第7話 才女、薬師を知る
いきなりトト顧問に抱きつかれてしばらくたった。
ようやく落ち着いたのかトト顧問は私を離してくれた。
ちょっとだけ、力が強くて苦しかった……
「ごめんなさい。身内以外で日本の人に会ったのは初めてだったから」
「日本を知っているの? それに身内って……」
「私の祖父が日本人なのよ」
確かに、この世界ではあまり見かけない見事な黒髪ではある。それに、日本語も堪能みたい。
私たち被召喚者は魔法的な何かで翻訳されるから、お互いに自分の使っている言語で話しているけども意思疎通が出来るという仕組みなのだ。
そのことに気づいたのは初日で、口の動きと声が不一致だったからだ。
よく、海外映画の吹き替えなんかでは感じる違和感。あれね。
対し、トト顧問は口の動きと声が一致していて、殿下が首をかしげているところからも日本語で話しているのが伺える。
私の言葉も状況に応じて日本語で聞こえたり、カルディアの言語で聞こえたりするみたいだから、魔法って不思議よね。
聞けば日本語を話せるカルディア人は少なからずいるのだとか。
とはいえ、日本人なんて過去に幾らでも召喚されてるだろうから、今更驚くようなことでもないわね。
ちなみに、この温室の管理は代々、トト顧問の実家であるアシュレイ家が務めているらしい。
「お祖父様は被召喚者だったのに騎士にはならなかったのかしら?」
「ならなかったみたいよ。
よく『”魔王復活の兆しが――”って言われたから来たのに何も起きんかった』とか言ってるから」
――ちょっと王様殴ってきていいかしら?
え? 何? 魔王復活とかどこぞのアニメみたいな理由で呼ばれた挙句、その魔王が復活しない可能性とかあるの?
呼んで備えるんじゃなくて、立ち向かったけど駄目だったから仕方なく呼ぶとか出来ないのかしら?
これって過去に何回もあったって聞いたけど、その中に何個かは魔王復活しないなんてことがあり、下手したらその時代にいたこっちの世界の人の方がよっぽど強くて英雄になっちゃった。みたいなこともあるのかもしれない――そう思うとやっぱり今回の召喚意味なかったんじゃ……
それに、ここ数百年の間、召喚はなかったんじゃ?
「ん? 今回の召喚のこと考えてる?」
「ええ。私も初めてこっちに来た時に『魔王復活の兆しが――』みたいなことを言われたし、数百年の間、召喚はなかったって聞いたから」
「魔王がどうかは正直まだ分からない。でも、最近は魔物が活発に動いているのは間違いないわ。
あと、祖父は他国で召喚されたの。カルディアは本当に数百年ぶりみたいね」
トップが魔王とするとその下に知性を持つ魔族、そして一番下に魔物が来る。簡単に言ってしまえば、魔物は魔族たちのペットなのだ。
それが活発ということはどういうことかと言うと、魔族が単に監督放棄しているか、意図があって人間を襲っているかのどっちかということ。
「ま、祖父の時も例年より活発に動いてるって言って呼ばれて、行ってみたら『あ、ごめんごめん。うちの子らの繁殖期で何匹も逃げちゃってさ(笑)今度回収に行くから』って魔族に言われたとか言ってたのを覚えているわ」
魔族って結構いい加減?
それ以前に、この世界の人が全体的に大雑把過ぎるのは気のせいかしら?
というより、普通に話せば和解できそうなものだけれども……
「そんなことがあって、祖父は日本に居た頃に仕事としていた薬剤師を、こっちでも始めたわけ。軍にいる必要はないからね」
「つまり、この建物はお祖父様が当時の国王に作らせたものってことかしら?」
「その通り。正直ほら、暖房設備とか普通に使ってるから、魔力炉の性能からして城全体の魔力が足りなくなるとか何とか……
で、ウチの祖父が『人をくだらんことで呼びつけておいて帰すことも出来んと言うのに、この世界の人間どもは言うことも聞けんのか?』って凄んだら作ってくれたそうよ」
「王族の人ってみんな気が弱いのね……」
もう既に何度も畳み掛けている気がしないでもないが、王族の血に少しばかり同情した。
というよりも、そういうのは普通、召喚した国の人が対処すべきことだ。
それを肩代わりするあたり、本当にあの王様はお人好しみたいね。
その後に聞いた話では、やはりこの世界の植物形はあっちとは違うらしく、似たような効果のある薬草を探すところから始めたらしい。
中には雑草として捨てられていた薬草もあったとかで……
元々、医療課自体は治癒魔法の扱える魔法師を集めて設置されていたそうだが、薬草を使った予防や治療は特にされていなかったらしい。
風邪を引いても気合で治すという原始的なやり方で皆過ごしていたのだとか。
これらの功績からアシュレイ家は王族に対してかなりの発言権があるらしい。
「というわけだから、何かあったら言ってね」
と、日本人という理由だけで仲間に取り込むことが出来てしまった。王への発言権は私一人でも充分にあるはずだけど、あの宰相が私があれこれ言ったところで早々聞いてくれるとは思えない。
その分、トト顧問が追加で発言してくれるなら動かざるを得ないはずだ。
これは私にとってそれだけありがたい申し入れだった。
「そうですね。勿論、僕も微力ながらお力添えしますよ。何かあれば言って下さい」
「二人ともありがとう」
私は人に恵まれている。
そう初めて感じた瞬間だった。
† † †
私たちは温室を出てアビスと話した部屋に戻ってきた。
「ん? 戻ってきたか」
すると、あれから結構な時間が経っていると思うのだけれども何故かまだアビスが居た。
そして、エプロンをしている。
イケメン、眼鏡、エプロン……
イケメン、眼鏡。イケメン、エプロンなら分かる。
けど、イケメン、眼鏡、エプロンは何とも言えない組み合わせに見える。
料理人はクールな感じか、とにかく熱い感じでいいと思うのだけど、なんか知的な料理人に見えるというかなんというか……
普段、白衣姿しか見てないから異様に見える。
一体何を調理してるんだって、凄いツッコみたい。
それに、このインテリ眼鏡様。見た目通りというかなんというか、掛けてる眼鏡と白衣が凄い似合ってたのよね。
だからこそ、余計に違和感を感じる。
「あら、アビスどうしたの?」
私の疑問を他所に、トト顧問が話しかける。
どうやら普段からこうみたいね。
「トトか。いや、どうせサイカや殿下を誘ってお茶でもするだろうと思って、良さげなものを幾つか用意しておいた」
「珍しく気が利くわね」
「珍しくは余計だ。居なければ呼びつけただろう?
自分で満足にお茶も入れられん癖に好きとは困った奴だ」
トト顧問は自分でお茶を入れられないらしい。
アビスは色々やらされている内に出来るようになったのかしらね。
出されたお茶は紅茶だった。
部屋でも何も思わず飲んでいたのだけれども、異世界にも紅茶があるって今更だけど意外よね。
「ふふ、紅茶は意外?」
「部屋でも当たり前のように飲んでいたのだけれども、よくよく考えたら異世界にも同じ植物があるのかどうか知らないかったなぁって思っただけよ」
「私たちの生きている時間軸には沢山の世界があるわ。
この世界は儀式魔法が発祥の世界。
この世界の魔法は別の世界の魔法技術を輸入したもの。
食文化は才華たちの居た世界から来たものでしょうね。
他にも温室設備みたいな……所謂、えーと、キカイって言うんだったかしら? あれらは魔導技術のある世界から来た技術と、才華たちの世界の科学をかけ合わせて作ったこの世界の精霊魔法用の装置だったりね。
そして、各世界から来た人々は揃ってその世界にあったものをここでも作ろうとするの。
だから、似たような葉っぱを発酵させて紅茶を作ったりしたのよ。
ちなみに、日本人の血が流れていない人には不人気なんだけれども緑茶もあるのよ?」
欲しいと思えば大体あるし、なければ探せば作れる可能性があるというのは、この世界でも充分に今までのような生活が出来るということだ。
ここまで聞けば一つ分かったことがある。
食文化の話――あれ、多分だけど日本のもので間違いないと思う。
だって、ここに来てから食事で不満を感じたことないんだもの。
味付けが日本風だったから何でしょうね。ちょっと納得。
デザートにはケーキが出てきた。生クリームたっぷりの苺ショートケーキが。
「そう言えば、牛乳みたいなのはあるけど、この世界にも牛が居るわけではないんでしょ?」
「そうね居なかったわ」
「居なかった?」
その言い回しはおかしい。
ニュアンス的には人間ではなく、牛を召喚したという風に聞こえなくもない。
牛なんか召喚して何をする気だったのだろうか?
「かなり昔の話らしくて言い伝えくらいしかないんだけれども、召喚も毎回毎回、完璧な成功を収めるというわけではないみたいでね、たまに同じ場所から一人が来るはずが近くに居た人が巻き込まれて一緒に来ちゃったとかあるみたい。
牛の場合は呼ばれた人が酪農家でね、牛の世話をしていた時に呼ばれて、しかも運よくと言うか悪くと言うか、オスメスをセットで連れてきたらしいのよね。
そして、その人が繁殖させたの。
餌は違うから多少味が違うかもしれないけど、正真正銘、才華たちの世界の牛乳よ」
まさか似たものではなく同一のものがあると思わなかったからビックリしてしまった。
だってね……牛と一緒に来ちゃったって、それこそ絵面的にシュールだと思うのだけど?
あの豪華な部屋に汚れて良いような作業着を着たおじさんが、牛と一緒にいきなり目の前に現れたら……
流石に牛を知らなかった異世界人でも固まってしまったのではないかと思う。
そんなことを考えながら、出されたケーキを一口食べる。
優しい甘さが口いっぱいに広がる。
クリームもふんわりしていて食べやすいし、あまりくどくもない。
「このケーキって食堂でも作ってくれるかしら?」
「流石に無理だと思いますよ。上に乗っている果実はここでしか手に入りませんから」
「温室産ってこと?」
「はい。ヒンシュカイリョウ? と言うものでイチゴ? とかいう果実を再現したと聞いたことがあります」
優秀な殿下でも流石に名称を忘れていたようだが、聞く限りどうやら品種改良で苺モドキを作ったらしい。
でも、品種改良では苺は作れないわ。
多分、魔法が絡んでるんでしょうけど、改良とか通り越して完全に創造だと思う。何でもありね魔法……
「どう才華? ウチの医療課自慢の苺の味は?」
「向こうの物と遜色ないわ」
実際、形や色に味、どれをとっても私の記憶にある苺と遜色ない。
一つ付け加えれば、この苺は特殊な生まれ方をしたからか、先っちょが甘いなんてことはなく、全体が均一に甘くなっている。
何処から食べても甘いのはいいことだ。
「ふふ、それは良かった。何せ、大の苺好きだった祖父の作った物だからね」
「苺もケーキも良く出来ているわ」
ゆっくり味わって食べているつもりだったけども、皿に乗せられたケーキはみるみる内に減っていく。
「ケーキ気に入ったの? 良かったわねアビス」
「余計なことを言うな」
そんな私を見ていたトト顧問の一言に、アビスが視線を逸している。
その頬は少し赤くなっているような気もする。
無表情だと思ってたけど、意外と反応するものね。
「これアビスが作ったの?」
「まぁな」
「研究だけでなくスイーツまで作れるのは凄いわね。
私も料理はそれなりに出来るつもりだけど、こんなに立派なスイーツは作れないわ」
アビスの顔が更に赤くなってしまった。
わざとらしく眼鏡をとって拭いているのがちょっと可愛い。
「これ、残りを持ち帰れないかしら?
私以外に三人同郷の人間が居るから、せっかくだし、是非食べさせてあげたいのだけど……」
「すまない。これは先日作ったものの残りでな、ここに出した分で全てだ」
「なら、材料持って明日作りに行って上げなさいな」
「何を言って――」
提案したトト顧問はニヤニヤしている。何を企んでいるのかしら?
というか、アビスの耳元で何か内緒話してる。
何かアビスもキレたりしてるし……この二人、何やってるの?
「分かった。俺の負けだ。明日は一日、被召喚者四人に協力できることを調査する目的でサイカの部屋に行く。
部屋にお邪魔する以上、何も用意しない訳にはいかない。だから、材料を持っていって向こうで作る――それでいいな?」
「まったく、素直じゃないんだから」
何か良く分からないけど、アビスは明日、私の部屋に来てケーキを作ってくれるらしい。
恵子ちゃんは女の子だし、鎮は甘いの好きそうだから喜んでくれそう。
来斗は……何かただ食べて終わりそうね。
程なくしてお茶会はお開きになった。
施設前で殿下を迎えに来た馬車に一緒に乗せてもらう。
乗る時に手を貸してくれたのはアビスだった。
「明日、楽しみにしているわね」
「……期待されても困る」
「あら、謙遜はよくないわ。さっきも言ったけどとっても立派なスイーツだったわ」
馬車が走り出す。施設が見えなくなるくらいまでアビスは見送ってくれた。
明日会うのだから別にそこまでしなくていいのに――なんて思いつつも、その不器用さに何か親近感を感じた。
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