外に出ます

第6話 才女、薬師に出会う

 魔力計測が終わった後も生活に変化があるわけではない。

 それは、魔力計測が今後の授業方針を決めるために行われたものだからだ。

 授業内容が少し難しくなるという話だったのだけど、私からすれば多少難しくなったところで、全て勉強の終えている範囲でしかないという……

 簡単な精霊魔法に関しては殆ど終わってしまった。

 残すは高位精霊と契約して使う魔法くらいなもの。

 ただ、この高位精霊との契約が誰でも出来るわけではなく、全ての人が扱えるわけでもないそうだ。


「というわけなんだけれども、これから私どうしたらいいかしら?」


「知らんがな」


 取り敢えず、真っ先に部屋に来ていた来斗に聞いてみた。

 年長者だし何かいい案はないかなぁと期待して。

 結果は見ての通り惨敗だったんだけども……


「何か武術でもやれば良いんじゃないか?」


「私、柔道も剣道もそれなりに出来るわよ?」


「マジか。お前、とことんスペック高いのな」


 来斗は今まで適当にのらりくらりと進学していたらしく、不良ではないけども、特別真面目というわけでもなかったのだとか。

 しばらくすると、次は隣の寝室で着替えていた恵子ちゃんが入ってくる。

 最近、何かと理由をつけて恵子ちゃんが泊まりに来るようになった。

 もう、半同棲状態である。まぁ、むしろ歓迎なんだけども。

 そして、遅れて鎮がやって来て全員が揃った。

 ちなみに、二人にも何かないか聞いてみたけど、いい案が思い浮かぶことはなかった。

 こうなると最後の手段がこの人だ。


「精霊契約は早すぎますしねぇ……お散歩にでも行ってきたらどうです?」


 そう答えた先生。期待した私が駄目だった。

 ただでさえ、三人の面倒を一人一人の進捗に合わせて見ていると言うのに、勝手に進んで範囲を大きく逸脱した私の面倒まで見ろと言うのは虫が良すぎると言うもの。

 とはいえ、先生曰く、精霊契約の準備は始まっていて、準備が終わるまではどうしようもないのだとか。

 そうなってくると、その精霊契約とやらまでは適当に時間を潰すしかないということだ。

 忙しいながらも、ちゃんと気を回してくれているだけ感謝しないといけない。


「そういえば、私はここの食堂も知らなかったのだけれども、他にはどんな施設があるのかしら?」


 私が他に聞いたことがあるのは、地下にあるという魔力炉という存在と、どこにあるかも知らない入浴設備くらいなものだ。

 恵子ちゃん曰く、銭湯みたいな場所なんだとか。

 この部屋のシャワー室の方が使い勝手がいいって言って、こないだのお泊まり会以降は、泊まる泊まらないに関わらず、恵子ちゃんはウチでシャワーを浴びる様になった。

 だから、私もわざわざ入浴施設に行くことがなかったのよね。

 理由は他にもある。

 ルカが頑なに行くのを拒むのだ。

 共用の設備となると流石に髪を洗うためとはいえ、侍女であるルカは一緒に入れないらしい。

 飽きもせず毎日毎日、私の髪の手入れをしてくれているルカからすれば死活問題だったようね。

 でも、それ以外にこれだけ広い王宮なのだから、私の興味を引く者の一つや二つ転がっていてもいいと思うのだけど――


「そうですね……王国軍の演習施設がいくつかと、医療施設などがありますよ」


「軍? 国防軍みたいなものかしら?」


「そうですね。他国では騎士団なんて呼ばれたりしていますが、この国の軍は騎士団のように慈善事業はやらず、演習と研究に注力しているのですよ」


 慈善事業とは所謂、警察や自衛隊が担うような仕事を請け負うことらしい。

 他国では幾つもの騎士団を結成させ、それぞれ役割を持って仕事に臨むそうだ。

 例えば、王や貴族の警護、治安維持、復興支援などなど。

 ただ、あくまで騎士団なので、自国の危機が迫れば全ての役割を放棄して防衛に加わるのが騎士団のあり方だ。

 自衛優先の組織ということになるのだとか。

 逆にこの国の軍とは、自国を防衛するためだけの組織。

 軍事力の向上を主とし、研究や演習に力を入れている。

 もちろん、治安維持をしないわけではないが、治安維持を担う部隊はあくまで治安維持を行うに留まり自衛には加わらない。

 これが、軍と騎士団の違いなのだそうだ。

 騎士団は状況に合わせて臨機応変に動く必要があり、団長には融通の利く優秀な人間が割り当てられる。

 そういった人間を育てるのは難しい。

 その分、役割をしっかりと分け教育を施すことで、優秀な部下を増産するというのがカルディア王国の方針なのだ。

 無論、他が全く出来ないとそれはそれで困るため、士官学校を優秀な成績を修めて卒業したエリートを集めた近衛隊が存在する。

 昔、日本にもあったという近衛師団的なものかしら?

 とはいえ、王族の護衛は少数精鋭で行われるため、他の近衛兵たちは遊撃と言うべきか、人の少ない場所に派遣され補助あるいは指揮を任される。

 ただ、王様の方針で有事の時を除き、指揮を任されることは少ないのだとか。

 若い指揮官の下で助言を与えるみたいな感じの運用が多いらしい。

 そういった教育体制がしっかりしているのは好ましい限りね。

 だけど、一人で軍関係の施設に行くのは気が引ける。

 結局私は、医療施設に行くことにした。

 だって、未だ話は伸びているものの聖女がどうのとか言われているわけだし、ゲーム的に見れば聖女=治癒魔法だもの。

 まぁ、あくまで創作物での話だし、聖女って本来はそういう人を指す訳じゃないから、どうなるのかは分からないけどもね。

 とはいえ、精霊魔法ではない神聖魔法というものがあるのも、その中に治癒魔法と呼ばれるものがあるのも事実。

 その中で物理的な医療がどのように発展しているのかは興味深い。

 恵子ちゃんとルカが付いてこようとしていたけども、「ちゃんと、続きをやっていなさい」と制止して一人で行くことにした――が、ルカがそれを許すはずもなく代わりの案内役が呼ばれた。


「お久しぶりですサイカさん」


 そう言ってにこやかにやって来たのはフィーラス殿下だった。

 殿下が来るのは私が要人扱いである以上、別に変ではないけども、一介の侍女が案内役にとほいほい呼び出せて良いのか?とは思う。


「これはこれは殿下。殿下自らサイカさんのご案内を?」


「ええ、丁度、医療施設に用事がありましたし、皆さんの習熟状況を確認しておこうかと思いまして」


「サイカさんは改めて言うまでもないですが、他の方々も順調に学ばれていますよ」


「そうですか。引き続きよろしくお願いします」


 そう言って殿下は満足そうに頷いている。

 私たちを気にしてくれているのは、この世界で殿下が一番でしょうね。

 あ、でも、未だにお見舞いしてない統括さんも多分気にしてくれているはず――違う意味で。


「では、サイカさん。行きましょうか」


「ええ、お願いするわ」


 そう言って殿下の後ろに付いて行く。

 だが、こっちの方向には来たことがない。

 今日はいつもと違う道を使うらしい。


「殿下、外に出るのかしら?」


 実は、召喚されてからそこそこ時間が経過しているが、未だに城の外には出たことがないのだ。

 外の空気と言えばベランダくらい。

 見る人が見れば軟禁されているようにも見えるかもしれない。

 だけど、外に出るなと言われていたわけではなく、単に文献を読んでたら出る機会がなかったというだけ。

 受験生が夏休みの間、一日中、塾やら部屋に籠って勉強するのと一緒よ。

 悪い言い方をすれば、ただの引きこもりなんだけども……


「他の施設もそうですが基本、城の敷地内にはあるものの建物は別なんですよ。

 時代の流れに合わせて組織の編成と専用の建物を増築してきた結果なんだとか。

 それこそ、一番新しい建物は医療課の建物です」


「ふーん……つまり、必要に迫られれば新しい建物を建ててくれるのね」


「ふふ、悪巧みですか?」


 殿下は何か知っているのか楽しそうだ。

 まぁ、知っているとすればワインの一件だけでしょうけど、どこまで調べているのかしら?

 とりあえず、とぼけておく。


「あら、何のことかしら?」


「食堂の食材を勝手に使ったでしょう?

 使われてた材料の組み合わせが珍しいものだから、一部で話題になってるんですよ」


「ちなみに、何でその話を私に?」


「書かれていた言語がだったからですよ」


 言われてから「しまった!」と思った。

 私たち被召喚者はこの世界の言語を読めないけど理解できる。

 特に文字を覚えることもなく、本を読むことが出来るのもそのためだ。

 ただ、あくまで理解が出来るだけなので、実際に自分で文字を書くことは出来ない。

 そりゃあ、犯人が誰かなんて直ぐに分かるわよね。


「私の負けよ。流石に勝手の違う異世界で悪巧みは難しいかしら……」


「確かに皆さんだけだったら、難しいかもしれませんね」


 殿下がこっちをチラッと見ている。

 もはや言葉を続ける必要もない。


「遠慮なく頼らせてもらうわ。だから、精々楽しみましょ。

 貴方の父が慌てふためくのをね」


 具体的に何をやるかは考えない。ただ、目標は出来た。

 取り敢えず、私たちの拠点を手に入れる。

 これは早急にクリアしたい第一目標だった。


 余談だが、日本語は過去の被召喚者が辞典を作っていたらしく、専門の学者が解読したらしい。


 † † †


 外に出るまで五分程歩き、外に出てから十五分ほど殿下が用意してくれた馬車に揺られてようやく医療施設に到着した。

 改めて城のバカでかさに頭を抱えたくなる。

 馬車って地面のゆがみが衝撃になってダイレクトに伝わるから、それなりにお尻が痛くなる。

 街へ行ってみたいけど、そっちの道はどうなのかしら?

 それなりに覚悟しておかないと行けないかもしれない。


「お疲れ様です。ここが医療施設ですよ」


 殿下の声で外を除くとガラス張りの建物が姿を現す。

 薬草も自前なのか、ぱっと見だと植物園のようにも見える。


「これは何というか……ガラス張りの建物なのね」


「彼らは実験だけでなく薬草の栽培などもやってますからね。必然的に温室は必要になります。

 ただ、温室の維持には莫大な魔力が必要でして、城内の魔力炉を使ってもこれ以上は温室を増やせないんだとか。

 代わりに特別な式典用の花もこの温室で育てていると聞きました」


 もしかしたら、部屋でエアコン(もどき?)を使わせてもらえないのも、そこら辺が関係しているのかもしれない。

 中に入れば様々な年齢の男女が白衣を来て忙しなく行ったり来たりしている。

 誰もこっちに気づかない凄い集中力だった。

 それは、中々に見応えのある光景だったのだが、そのせいで後ろに気づかなかったのは失策だったと言えるわね。


「ここで何をしているサイカ」


 後ろを見れば先日、謁見の間であったインテリ眼鏡様ことアビス・クレオスが立っていた。


「びっくりさせないでアビス。先日ぶりね」


 実はあの魔力計測の後、私だけアビスに連れられて更なる計測に参加させられたのよ。

 歳は六つくらい離れていたはずだけど、今では普通に会話するほどの仲になったわ。


「それで、アビスは何でここに?」


「それは、俺がここの副顧問だからだ。

 軍に頼まれていた薬の引き渡しをして帰ってきたところだ」


「てっきり、王家お抱えの研究者かと思ってたわ」


「こないだ何も言わなかったか……すまんな」


 その後、部屋に案内され医療施設の概要を聞いた。

 治癒魔法とは人間の細胞を活性化させ、自然治癒力を高めるというもの。

 つまり、重症を負うと応急処置は出来ても本格的な治療は難しい。

 治癒魔法は神聖魔法であるために、魔力さえあれば出来ないこともないらしいのだけど、治療に使用する膨大な魔力を備えた人間は少ないらしい。

 仮に出来ても魔力切れで他を助けられないのだとか。

 確かにそう考えると、最後の切り札とも言うべき治癒魔法を温存して、医療で治療をするのは正しい判断のように思える。

 それに、風や流行り病なども魔法ではどうしようも出来ないのだとか。

 下手をすると感染したウイルスが活性化する可能性もあるからだ。

 そこで登場するのが薬だ。

 もちろん、日本のようにただの薬というわけではない。

 とはいえ、日本の某ゲームに登場するポーションだったりエリクサーだったりというわけでもない。

 異世界のクセになんと夢のない――と言っても仕方ないのだけど……

 そうなると一体、何が他と違うのかという事になるのだが、魔力を込めた即効性のある薬なんだとか。


「精霊の力も借りていないのに即効性が出るっておかしくないかしら?」


「普通に考えればそうだ。だが、何も魔力に反応するのは精霊だけではない。

 生きている物は何だって少なからず反応する」


「それって治癒魔法、必要ないんじゃない?」


「即効性があると言っても病気に対してだ。外傷は治癒魔法を使った方がいい」


 即効性のある風邪薬とか流行病のワクチンとかそんな感じみたい。

 確かに日本でインフルエンザの予防接種を受けると「抗体できるまで二週間かかります」とか言われるものね。

 そう考えると優れ物かもしれない。


「さて、この施設の説明はその辺で。今日はトト顧問に用があって来たんだ。

 彼女は今どこに?」


「トトなら温室の方にいると思いますが……」


「了解。サイカさんも一緒にどう?」


「折角だから顧問にも挨拶していくわ。温室も見てみたいし」


 アビスに別れを告げ部屋を出る。

 向かうは温室。と言っても、城のようにデカいわけじゃないからすぐに着くんだけどもね。


「アビス? 悪いけどもうちょっと待っててね〜。今いいところだから」


 奥の方から女の人の声が聞こえてきた。

 アビスの名を呼ぶ辺り恐らくこの声の主が顧問なのだろう。


「どうもトト顧問。僕ですよ」


「あらあら、殿下でしたか。とんだご無礼を……」


「気にする必要はありません。今日は例の件で寄ったんですよ」


「そうだったんですね。でしたらあちらに――あら?」


 立ち上がって近づいてきた女性がトト顧問。

 彼女は私を見るなり顔を輝かせた。


「貴方が異世界から来たっていう?」


「ええ、私が相澤才華よ。初めましてトト顧問」


「会いたかったわ!」


 身長は私と同じくらいで歳は私より上らしいけども同い年くらいにしか見えない。

 そんな彼女に正面から抱きつかれた。

 それこそ、後ろに吹っ飛びそうになるくらい。

 何故、彼女がそれほどまでに私に会いたがっていたのか、この時の私には知る由もなかった。

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