第4話 才女、月明かりに照らされて……
ルカが食事を取りに行って五分くらいが経過した。
私の膝の上では恵子ちゃんがモゾモゾと動き始めていた。
「う〜ん……あ、私、寝ちゃった?」
「ちょっとだけよ」
ルカが食事を準備するまでは、まだ時間があるしもう少し寝ていても良かったんだけど、起きちゃったみたいね。
いや、起こしちゃったのかしら?
特に動いたりはしてないはずなのだけども……
「皆も帰っちゃったの?」
そんなことを考えていると、恵子ちゃんはようやく意識がハッキリとしてきたのか、そんな質問をしてくる。
「ええ。鎮は明日の準備、来斗は頭を冷やしたいそうよ」
「そっか」
少し寂しそうに見えるのは多分、気のせいじゃない。
今日、全員で顔を合わせるまで多分ずっと不安を抱えていたんだと思う。
最初にあの部屋に召喚された時、多分、一番狼狽していたのが恵子ちゃんだ。
そこからロクに話もしないという侍女が側にいたとて、恵子ちゃんの不安が払拭されるはずもない。
もう少し一緒にいたいと思うのは普通のことでしょうね。
「サイちゃんってさ。幾つなの?」
「ん? 歳のこと?」
確かに自己紹介の時にはそういった話をしたわけではない。
ただ、なんでこのタイミングで聞くのかしら?
とはいえ、別に隠しているわけではない。
素直に答えておこう。
「私は丁度、十八歳になったところね」
こっちでの歳の数え方は知らないから、この世界基準での歳は分からないけども、地球基準で話せばそうなる。
何だかんだで高校三年生をしていた訳だし、当然と言えば当然だ。
ちなみに、恵子ちゃんは十七歳で学年も一つ下らしい。
「うー、一つ違いでここまで大人っぽさに差が出るかなぁ……」
「嘘は付いてないわ。
それに、恵子ちゃんはそのままで充分よ」
そう言って頭を撫でてあげると、恵子ちゃんは目を細めて気持ちよさそうにする。
今日、会ったばかりだけど、これ癖になっちゃうのよね……
多分、恵子ちゃんの髪質が手に馴染みやすいんだと思う。
「お待たせしました」
暫くして、ルカが食事を持って戻ってきた。
今日も料理長は絶好調らしい。
非常に凝った盛り付けがなされていた。
ぱっと見では分からないけど、よく見ればいつもより更に凝っているような気もする。
「毎回、思うのだけれども、何かただの食事にしては豪華すぎない?」
毎回、フルコースか!って言いたくなるくらいに、しっかりと考えられたメニューと上品な味付け。
少なくとも日本にいた頃の私にはまるで縁がない食事だ。
それは、恵子ちゃんも同じ様で、並べられた料理を見て目を見開いている。
初めて見るとそうなるわよね……
私はここまでされる理由を知らない。
ルカは聞かされているようだから聞いてみると――
「それは、召喚の統括者からサイカ様を隣国の要人並におもてなしするようにと言われているからでしょうね」
なんて言われた。
国王の都合でこの世界に連れて来られているんだから、隣国の要人並に……って当たり前だと思うのだけど?
まぁ、彼らはそう思っていないのか、こんな対応をしてくれているのは私だけな訳なのだけども……
その後、ルカから聞いた話によると、胃が痛すぎてその統括者さんが寝込んでいるんだとか。
その内、御見舞をしに行こうと思う。
王様はどうでもいいけど、統括者さんは可哀想だものね。
† † †
「「「ごちそうさまでした」」」
食事が終わるとルカが片付けを始める。
対し私たちと言えば後はお風呂に入って寝るくらいである。
ここの部屋のお風呂は日本に居た頃の私では考えられないくらい広いから、私は恵子ちゃんを誘って二人で入ることにした。
ルカにも声は掛けておいたから、そのうち勝手に入りに来るでしょう。
「恵子ちゃんって意外と胸があるのね」
「えぇ〜そうかな? サイちゃんも結構あると思うけど?」
「身長差も考えるとどう考えても恵子ちゃんの方が大きいわよ」
着痩せするタイプと言えばいいのか、恵子ちゃんは隠れ巨乳という希少種だった。
私も周りに比べればある方だと思うけど、恵子ちゃんのはそれ以上だ。
今は頭を洗ってあげているから触れないけど、体を洗う時にどさくさに紛れて触ってみようと思う。
「サイちゃんに洗ってもらうと気持ちいい〜」
「そう? 髪の毛が私よりも短いから洗いやすいだけよ?」
「私も短くしようかしら」って言ったら、途中から入ってきたルカに「毎日、私が洗いますから絶対に駄目です!」って言われちゃった。
確かに、ルカの手入れは私よりも遥かに上手なので、やってくれると言うなら、そのままでもいいかもしれない。
お風呂から上がれば後は寝るだけ。
余談だけど、恵子ちゃんの風呂上がりの姿は艶やかで色々と役得だった。
ベッドが広いからみんなで寝ようと提案してみる。
恵子ちゃんは想像通り快諾。
普段は遠慮するルカも「今日は恵子ちゃんもいるから」と何とか説得し招くことが出来た。
私が真ん中で両サイドに二人が寝る。
たまには人の温もりを感じながら寝るのもいいものね。
† † †
ふと目が覚めた。
時間は……二時みたい。
一度、起きてしまうと中々寝れないと言う。私もどちらかと言えば寝れない方だ。
二人を起こさないようにベッドから降りる――つもりだったのだけど、密着してたこともあってルカには気付かれてしまった。
「サイカ様どちらに?」
寝ぼけた目を必死に開けながら聞いてくるルカ。
変に起こしてしまったかしらね。
「目が冴えてしまったから少し夜風に当たってくるわ」
「でしたら、私もご一緒します」
「恵子ちゃんを一人に出来ないから出来れば残ってくれないかしら?」
「……畏まりました」
少ししょぼーんとしているのは気のせいではないと思うけど、恵子ちゃんが起きた時に誰もいないと不安を煽ってしまうので仕方ない。
ルカに「この季節でも夜は冷えますから」と渡されたストールを身に纏い部屋を出る。
部屋の外は深夜ということもあって、昼間の活気が嘘のように静まり返っていた。
精霊もお休みしているのか廊下の明かりも落ちている。
そう言えば、ルカも部屋の明かりを点けずにストールを用意してくれたわね。
仕方なしに薄暗い廊下を歩き始める。
王宮の別棟とは言え、貴族が仕事をしている建物ということもあって、廊下の窓は非常に大きく、外の景色がよく見える。
差し込む月明かりが日本にいた時以上に強く感じる。
まるで、本当にアニメの世界にいるような気分だ。
おかげで、明かりは特に必要なく、何かに引っかかることも、転ぶなんてこともなかった。
向かうのは王様と謁見した部屋に向かう途中にあったバルコニーだ。
昼間に道は覚えたので迷うことはなかったが、意外なことにバルコニーには先客がいた。
「あれ? 才華さん?」
「……ホントだ。どうした?」
最初に気づいたのは鎮で、すぐに来斗も気がついた。
二人して先に帰ったのにこんな場所で時間を潰しているとは――
「ちょっと目が冴えてしまったから夜風に当たりに」
「部屋にもバルコニーなかったっけ?」
「部屋には恵子ちゃんがいるから冷たい風で起こしてしまったら悪いでしょう?」
確かにリビングにはバルコニーが付いている。
だけど、そこから外に出れば冷気が部屋の中に入る。
リビングと寝室が分厚い扉で隔てられているとはいえ、隙間風は入り込む。
折角、安心して寝ているところを起こしてしまうのは申し訳ない。
「流石に過保護すぎないか?」
「まぁ、良いじゃない。こうして二人に会えたんだから」
恵子ちゃんのことを詳しく話す訳にもいかず、そう誤魔化して二人の方に近寄る。
二人の見ていた方向を一緒に見上げると、空には星や月が煌々と照っていた。
王都とはいえ夜になれば王宮は愚か、街の方も明かりがなく、満天の星というに相応しい星空が広がっている。
「綺麗な月ね。ちょうど、満月みたい」
「だな。だが、あれは月じゃないみたいだぞ」
「そうなの?」
「うん。さっき通りかかった衛兵さんに聞いたら『ツキ? 何それ』って言われちゃった」
何でも、あれは
驚くべきことに夜煌は自身で光ってるもんだから、月のように満ち欠けはないんだとか。
こうなってくると、そもそも宇宙自体がこの世界に存在するのかも怪しくなってくる。
正直、無限に広がる宇宙空間の中で魔法の存在する惑星に強制転移させられたと言われた方が納得できる。
時空を越えてとか考えたくもない。
一応、この世界は精霊とか神様が実在するようなところだからね。案外、彼らの箱庭って感じなのかもしれない。
「それにしても、何で二人一緒にいたの?
どうせなら夕飯くらい食べていけば良かったのに」
「相澤と一緒だよ。目が覚めてフラッと来たら鎮の奴がいたのさ」
「僕は明日の準備してたら目が冴えちゃって……実はまだ寝てないんだ」
真面目そうな鎮が意外なほど小学生の遠足前みたいになっててちょっと可笑しい。
まぁ、私もここ最近は遅くまで本を読んでいたから人のことは言えないけども……
「このままじゃ、明日の授業で寝ちゃうわよ?」
なにやら、カルディアで有名な人物を教師に寄越すようだから、そんな人を相手に寝るのは流石にマズい気がする。
「そうなんだけどね……なんか眠気が来なくて」
「そう――なら、共同食堂に案内してくれないかしら?」
「いや、明日の授業で寝ちまうって言ったばっかじゃねーか。
共同食堂なんか行ってどうすんだよ?」
「眠れない時は暖かい飲み物って相場が決まってるでしょ?
さて、私をエスコートしてくださるのは、どちらの殿方かしら?」
先頭に立った私が振り向いていたずらっぽく聞いてみたら、二人とも腕を差し出してきた。
鎮はモテそうなのに慣れていないのか恥ずかしがりながら、来斗はどこか慣れてそうな平然とした態度で差し出してきた。
折角なので、二人の腕に捕まることにした。
上品さはないけど、ここはに私たちしかいないし、何より会ったばかりの私達が親睦を深めるには丁度いい機会だと思ったのだ。
あれね、
「ところで、来斗はこういうのに慣れてそうな感じだけど?」
「まぁ、慣れていると言えば慣れているな」
あら意外。普通に否定されるかと思ってたのに。
ただ、彼女って感じでもなさそうね。
「わりかし歳が近くて仲のいい妹がいてな。
休みの日はよく荷物持ちとして連れ出されていたんだよ」
その時に腕を組んだりしながら歩いていたらしい。
辛うじて電源の落ちていないスマホで写真を見せて貰ったのだけど、この子と腕組んで買い物とか完全にデートじゃないと思ってしまった。
なるほど、可愛い妹を持つと女慣れしてしまうのね。ちょっと、残念。
とはいえ、こういった付き合いと無縁だった私は少し役得だなぁと思いつつ、バルコニーから十分ほど歩くと食堂に着いた。
バルコニーまでは十五分ほどかかるから、合わせると二十五分もかかることになる。
「意外と遠いわね。分かっていたことだけれども」
普段から運動しているのと、二人が私の歩幅に合わせてくれたから、それほど疲れはしなかったけども、やっぱり遠いと思う。
ルカはもっと早く食事を運んで来るから、もしかしたら私の食事は別のところで作られているのかもしれない。
「この世界に牛乳ってあるのかしら?」
早速、カウンターから中に入り冷蔵庫を物色する。
やはり、寝る前に飲む温かい飲み物と言えば、ホットミルクか梅酒だと私は思う。
流石に、梅はないだろうけども、牛乳に似た何かは料理から察するにあるはずだ。
だけど、当前のことながら牛乳パックみたいなものはどこにも見当たらない。
「牛乳かは分からないけど、クリームシチューみたいな料理が出てたし、それに近いものならあると思うけど……」
「やっぱりそうよね?」
「あ、これなんてどうだ?」
私と鎮が冷蔵庫を物色している間に、来斗が外で別のものを見つけてきた。
蓋の開けられた瓶からはどことなくワインの匂いがする。
「これ、ワインかしら?」
「匂いはワインだね。でも、飲むのは止めたほうがいいんじゃない?」
「別にいいだろ。どうせ、二十歳になったら飲んでいいですよーとか言われても、高校生になるくらいには大体が飲んでるはずだしな」
「そういう問題じゃ……」
「お偉いさんに聞いた話じゃ、この世界の成人は十五歳だそうよ。
つまり、少なくとも十八の私は成人しているから問題ないわ」
来斗は二つ上の二十歳で鎮は一つ上の十九歳らしい。日本でもギリギリ誤差の範囲内じゃないかしら?
それに、海外旅行に行けばその国の法律に基づいて飲める。
世界には十六歳で飲めるところもあるのだから、日本でない以上はそれほど気にする必要もない。
「それに、温かい飲み物って言ってたのにお酒飲んでどうするの?」
「どうするって、ホットワインにするのよ?」
「ホットワイン?」
千葉にある東京のテーマパークにはホットワイン(白・赤)があるのだが、これが甘くて美味しいのだ。
その味を知って以降、寒い日にはホットワインを作って飲んだりしていた。
「あとは、レモンとか砂糖とかあれば良いんだけど……」
本当は黒胡椒なんかがあると良いんだけど、流石にこの世界のスパイスは分からない。
砂糖は甘ければ蜂蜜とかでもいいし、代用しやすいから探せそうだけどね。
方針が決まったところで冷蔵庫を閉め、分担して物色する。
私が砂糖あるいは砂糖の代わりになるものと柑橘類、鎮がコップ、来斗が鍋とお玉を探す。
五分ほど探したらすぐに見つかった。
流石、王宮の食堂にあるキッチンなだけあって、分かりやすく綺麗に整頓されていて探しやすかった。
調理は言い出しっぺの私が担当する。
こう見えて毎日、朝ごはんと昼のお弁当は自分で作っていたのだ。
趣味とまではいかないけども、それなりに料理は好きだったりする。
「はい、完成」
残念ながら柑橘系のフルーツは見つからなかった。代わりに苺みたいな味のフルーツが見つかったので入れてみた。
程よいフルーツの風味と甘さ、ワインの香りもして中々いい感じに出来たと思う。
「美味いな」
早速、口を付けた来斗が感想を漏らす。やっぱり他人に褒められるのは嬉しい。
その様子を見ていた鎮も諦めたのかコップを手に持った。
ワインのツンとした匂いに顔を少し顰めるがそのまま少し飲んでいた。
「本当だ――美味しい……」
一口飲んだ後は反対していたのも忘れたかのように最後まで飲み干していた。
気に入ってくれたようで何よりね。
「ごちそうさま」「ごちそうさまでした」
「お粗末さまでした」
私も飲み終えて片付けをする。
「これ、一応、使ったってメモ残しておいた方がいいかしら?」
「色々使っちゃったからね。
この後の調理で足りなくなると困るし、書き置きはしておこうか」
近くにあった紙とペンを借りて調理に使った材料を書いておく。
「何かメモだけ残して痕跡がないと悪いことしてるみたいだな」
「奇遇ね。来斗もそう思う?」
「ああ。まぁでも、これくらいは可愛いもんだろ。
家のものを使ったんだから、悪いことはしてないしな」
今になって思い出せば、これが最初のいたずらだったかもしれない。
でも、最初ってだけ。
最初であることも霞むような凄い出来事を、私たちは今後も起こして王に頭を抱えさせたのだから。
――
2019/05/14追記
今更ですが、長らく注釈を書いていなかったことに気づきましたので追記します。
「両手に花」の対義語として「両手に蜜蜂」というものがあるそうです。
ただし、辞書に載っているわけでもなさそうなので、正しい表現かと言われると微妙。広辞苑お持ちの方は探してみてコメント頂けると幸いです。
私が参照にしたブログによると、女王蜂に貢いでいる様子から取られた表現だそうで、まぁ、今回だと貢いでいるわけではないので微妙に表現としてズレてる感は否めません。
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