、何ともいたたまれない気持ちになるのは許して欲しい。

 というのも、最近の楽しみが起きてからしばらくの間、恵子ちゃんの寝顔を眺めることという……

 状況が状況とはいえ、色々と毒されてる感が否めない。

 かと言って嫌かと言えば、兄弟がいないからか妹が出来たみたいでちょっと嬉しかったり……まぁ、恵子ちゃんとは一つしか変わらないけどね。

 ルカは多分、全員分の朝食を用意するために外に出ている。

 いつもは私のほうが起きるのが早いから、今日は完全に出遅れてしまっている。


「おはよう恵子ちゃん。昨日の夜は遅かったのに朝は早いのね」


「えへへ。だって、ようやく外に出れるんだよ?

 別に監禁されてたわけじゃないし、ベランダに出て風を浴びたりはしてたけど、それじゃあ物足りないでしょ?」


 確かに庭園が無駄に広いので散歩には困らないけど、何処を歩いていても見えてるのは城、城、城。

 流石に飽きてくる。

 まぁ、城の中も含めて根気よく探索していれば、一昨日行った温室みたいに知らない設備を発見できるかもしれないけど、魔力供給が必要な設備は制限されているし、あまり期待できないかもしれない。

 とはいえ、興奮してあまり寝れてないとなると、馬車で酔ってしまうのではないかとも思う。

 絶対揺れるしね。


「さ、鎮と来斗を起こす前に支度をしましょうか」


 今日は昨夜の勉強の関係で二人ともリビングのソファーで寝ている。

 寝起きの乱れた状態で二人の前に顔を出すのは頂けない。

 忍び足でシャワー室に移動し、部屋に戻って恵子ちゃんと二人で髪を手入れし合いながら準備をした。

 ちなみに、言うまでもなく準備中にルカが帰ってきて恵子ちゃんと私の髪を取り合っていた。


 † † †


 部屋を出ると来斗が起きていた。

 多分、私の髪を取り合ってルカと恵子ちゃんが騒いでいたからでしょうね。

 二人とも本当に朝から元気なんだから。


「おはよう相澤。昨日は悪かったな」


「ん? 何が?」


「いや、結局寝落ちしちまって、女子の部屋で一晩過ごしてしまったからな」


 そういうところは最年長なだけあって、色々と気遣ってしまうみたい。

 大学生なら彼女の家で……とかないんだろうか?

 健全なお付き合いをしていればないのかもしれないけど……


「気にしないで良いわよ。

 寝室は別だったし、今更、部屋に招くのも難しいほど人見知りするような間柄でもないでしょう?」


「だがな、俺も鎮も男な訳で……」


「ふふ、恵子ちゃんはスタイル良いものね。襲っちゃう?」


「……しねぇよ」


 恵子ちゃんのスタイルを思い出したのか、反応は少し鈍い。

 心なしか私を見ながら顔を赤らめている様に見えなくもないけど、お互い寝起きだものね。

 多少、意識してしまうのは仕方ない。

 何か、来斗の雰囲気もいつもに比べて少し丸い感じというかなんというか……朝日とマッチしてて普段よりも更にいい感じに見える。

 その近くで無防備に寝顔を晒している鎮が、その雰囲気を更に醸し出しているのかもしれないわね。


「何度も言うけど気にしないで。

 襲ってくるかも知れないと思うほど危険な相手だったら、そもそも部屋に入れたりしないわよ」


「それもそうか」


 それに心配するまでもなく、二人とも朝までガッツリ寝こけているのだから、むしろ糾弾する点が見当たらない。

 なにせ、時間は既に八時を過ぎている。

 九時には出発になるので、今は遅刻の方が心配だ。

 最近は女の子の寝顔ばっかりだったから、もう少し鎮の寝顔を鑑賞していたかった気もするけど、時間が時間なので鎮を起こしてあげる。


「鎮。朝よ。時間ないから早く起きてちょうだい」


「……?」


「御飯食べる時間なくなるわよ」


「……っ?!」


「そんなに驚かなくてもいいじゃない。流石に傷つくわ」


 鎮は起きたら目の前に私の顔があったからか、驚いてひっくり返ってしまった。

 無防備に寝顔を晒した上に、起きたら目の前に異性の顔があれば驚くかもしれないけど……個人的にはもう少し可愛い反応が欲しかったわ。


「ご、ごめん。起きたら目の前に才華さんの顔があったから……」


「相澤はもう少し自分の容姿を気にしたらどうなんだ?」


 起きたばかりな上に驚いた直後の鎮はしどろもどろ。

 おまけに来斗には呆れられてしまった。

 確かに、人並みには容姿が整っているとは思うけども、そんなに恐縮されるほどではないと思う。

 と思っているのは私だけで「サイちゃんは自覚ないみたいだけど、相当な美人さんだよねぇ」って、丁度部屋から出てきた恵子ちゃんに言われた。

 ちなみに、鎮曰く初めて会った頃と比べて格段にレベルが上っているらしい。

 自分でレベルって言うのは抵抗があるけど。

 多分、この部屋に住み始めてから食事の質が格段に向上していること、ルカの手入れがやったら丁寧なことなどがその原因なんじゃないかと思う。

 他を上げるならファッションも。

 日本に居た頃はあまりオシャレをしなかった。

 何せ勉強漬けの毎日だったから過ごしやすければそれで良かったし、外に行くにしても高校の制服で事足りた。

 逆に今は毎日、恵子ちゃんとルカに着せ替え人形にされてるから、日本に居た頃に比べると圧倒的にオシャレになっていると自分でも分かる。

 まぁ、私のファッションセンスが上がったわけではないのだけれども。


「食事の準備が出来ました」


 なんて、やり取りも束の間、さっきまで部屋で準備を手伝ってくれていたはずのルカが最終準備を終えて声を掛けてきた。

 いつの間にかテーブルには食べ物が並べられている。


「マモル様とクルト様は先にお食事をお願いします。流石に部屋のシャワー室を使って頂く訳には参りませんので」


「そうだね。朝食を食べてから二人で大浴場に行ってくるよ。

 あんまり時間ないから大急ぎでだけど」


 確かにシャワー室は私と恵子ちゃんが使ったばかりだものね。

 二人が特殊な性癖を持っているとは思わないけど、何となく使っていいとは言えない。

 そこではたと気付く。

 自分の髪をすくい上げ匂いを嗅いだ。ふんわりと甘い匂いがする。


「ようやく気付いたか……」


 私の様子を見て来斗が脱力している。

 その様子を見て流石の私もようやく理解する。


「まさか、髪に付いた匂いで照れてたの?」


「あのな、目の前に異性が居ていい匂いがしてれば気にもなるし、照れもするさ。

 相澤はそこら辺をもう少し学んでくれ」


 島根もだが無防備すぎだと怒られてしまった。

 と言われても、異性とは今まで殆ど縁がなかったのだから仕方ない。

 そう言うからには来斗と鎮を使って色々と学んでいくしかないだろう。


「ほら来斗君。早く食べよ。お風呂入る時間なくなっちゃうよ」

「あいよ」


 いつの間にやら来斗と鎮は仲良くなっていたようだ。

 お互い部屋も近いみたいだし同性だからね。

 当たり前と言えば当たり前のような気もする。


 † † †


 外に出た。時間は三分前くらい。

 それなりに余裕があったはずなのに、ルカと恵子ちゃんが全然放してくれなかったのだ。

 結局、着替え終わってみると白を基調としたワンピース姿。

 帽子も被せられてどこぞのご令嬢といった雰囲気に仕上がった。

 正直、あまり目立ちたくはないのだけれども……ルカと恵子ちゃんが「やりきった」って満足そうな顔をしてるから諦めた。


「二人とも遅かったね」


「準備は殆ど終わってたんじゃないのか?」


 集合場所には既に鎮と来斗が居た。

 二人は水を飲むように朝食を胃に流し込んだ後、急いで部屋に戻り大浴場に行ったのだ。

 まず、間違いなく走っているはずなのだが二人とも汗をかいた形跡はない。


「二人がギリギリだったからもっと遅く来ると思って……

 二人とも走ったの?」


「一応、走ったな。

 湯船には浸からなかったから、風呂上がりは歩いて来れたが……」


 今は冬というわけではないが、朝は少し肌寒い。

 湯船に浸からないのは体を冷やしてしまうような気がしないでもない。


「寒くないの?」


「ああ、シャワーで体を温めた後に足を水で冷やしたからな。

 まぁ、湯冷めはしないだろ」


 ああ、それよくやるわよね。

 実家が北海道の田舎で、お風呂は温泉に行っていたけども、その時に最後上る前に足に水を掛けておくと、雪が降ってても体が冷めにくいのよね。

 そうこうする内に、時刻は九時になる。

 馬車の準備を終えた先生がやって来た。


「皆さん揃いましたね。早速、行きましょうか」


 だけど、一人忘れている。アビスだ。

 昨日の話では一緒に行くはずだったのだが……


「アビス君は所用で遅れてくるそうです。

 まぁ、彼の出番は食品を取り扱うマーケットに行くまではありませんし、合流するまではゆっくりと街並みを見学していましょう」


 たしかに、元を正せば私が食品を見たいという理由で始まったことだが、名目上は課外授業。

 あくまで、街の見学が最優先事項なのだ。

 そう考えれば、ゆっくりと街の見学をすることはいいことだ。

 住人と話せばこの世界のことも、もっと詳しく分かるだろうしね。


「ほら」


 なんて考えている間に先生、恵子ちゃん、鎮が馬車に乗り込んでいた。

 私がぼーっとしてたのに気付いた来斗が手を差し出してくれたのだ。


「ありがとう」


 来斗の手を取り馬車に乗り込んだ。

 帰りはアビスも乗せるからか、それなりの大きさがある。

 来斗も乗り込んだところで馬車は動き出した。

 日本と違い城内は舗装などされていない。庭園が台無しになってしまうものね。

 外に出ればレンガで一応舗装されてはいるけど、やっぱり馬車の車輪だとガタガタして少しお尻が痛い……

 街でクッション探さないと――と思いつつ、私たちはようやく街へと繰り出した。

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