第5話 才女、魔力を測る

 王様と会ってから数日が経った。

 殿下の用意してくれた教育係は中々に優秀な人物で、予定通り翌日から部屋に来てくれるようになった。

 先生が恵子ちゃんたちに教えている内容は、私が既に知ってる範囲内でしかなかったのだけれども、より深く理解できるようなしっかりとした説明をしてくれていた。

 概要は知っていても細かいところまでは分かっていなかった分、復習がてら話を聞いておくことは非常に有意義だった。

 やはり、別メニューを断ってよかったと今になって思う。

 とはいえ、ずっと話を聞いているわけではない。

 私は私で勉強もとい読書に勤しんでいる。

 お陰様で、簡単な精霊魔法は扱えるようになった。

 指先に光球を出現させて部屋を照らしたり、精霊に働きかけて室温を調整したりね。

 科学が存在しないこの世界では重宝している。

 エアコンみたいな魔法道具は部屋に設置されているけども、必要な魔力量が多いため流石に使わせてもらえない。

 ちなみに、明かりは光球と同じように精霊に働きかける魔法道具を使っているそうで、魔力の供給は空気中の霊子を魔力に変換する魔力炉を使っているんだとか。

 その魔力炉が王宮の地下にあってかなり大型の設備になるらしい。一回でいいから見学してみたいわね。


「うーん……頭痛くなってきた」


 世界の常識を全てひっくり返されてしまった私たちは、それこそ年下の子たちが当たり前のように知っていることから勉強する必要があった。

 この世界の常識は私たちにとって非常識で、私たちの常識はこの世界の人々にとって非常識なのだから当然と言えば当然だ。

 その上、恵子ちゃんは元々、勉強が得意ではなかったらしく、結構、付いていくのに四苦八苦している。


「ほら、こっちに来なさい」


 流石に可哀想なので少しだけ手助けをしようと、膝枕をしてあげる。

 そして、そのままおでこに手を当てる。


「気持ちいい……」


 手を精霊魔法で冷やしたのだ。

 電気がないこの世界では魔法が全て。

 意外と生活に直結する魔法が多く、精霊にお願いをするだけなので難しくもない。

 扱いやすい点は非常にありがたい。

 正直、学び始める時は詠唱を覚えないといけないのか……と思ったものだ。

 だってね。私たちの世界で魔法と言えば詠唱だったし、せめて技名くらいは言うものかと。

 あっちの人が見たら、ただの厨二病にしか見えないかもしれないけどね。

 ただ、そんな魔法も独学で勉強する人は少ないらしい。

 現に先生には驚かれてしまった。


「流石ですねサイカさん。独学でここまで出来る方はそういらっしゃいませんよ」


「そんなの? 割と簡単に覚えられたわよ?」


 それは嘘じゃない。むしろ、文化史の方が面倒だった。

 それに、精霊魔法は基本的に、精霊にお願いするだけなのだ。

 理屈ではなく感覚――呼吸するのだって理屈じゃないでしょ?

 精霊にお願いして働いてもらう。対価は魔力。

 等価交換の法則と言うと錬金術に見えるけど、物々交換とかと一緒よ。

 物々交換というには理由がある。

 精霊は魔力がないと生きていけないが、魔力を生成できないのだ。

 そのため、霊子の満ちる空間に溜まる傾向にある。

 それは、魔力の代わりに霊子を摂取しているからなんだとか。

 そう考えると、精霊たちにとって何でもない簡単なお使いで魔力が得られるというのは、非常にありがたいことみたいなのよ。

 精霊は仕事をして魔力を得る。人は魔力を払って仕事をしてもらう。

 物々交換もとい共生ね。


「それって精霊が見えるってこと?」


 精霊は基本的に見えることはない――らしい。

 恵子ちゃんが見えるのかと聞くのは、精霊にお願いするというのがイメージ付かなかったせいでしょうね。

 指紋が人それぞれ違う様に、魔力も人それぞれ違う。

 火精霊が好む魔力。水精霊が好む魔力。風精霊が好む魔力。地精霊が好む魔力。

 これによって扱える魔力が違うのだとか。

 対し、私は精霊が


「最初は見えなかったんだけど、本に合わせて色々とやってたら見えるようになってきたのよね……」


 恵子ちゃんの驚きに、簡単に出来てしまったことを明かす。

 これが、驚くことに本当なのだ。

 精霊魔法の基礎は魔力の流れに慣れること。

 幸いルカが精霊魔法を扱えたので、協力してもらって魔力の流れを感じられるように訓練したのだ。

 最初こそ、魔力の流れを掴むだけで精一杯だったのだけども、段々と慣れるうちに空気中の霊子の流れとかにも敏感になっていって、気がついたら精霊を視認出来るようになっていた。


「普通は魔力の流れを感じられるようになったとしても、精霊は見えないはず何ですけどね」


 あらら、先生に突っ込まれてしまった。

 そうなのだ。ルカにも聞いたのだけど、精霊って普通は見えないらしいのよね。


「サイカさんは優秀な魔法師になりそうですね。鑑定しないと分かりませんが精霊視の能力があるかも知れません」


「精霊視?」


 精霊の存在を視覚で感じられる目を持つ者は、精霊視という能力を持った者に限るらしい。

 この城にも二、三人しかいないそうだ。

 精霊視は空間の霊子の流れを視認することを可能とした能力で、精霊を視認できるだけでなく、霊力の淀みなどをひと目で分かるようになるらしい。

 精霊視を持つ者は、非常に優れた感覚を持つため、例外なく優秀な魔法師になるのだとか。


「戦闘は御免被りたいから、優秀になる必要はないんだけどね」


「人一倍、勉強している奴が言うセリフじゃないな」


「それを言ったら来斗だって、かなり熱心に勉強しているじゃない」


 流石、年長者と言ったところだろうか。

 来斗は毎回の復習テストで満点を取っている。

 まぁ、その確認テストを毎日用意してくれる先生も凄いけどね。

 私? 勿論、ノー勉で満点よ。

 事前に予習はしている訳だし、先生の説明は補足程度に聞いてるだけで、全く知らなかったということは殆どないもの。


「まぁ、運動もそこそこ出来るつもりだったが、鎮に全然適わなかったからな。

 せめて知識くらいは俺が優位に立っておかないと。歳上のちょっとした意地だよ」


 そう、意外な事にやんちゃそうな来斗よりも、真面目そうな鎮の方が運動神経が良かったのだ。

 来斗も周りに比べればいい方なんだけどね。


「昔から体を動かすのが好きで、体力だけは自信があるんだ」


 自信があるなんてレベルではない。

 皆がヘトヘトになってるのに一人、平然と立っているんだもの。

 体力作りは普段からしてたから、それなりにはあるつもりだったけどまるで勝てなかった。

 よくある学校行事のマラソン大会でも、毎年十位以内に入れるくらいには体力があったにも関わらずだ。

 体動かすのが好きと言っても、流石に限度というものがあるんじゃないかしら?


「段々と俺たちの役割分担が決まってきたような気がするな」


「うん。何となくだけどね」


「ぶー、私だけ置いてきぼり?」


 あ、恵子ちゃんがむくれてしまった。

 でもまぁ、自分だけ蚊帳の外って思ったらむくれたくもなるわよね。


「何か日本にいる時に得意だったことないの?」


「イラスト描く事と音楽くらい……」


「あら、立派な特技じゃない」


「でも……」


「イラストは活躍できる場面が限られそうだけど、音楽はちょっと面白いことが出来るかもしれないわよ」


 実は戦闘用の精霊魔法についても勉強しているのだけど、RPGでは当たり前のようにある支援系バフみたいな魔法が全然ないのだ。

 ちょっと意外よね。


「これから研究しないといけないけど、音楽に魔力を乗せて精霊を活性化させれば効果がアップするみたいな支援が出来るかもしれないわ」


「成程、それは面白い発想ですね。何か研究に必要な物があれば言ってください。

 私が責任持って用意しましょう。何なら私の工房を使って頂いても構いません」


 この話に食い付いたのは意外にも先生だった。

 あとからルカから聞いた話だと先生は、普段は研究員らしく若者の研究への協力を惜しまない面倒見のいい人何だとか。

 私が読んでいる本も一部は、先生の助言で選んだものとも言っていたわ。

 流石、王様の用意した教育係ね。


「ありがとう先生。まだ、基礎が覚えきれてないから、その内、相談させてください」


「はい。お待ちしておりますよ」


 目がキラキラとしている。

 そんなに期待されても、いつ出来るかも分からないのに……

 とは言え、先生にお願いすれば魔法関連の個人的な研究は進みそうだ。

 折角、異世界に来たんだから、きっちりと飽きるまで魔法を堪能しておかないとね。

 そんな感じで日々は過ぎていく――


 † † †


 あれから更に数日が過ぎた。

 今日の授業はお休みらしい。というのも、ようやく私たちがある意味、楽しみにしていた魔力測定というものをするんだとか。

 まぁ、精霊魔法を既に使ってる私が計測するには今更感があるのだけども……

 とは言え、興味がないかと言えば当然ある。

 何せ文献によると、人の魔力は生きていると生成され内部に溜め込まれるものらしい。ある意味で血液と似ている。

 その保有量は人により異なるため、定期的に検査するんだとか。

 しかも、保有量に関してはゲームで言えばいわばMPそのもの。

 ”レベルアップ!”みたいなものはないものの、ちゃんと成長する要素みたい。

 肺活量や体力と一緒ね。

 今後のことを考えると、魔力保有量もきっちりと増やしておきたいところ。


「よく来たな四人とも。報告は受けている。

 順調にこの世界のことを学べているようで何よりだ」


 前回、会った時とは違い、幾らか大らかな雰囲気の王様。

 後からフィーラス殿下に聞いたのだけども、何だかんだで優しい人らしい。

 ああいった横暴な態度を見せたのも、部下にヘイトが向かないようにするためだったのだとか。

 それならそうと言ってくれればいいのに。

 何だかんだで民思いな国王だと分かったから、最初の怒りは大分落ち着いてきている。

 まぁ、魔法を学べる環境を得られたからかも知れないけどね。


「お陰様で色々と面白いことを学ばせて貰えてるわ。

 今回の魔力測定も楽しみにしてたの。早く始めて貰えるかしら?」


「承知した。では一人ずつ前へ。椅子に腰掛けなさい」


 王様にそう言うやいなや、白衣を来た数人の人が長机やら椅子やら準備を始める。

 一通りの準備が終わった頃、一人の男が机の側に立った。

 どうやら、彼が計測をしてくれるらしい。


「誰から行く?」


「誰でも構わない。結局は全員の魔力を計らせて貰うからな」


 私は他の三人に聞いたつもりだったのだけど、即答したのは白衣を着た男だった。

 彼の名前はアビス・クレオスというらしい。

 王宮の医者で、研究者としても活動しているそうだ。

 見た目は――そうインテリ眼鏡。

 実際、白衣着て眼鏡して、その上、少し長めの髪を装備した美形なもんだからモデルと言われても遜色ない。


「なら、ここは歳上らしく俺から行こうか」


 見たこともない装置が並べられ手を挙げづらかったのだけど、ここは来斗が率先して被験体になってくれた。

 正直、こういうの苦手だからありがたい。


「よし。手のひらを広げて台に乗せろ」


「こうか?」


 来斗は言われた通りに手のひらを広げて台の上に乗っける。

 すると、台に無数の青白い線が浮かび上がり、鈍い音を立てて装置が動き出す。


「魔力を吸われて違和感を感じるかもしれないが、装置が止まるまでそのまま待機しろ」


 どうやら、計測が始まっているらしい。

 程なくして結果が出る。


「魔力数値は4320だ」


 この魔力数値というのが魔力保有量を表すものらしい。

 この国の一般的な魔法師なら2000くらいなもので、上級の魔法師でも3500から4000もあればいいとされる。

 となると、来斗の魔力は平均より少し多いということになる。

 続いて、鎮、恵子ちゃん、私の順番で計測を行う。

 鎮は3600と上級レベル。恵子ちゃんは3000とそこそこな結果に。

 ちなみに、私たちのような被召喚者は魔力量が比較的多めらしいので、むしろ普通の傾向と言えるのだとか。

 そして、私の番がやってきたのだけど……


「――分からん」


「分からないだと?」


 アビスから出てきた言葉は予想もしていなかったものだった。

 宰相も驚いているようだ。


「魔力が我々とは異なる違うものであるか、量が多すぎて計測できなかったかだ。

 流石に用意した機材では詳しく調べることは出来ない」


「魔力が違うだと?

 文献にもそのような内容は、記載されていなかったはずだが……」


 宰相曰く、カルディア王国での召喚自体が数百年ぶりに行われたもので、殆ど文献頼りらしいのだ。

 多少は言い伝えもあるようだが、文献の内容と異なるものが多いらしくアテにならないんだとか。

 また、他国では召喚が行われていたみたいだけども、被召喚者の情報は最重要機密という扱いらしく、魔王が復活したなんて非常時と関係のない場合は秘匿されるらしく、詳しいことは分からないとのこと。


「そう言えば、先生から精霊視の話をされたんだけど、それと関係あるかしら?」


 先日、先生に言われたことを思い出して聞いてみる。

 無表情だったインテリ眼鏡様が、驚いているみたいだ。


「精霊視も出来るのか?」


「一応、はっきりではないけれども、視覚的に精霊を捉えることは出来るわ。

 それが精霊視かは鑑定しないと分からないって言われたけど」


 鑑定は精霊視と同様に希少な能力の一つで、王国の鑑定師は他の領地に出張中とかでいないらしく、未だにこれが精霊視なのかどうかは分かっていない。


「なるほど……しかし、精霊視が出来る者の魔力も普通のものだ。

 それは他に精霊視を持った者の計測も行っているから間違いない。

 だが、精霊視”も”持っているというポテンシャルが影響しているかもしれないな」


 何故、“も”と強調されたのかは分からなかったけど、計測出来ないのには出来ないなりに理由がありそうだ。


「ところで、精霊視ということで間違いないのかしら?」


「聞いている限りでは恐らくな」


 この時、すでに嫌な予感はしてたんだけど、インテリ眼鏡様ことアビスはそのまま私を研究対象として以降、行動をちょいちょい共にすることになった。

 周囲に美形が増えると喜ぶべきか、研究という内容に悪寒を感じるべきか、今の段階ではちょっと分からない……

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