第8話 才女、昼食会を開く

 昨日、部屋に戻ってから皆にアビスの作ってくれたケーキのことを話してみたら、意外なことに来斗からも反応が返ってきた。

 来斗も見かけによらず実は結構な甘党みたい。

 勝手な想像だけど体をよく動かしていたみたいだから、結構おやつも食べていたんじゃないかしら?

 今日、アビスが部屋で作ってくれるらしいと話せば、異世界のケーキはどんなものなのかと大賑わい。

 だけど、簡単にケーキとはいかない。

 目の前にラスボスがいれば当然だ。


「ということらしいので、糖分補給しても罰が当たらないように勉強して下さいね」


 と言って目の前に山積みになった資料集を片付けさせ始めさせるのは、いつも通り定位置でお茶を飲んでいるラスボスこと先生だ。

 一度、中身を見てみたのだけれども、どれも私が読んだ本より遥かに簡単な内容だったから、多分、そう日数もかからずに片付けられると思う。

 あ、勿論、私だったら一日で終わるわ。

 主に文章読み慣れているからというのが理由だけども……

 そもそも、内容はさほど難しくない。

 ただ、遠回しの表現が多く、無駄に文章が長いため、読むのが遅いと必然的に習熟速度が遅くなっていく。

 そうやって奮闘すること二時間。

 三人は流石にお疲れモードだ。

 確か、アビスが来るのはお昼頃だったはずだから、そろそろお昼の準備を始めても良いかも知れない。

 予定調整をしてくれたルカによると、ここで食事をして、すぐに私の部屋のキッチンでケーキを焼くらしい。

 ぶっちゃけ、ここで勉強している御三方には残酷な気がしないでもない。

 甘い匂いを嗅ぎながら目の前の山に集中しろとか……私だったら諦めて先に食べてから片すわ。

 まぁ、勿論だけど目の前にいる先生がそれを許してはくれないだろうけどね。


「私はお昼の準備してくるから頑張って」


「今日はサイちゃんのお手製?」


「ええ、料理が趣味って言った手前、一度も作らない訳にはいかないでしょ?

 それに、アビスもここで食事するみたいだから昨日と今日のお礼も兼ねてご馳走しようかと」


「アビスさんとすっかり仲良しだねサイちゃん」


 なんて、恵子ちゃんはニヤニヤしているけど、恵子ちゃんが考えているようなことは断じてない……こともないかもしれない。

 何だかんだで、ここ最近はずっと一緒に行動しているような気もする。


「そうね、でも、あれにあれこれ調べられるのは精神的に来るわよ」


 多分、私は遠い目をしてたんだと思う。恵子ちゃんが苦笑いだ。

 計測後に質問攻めをされた挙句、別の部屋に追加計測のために連れて行かれるのを目撃してれば何となく納得できるものでしょう?

 昨日の見送りを見るに不器用なだけで、単に好奇心から追加計測しただけのような気もするけどね。

 見た目もほら、眼鏡掛けてるクール系だから尚更こう誤解されやすいというか……

 今はそんなことを気にしても仕方ない。

 アビスとはまだ知り合って一週間程度なんだから。

 これからお世話になることもあるだろうし、トト顧問も含めてちょっとずつ知れればいいと思ってる。

 話を戻して、あれからルカに聞いてみたんだけれども、実はこの世界の食材の多くが日本で食べられているものと類似しているんだとか。

 名称も味が似ているものに同じ名前が付けられているとかで、お願いすれば大抵のものが出てくる。

 料理を一から覚える必要がないのは楽ね。

 見た目が違うからそこは覚え直さないといけないけど。

 今日は試しにパンを作ってみることにした。

 野菜炒めとかの方が簡単だろうけど、あのよく分からない野菜モドキを切るのはちょっと抵抗があるから……

 何故か玉ねぎだけは見たまんまだったからオニオンコンソメスープでも作って合わせれば軽い食事にはなる。

 ただ、普通のパンだと味気ないから、レーズンパンを作ってみることにした。

 だいぶ前に作ったきりだし、素材もまったく一緒というわけではないから不安だけど、まぁ、何とかなるんじゃないかしら?


 † † †


 お昼頃、予想していた時間くらいにアビスはやって来た。

 アビスが来る前に終わらせようと思っていた昼食の準備は、久々に量を多く作ったせいでまだ終わっていない。


「失礼します」


 ノックの後、すぐに入ってきたアビスに対応してくれたのは先生だ。

 他の三人は勉強中だし、ルカは食器とか借りに外に出てるからね。

 私はと言うと、ようやく生地が出来たので焼く前の最後の仕上げに取り掛かっていた。


「サイカは何をしてるんだ?」


「お昼の準備。暇だしたまには料理してみようかと。

 ちょうど昨日のケーキのお陰で材料に関しては元いた世界の知識が役立ちそうだったし研究も兼ねてね」


「相変わらず勉強熱心だな」


「アビスだって研究熱心なんだから同類でしょうに」


 後は焼くだけだ。

 次はオニオンコンソメスープを作る――と言っても、玉ねぎを切ってコンソメの素を入れるだけなので簡単だ。

 ちなみに、最後の方は料理慣れしているアビスも手伝ってくれた。

 お礼で作っていたのに、それで良いのかと言われればそれまでだけども、手伝うと言って聞かなかったのだから仕方ないわよね?

 この時、先生を除く男子陣が不機嫌そうに、恵子ちゃんがニヤニヤと私たちを見ていたような気がするのは決して気のせいではないと思う。

 オニオンコンソメスープはあと煮詰めるだけになった。

 手が空いた私は食後にアビスが使えるよう片付けをする。

 アビスは下準備を始めていたから、片付けは勉強に少し余裕のある来斗が手伝ってくれた。


「サイちゃんモテモテだね」


「男の比率が高ければ自然とそうなるわよ。というより、いつの間に殿下も?」


 恵子ちゃんの方を見るといつの間にか殿下が来ていた。

 王子様って暇人なのかしら?


「こんにちはサイカさん。サイカさんの手料理を頂けると風のうわさを聞きつけまして、ケーキもまだ食べ足りなかったのでそれも頂こうかと」


「殿下って意外と食いしん坊?」


「アハハ……否定できませんね」


 殿下は苦笑いしながらそう答えた。

 そう言えば、ルカ以外の侍女から「ご飯足りてますか?」って聞かれるのは殿下の食欲を見慣れてしまっているからだったのかもしれない。

 何で太らないのだろうか……やっぱり世の中は不公平だ。

 お昼は一時くらいと少し遅くなった。

 アビスの下準備が終わらなかったのも原因の一つだけど、一番の原因は恵子ちゃんの進みが少し遅かったのと、苦手な分野に当たったらしく珍しく苦戦していた鎮のせいだったりする。

 「あとに楽しみがあると頑張れるだろ?」と昔はよく父に言われたような気もするが、そんなのは嘘だと私は思っている。

 だって、目の前に欲しいものが、楽しいことが転がっているのに、それを報酬として勉強に励むとか無理に決まってるじゃない。

 解いたって頭に入らないし、気になって集中もできないから効率も悪い。

 多くの子供が勉強嫌いになるのは、この拷問のせいだと思う。


「いただきます」


 誰が最初に言ったのか、全員が一緒に食べ始めた。

 殿下は予想通りというかなんというか、あっという間に空にしてスープをお替わりしていた。

 

「これは美味しいですね。今まで食べたことはなかったような?」


「それは単に簡単な料理だから料理長が王族向けに作ったことがないだけじゃないかしら?」


 実際、アニメでよく見る作るだけで食材が殺人兵器になるような特殊能力者でなければ、失敗することはまずない。

 あって、コンソメの素を入れすぎてしょっぱくなったり、逆に少なくて薄くなる程度じゃないかしら?

 何にしても、王族に出すには少々手抜きが過ぎる料理であることに間違いはないはず。

 食べたことがないということは、勝手に外に出て食べたりみたいなやんちゃはしていないようだ。


「こっちはレーズンパンか? 何か食感が違うが……」


「そうだね。味は間違いなくレーズン何だけど、グミっぽいというか甘納豆ぽいというか……」


「そうそう、それそれ」


 次に首をかしげているのは来斗だ。

 それに同調して鎮が中々に的を射た例えをしている。

 私の感想としてはちょっと固めの甘納豆といったところ。それ故に調理してレーズンぽくする方法が思い浮かばなかったのだ。

 だってね……豆はおやつになっても果実にはならないのよ。


「でも、この世界にはレーズンといえばそれみたいよ?

 何か向こうみたいなレーズンに変える調理方法があればいいんだけど……

 これじゃあ、レーズン味の豆パンだものね」


「私は結構好きですけどね。レーズンと言えばこういうものですし」


「殿下は私たちの世界のレーズンを食べたことがないでしょう?

 こっちの世界にあるのか知らないけど、ドライフルーツみたいなものなのよ」


 こうなったら代わりの食材からレーズン風味を生み出すしかない。

 他のものはまともなのに何故こうも中途半端なものを、先祖たちは残したのだろうか……


「でしたら近々、課外授業の一環として街に出てみますか?」


 そう提案してきたのは先生だった。

 私は昨日ようやく外に出たわけだけど、三人は未だに外に出ていない。

 それに私自身も城の敷地内から出たわけではない。

 馬鹿広い城の敷地の外は興味がある。

 あのお人好し過ぎる王様が統治しているのだ。

 色々と規制も緩くて良くも悪くも賑わっているに違いない。


「それは良い提案ですね。父には私の方で交渉しておきましょう。

 サイカさんの名前を出せば即答してくれますよ」


 殿下がにこやかに言ってるけど私は魔王か何かなんだろうか?

 脅した覚えはないんだけど……


「では、色々とプランを考えないといけませんね。

 皆さんの興味は食材にあるようですから、食品を扱っているお店とお昼を頂くお店を選定しておきます」


「それ、俺も同行させてもらっていいか?」


「アビスさんもですか?」


「食材の知識はトトの阿呆のせいで色々と知っているから説明できると思ってな」


「それは助かります。私は料理がからっきしでして。ではよろしくお願いしますね」


 こうしてアビスが同行することに。流れ的に殿下も来るのかと思ったが、目立ってしまうのと普通に仕事があるとかで来れないそうだ。

 なので、今回は先生とアビスを含めた六人で街に繰り出すことになる。


「御三方は課外授業であることを忘れないように。

 これまで学んだことを遺憾なく発揮して下さい」


 ある意味中間試験的なものになることを悟った三人が夜に必死で復習していたのは言うまでもない。

 私? 恵子ちゃんの面倒を見てたわ。

 一人で茹でダコみたいになってるのが可愛そうだったからね。

 結局、夜の二時過ぎまで復習をしていた男の子二人は寝落ち。

 恵子ちゃんは何とかベッドに運んで寝かせた。

 明日は馬車を使うだろうが長距離の移動になる。

 三人が体調を崩さないかただただ不安だった。

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